ワタシ・ブランド
旦那様が怒涛のカミングアウトをやらかしてくださったあれから。
何事もなかったように別荘に帰り(もちろん手つなぎでしたよ!)、何事もなかったような平常運転の使用人さんたちに迎え入れられ(動揺どこいった?!)、郷土色ふんだんの晩餐をいただき(やっぱ本場は違うね!)、いつもの寝る前押し問答を一通りやり(もはやお約束!)、一日を終えました。
ん? ……あまりにあっけなくね?
自分の陣地に落ち着き、布団をかぶってからちょっと疑問に思った私ですけど。
散歩でたくさん歩いたし、なによりいろんなことがあった一日でしたので、ぐだぐだ考えるまでにいたらず……ぐぅ。
「今日は公爵領自慢の鉱山へ行きましょう」
次の日。
朝食後、旦那様からなんとも爽やかに告げられたのは鉱山の視察でした。
「鉱山ですか? あの、ルビーのですよね? こちらに来る時に通ってきた」
「そうです。どんな風に自慢のルビーが産出するかを貴女に見せたいのと、現状を把握しておきたいのでね」
旦那様はロータスから何やら書類を受け取り目を通しながら、私に説明してくださいました。
宝石が掘られる現場……! 実家の領地にはそんな素敵資源がなかったのでちょっと楽しみです!
「はいっ! 採掘現場とか、初めてなので楽しみです!」
「では支度ができ次第出発しましょう」
ということで、早速支度をして鉱山へと出発しました。今日はロータスも一緒です。
馬車に乗り、ピエドラの町を出て少し行ったところに鉱山はありました。
赤茶けた岩盤がむき出しになっている、岩山地帯のようです。岩盤にはあちこちに穴が開いていますが、あそこから宝石を掘り出すんでしょうか?
「私、鉱山なんて初めて来ましたけど、たくさん穴が開いてますねぇ。あれは何のための穴ですか?」
「あれは地下の採掘現場に行くための穴です。ここは歴史がありますから、結構たくさん開いてるんですよ」
だそうです。
岩山と坑道につながる穴と作業員さんしかいない。
鉱山はとってもワイルドな場所でした。ほんと、何もない。
私の問いに答えてくださった旦那様は、現場を回るついでにと、いろいろ説明してくださいました。
曰く、作業員はこの近くに作業員の村があってそこから毎日通ってきているとか、原石は作業員さんたちが手作業で掘り出しているとか、取り出された原石はピエドラの町で加工されるとか、などなど。
ちなみに坑道は危険だからと、入らせてもらえませんでした。覗くだけとかちょっとつまんないですが、危険はごめんですから我慢です。
旦那様とロータスは時折立ち止まっては、「ルビーの産出量が――」とか「新しい坑道を――」などなど話し合っています。
その辺よくわからない私は、旦那様に手をひかれるまま大人しく付いて行ってたのですが。
おや、足元に綺麗な石が。
ふと視線をやったところに見えたのは、意外にも青色の石でした。
この赤茶けた土地で、なぜに青?
不思議に思ってその場にしゃがみこみ、その石を拾うと、
「おや、それはサファイアの『クズ石』ですね」
と、上から旦那様の声が降ってきました。手をつないだまましゃがんだので、引っ張っちゃいましたね。
「クズ石?」
「ええ。この鉱山ではルビーのほかにサファイアも産出するのですが、あまり大きさのないサファイアは熱加工してルビーに変質させて流通させているのです。サファイアよりもルビーの方が産出量も少なく希少性が高いのでね。天然ものとは価値が全然違いますが、それでも需要があるのですよ。そして今貴女が手にしているのは熱加工するにも満たない、ほんのクズ石です」
旦那様もいつの間にか私の傍にしゃがみこんで、石を見ながら教えてくれました。
よく見れば、同じような青い石はそこらじゅうに落ちていました。この扱いからしてもクズ石というのは間違いなさそうですね。
「サファイアは、高熱を加えるとルビーに変質する性質があるのです」
ロータスがすかさず補足してくれます。
ほへ~。知らなかった……。つか、サファイアのポテンシャルたけぇ……!
と、地味にサファイアの底力に驚いていたのですが、不意に湧き上がる素朴な疑問。
「サファイアにはあまり力を入れていなかったのですか?」
旦那様の説明だと、サファイアの方が産出量は多いのでしょう? だったらなぜ?
そんな疑問を旦那様に問えば。
「そうですね。産出量が多いのでそこまで希少ではなかったのもありますし、主力がルビーだったものですから。……ふむ、サファイアにも力を入れていくというのはどうだろう、ロータス?」
旦那様はロータスを見ました。
「ルビーに変質させていたものもそのままサファイアとして流通させれば、ルビーの希少性がさらに高まりますし、上手くやればルビーの産出量が減ってもサファイアでカバーすることも可能かと思われます」
さすがはロータス。いきなりの振りでしたが、よどみなく答えています。
「そうか。質はどうだろう?」
「これまでも十分高品質とされてきております」
「そうか。ならいけそうだな」
「はい」
何やら書類を見ながら旦那様とロータスが議論しているかと思えば、あれよあれよという間に、サファイアにも力を入れるということが決まったようです。
私がこの一粒を拾ったがために、えらく大きなことに発展させてしまいました……。あわわ。
いいのでしょうか?? あ、でもロータスも大丈夫的なことを言ってるのでいいの……かな?
二人のやり取りを、若干ドギマギしながらじっと聞いていたのですが、不意に旦那様が私の瞳を覗き込んできました。
なんだ??
