いろいろ、ドキドキ
輿に乗るという丘のふもとまでは馬車で移動しました。少しですがお泊りするための荷物もありますからね。
ルクールの港からほんの少し陸地に入ったくらいで、もう丘のふもとに到着しました。
「近くで見ても、結構な斜面ですね」
いやむしろ、近くの方がより実感するというか。結構な角度で見上げてますもんね、今。
「そうですね。普段訓練している僕たちならば大丈夫でしょうけど、女性にこれは厳しいかな。さ、降りますよ、しっかり摑まっていてくださいね」
「はーい……って、ええっ?!」
先に馬車から降りていた旦那様が手を差し出してきたので、いつも通り何気なく手を乗せると、そのまま引き寄せられ、横抱きに抱き上げられてしまったではないですか!
心の準備も何もしてませんからびっくりして旦那様にしがみつきましたよ。
つーか、なんでお姫様抱っこよ? ふつーにエスコートしてくだされば、自分の足で降りれますが?
「えーと、旦那様? なぜに私は抱き上げられてるのでしょうか?」
おずおずと尋ねてみれば、
「輿に乗る際の段差が高いのでね。乗り込むのに苦労すると思って」
「ああ、なるほど」
いい笑顔で説明されたので、納得しかけた私ですが。
「段差があるから、この足置きを使うといいですよ」
「「はーい」」
私たちの後ろで、ロータスとステラリアたちの声が聞こえてきました。見ると、輿は確かに私たちの腰の高さくらいの台に置かれているので、よじ登るには苦労しそうなのは確かですが、その分ちゃんと 踏 み 台 が 置 か れ て い る で は あ り ま せ ん か っ !
そしてそれを使ってラクラク輿に乗りこむ侍女さん二人とロータス。
「……旦那様?」
「ナニカナ~?」
嵌めたな。
じとんとした目で見ても、旦那様はしれっと斜め上をむいて口笛なんか吹いてます。
アナタ、確信犯ですね!
私のじと目をスルーした旦那様は、そのまま私たちが乗り込む輿へとずんずんと近付き、私を先に輿に乗せてから、自分は片手を突いたかと思うとひらりと飛び乗りました。あ、踏み台いらなかったね、旦那様!
……じゃないですね。
旦那様と私、ロータスと侍女さん二人を乗せた輿、合わせて二台の輿と、前後を守る護衛騎士さん数名(これは徒歩ね!)のご一行様が、ゆっくりと丘を登って行きます。
座面にはふかふかのクッションが置かれてあるし、横は柵もついているので、間違って零れ落ちなさそうですし、天蓋もついていてかなり快適です。
ゆっくり進んでくれていますが、やっぱり揺れます。だって人力だもの。
「結構揺れますね」
「そうですね。ああ、あまり揺れると危ないですから、しっかり僕に摑まっておいてくださいね」
「遠慮なくそうさせていただきます」
旦那様は日頃から体を鍛えているからか上手く踏ん張れていますが、私はそうではありませんので揺れに合わせてゆらゆらしていると、旦那様が肩を抱いて引き寄せてくださいました。助かります。
旦那様にもたれ掛るとやっぱり安定しますね。露台といい、この輿といい、旦那様がすっかり命綱化しております。すいません、なんか便利に使っちゃってますね☆
命綱ができて余裕ができた私は、これまで登って来た道、そして海を見たのですが。
「――!!」
ちょっと登って来ただけと思っていたのに、結構な高さまで登ってきていました。つーか、これ丘の斜面じゃないよね。崖っぽい。海がほぼ真下に見えるんですけど?
ちなみに私は海側に座っております。景色いいからうれしいなとか思ってましたけど、これなら山側に座ればよかった。って、選べなかったけど。
改めて丘の斜面の急さにガクブルしていると、
「大丈夫ですか? あまり下は見ない方がいいですよ」
「そんな感じですね。もう見ちゃいましたけど」
ハハハと笑いながらこちらを見てくる旦那様の笑顔がまぶしいです。かなり見慣れてきた旦那様のキラキラスマイルですが、こうも間近で見るとドキドキしてしまいますね。……なんか最近こんなことが多いよなぁ?
旦那様がやたらと近いからでしょうか? ドキドキのシチュエーションが多いせいでしょうか?
「う~ん」
「どうしました?」
私のドキドキがなんなのかを考えていると、唸り声を聞いた旦那様が顔を覗きこんできました。濃茶の綺麗な瞳をみると……やっぱりドキドキしますね。
ためしに旦那様から視線を外し、ちらっと眼下を見ると……すっごいドキドキしますね!
