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ちょっと、自覚

露台からは海だけでなく昼間に通り過ぎた港もよく見えました。それだけではありませんね、とにかく目の前いっぱいに海辺のパノラマが展開されています。

私は露台の手すりにしっかりとつかまりながら(乗り出したら危ない!)、オレンジからだんだんと藍が濃くなり、やがて夜の帳が下りるまで、ゆっくりと日没観賞させていただきました。ピエドラの丘からの夕日ももちろん綺麗でしたが、なにせ海というものがお初な私。感激もひとしおです。こんな絶景独り占めできる……なんて贅沢! すっごい満足です! 


「満足いただけましたか?」


私が夕日の美しさに感動していると、後ろの命綱……もとい、旦那様が頭越しに声をかけてきました。そうだ、独り占めとか言っておきながら……独りじゃなかったですね。うん、まあそこは臨機応変に(なにがだ!)

「はい! とっても綺麗で感動しました~! 海に沈む夕日ってこんなに綺麗なんですね!」

そのまま顔を上げて下から旦那様の顔を覗き込むと、クスクス笑われています。あ、ちょっとはしゃぎすぎて答えがお子ちゃまだったかしら。

旦那様の微笑みが目の前の海のように凪いで優しいものだから、ちょっとドキドキしちゃうじゃないですか。

私ったら、なんか変に意識してる? 旅行に出てからの旦那様が、今までの旦那様と違うからでしょうか? ああでも、崖っぷちの露台にいるせいと、さっきからくっついたままだから、ダブルのドキドキなんですよきっと。そうだそうだ。

よくわからないドキドキに戸惑っていると、

「どうしました?」

旦那様は私の不審な様子に首を傾げています。

むむ、鋭いですね。

旦那様、最近私のちょっとした表情の変化とかに敏感なんですよねぇ。私、ポーカーフェイスとか苦手なんですけど、あんまり感情ダダ漏れは恥ずかしいので気を付けないと。

「ちょっと下を見ちゃったら、結構な高さにドキドキしただけです。あはっ☆」

そう言ってとりあえず笑って誤魔化した私に、旦那様は微笑み返すと、

「大丈夫、僕がヴィオラを落とすわけないでしょう?」

「ハハハー。ソウデスネー」

私を囲っている腕が一層締まりました。ぐっ……拘束、強くなった……。

でもなんだかんだと言いながら、すっぽりとこの腕の中に包まれているのは安心感があります。細身に見えて、しかし、しなやかについた筋肉が、私に触れるところからわかります。さすが騎士様です!

あれ。夕日観賞していたはずが、おかしな方向に思考が暴走しちゃってますね。

ドキドキとか筋肉はどうでもいいんですよ。夕日よ夕日。

しかし日は、気が付いたらすっかり海の中に沈んでしまっていました。名残りのオレンジ色が、わずかに水平線に見えるだけです。

あ~、もっと集中して観賞するべきだった! 余計なこと考えちゃダメですね。また明日、日没の時間くらいに露台に来よう。でもって、ゆっくり堪能しよう! 

私が心ひそかに明日の夕日観賞を決意していると、思考暴走中の私を黙って見守っていた旦那様が、

「明日は港の向こうに行きましょう」

そう言いました。そっか、明日は港の向こうに行くのか。って。ええ?

「港の向こう?」

そう言って旦那様が指差す方向を見れば、薄暮の港の向こうに丘が見えました。結構急勾配のようで、ジグザグの道が残照に白く浮かんで見えます。ジグザグじゃないと登れないほどの急な斜面なんですね。私いちおう王都育ちなんで、山道を登ったりしたことないんですけど……。毎日使用人さんと一緒に動き回ってるから、結構体力には自信ある方ですけど、さすがにあれは。で、でも頑張ります。

しかし、せっかく海に来たのにまたなんで山(丘?)登りなんでしょう?

私が怪訝な顔をしているからでしょう、

「丘の向こうに、またヴィオラに見せたい素敵なところがあるんですよ」

そう教えてくれました。

ピエドラの夕日と言い、今日の海への日没と言い、旦那様の絶景チョイスはなかなか侮れないということを見せつけられました。私に見せたいと言うくらい素敵ということは、期待できるんじゃないですか? ちょっと楽しみになってきました!

