腹、割ってます
怒涛の心情カミングアウトのせいで恥ずかしくなったのを誤魔化すためなのか、それとも、そのせいで動揺しまくりの使用人さんたちを落ち着かせる時間を稼ぐためなのか、とにかく旦那様は私を連れて別荘の外に出ました。つか、私まで出て行く必要なかったと思うんですけどねぇ~。ロータスやステラリアに追い出された気が無きにしも非ずです。きっとみなさん今頃、円陣を組んでいるのではないでしょうか。ちょっと想像ついたわ。できればあっち側に入りたかったんだけどなぁ~。これは……ハブられましたね。
外に出ると、ちょうど陽が落ちかける時間でした。
丘を下る坂道を、旦那様とまた手を繋ぎながら歩いています。ええ、もはやこれが通常営業と化していますので、何も言いますまい。
旦那様は別荘を出てから一言も発していませんので、いまだ行き先は不明。また町まで下りるのかしら、と思いながらも黙ってついていくと、しかし今回は、別荘から少し下ったところで脇道に逸れました。ほんとにけもの道のような小道なので今朝は気付きませんでしたが、旦那様は迷いのない足取りなので、この先には何かあるのでしょう。
「あの~、旦那様?」
「なんですか?」
おずおずと切り出せば、ようやく振り向いてくれました。
「こっちに何かあるんですか?」
「う~ん、あるというか、ないというか」
なんじゃそりゃ。……っと、失礼いたしました。よくわからないことを言う旦那様をじと目で見上げると、旦那様はクスッと笑っています。
「? ?」
「まあついてきてください」
「はい?」
首を傾げつつ、少し前を行く旦那様に引っ張られるようなかたちでついていきました。
町への道からは完全に見えないところで旦那様が立ち止まりました。
何もない緩斜面なんですが、ここがそうなのかと思い周りをよく見れば、この辺りだけ雑草が綺麗に整えられて、なおかつ芝が植えられています。人が4人も立てばいっぱいになるくらいの小さなスペースです。どういった目的の場所なのでしょうか?
「旦那様?」
よくわからないのでまた旦那様に尋ねると、
「ここ。僕の好きな場所なんです」
そう言って嬉しそうに微笑んで丘の下を指差しました。
旦那様の指先を追うと、眼下にピエドラの町並みが広がっていました。今はちょうど日暮れ時なので、山の端にかかる夕日の色が、ピエドラの町全体をさらに赤く(ほら、赤い石を建物に多用してますからね!)美しく輝かせています。
「綺麗ですね! まるで町全体がルビーのようですよ~!」
なるほど。初めて来た私ですらその美しさに思わずため息が出るくらいですもん、旦那様がお気に入りの場所というのも納得の絶景ポイントですね!
「そうでしょう。ここは小さな頃から僕のお気に入りの場所なんですよ。クールダウンするにはちょうどいいかと思って来たんですけど、やっぱり癒されます」
旦那様を振り仰ぐと、穏やかに微笑みながら町を見下ろしていました。旦那様の好きな場所だから、綺麗に整えられているのですね! しかしかなり長い間、旦那様が領地を訪れることはなかったはずなのですが、雑草ひとつなく綺麗に保たれているということは、誰か(って庭師さんとかでしょうけど)がいつも気に掛けておいてくれたということですよ。ご領地の別荘は、王都の公爵家をリタイヤした使用人さんがお仕えしているということなので、きっとお坊ちゃま時代の旦那様を可愛がっていた方たちばかりなのでしょう。何だかんだといいながらも愛されてますね。私としては使用人さんたちの優しさに癒されましたよ!
そのまま旦那様は適当なところに腰を下ろし、長い足を投げ出して後ろに手をついて寛ぐと、
「はあ~。しかし冷静になると恥ずかしいもんですね」
夕日を見ながら大きく息をつきました。恥ずかしいというのはさっきのカミングアウトのことですね、ええわかります。
「ずっと自分勝手にやってきましたから。……ロータスとダリアには、ほんと頭が上がりませんよ」
赤く輝くピエドラの町を見下ろしながら、旦那様の心情吐露は続いています。その微笑みは自嘲の笑みってやつですね、ええわかります。
私は、公爵家では新参者ですから何も言えませんので、黙って旦那様の言葉に耳を傾けることにしました。
「領地のことは父上やロータスにまかせっきり。邸のことはロータスとダリアにまかせっきり。ほんと、僕は何をしていたんでしょうか」
えーと、主に彼女さんとイチャイチャ、でしょうか。でも、騎士団のお仕事はちゃんとなさってたんですよね。部下のみなさまが証言しているので、それは信じております。でも、領地のことも邸のこともって、何気にロータスの凄さが……! ロータスはキレてもいいですよ。私が許します!
