畳み掛けてきました
旦那様のびっくり発言に、しばし固まった公爵家別荘の居間です。
旦那様が過去の自分の愚行を自覚していた――!! あ、ちょっと言い過ぎ?
ガクブル……ではなく、天変地異の前触れ……ではなく、知らないうちにどこかで頭を打ちつけたのかしら? はっ! さっきの捕り物で?! ……でもなく。
ああ、私も絶賛動揺中です。
つか、この中で(護衛官長さんとステラリア除く)一番『旦那様被害』の傷が浅い私でさえ、この動揺です。その他の、長く旦那様に関わってきた使用人さんたちの衝撃は、推して知るべしですよ!
あ、フェンネルおじーちゃん、魂を口から飛ばさないで!! ご老体にこの衝撃はきつすぎたのね!!
私以下、この場にいる使用人さんたちが固まったのをじとんとみていた旦那様ですが、コホンと一つ咳払いをしてからきりりと表情を引き締めると、
「――まあ、この話は護衛官の屯所に持ち帰って相談してみてくれ。こちらも細かいことを詰めておくから、後日また打ち合わせるということで。今日はもう下がっていい」
「はい。失礼いたします」
イマイチこの空気感に置いてけぼりにされている護衛官長に退場するよう促しました。ま、これ以上公爵家以外の人間に、立ち入ったことを推測する材料を渡すのはよろしくないですからね。ナイスな判断です。
護衛官長さんが動き出したのを見て、ロータスがまず復旧し扉に先導しました。今回の旦那様の発言はかつてない衝撃波でしたけど、さすがはロータスです!
そうしてつつがなく護衛官長さんに退場いただくと、残されたのは公爵家関係者のみ。
なんとなーく誰もが旦那様の様子見をしている感じで、おかしな沈黙に包まれています。きっとこの沈黙を破れるのは、私か旦那様しかいませんよね。
ここはひとつ、私が勇気を出して切り込んでみましょう!
「あの~旦那様? 先ほどの自警団の件は本当に実行なさるんですか?」
え、そこ?! という心のツッコミが飛んできそうなのは重々承知していますが、直球勝負は難しいのでじわじわ外から攻めさせてください。
私からの問いかけに旦那様は、
「ええ、やりますよ。後で貴女からも詳しいことを聞きたいですね。そうだ、義父殿に話を聞くのもいいですね。王都に帰ったら伯爵家を訪問させていただいてもいいですか?」
ノリノリで答えてくれました。旦那様の頭の中にはもう自警団の構想が始まっているのでしょう。
「父なら大丈夫だと思いますけど。それに私でよければ何なりとお話はさせていただきますわ」
本気で自警団作るつもりのようなので、そこは協力を惜しみません。旦那様が領地のことを気にかけることはいいことですよ! 素直に頷いておきます。
「ありがたいです。本当にいい案をだしてくれましたよ」
旦那様が晴れ晴れとした顔でおっしゃっているところで、そろそろ核心を突きたいと思います。
「……それよりも、旦那様。騎士団のお仕事でお忙しいのに、領地のことまでなさって大丈夫なのでしょうか?」
どうでしょう? ちょっと核心に近づきましたでしょうか? 今まで領地経営をおろそかにしていたのは、建前上、仕事が忙しいからということでしたからね。少なくとも領民はそう思ってるはず。……思ってるよね? 思っててくれ~~~!! ……と、心の叫びはどうでもいいですね、すみません。
「いきなり全部はさすがに難しいけど、少しずつやっていかないといけないですからね。王都での仕事が忙しいからといって父上にいつまでも甘えていたら、僕自身の成長もなくなってしまいますからね」
きりっと引き締まった顔は、お仕事モードというか真剣モードなのでしょうね、いつもの甘々スマイルとはまた違う素敵さです。……って、違くてっ!!
だっ、だんなさま~~~っ?!
「えっ? えっ?」
そ ら み み ?
ちょっと理解の域を超えた旦那様の言葉にぽかんとしていると、
「さっきも言いましたように、今までの反省を態度で示していこうと思ってるんですよ。いいタイミングなので、まずは領地の治安から着手します。向こうの仕事もあるのでそうしょっちゅうは領地に来れませんが、それでも逆に抜き打ち的に視察ができるのでいいのかもしれませんしね」
いやいや。空耳なんかではありませんでしたよ! しっかりはっきりと聞こえました!
そして何気にしっかりと考えられていましたね、この短時間で……!
「そ、それはいいですね!」
ふ、ふおおおお!! 旦那様、本気です!!
「若旦那様……!」
「旦那様!」
真面目に領地のことについて語りだした旦那様に、初めはボーゼンと見守っていた使用人さんたちの瞳がキラキラと輝き出しました。絶望からの救済といった境地?
