ピエドラ、本日は雨
丘の上の別荘には二日ほど滞在し、最初とはまた違った時間帯の海の洞窟にも行きました。
そしてまたルクールの別荘に戻り、三日ほど海辺の散策や珍しい異国の船や、何度見ても素晴らしい日没なんかを堪能してから、私たちはまたピエドラに戻ってきました。
ここまで十日間、ずっと好天に恵まれてきたのですが、あいにく今日は朝から雨が降っています。
はい、雨といえばアレですよね。
雨が降る → ロータスが笑顔でダンスレッスンのお誘いに来る → そして特訓。
この流れが瞬時に頭に浮かびます。今は旦那様と旅行中ですが、ロータスは一緒に来てるんですものね!
お屋敷のようにダンスレッスンする部屋はないでしょうけど、そんな事を言えば「ダンスはどこででもできますよ」と言われそうな気がしますので、敢えて口にしません。
いつロータスがレッスンのことを言い出すのだろうかと恐々としている私ですが、どうも旦那様と朝から何やら話し込んでいて、ダンスどころではなさそうです。
忙しそうなので、私から『ダンスはしないの?』とは聞きませんよ! そんなヤブヘビなこと、絶対しませんよ!!
でも実際、暇です。
居間では旦那様とロータスが、書類の山から次から次へと手に取り目を通しては、あーじゃないこーじゃないと議論しています。時々「ピエドラ産が~」とか「それとわかる目印を~」と言っているのが聞こえるので、領地に関する何かなのでしょう。
なんとなく手持無沙汰なので真面目に話し込む旦那様の横顔を盗み見ながら、普段お仕事中はこんな感じなのかなぁとしばらくじっと観察していたのですが、それもじきに飽きてきてしまいました。
いつもの私なら、暇なときはたいてい私室で「暇だ~暇だ~腐る~」とベッドの上でのたうちまわっているのですが、さすがに旦那様のいる前ではできません。
というわけで、居間にいてはゴロゴロすることもできませんので、私は侍女さんたちを連れて、こっそりと部屋に戻ることにしました。
「旦那様たち、お忙しそうねぇ。でも久しぶりのお一人様だわ~」
自分の陣地と決めている寝室に入ると、おもむろにベッドにダイブした私。あ~スプリングが効いてて気持ちいいわ~! 久しぶりの一人きりですよ、気兼ねなくゴロゴロできるんですよ! あ、侍女さんたちはいるけど、普段の私を知ってる人達ですからね、気兼ねはいりません。
「そうですね。こちらに来てからはずっと旦那様とご一緒でしたものね」
ベッドの上で伸びをする私を、クスクス笑いながら見ているステラリアとローザです。
「こんなに長い時間ず~っと一緒だったことなんて、これまでなかったですからねぇ。ここに来る前は間が持つかどうか心配だったけど、結構なるようになるものね。というか、初めて見るものばかりに目を奪われちゃってたから、気にならなかったというか」
「王都では見れないものがたくさん見れましたしね」
「とにかく、今日はこんな天気だからどこにも行けないでしょうねぇ~。いつもなら、雨の日はロータスのダンスレッスンありーの、ダリアのマナーレッスンありーの、ミモザたちのエステありーので『ひまっ!』とか言ってる暇がないんだけど。むしろ暇とか言ったらさらに課題を与えられそうな勢いだから、おちおち暇とか言えないんだけどね。今日はロータスが忙しそうだから、ダンスのレッスンはしなくて済みそうだわ」
ダンスレッスンがなさそうなので、ちょっと気が緩んでたのでしょう。ペラペラと本音をぶっちゃけていると、
「ロータスとダリアの代わりに、私でよろしければレッスンいたしますわ! 奥様、暇でお困りでしょう?」
カルタム譲りのとっても魅力的な笑顔で、ステラリアが笑っています。
あ、ここにもヘビがいた……。つついちゃったよ、私。
「いやいやいやいや、私、暇で忙しいのよ! おほほほほ!」
「それ言葉がおかしいですわよ、奥様? まあ、私ができることなど大したことありませんわ。ここは王都のお屋敷でもございませんし」
「……ほんと?」
「ええ、た い し た こ と あ り ま せ ん わ」
にっこり。
「そ、それなら」
「そうですわね、では身体を動かす方が奥様はお好きでしょうから、ウォーキングのレッスンなどでよろしいですか?」
「歩くだけなら大丈夫!」
簡単そうなので、私はベッドから降りました。
歩くだけならそんなに難しくもないし、楽勝楽勝☆ とか思ったんだけどねぇ。
「はい、ちょっとふらついてきてますわよ。頭の上の本が落ちてきてしまいますわ」
「ええっ?!」
絶賛ウォーキングのレッスン中の私です。
教科書通り、頭の上に分厚く重たい本を載せて背筋を伸ばし顔には微笑を貼り付けて、ステラリアコーチの指示に従い、廊下を行ったり来たりしています。
自分では頑張ってるつもりなんだけどなぁ。このコーチ、厳しいんですよ。たいしたことないとか言ってたくせに全然容赦ないんですよ。絶対詐欺だ。
ブツブツと小言を並べていると、
「ほら、背筋はビシッと! 笑顔が引きつってますわよ! はい、そこでターン! もっと優雅に!!」
「ひええぇ」
びしびし指導が入ります。
「足さばきがおかしくなってますわよ」
「むきゃ~! ひざ丈スカートなんてはくんじゃなかった~!! 長いのはいてたら目立たなかったのに~!」
ひざ丈スカートは好んでよくはいているのですが、今日に限ってはチョイス失敗!
