襲撃☆
毎日充実の使用人ライフ……もとい、奥様ライフをエンジョイしていたら、あっという間にひと月が経っていました。相変わらず疎遠な夫婦ですが、使用人さんたちとはすっかり仲良しになれました! 方向違うだろとか言わないで☆
旦那様が出張から帰ってきてから知ったことですが、普段旦那様が帰館の際は、まず本館に帰ってきてロータスと話をしてから別棟に行かれるようで、まっすぐに別棟に帰るわけではないみたいです。
ですから、私も毎日一応お出迎えはするようにしています。
と言っても、
「お帰りなさいませ」
「ただ今戻りました。今日は何をされていたのですか?」
「今日は刺繍などをしてましたの」
嘘っぱちです。侍女さんたちとサロンのカーテンを新調してました☆ 刺繍? 公爵家に来て初日以来そんな非実用的なものはしてません!
「それはよかったです。今日もつつがなくお過ごしのようで何よりでした。では」
一応旦那様は私のことを丁寧にあつかってくださいます。その日一日私が何をしていたのか聞いてくれますが、きっとこれは社交辞令でしょう。使用人ライフをエンジョイしているなどとは口が裂けても言えませんから、『お花を生けてました』(家じゅうのお花を交換。掃除の一環)とか『お庭を散歩してました』(庭園の花を物色。これも家に飾るため)などと適当にオブラートに包んで報告します。
すると、満足そうに微笑んでからさっさと別棟に帰っていきます。
これくらいしか会話はありませんが、そういう契約なので無問題!
今日は新しい花瓶を探しに、倉庫として使っているところに連れて行ってもらいました。
そこには花瓶だけではなく、色々な家具類なんかも置いてありました。花瓶探しはミモザに託して、私は仕舞われているそれらを見ていました。
「ねえ、ミモザ。ここに置いてある家具ってどうしたの? まだまだ使える物ばかりじゃない?」
私は目の前にあるテーブルの埃を指ですくいながらミモザに聞きました。拭われた埃の下からは美しい寄木細工の模様が見えています。いわゆるアンティーク家具ですね。
「はい、こちらは以前サロンの模様替えの際に使用しなくなった家具類でございますの。先代の奥様がお輿入れの際にお持ちになったものと聞いておりますわ」
花瓶を物色しながらもミモザは答えてくれました。
「へえ、そうなの。モノがいいからまだまだ使えるのに、こんなところに置いてちゃ可哀相だわ」
私はそこらへんに置いてあった布を拾ってくると、さっと机の上を拭きました。そうして現れたのは、かわいらしい花がデザインされた天面でした。
「まあ! かわいいじゃないの!」
思わず言ってしまいました。
その言葉にミモザが振り返り、私の手元を覗きこむと、
「ええ、本当ですね! 今となってはレトロな感じで味がありますわね」
微笑ながら同意してくれました。
他の家具も見てみると、先程のテーブルと共通の意匠のものばかりです。椅子・チェストなど。
レトロだけどかわいらしいデザインが、すぐさま気に入ってしまいました。
「これ、もう一度使えないかしら?」
「え? どちらにですか?」
「サロンに」
「はあ」
今使用している居間は、落ち着いた濃茶の家具で統一されています。先代の奥様、いわゆるお姑さんの40代半ばのご趣味で選び抜かれているので、落ち着くっちゃ落ち着くんだけど、落ち着き倒しすぎてるんですよね~。居心地はいいんだけど、もうちょっと若さが欲しい……。一応これでもぴちぴちの10代なもんで。
新しく家具を買うなんてもったいなくてできないけど、ここにこうして利用可能なものがあるんだから、リバイバルさせなくてなんとする!!
私は鼻息も荒く腕まくりをすると、
「ちょっとロータスとダリアに相談してくるわ!」
物置にミモザを残して、二人を探しに出ました。
ちょうどエントランスに差し掛かったところで、
「あら、そこの方。ロータスかダリアを呼んできてくれないかしら」
と女の人に声をかけられました。
はてな。ここは天下のフィサリス公爵家。もしやお客様などが来られた際はまず最初にロータスが出て行くはずです。というか、お出迎えしているはずです。なのにこの声の主様は一人でエントランスに佇み、執事か侍女長を呼べと言う。案内もなしに入ってきたということは……。
それって不法侵入じゃね?
胡散臭げな顔になっているのは仕方ありません。おいおい衛兵のオニーサン方、綺麗なお姉さんだからって易々と不法侵入許しちゃまずいでしょ。
ん。あれ? この人どこかで見たことあるなぁ。
あ。
「あなた。貴女に言ってんのよ。早く呼んできて頂戴」
ちょっといらいらしながらそう言うのは、先日旦那様といちゃこらしていたカレンデュラ様ではあーりませんか!