「そうなんですね。では楽しみにしておきますわ」


山登りか。明日は動きやすい服がいいですね!




翌日。

朝食を終えるとさっそく旦那様が、

「では、準備ができたら出発しましょうか」

と、昨日言っていたとおり、丘の向こうに行く準備を促してきました。

しかし、どういうところに行くのかよくわかってないので、どういう服装をしたらいいのかを確認しておかないといけませんね。昨日見たジグザグ山道を盛装で登れとか言われたら多分死ねます。コルセットギュウギュウで酸欠死確実です。もしくは華奢なヒールの靴で捻挫まっしぐらか。

「今日はやっぱり、動きやすい服装の方がいいですよね?」

ロータスから受け取った書類に目を通している旦那様に確認すれば、

「そうですね、あまり動きにくいものは困る、かな? どっちでもいいですけど」

う~んと考えながら答えてくれる旦那様ですけど、それ、答えになってませんよ。

「どっちでもとか、ないんですけど」

もちろんじと目で詰め寄りました。

「じゃあ軽装で」

「わかりました。今日は丘の向こうに行って帰ってくるだけですか? 時間はかかるんでしょうか?」

今日も海に沈む夕日を堪能したい私は、帰りの時間も確認したのですが。

「丘の向こうにも別荘があるので、そちらでゆっくりしてこようかと思っています」

「……」

しれっとお泊り発言が返ってきました。

向こうにも別荘あるんだすごいね! ちょっと、いやかなりびっくりしちゃったかも。ほんと、そこらじゅうに別荘あるんですね。いくつあるんですか? もう、すごいねとしか言いようないです。

別荘の多さとか、お金持ちっぷりにびっくりしていたんですけど、旦那様は私の〝間〟を違うふうに解釈したのか、

「ロータスと侍女たちも連れて行きますから」

向こうに滞在しても大丈夫ですよ、とか言ってます。ワタシ的にはピエドラの町の散策みたいな、気楽な遠足だと思ってただけなんですけど。気楽っぽくなくてびっくりしてただけなんですけど。

「……結構大袈裟な遠足ですねぇ」

「ではロータスたちは別荘こちらに置いていきましょうか? ああ、そうですね、二人きりでのんびりするのも……」

旦那様は『いいこと思いついた!』とばかりに顔を明るくしていますが、『二人きり』という言葉に過剰に反応した私。

う~ん、昨日の今日で旦那様と二人っきりとか、ちょっとドキドキしちゃうなぁなんて。きっと旦那様のことだから、やたらとくっついてくるだろうし、それはちょっと困りますねぇ。いつもソファはくっついて座ってくるし、移動はナチュラルに手を繋いでくるし、昨日だって、あんなにくっついて夕日観賞したくらいだし……って、ぎゃっ! うっかり昨日の露台でのことを思い出してしまったので、頭をぶんぶん振って回想を追いやり、

「あーでも、私は自分のことは自分でできますけど、やっぱりよく考えたら旦那様にご不便をおかけするのはよくないですわぜひ連れて行きましょう! せっかく王都から離れたんだし、みんなで観光というのもありですよね! ここは絶対に一緒に行きましょう!」

旦那様のお言葉を最後まで聞くことなく、私は一息でいい切りました。ああ、息切れしたわ。

二人きりなんて、またドキドキさせられっぱなしのような気がして、ちょっと今は遠慮したいところなんですよ。

「……はい」

ああ、旦那様、項垂れないでくださいませね?




動きやすい軽いワンピースと、歩きやすさを考えてローヒールの編み上げのブーツを履いたら準備はオッケー。

「遠くから見ただけなんだけど、モンデュックの丘と違って結構急な斜面だったわよ? あれじゃあ馬車も無理そうなんだけど、やっぱり徒歩よね? 私に登れるのかしら? どのくらい登るのか、丘に上ってからどれくらい歩くのかとか、全然教えてもらってないからさすがに歩けるのか自信ないのよねぇ」

昨日見た斜面を思い、ちょっと不安を覚えてステラリアにこぼすと、

「丘の向こうへは輿こしに乗って行きますから、心配はいりませんよ?」

とさらりと答えられました。

え? 輿? 輿って、人力で担ぎ上げるやつですよね? 馬力ではなくて人力?!