フェンネルが感極まったように潤んだ瞳で旦那様を見つめています。
今やなんかちょっと不思議な感動に包まれている公爵家別荘です。
「王都の屋敷からも半日あれば来れますし、ヴィオラも一緒に来ていろいろ知恵を貸してください」
沈黙を破ったのは旦那様でした。これはさっきの、領地の治安云々という話の続きですね。
「へっ? 知恵、ですか?」
「はい。貴女の方が領地経営的なことにはいろいろ詳しそうですから」
「え~? でも、所詮貧乏さんちの知恵ですよ~?」
まあ確かに、お父様とお母様と一緒にあれこれやってきた経験はありますけど、うちみたいな貧乏伯爵領の領地経営が使い物になるのかどうか知りませんよ?
私が小首を傾げていると、旦那様はクスッと笑って一言。
「お金をかけるばかりが良い統治とは限らないでしょう?」
たっ、畳み掛けてきたっ?! ――うっそ、旦那様の口からそんな言葉が出てくるなんてっ!!
両目がかっぴらくのを感じた私です。びっくりした。
限界まで開いた目で旦那様を見つめれば、いたって真面目な顔です。
ちょ、ちょっと待って。色々ついてけない。何この怒涛の展開は。
まずは落ち着こう、私。
そうだ、ロータス! ロータス、へるぷみー!!
助けを求めてこっそりロータスを盗み見れば、いつも冷静沈着なロータスをしても、私と同じように目を見開いていました。ロータスの立ち位置が旦那様の後ろでよかったです。旦那様が見てたら、絶対にむすっと不機嫌になること請け合いですからね。
侍女さんたちは、もうウルウルしています。一番年かさの侍女さんは泣いていますよ。そして一番冷静なステラリアに慰められてます。
いつもは完璧な使用人さんたちですが、さすがに今日は冷静ではいられないようです。仕方ないですよね。
しかしロータスは、私と目が合うとハッと我に返ったようで、旦那様の発言に同意するかのように首を縦に振りました。
はうっ! 私も領地視察に同行しろっちゅーことですか!
……今日のロータスは、やけに旦那様びいきですねぇ。
他の使用人さんたちも拳をぎゅっと握って私を見てきました。目力ハンパネぇ……。こう、抗えない力を感じるというかなんというか。
「私でよければ……、ご一緒します」
みんなの期待が一身に集まってきて、うんと言わざるを得ない状況です。ほんと、私でよければですけどね。
「僕一人ではまだまだ足りない部分が多いから、ヴィオラがいてくれると助かります。これまでロータスに助けられていた分を、僕たちで引き受けられるといいのですが。ロータスには苦労ばかり掛けてきて、申し訳ないと思っていますからね」
ロータスの方を見遣り、少し眉を下げて言う旦那様。
だ、だんなさま~~~っ?! ……本日二回目。
旦那様が、ロータスに、申し訳ないって言ってる――!!
え、なに? 今日は旦那様の反省がてんこ盛りの日ですか?! 反省ついでに心情カミングアウトですか?!
旦那様がさらに口を開きかけたのを、ボーゼンと見守る私たち。
「ロータスだけではありませんね。両親も、使用人たちにも、たくさん気を揉ませてきてしまいました」
目を伏せ、視線を落としてぽつっとこぼした旦那様からは、確かに反省というか懺悔というか、そんな雰囲気が伝わってきます。
うわ、ほんとに反省してるんだ。
「あー、でも、旦那様が行動で示されたら、伝わるんじゃないですか? あ、でも言葉もあった方がよりわかりやすいとは思いますけど」
使用人さんたちは誰も声を発しませんので、代表して私が言わせていただきました。
「そうですね」
「そうですよ。そしたら確実にちゃんと伝わりますって!」
「ありがとう」
私の力説に微笑む旦那様です。
「あ~。なんだかいろいろしゃべりすぎたような気がします。ちょっと外の空気でも吸ってきますね」
さすがにいろいろ照れくさくなったのか、旦那様がソファから腰を上げました。
そして扉に手をかけこちらを振り向き、
「夕飯くらいには帰ってきますけど……」
うん。チラチラ見られてます、私。旦那様、そのチラチラは何でしょうか?
外はそろそろ日が傾く時間です。夕飯までは少し時間があるので、使用人さんたちも動揺を収めるには充分な時間だと思いますけど。
――――で?
またロータスにこっそり視線をやると、
い き ま し ょ う ね
と、口パクされました。
いやいや、旦那様は一人になりたいんじゃないんですか? 見間違いかと思い、今度はステラリアを見ると、
お い か け て く だ さ い 。と口パクされました。こっちもか。
そうか。旦那様は追いかけて欲しいのか。……そうならそうと言えばいいのに。
「私もご一緒してもいいですか?」
「ええ! もちろんですよ!」
正解のようでした。
旦那様はぱあっと微笑むと、いそいそとエスコートしに戻ってきました。
……そうならそうと言えばいいのに。
今日もありがとうございました(*^-^*)