右を見ても左を見てもドキドキするって、気が休まらないんですけど?
「いえ、まあ、どうってことないんですが」
「でも、なにか考え事してたんではないですか?」
「ええ。う~ん、ステラリアとローザと一緒に輿に乗ってたら、ドキドキしなかったのかなぁって」
むしろワイワイきゃぴきゃぴ楽しかったかも! と続けようとしたのですが。
「はあ? ……じゃあ、僕は誰と一緒に乗れと」
「もちろんロータスで「ないですね、却下」……デスヨネ~」
旦那様が見る見るうちに不機嫌になりました。あら、そんなにロータスと一緒はお厭だったのかしら。
おバカな話をしていると、気が付けば丘の上に着いていました。
丘は海につき出す半島のようになっています。角度を変えれば独立した島に見えるような。
ルクールの別荘の方からは見えないところに丘の上の別荘は建っていて、こちらもまた海を一望できるロケーションです。
こちらも年季の入った素敵な建物で、ルクールの別荘と同じような大きさです。
ここまで来るのにそんなに時間がかかりませんでした。まだお昼には早い感じです。
私たちは輿ごと別荘に入っていきました。気分は運ばれてるって感じだけど。
エントランスを抜け、サロンに案内されました。
ロータスや侍女さんたちが荷解きをしはじめたので、このままお昼を食べて一休みするのかな、と思っていると、
「さ、ゆっくりしている暇はありませんよ」
「へ?」
ちょっと休憩という暇もなく、旦那様に手をとられてまたサロンから連れ出されました。
「え? 着いたばかりですよ? どこに行くんですか??」
旦那様に手を引かれて進みながら、やっと聞けば、
「ヴィオラに見せたいところはここじゃないんでね。綺麗に見える時間が決まってるので、急いでるんです。最高のものを見せたいですからね! はい、ではまたしっかり摑まってくださいよ!」
「え?! きゃ!」
そういったかと思うとまた抱き上げられてしまい、そして輿の上に逆戻りです。
だーかーらー、踏み台使おうよ。
ではなく、せっかく降りたところなのにまた乗り込むって、どこ行くんですか?
「じゃあ、急いで」
「「「「はい!」」」」
「「「いってらっしゃいませ」」」
輿の担ぎ手さんにそう声をかけている旦那様。担ぎ手さんは行先を知ってるんですね? そして今回ロータスたちは別荘待機のようで、いつの間にかお見送りに出てきています。そして徒歩の護衛騎士様たちだけがついてきてくるようです。
旦那様の指示通り、さっきよりも早さの増した輿は揺れました。もちろんしっかりと旦那様につかまらせていただきましたとも!
幸いは、先ほどのような崖……ではなく斜面を行くのではなく、なだらかな下り道だったということですね。せっかく登って来たのに下ってますよ。
どこに行くのかわからないまま揺れに任せていると、小さな船着き場に出ました。ルクールの港からは真裏になる感じですかね? 小さな舟が止まる、プライベートな船着き場のようです。
また旦那様に抱き上げられて輿から下ろされました。いい加減、踏み台使いたい。
「舟に、乗るのですか?」
船着き場には小型の舟がつけられていました。せいぜい10人くらいしか乗れなさそうな小さな舟です。船体の横には、さらに小さな舟をくっつけています。荷物を載せる用でしょうか? 脱出用? まあいいですけど。
「ええ、これに乗って行きますよ」
旦那様は私を抱えたまま、ひょいっと舟に乗り込んでしまいました。
輿の担ぎ手さんと騎士様方も続いて乗り込んで、乗船完了のようです。担ぎ手さんは、今度は舟の漕ぎ手さんに変身です。一粒で二度おいしいですね!