なんでいきなり見つめられたのかわからなくてキョトンとしていると、旦那様はニコッと微笑みかけてからロータスを振り仰ぎました。
「それに」
「何でございましょう?」
ロータスが首を傾げます。
「サファイアはヴィオラの色だからな。これから、公爵領産の最高品質サファイアには『ヴィオラ・サファイア』と名付けよう」
「げ」
いやいや、マジですか旦那様。思わずおかしな声を上げてしまいました。仕方あるまい。
「げ?」
私の奇声にびっくりしたのか怪訝な顔でこっちを見ていますけどね、旦那様。
「いやいやちょっと、それはかなり恥ずかしいんですけど、やめましょうよ、もっといい名前ありますよ早まらないでくださいませ~っ!!」
宝石に私の名前を付けるってどうよ? そりゃあ、私が絶世の美女とかだったらいいですよ? 後世にその名を残すとかカッコイイですけど、むしろ逆に地味子ですからね? 名前残されてもね? あ~もういたたまれない感ハンパないわっ!!
私が焦って否定するのに、
「恥ずかしくもなんともないですよ! 素敵なブランド名じゃないですか!」
旦那様は上機嫌で、撤回する気は全然なさそうです。キラキラしてます。
イタイ。イタすぎるよ、ちょ……。
しかも。
「素敵なお名前ですね。きっと流行ること間違いなしでございますよ」
にこっ。
ロータスまでいい笑顔で賛成してますよ、そこは旦那様の暴走を止めるところでしょう!! なんでロータスまで賛成してんですかっ!! むきゃ~~~っ!!
これから先、もしかしてだけど『ヴィオラ・サファイア(仮)』が王都に流通した暁には、世間様から生温かい目で見られること間違いなしですよ。うわぁ。ますます社交できなくなります。――もういっそ社交界から引退するか。あれ、この方が好都合?
いやいや、違うでしょ、私!!
「めちゃくちゃ恥ずかしいです!! 断固反対です!!」
って抗議したのに。
「サファイアの収入は、せっかくだしヴィオラの名義にしようか」
「わかりました。公爵夫人名義で手続きさせていただきます」
「そしたらヴィオラのお小遣い云々は解消されるしな」
「はい」
旦那様もロータスも、あっさりスルーしてフツーに話を進めてます。やだもう、誰か止めて……。
鉱山を出て、今度はピエドラの町に戻ってきました。加工するところを見るためです。
昨日町を散策した時にも宝飾店街はチラ見しましたが、通り過ぎたに近いものだったので。
ルビーやサファイアの大きな石やサファイアの熱加工は、立派な宝石加工のお店で扱っているそうです。
余分な土や石を取り除き、石本来の輝きを最大限に引き出すように磨くのが、ピエドラの宝石加工のお店の仕事です。カットを施すと言ってもいいでしょう。
ここで加工された石を、王都やその他から来た宝石商さんたちが買い付け、デザインされた首飾りや髪飾りなどに仕立て上げてくれるのです。
そしてお貴族様の元へ。
はい、これが今日の社会見学のレポートです。まとめはヴィオラがお送りいたしました。って、それはおいといて。
加工する工房の向かいに、素朴な雑貨屋さんがありました。昨日は気付きませんでしたね。
「あ、かわいい雑貨屋さん」
「のぞいてみますか?」
「いいですか?」
「はい、どうぞ」
気になったので旦那様に許可を得て立ち寄ってみると、手作りの髪飾りやブローチなどを売っているお店でした。
手に取ってみると、小さな色石を組み合わせてお花や幾何学模様などをデザインしたものです。赤色と青色の石が鮮やかで、一つ一つ丁寧に作られてとっても綺麗です。
「綺麗ですね!」
「素朴な感じがいいですね」
一つ一つを旦那様と見てまわり、髪飾りを手にしていると、
「向かいの工房から使わなかったクズ石をもらって、それをこうしてアクセサリーに加工しているんですよ」
朗らかに微笑んだ店番のお婆さんが教えてくれました。
クズ石再利用!! 素敵!! 私のもったいない精神くすぐりまくりです。しかもとってもかわいいアクセサリーばかりだし、もう、悶えまくりです。
聞けば、町の身寄りのない人たちが寄り集まって製作しているそうで、売り上げが日々の糧になっているとか。結構人気で、近隣の町などにも卸しているそうです。
これは領主夫人、買っていかなくちゃいけないでしょう!
そしてここは、なりふり構わず旦那様に頼るところです!
とりあえず気に入った髪飾りを握り締め、旦那様を見上げます。その素敵な濃茶の瞳をじっと見つめれば……。
「これが欲しいんですね。他にはないですか? 土産にしてもいいですよ」
にっこり微笑む旦那様。
ばっちり伝わりました。小悪魔ヴィーちゃん、頑張りました!
侍女さんたちのお土産分も買ってホクホクで馬車に向かいます。
私がルンルン歩いている横で。
「別荘に戻ったら、さっきのサファイアの件を詰めたいんだが」
「かしこまりました」
旦那様とロータスがそんな相談をしています。
すっかり忘れてましたけど『ヴィオラ・サファイア』決定なんですか、そうですか。 ……私の社交界引退も近いね!
今日もありがとうございました(*^-^*)
宝石の採掘とか、性質とか、加工の仕方とか、価値とか、流通とかは、あくまでもフルール王国での、ということです。架空世界でのこととご了承くださいませ。