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海の領地へ

別荘に帰ると、旦那様とロータスが『ヴィオラ・サファイア』について本格的に検討に入ってしまいました。マジか~、本気でやる気か~。

旦那様とロータス、フェンネルが、居間で話し合っています。旦那様が乗り気の時は、誰も止められないんですよねぇ。ええ、いろいろ学習してますとも。


「私の名前を宝石につけるって、正気の沙汰じゃないわよ」

一方私は、ブツブツ言いながら今日のお土産、雑貨屋さんで買ってきた髪留めやブローチを使用人さん(ただし女の人に限る)に配っています。公爵家の前侍女頭のアニス――別荘では使用人頭だそうです――とメイドさん、そしてステラリアとローザです。

ヴィオラ・サファイアの検討の場にいるのはいたたまれないので、私はダイニングに逃げてきました。できれば使用人さん用のたまり場に行きたいところですが、いかんせん場所を知りません。ではなく、ここではできません。

「若奥様の瞳と同じ色ですもの、名付けたくなるのも無理ありませんよ。ほら、これ。とっても綺麗ですよ」

クズ石のサファイアをちりばめた髪留めを手にして、穏やかに微笑んだアニスに宥められます。クズ石でも鮮やかできれいな色です。

むむ、確かに私の瞳と同じ色ですけど。

「サファイアは確かに綺麗なんだけどね、そんな、私の名前を冠したら売れるものも売れなくなると思うのよ。せっかくの石なんだし、どうせなら『王妃のサファイア』とかの方がよさげじゃないです?」

結構いいネーミングだと思うんだけど。ドヤ顔で提案したら、

「そもそも王妃様はサファイアの瞳じゃないですよ」

「あ、そか」

ステラリアに一蹴されました。ステラリアのツッコミは、ダリアに似ていつも冷静。くすん。

「それに奥様のお名前は、今や王宮でも知らぬ者はおりませんのよ?」

つい最近まで王宮女官をやっていたステラリアが言うんですから、本当なのでしょう。つか、どういうことで私の名前が有名になっているの?!

「……ちなみに、どういうふうに言われてるの?」

怖いもの見たさで聞いたのですが。


「見た目は儚げな美少女ながら、立ち居振る舞いは完璧なレディ。スタイルもよくオシャレのセンスは抜群で、マダム・フルールのドレスを見事に着こなしている。外見だけでなく中身も淑女というにふさわしく、ダンスも上手く、おしゃべりしても聞き上手。そして何より、あの公爵様をメロメロにしてしまったという事実ですからね! もはや社交界の華と言われておりますのよ。それも、めったに姿を現さないから『幻の花』と」


おーまいがー……。

目の前が真っ暗になりましたよ。クラッときました。

「あ、奥様!」

おののきにふらつくと、慌ててステラリアに支えられました。

「それ、一体誰のこと? もはや私のことじゃないわよね。あ、アイリス様? まさかのバーベナ様のことじゃなくて?」

「奥様のことですわ!」

きっぱり。また断言されてしまいました。

つか、もはやそれ誰よ? 絶対私じゃないね、それ。うわさが独り歩きしてるって、まさにこのことですよ。

そういえば、少し前にも社交界で同じようなことを言われてるって、ダリアに言われましたよね。あの時は社交界での話だったけど、とうとう王宮の女官さんレベルにまで噂が到達しちゃいましたか。恥ずかしい。そしてまた幻。

「まあ、そんな素敵なお方の名前がついた宝石なら、誰もが欲しがりますよ」

また朗らかに笑ってるアニスですけど、私そんないいもんじゃないですってば!