舟はゆっくりと離岸しました。
海は波も穏やかで、小さな舟ですがそんなに揺れません。
くるりと丘のある半島を、ルクールの方に向かって漕いで行っているようです。
ちょうど丘の上の別荘の真下くらいに来た時でしょうか、そこで舟は一旦止まりました。別荘の真下あたり、というか半島の突端辺りは断崖絶壁になっています。波が打ち寄せてちょっぴりえぐれた感じです。
こんなところで止まっちゃって、なんだろうと思っていると、
「こっちの、小さい舟に乗り換えです」
そう言って旦那様は、この舟の横についている小さな舟を指しました。脱出用とか荷物用ではなく、私たちが乗るんですね! そうなんだ。
大人が4,5人も乗ればいっぱいになるような小舟に、旦那様と私、漕ぎ手さんと騎士様一人が乗り込みました。うん、男の人、しかも結構ガタイのいい(旦那様も上背ありますからね!)男の人ばっかり乗り込んでるから、窮屈……。
しかも、なんでかなぁ、旦那様の膝の上に横抱きで乗せられてます、私。
「あの~。一人で座れるんですけど?」
じと目で旦那様を見上げれば、
「まあまあ」
テレテレと笑う旦那様。
何がまあまあなんですかね? 今日はやけに抱き上げられる日です。またやっぱりくっついてきましたね、コノヒト。舟にドキドキ、旦那様にドキドキ、なんか私の心臓もたないなぁ。
小舟はなぜか絶壁の方を目指して進んでいます。このままだとぶつかります。
「こっちに近付いちゃって大丈夫なんですか?! 波は穏やかだけど、ぶつかったら大変ですよ?」
ぶつかったらどうしよう、そう思うと旦那様にしがみつく手に力が入るってもんですよ。
旦那様の胸元をぎゅっと握り締める私の手を、旦那様の手が上から覆い、
「ほら、そこを見てください」
「?」
私を安心させるためか旦那様はにっこり笑うと、崖と海面のあわいを指差しました。
よく見ると、小さな穴が開いています。波に見え隠れしていますが、洞窟か何かがあるのでしょうか?
「穴が、見えますね」
「そう。あそこに入ります」
「はあっ?!」
その穴は、幅はこの舟より少し広いくらい、高さは確実にこの舟ギリギリくらいです。
そこに入るって?! 正気ですか?!
つか、私以外の誰もが平然としてるんですけど? これってフツーなの?!
呆然と旦那様を見ていると。
「漕ぎ手の合図とともに舟の底に伏せますから。怖かったら僕にしっかりと抱き付いておいてください」
そう言って抱き寄せてくれますが。
怖いわっ!! ……すみません、取り乱してしまいました。
いいよ、もう。しっかり抱き付いておきますとも!!
私が開き直ったのがわかったのか、
「では、タイミングを計りますので、みなさまは伏せていてください」
と漕ぎ手さんが言いました。
私たちはとりあえず寝そべりました。横を向いて寝そべって、舟の淵ギリギリの高さです。そのまま旦那様にしがみつきました。つか、これ、抱き付いてるって言った方が正しい感じですね。もういいけど。
ドキドキしますが、旦那様がいるから大丈夫かな。でも、旦那様とくっついてるのもドキドキしますよ。
あ、まただ。
どっちのドキドキかわからんことになってきました。
色んなドキドキをしながら待っていると、一瞬のタイミングを見て漕ぎ手さんはその小さな穴の中に入ってしまったようで、辺りが真っ暗になりました。
「もういいですよ」
漕ぎ手さんの言葉にゆっくりと体を起こして座りなおすと、私たちは真っ暗な洞窟の中にいました。
入り口の狭さからは想像もできない、広い空間です。
ほんのりと海の色が青く明るく光って見えます。それが幻想的で綺麗のなんの!
「すごい、広いですね! しかもこの海がほんのり光ってるのが綺麗で!」
私は少し身を乗り出してみました。光る海は透明度も高く、底までも綺麗に見えています。
「そうですね。入り口があんなだから想像つかなかったでしょ。ああ、あまり乗り出しちゃいけませんよ。こう見えて結構深いんで」
そう言って私に回す腕の力を強める旦那様ですが、旦那様の命綱はもはや抜群の安定感ですからね!
「はい! でも落ちても旦那様が助けてくださるんでしょう?」
「そりゃもちろんです。けど、そもそも落としませんけどね」
「でしょう!」
感心しきりの感動しまくりで、私があちこちをを眺めていると、
「でもね、ここからが本番ですよ。じゃあ、頼む」
旦那様は漕ぎ手さんに指示を出しました。まだ何かあるのかしらと、旦那様を見ていると、
「かしこまりました」
返事をした漕ぎ手さんが、ゆっくりと舟を旋回させました。
私たちが今入ってきた入り口の方を向くようになった瞬間。
「――!!」
狭い入口から入ってくる光が、水を青く青く輝かせていました。
真っ黒な洞窟と、青く光る水のコントラストが素晴らしく。私は言葉が出ませんでした。
「ね、綺麗でしょう?」
絶句する私を抱き寄せながら旦那様が耳元で囁きましたが、私はコクコクと頷くしかできませんでした。
「綺麗で感動したのはわかったから、息しようね? ヴィオラ?」
「……ぷはぁ!! 息するのも忘れるくらいに綺麗ですね!! あ~、死ぬかと思った」
「息が止まるとかいうのは表現だけにしてください」
今日もありがとうございました(*^-^*)