「こ、輿に乗るの?!」

移動は馬車がスタンダードですからね、輿なんて、国王様や王妃様が何かのパレードで乗っていたのを見たことがあるくらいです。そんな畏れ多い乗り物に乗っちゃうんですか!?

思わぬ乗り物にギョッとしてステラリアに聞き返すと、

「ルクールの丘は奥様もおっしゃった通り勾配が急なのと道が細いのとで、残念ながら馬車では登れないんです。ですから、昔からここは輿を使っているんだそうですよ」

私も初めて来るので、こちらの使用人に聞いただけですけどね~と言いながら、ステラリアは教えてくれました。

「でも、人力っていうのがいたたまれないっていうか」

輿なんて高貴な乗り物としか認識のない私ですから、私ごときがそんな、畏れ多い。

「あーでも、この辺りでは丘の上に行くには一般的な乗り物だそうですよ? それに担ぎ手は海の男たちですから、力自慢ばかりですのよ。それに輿担ぎは、海に出ていない時の収入源ですから、むしろ積極的に使っていかないと」

「え? そうなの?」

輿イコール高貴なお方の乗り物という今までの認識とは大違いなので、私は目をぱちくりさせるだけです。

「はい。仕事を作り出し、経済をまわしていくのも領主のお勤めですからね」

「うう……たしかに」

「それを積極的にこなすことも必要なのです」

凛として私を諭すステラリアに、私は小さくなるばかりです。

「……ステラリアがダリアに見えてきた……」

「よく言われます」


領主が領民のために仕事を生み出し、積極的に活用していく。ええ、わかってますとも。わかってるんですけどね。実家では落とすお金がなかったので、領地外に売って稼いでいましたから、領主じぶんたちもお金を落とすということをすっかり失念しておりました。むしろケチケチ生活していたもんですから……。がーん。

そうですよね、もう私は貧乏伯爵家の地味令嬢じゃないんですよね……。公爵家に来てからも、もったいないもったいないって言って、全然消費活動してきませんでしたね。


……ダメじゃん、私。


今まで誰にも言われなかったから気付かなかったけど。甘やかされてましたね、私。

ステラリアのごもっともな話を聞いて、頭をガツンと殴られたようになりました。ここに来て、自分の至らなさを痛感させられるとは……!


打ちひしがれて、ふらふらっとベッドに突っ伏すと、

「お、奥様?! どうされました? ご気分でも悪くなられたのでございますか?」

ステラリアが慌てていますが。

「あ、大丈夫。そんなんじゃなくて、ちょっと、目からうろこ」

「はい?」

「ちょっと反省」

「はあ」

枕に埋もれたまま答える私に、ステラリアがキョトンとしています。

ここでうだうだとしていても、時間が無駄に過ぎていくばかりです。過ぎてしまったものは仕方ない。これからやればいいことです! よし、吹っ切れた!

「……ここでこうしていてもダメね。浪費はダメだけど適切に使うことも大事なのよね」

「そうでございますよ?」

「よし! もう大丈夫!」

私は自分を奮起させるように声をかけてから、勢いつけて起き上がりました。

軽やかに着地し、ベッドにダイブして乱れた服を綺麗に整えてから、

「さ、旦那様をお待たせしてしちゃってるわ、そろそろ行きましょうか」

ステラリアに向かって言いました。

びっくりしたり反省したり、さっきから忙しい私にキョトンとなってますね。ごめんね!


とにかく、輿に乗って丘の上に行くんですよね? 初めて乗るから楽しみになってきました! 

我ながらすごいポジティブ。


今日もありがとうございました(*^-^*)


本文『山登りか。明日は動きやすい服がいいですね!』の後に入れたかった会話。メタ発言ぽいので本文では割愛しましたが。


ヴィ「ところで旦那様」

サ「なんでしょう?」

ヴィ「バナナはおやつに含まれますか?」

サ「は?」


……スミマセン!!


あと、更新お待たせのお詫びに本日(6/13)の活動報告に小話を載せる予定です。よろしければ覗いてやってください。

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