後悔先に立たず、後悔後を絶たず!!
「あら、とっても似合っていてかわいらしいですわよ? その服はお気に召さなかったですか?」
ステラリアさん? それ確信犯ですよね? わざとすっとぼけてますよね?
「そうじゃなくて!」
ドザッ!
ツッコんだ拍子に、頭の上から本が落ちてきました。そして私の足、直撃しました。
「いった~いっ!!」
「あら、大変!!」
「冷やすものを持ってきます!」
ぴぎゃーっと痛みに蹲る私と、急いで私の靴を脱がせにかかるステラリア、そして厨房に急ぐローザでした。
もちろん私の叫びに旦那様とロータスがすっ飛んできて、ウォーキングレッスンは無事に終了しました☆
気が付けばもう昼食の時間でしたので、お話を一旦切り上げた旦那様と一緒にそのまま昼食をいただき居間で寛いでいると、
「鉱山の責任者が旦那様にお目通りしたいときておりますが」
フェンネルが旦那様にお伺いを立ててきました。どうやらアポなし来客のようです。
「用件は?」
旦那様が静かにお茶のカップをソーサーに置きながら聞き返しました。
「サファイアのサンプルをお持ちしたということでございます」
「わかった。すぐ通せ」
「かしこまりました」
フェンネルは静かに頭を下げると、踵を返して居間を出て行きました。
再びフェンネルが居間に現れた時、後ろに男の人を連れていました。ベリスと同じくらいの年齢の人でしょうか、よく日に焼けて精悍な感じの男前さんです。
「鉱山の責任者をしています、オレガノと申します。早速ですが、お申し付けのございましたサファイアが採れましたので、お持ちいたしました」
オレガノは、手にしていたカバンから大事そうにシルクの包みを取り出してするすると解き、中に入れていた宝石を私たちに披露しました。
サンプルということで、数点出てきたのですが。
うわ~、ナニコレデカイ!!
カットを施される前だからでしょうか、どれもかなり大きい石です。
どういう石が価値があるのかよくわからない私ですが、こんな大きいの、さすがに見たことがなくてびっくりしていると、
「へえ、なかなかの大きさで、色も濃すぎず薄すぎず、ちょっと見たところでは傷もなさそうだ」
特に気にするでもなくごく普通に一つ一つを手に取り、じっくり見る旦那様と、
「そうでございますね。これはかなり高品質でございますね」
同じように手に取り観察するロータス。
「サファイアはもともと高品質なものがたくさん出てますが、さらに高品質なものとなると数が減りますし、ましてやこれくらいの最高級クラスは珍しいです」
オレガノが説明しています。
よくわからない私からすれば、どれも綺麗なサファイアなんですけどねぇ。
旦那様が手にしているサファイアを隣で見ていると、不意に旦那様と目が合いました。
そのまま旦那様がじっと私を見てきます。そして時折手にした宝石に目をやります。そしてまた私を見ます。それを何度も繰り返しているんですけど。
なんでしょう??
「??」
何でじっと見つめられているのかわからない私が小首を傾げていると、にっこり笑った旦那様がロータスの方に向き直り、そしておもむろに。
「うん。最高級品には『ヴィオラの瞳』と名付けるのはどうだろう」
は? コノヒト今なんつった?!
何だかこのセリフ久しぶりだなぁ……じゃないですね。最高級品に『ヴィオラの瞳』って名前付けるって言いましたよね?!
そもそも『ヴィオラ・サファイア』もイタイからやめてほしいくらいなのに、まだその上に『瞳』ですか!!
ハッと我に返り旦那様の言葉を理解した私は、
「そそそそんなの、滅相もございません!! せっかくの最高級品ですよ私の目なんて名前付けちゃだめですよ!!」
盛大に噛みつつ焦って旦那様を止めようとしたんですが、
「なぜ? ヴィオラの瞳はこの宝石よりも美しいのに」
げふっ。砂糖吐いちゃいました。
いかにもフツーの顔して甘ったるいセリフ吐いてます、コノヒト。
確かに私の目、サファイアブルーの色はしてますよ? でも私の目なんてそんな綺麗じゃないですよ! むしろ世間に揉まれて濁ってますから!
もう一度抗議しようと、私は口を開けかけたのですが、
「それは素敵な名前ですね。ぜひそう名付けましょう」
ロータスまでもが満面の笑みで肯定しています。
いや、待って、ロータス! 止めて、そこはロータスが止めてよ!!
