散歩の続き
オープンカフェのランチはパンとサラダとスープという素朴なものでしたが、とっても美味しかったです。旦那様はそれにちょこっと肉料理を足していました。
私たちが席に着いてからも、
「にーちゃん、ホント強かったなぁ。護衛官長と知り合いみたいだし、王都で騎士でもやってんのか~?」
「戦の影響で町の護衛官が減ってるから、にーちゃんうちの町にきなよ」
「お嬢ちゃん、かわいいねぇ」
「ほんと、お似合いの二人ですね!」
などなど。それはそれは周りのみなさんに話しかけられたりひやかされたりしましたが、料理が運ばれてくると自然とみなさん、そっとしておいてくれました。
そんな空気もなんだか心地よく。
しかし、そこな町のおじ様、コノヒト本物の騎士様ですよ。間違いではありませんが、上から数えたほうが早い階級の騎士様なんですよ。知らないってすごい。
「次はどこへ行きますか?」
食後のお茶をいただきながら、旦那様が聞いてくださいます。
「他にどんな見どころがあるんですか?」
ピエドラがどういう町かまったく知らない私は、昨日馬車の中から見た風景がすべてですから、よくわかりません。
「そうですねぇ。国教の教会や、あちこちにある小さな商店くらいですかね」
旦那様は考えながら教えてくれました。
でも町全体がかわいらしい感じですので、建物を見ながら適当にぶらぶらとするのでも悪くないなと思うんですよ。
「じゃあ、適当に町並みを見てから別荘に戻りましょうか」
「それもいいですね」
そういうことになり、私たちはカフェを出ました。
カフェから少し行くと、街角にお花屋さんがありました。昨日も馬車から見えていたお店ですね。
私よりも少し年下に見える女の子が、切り花や鉢植えの花を売っていました。
やっぱり花のある風景はいいですね!
「あのお花屋さん、見てもいいですか?」
「ええ、行きましょう」
私は旦那様の手を引っ張り、そこに寄り道します。
置いてある花はどれも見たことのない種類ばかりです。きっとこちらにしかない種類の花なのでしょう。
葉っぱの形がハートになっているものがあります。何て名前なのかしら、すっごくかわいいです。
私が町で見かけない顔だからと思ったのか、花を物珍しそうに見ていたからか、
「このお花はピエドラ周辺にしかないお花なんですよ、お嬢様」
花売りの娘さんが説明してくれました。
「ああ、そうなんですね! どうりで初めて見る花だと思いました」
「この辺りでは一般的なお花なんですけど。あまり他所には出回らないです」
「へぇ~」
王都のお屋敷にもなかった気がしますね。気候風土が違うと育ちにくいのかしら?
「貴女は花が好きですねぇ。どれか気に入ったものでも?」
私が娘さんと話しながら熱心に見ていると、旦那様も覗きこんできます。
「う~ん、どれも見かけない花で綺麗だなって思うんですけど、持って帰れないし……。持って帰っても気候が合わなくて枯れてしまっては可哀相ですから」
そう躊躇していると、
「切り花は別荘の部屋に飾ればいいですけど、鉢植えで買えば屋敷まで持って帰れますよ。それに育て方なんてベリスに言えば何とかしてくれるでしょう?」
「おお、そうだ! ベリスですよベリス! 強い味方がいましたよ! ……あー、でも」
旦那様がナイスアシストです。うちには魔王様というプロフェッショナルがいるんですよ! ベリスに相談すれば、このお花の上手な育て方を教えてくれますよね!