「は、はい! ただ今!!」
セーフ!! カレンデュラ様は私をご存じないから絡まれずに済みました! 私はそそくさとその場を後にし、当初の目的でもあったロータスとダリアを、先程よりも気合を入れて探しに行きました。
幸いロータスは自分の執務室にいたのですぐに捕まえることができました。
忙しなくノックをして『ハイ』という返事を確認するや否やガチョッとドアを開けて、
「エントランスにカレンデュラ様が押し入ってます!」
前置きもなしに、私は開口一番ロータスにそう告げました。
「カレンデュラ様がですか?」
私の興奮とは裏腹に、執務中につけている銀縁メガネを中指で押し上げたロータスはどこまでも冷静です。
「ええ。ロータスかダリアを呼んできて頂戴って言われたの」
「そうですか。畏まりました。奥様は……今は来ない方がよろしいですね」
おもむろに眼鏡を外し、手元の書類を簡単に片づけながらロータスが私に言いました。
「あ、そうですか? じゃあ私は部屋の模様替えで忙しいから、このままダリアを探しに行きます」
私がいたって話すことなんてないし、いなくても大丈夫ということですよね。第一用事があるのはロータスとダリアにだし?
コテン、と首を傾げると、苦笑いが返ってきました。
「……部屋の模様替えですか。わかりました」
では、と部屋の前でロータスと別れたのです。
……が。
ダリアをその後すぐに見つけたので、ミモザの待つ倉庫に戻ろうとしたんですが、どうしてもエントランスを通らなければならないんですよね。
そこにはロータスとカレンデュラ様がまだお話をしていました。
知らん顔して通り過ぎようかと思ったのですが、目ざとく私とダリアの姿を見つけたロータスが目配せしてきたのです。ま、要するに『今出てくんな』ってことですね。
それを瞬時に察知したダリアに柱陰に引き込まれ、そのまましばらく二人の様子を見守ることにしました。
しんと静まり返ったエントランス。
え? 聞き耳立ててたわけじゃないですよ、勝手に聞こえてきたんですから☆
「ご結婚からひと月もたってしまったのにまだ奥様にご挨拶もしてなくて」
「そうでございますね」
「ですから、奥様はご在宅かしら? ぜひともお会いしたわ」
「生憎ですが、奥様は忙しくなされておられまして」
「あら、社交などされない方とお聞きしててよ?」
「はい。ですが今日はご実家に用事があり、お出かけしておいでです」
「まあ、残念。仕方ないわね、では日を改めるわ」
「よろしくお願いします」
おお、カレンデュラ様は私に会いに来たのですか! 大事なことなので二度言いますが、会っても話などありませんよ? てゆーか、これって愛人が本宅に押しかけたってことですよね? いわゆる修羅場ってやつですか? きゃあ! ビバ☆シュラバですよ! あ、ワクワクしているのバレマシタ?
しかし、ロータスの態度はいつもとは違いますね。
いつもは人当たりもやわらかく優しいおじ様然としているのに、カレンデュラ様に相対する態度は慇懃無礼。
カレンデュラ様も尊大な感じだし、何このギスギスした空間は!
このまえよりも間近で見るカレンデュラ様は、ルビーのような情熱的な色の瞳に夜の大河のうねりのような黒髪。やっぱり美人さんでした。そしてボンキュボンなナイスバデーって、ドンダケお色気星人ですか!!
フェロモンだとか色気だとか、そういった形容詞がぴったりです。若干退廃的なのは否定できませんが。アンニュイな美人さんとでも言いましょうか。
背もすらりと高いですね。私と同じくらいかしら。こんな人が踊ったら、そりゃあ誰でも虜になるでしょうね~。旦那様の気持ちもちょっとわかっちゃいます。
柱の影から二人のやり取りを見ていた私とダリアでしたが、カレンデュラ様が出て行って少ししてから、
「もう大丈夫ですよ」
という、いつものロータスの優しい声に、腰を浮かせました。
「まったくもって私のことに気付きもしませんでしたね~」
仁王立ちでエントランスを見る私。
「ええ。かわいらしい侍女にしか見えませんからね」
それを苦笑で答えるロータスです。
「まあ、カレンデュラ様はくぎを刺しにいらっしゃったのでしょう。奥様が会われる必要はありません。われわれで対処いたしますので」
「わかったわ。よろしくお願いします。……さ、ダリア、部屋の模様替えよ~!」
「「……切り替え、早いですね……」」
またも苦笑するロータスとダリアでした☆
今日もありがとうございました(*^-^*)
設定として、ヴィオラは169cmくらい、カレンデュラは170cmくらいで考えています。女子にしては高身長☆