「私、そんなすごい人じゃないですから! ああもう社交界にも王宮にも顔出せないわよ、恥ずかしすぎて。やっぱり引退しよ。引き籠ろう」

その上名前を冠したサファイアですって? あ~もう辛い。

「引退なんて、何をおっしゃってるんですか。社交界おそとでやることはいっぱいありますのよ」

ステラリアに叱られました。

「それに、奥様ご自身がサファイアを身に付ければ宣伝になりますよ? もはや鬼に金棒、宝石は引く手あまたですよ! 王都に帰ったらすぐさまお飾りを作ってもらいましょう」

とうとうローザまでそんなことを言い出しました。


「最初は首飾りにします? それとも耳飾り? ああ、指輪も素敵じゃないですか? リアさんどう思います?」

「全部作っちゃいましょう! お飾りに合わせてドレスも作らなきゃね」

「デスヨネ~! 色はサファイアに合わせて青でしょうか?」

「いやいや、青が映えるようにここは白よ。アクセントに青をもってくるの」

「おお~、リアさん、さすがのチョイス!」

「お若い方は明るい色がお似合いですよ」

「私たちみたいにおばあちゃんになると、なかなかそういう色は着れないからねぇ」

「大丈夫、まだまだアニスは若いわ!」


私は置いてけぼりに、そのままみんなで怒涛の女子トークで盛り上がってます。アニスやメイドさんまで混じってますよ、きゃぴきゃぴ花が咲いたようです。楽しそうでいいなぁ。他人事だもんね。

社交界引退どころか、お飾りと次のドレスの準備がされそうです。王都に帰ったらすぐさまマダムが呼び出されるんだろうな。いや、待ち構えてたりして。そんな未来がありありと目に浮かびます。


「あーうん、まあみんな、ちょっと冷静になろうよ……」


逆に私が冷静になれましたよ。




「次は飛び地にある領地へ行こうと思っています」


次の日。旦那様は朝食の席でそうおっしゃいました。

「飛び地ですか?」

公爵家の領地はこのピエドラのある領地以外にもいくつか点在しているということは聞いていたので知っていましたが、どこにあるとか詳しくは知りません。

どこの領地とびちにいくつもり? と小首をかしげて旦那様を見ていると、

「ええ、いくつかあるのですが、まずは海の近くの領地へ行こうと思っています」

なんと海ですと! 

そんな素敵領地も公爵家は所有しているのですねぇ。すごいなぁ。

王都は海から遠い内陸にありますので、ほとんど王都育ちの私は行ったことなんてありません。そもそも旅行なんていくお金もなかったしね~。実家の領地も内陸にありますし、もちろん飛び地なんてものもありませんよ、オンリーワンです。

海などという素敵ロケーション、せいぜい絵でしか見たことありませんから、俄然テンションが上がってきました!

「海なんて、見たこともありませんからぜひ行ってみたいですっ!」

拳に力を込めて力説です!

「それはよかった。あちらは光あふれる明るい土地ですから、コバルトブルーの美しい海を堪能できますよ」

「それは楽しみです!」

光にキラキラと煌めく綺麗な海。ワクワクしてきました。


せっかく初めての海だからと、あちらにある別荘に2、3泊するそうです。

ピエドラからは馬車で半日ガタゴトと揺られます。王都からだと、まる一日という距離ですね。




王都と変わらぬ綺麗に整備された街道を行くと、お日様の明るさが違って見えてきました。

ル・クール・ド・ラ・メールという領地です。

「フルール王国の商業港としても重用していただいていますから、タイミングよければ異国の船なんかも見れますよ」

海岸添いの道を馬車に揺られていると、大小いろいろな形の船が停泊している港が見えました。旦那様の言うとおり、海の交易の拠点なのでしょう。異国との交易も握ってるのか。そりゃ公爵家はお金持ちだなぁ、と納得。

旦那様はしばらく何かを探す素振りをしていましたが、

「今日は生憎異国の船は見当たりませんね。こちらに滞在している間に見れたらいいですけど、こればかりは約束できませんからね」

どうやら珍しい船を探していてくれたようです。あ、でもそんなに興味ないから、お気を落とさずお気持ちだけで結構ですよ。

「いいんですよ。ところで別荘はどこにあるんですか?」

「この道の先、丘の上にあるのですが景色が素晴らしいところですよ。屋敷の裏が切り立った崖になっていて、その下は海が広がっています。この季節は海風が気持ちいいですね」