……と、以上、私の心の声でした。あ、もちろん声に出しては言いませんよ? 神妙な顔して旦那様のお話は聞いてますよ!
「でも、過ぎたことは仕方ない。失敗した分はこれから取り戻さねば。あ~、やることがいっぱいありますね」
私を見上げて苦笑する旦那様です。いやいや。ロータスが本気で旦那様の仕事を持ってきたら、苦笑どころでは済まない気がしますけど。ガクブル。
「そうですね。でもロータスも使用人さんたちもちゃんと手伝ってくれますよ。大丈夫です」
「頼もしい使用人たちで本当によかったと思いますよ」
「ほんとですよ! もっと大事にしてあげてくださいね!」
「ははは! そうします。……しかし、ヴィオラがうちに来て、いろいろ目が覚めた気がします。むしろ目からうろこが落ちたというか」
う~ん、まあ、旦那様が変わられたのはなんとなくわかりますが。
キョトンと旦那様を見おろしていると、旦那様が胸元のチーフをするりと抜いて自分の隣に敷き、ポンポンとそこを叩きながら私を見上げてくるので、私は素直に従い、そこに座らせていただきました。旦那様を見おろすなんて、私ったら失礼いたしましたっ!
私が大人しく隣に座るのを見て、旦那様はまた町並みに視線を戻すと、
「カレンにあっさりバッサリと振られたのは大して響かなかったのに、貴女に僕のことを何とも思ってないと言われたのが、思った以上に堪えましたからね」
苦笑交じりに言いました。ああ、あのシュラバの時のことですね!
うん、確かに言ったね私! だって、私のことが気になりだしたから彼女さんと別れるとか、いきなり言い出したんですもんコノヒト。わけわからん。
「だって旦那様、彼女さんが大事だから私と結婚したのにですよ」
「最初はね」
「私が気になっていたとか、そんな素振り全然見せなかったのに、いきなりですよ」
「……いや、素振りはあったと思うんだけど……」
「いえ~? ちっともわかりませんでしたよ?」
「多分、貴女以外は気付いてたんじゃないかな……」
ごにょごにょと小さな声でおっしゃったので、よく聞こえませんでした。何言ったんでしょう? まあいいや。
「とにかく、いきなり見ず知らず、なおかつ雲の上の存在の旦那様から縁談が来て、愛人いるからお飾りだと言われて承諾したのに、気が付いたら旦那様は私が気になりだしたからって彼女さんと別れてしまって、そのうえいきなり普通の夫婦になろうって言われてもいろいろと追いつかないんですよ。気持ちとか、気持ちとか、気持ちとか」
あ、また本音を言っちゃいました。でも、すっきり。
初めは目を瞠って私を見ていた旦那様でしたが、
「う~~~。つっこみどころはいろいろありますが、今はとりあえず置いときましょう。――貴女には本当に悪いことしたと思っています」
ふっとその長い睫を伏せ、視線を落としました。
「いやむしろ私よりも彼女さんにだと思うんですけど」
「カレンとはちゃんと話はしてあるので大丈夫です。大丈夫でないのはヴィオラとであって」
「そうですか?」
「ええ。僕はまだ、貴女に言えていないことがあるんです」
「……なんでしょう?」
言えてないことの見当がつかず、首をかしげて旦那様の濃茶の瞳を見返せば。
「すみませんでした、と。ひどい条件を押し付けて、ヴィオラの一生を縛ってしまったこと。どうしようもなく自分勝手なことを押し付けたことを」
旦那様は私の手を取り、それを両手で包み込むと、キリリと顔を引き締めて真っ直ぐに私の目を見つめて言いました。
今日もありがとうございました(*^-^*)