……って、私、これ買う気分になっちゃってますけど。ええ、あいかわらずお小遣いなんてありませんよ。
そのことに考え至った私。でも、そんな私に気付いた旦那様。
「また要らないことを考えましたね。貴女らしいですけど。それで、どれが気に入ったんですか?」
クスクスおかしそうに笑われてしまいました。
なにこれデジャヴ。
なんかこれと同じようなシチュエーション、王都でお出かけした時にありましたねぇ。
「えーと、あの、葉っぱがハート型になったのが、かわいいと思ったんです」
前と同じような押し問答しても無駄ということはわかってます。だから素直に気に入ったものを告げれば、
「ああ、本当だ! 葉っぱの形が変わっていていいですね。これなら屋敷に持って帰ったら、みなも喜ぶのではないですか? きっと見たこともないでしょうから、いい土産になると思いますよ」
と、旦那様もお気に召したようです。旦那様、上手いこと言いましたね~。まるで売り子さんですよ!
そこで私は旦那様の言葉にハッとしました。そうですよ、使用人さんたちですよ! この花を見たことのある人は少ないでしょうから、きっと喜んでくれますよ!
いい土産! ゲットです!!
「そうですね! みんな、喜んでくれるかしら」
「もちろん、喜びますよ」
「このお花を見ながらね、この町のことをお話するんですよ! 町がかわいらしいとか、マルシェが大きくて珍しいものが一杯だったとか……」
私の頭の中は、お屋敷の使用人さん用ダイニングで土産話をしているというところまですっ飛んでいきました。
「あ、そうそう! 前に旦那様が買ってくださったお花もちゃんと植えてあるんですよ!」
「へえ、そうなんですか?」
「ええ! 旦那様が帰って来た時に綺麗に咲いてたらうれしいなぁって、ベリスとミモザと植えたんです。とっても綺麗に咲いてるんですよ? ああ、お見せするのをすっかり忘れてましたわ」
「じゃあ帰って、一番に見に行きましょう」
「はい!」
気分は半分王都の屋敷に飛ばしながら、旦那様とすっかり話し込んでいると、
「フフ、お嬢様、お幸せですのね!」
という、花売りの娘さんの朗らかな笑い声が聞こえてきました。
ハッと我に返り、旦那様と顔を見合わせてから娘さんに目をやると、紅潮した頬・キラキラした目で私たちを見ているではありませんか!
あちゃー……。またやっちゃったよ。
ここは街角の花屋さんの前ですよ~。何やってんだか、私。
旦那様も一瞬「あ、」という顔をしましたが、すぐさまいつもどおりに取り澄ますと、
「この鉢植えを10鉢、モンデュックの屋敷に届けておいてくれ」
「え? モンデュックのお屋敷、ですか? ……あっ!! は、はい! かしこまりました!!」
私が一人、恥ずかしさに悶え苦しんでいる傍で、旦那様と花売りの娘さんはサクッと商談を済ませていました。旦那様の宅配希望に、娘さんは旦那様が誰かうっすらとわかったようで、目を見開いたかと思うと急にしゃっちょこばって返事しています。
別荘に届けてもらうことをお願いして、私たちはお花屋さんを離れました。
町の一角にある宝飾店街をひやかし(もちろんスルーですよ~)、別荘とは反対方向にある教会などを見てまわっていると、結構時間が経っていました。そろそろ午後のお茶の時間くらいじゃないでしょうか。
それにさっき旦那様、護衛官長さんに後から別荘に来いって言ってたので、それも気になりだしました。お待たせしては申し訳ないですからね。
そんなことを考えながら歩いているとちょっと会話が途切れてしまい、そしてそれを私が疲れたととったのか、
「そろそろ戻りましょうか? 結構長い散歩だったので疲れたでしょう?」
旦那様が気遣ってくれました。
体力はある方なのでそういう疲れではないんですけどね。まあ、でも、いろいろね、精神的な何かをごりごりと削ってしまった疲れはありますね。あ、もちろん誰のせいでもない、自業自得ってやつですけど。とほほ。
「そうですね。そろそろ戻りましょうか」
素直に旦那様の提案に賛成します。もうこれ以上墓穴はほりたくありません!
私の答えを聞くと、旦那様は私の手を引き、モンデュックの丘の方に向かって歩き出しました。
今日もありがとうございました(*^-^*)