旦那様が窓越しに指さす方を見れば、小高い丘のてっぺんに別荘らしき建物が見えました。

陸地側から見れば小高い丘、一方海側から見れば切り立った断崖絶壁、下は海、そして海風。すごいロケーションですね。絶景だけど絶対身を乗り出したりしないでおこう。落ちる危険性大です。


ピエドラの別荘よりもさらに小ぢんまりしたルクールの別荘は、王都のお屋敷のように年季の入った建物ですが、家族のためだけに作られているようで調度品もさり気なく、落ち着く空間でした。


「こちらはそんなに広くないんですね。家族だけのって感じがしていいですね!」


さっそく旦那様に別荘の中を案内してもらい、あちこちを遠慮なく見せてもらいました。

なんだろう、この居心地の良さは。……あ、そうか。実家と同じくらいの大きさだからか!

長年馴染んだ広さに似てるんですね。それに、調度品もそんなに置いてないし、さり気ないから気を遣わなくて済みそうですし。そうかそうか、実家に似てるんだ。

「ここの別荘は本館と別棟に別れてまして、客をもてなす時は別棟を使うんです。崖に沿って別棟も並んでますよ」

「並んでって、いくつもあるんですか?」

「もてなし用の大広間のある別棟が一つと、あとは来客の滞在用の小さいコテージがいくつか。しかしうちの両親ともに社交的じゃないからここ最近は客を招くこともしてなくて、めっきり使われなくなってますけどね」

別棟たちは華やかなご領主様の時の名残ということですね。

本館が小ぢんまりしてるからって、敷地とか総てが小ぢんまりしてるわけじゃないんですね。さすがはお金持ち……ってこれ、この旅に来て何回思っただろ? いや、王都でも十分にお金持ちだとは思ってたんですけどね、旅行に来てからさらに思い知らされてるっていうか。




「さ。今日は移動で疲れているでしょうから、町の散策や別棟の案内は明日以降にしましょう」

「はい」

一通り別荘内を見て回ってから。

旦那様と私は、自分たちの部屋の前に戻ってきました。そのまま中に入るのかと思いきや。

「こちらの僕たちの部屋からは、海に沈む夕日が見えますよ。ピエドラの日没とはまた違った趣があって綺麗なんです」

旦那様は部屋の前で立ち止まり、ドアノブに手をかけたままそう言いました。

海に沈むお日様? どんなのでしょう?

「見たい! 見たいです!」

ワクワクしながら旦那様を見上げると、ニッコリと微笑んでから、


「いいですか、――どうぞ」


そう言って旦那様が大きく扉を開け放つと、海側の窓から海に沈む夕日の大パノラマが目に飛び込んできました。窓っていうか、海側の壁が一面ガラスなんですけどね。壁一面が海と夕日の絵画のようでもあります。

今まさに沈もうとしている瞬間でした。海がオレンジ色に染まっています。

「ふわ~、綺麗です」

一目散にガラス窓のところまでダッシュです。あ、露台には出ませんよ危ないですから。

私がガラス窓にへばりついて外を見ていると、

「露台に出ればいいじゃないですか」

旦那様がクスクスと笑いながら、露台に出るための扉を開けてくれていました。扉までガラスでできてるって、オシャレ!

「いやあ、風にあおられて海にドボンとかシャレになりませんから」

「そんなことないですよ! 手すりの高さもしっかりありますから、よほどの覚悟を決めて乗り越えないことには落ちませんよ。あはははは! ヴィオラは面白いことを言う」

よく見れば手すりは私の胸元までありそうな感じです。なら安心か。

「こんな高いところにくるの初めてですから」

海面からこの露台まで、いったいどれくらいの高さがあるんでしょう? 怖くて真下を見れませんけど。

「せっかくだし、外に出ましょう。大丈夫、僕が後ろから支えていますから」

そう言って旦那様は私の手を引き、露台に連れ出してくれました。

風はそんなに強くなく、あおられることはなさそうです。しかも後ろには旦那様という命綱つきですからね! 安心して夕日観賞できます。

「では遠慮なく」

手すりにつかまっていると、後ろから旦那様にふわりと囲われました。安心安全の日没観賞です。


あれ? なんかすごい密着してね?


今日もありがとうございました(*^-^*)

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