ロータスを恨みがましい目で見ても、にこっと笑って流されるだけでした。
しかもロータスだけではありません。
「僕もそう思います。奥様の瞳はとても綺麗ですから、きっと石たちも喜んでいますよ」
おい、オレガノ!! ……すみません、私、絶賛取り乱し中です。
だめだ、四面楚歌~!!
「そうだろう? 大きさ、色ともに最高のものだけに『ヴィオラの瞳』の称号は付けよう」
「そうでございますね。それ以外の、基準を満たすものは『ヴィオラ・サファイア』としましょうか」
「他の濁りや傷のあるものは工芸用として安く卸し、小さいものや基準を満たさないものに関しては、これまでどおりルビーの加工にまわすということでいかがでしょうか」
「ああ、それでいい」
「いい石が採れるよう、今まで以上に精を出させていただきます」
「頼んだぞ」
私が衝撃に打ちひしがれている間に旦那様たちの話はどんどん進んでいってしまい、もはや覆すのは難しいところまでいってしまいました。マジか。誰か止めようよ。
私は呆然としたまま、みんなの会話を聞いていましたが。
「しかしこれほどまでに眩しいご寵愛とは」
「まあな」
会話が一段落したところでオレガノが旦那様に言いました。
オーレーガーノー!! そして旦那様もテレテレしないっ!!
しばらく石の加工のことや流通のことを話しあってから、オレガノは帰って行きました。
先ほど持ち込まれたサファイアは、サンプルとして私たちが王都に持ち帰るそうです。
「すでに何件も宝石商から取引の申し出はきていますからね」
と、事もなげに旦那様が言っています。
何件も申し出があるって、ちょっと早くないですか? サファイアを取り扱うと決めてから、そう日にちも経ってないと思うんですけど??
また私が疑問符を盛大に飛ばしていると、
「ああ、サファイアを商品化すると決めてすぐに、これまで取引のある宝石商には通達したんですよ」
と旦那様が説明してくださいました。ふわ~、仕事早いね!
「そうだったんですか」
「ですから、王都に帰ったらさっそくこれを首飾りや耳飾り、いろいろなものに加工しましょう。そしてお披露目しないといけませんね。うちでお披露目パーティーでも開きますか? それともいろんな夜会などに積極的に顔を出しますか?」
相変わらずニコニコで旦那様は言ってますが、何気に社交活動活発化宣言しないでください。今まで通りでお願いします。
「ええっ?! あ、ほら、社交はオプションじゃないですか~。わざわざお披露目なんてしなくても、サファイア自体が素晴らしいから、きっとすぐにでも売れっ子になりますよ!」
「いやいや。ヴィオラが身につけてこそ価値が上がるんですよ!」
「ないない! ないです!」
旦那様にキラキラ笑顔で言いきられ頭を抱える私ですが、そんな私に旦那様はさらに、
「それにクズ石のことですが、あれを工芸品として売り出そうと思うんですよ。具体的には、町の雑貨屋でこの間ヴィオラが買い求めた小物ですね。みんなの土産にすると言っていた。あれをうちの領地の工芸品として売り出し、領民の収入につなげたらなと考えているんですよ。あの雑貨屋だけでなく、孤児院などでも作れば資金にできます」
「おお~!!」
詳しく石の用途を教えられました。あの雑貨屋さん、身寄りのない人の日々の糧になるって言ってましたね。
「それがヴィオラ・サファイアを使っているとなれば、価値が上がると思いませんか?」
「……思います」
「しかも、元々のヴィオラ・サファイアの価値が上がると、工芸品たちの価値もさらに上がると思いませんか?」
「……思います」
「では、ヴィオラのできることは?」
「……宣伝、頑張ることです」
「よくできました!」
滔々と旦那様に説明されてしまいました。褒められたけど、あんまりうれしくないのは何故?
でも、そうですね、ここは領主夫人としての頑張りどころです! ……社交、めんどくさいけど。
「王都に帰ったら、さっそく加工しましょう」
「……はい」
これも公爵夫人のお仕事と割り切ります。
「旦那様、とりあえずはいつもの宝石商で加工させてはいかがでしょうか?」
ロータスも嬉々として話しに加わってきましたよ。
「そうだな。とりあえずはそうしようか」
ロータスの提案に、旦那様も満足気に頷いています。
「お披露目のパーティーなどをなさるのでしたら、お飾りに合わせた衣装もお作りになられた方がいいのではないでしょうか?」
おおっと、今までじっと空気に徹していたステラリアまでが参戦してきました。
「そうだな。帰ったらすぐに採寸に来てもらえるよう、マダムに手配をしておいてくれ」
「かしこまりました」
ステラリアがにっこり微笑んでいます。ついこの間、公爵夫人としての役割を言い聞かせられた直後ですからね、いやとは言えないですよ。
社交界、引退予定だったんだけどなぁ……。
今日もありがとうございました(*^-^*)