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夢見の人  作者: 貴遊あきら
第1章「卒業は前座に過ぎない」
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第五話 呪いの契約?

 陶然たる面持ちでその場に座り込んでいる千佐都は、しばらく自分だけの世界に浸っていたようだ。徐々に浮上し、ようやく、目の前の青年が自分を睨みつけていることに気が付いた。

 物言わぬ彫刻が、一対の冷たい光を放つ瞳により、精悍な顔立ちの青年に変わる。ただその視線は、どう好意的に見ても、千佐都を忌々しげに睨んでいた。


「なんだ、おまえは」


 手負いの獣のような強い警戒の態度が窺えた。友達にはなれないだろうな、と千佐都は予感した。こういう場合は譲歩して、自分から名前を言うべきだろうか。とても癪だ。青年は巻き付いた蔦を払いながら、吐き捨てるように、


「まあいい。興味もない。ここはどこか教えろ」


「え、えーと、夢?」


戸惑ったように首をかしげる。


「馬鹿なのか? 誰がそんなことを聞いた。座標を言え」

「座標はわかんない。ここ、異界の門だし」


ぼそぼそと自信なさそうな口調だ。


「異界の門? ……まあいい、天界からどのくらい離れている?」

「て、天界?」


 千佐都は混乱の極みだ。青年は信じられないものを見るような顔だ。


「ちょ、ちょっと待って、天界って、あの、天界?」

「他にどの天界がある」

「いや、だって、天界って、天使が住むっていう、あれ? 上級異界だからって入るには天使が一緒じゃないとダメっていう、遥加曰く『ちょう排他的な奴らの巣窟』って、あれ?」

「馬鹿なうえに失礼な女だな。ハルカとはなんだ、虚言もいい加減にしろ」

「礼儀云々はあんたに言われたくないけど……」

「なんだと?」


 きつく睨まれ、千佐都は口をつぐんだ。手で「なんでもない」とポーズを送ってみる。青年の顔が怪訝そうに歪んだだけだったので、失敗のようだ。彼はすっかり蔦を落として、その場に胡坐を組み、盛大なため息をついた。


「おまえ、天使じゃないな?」


そうだと信じたい、とその顔には書いてある。


「逆に聞くけど、天使なの?」

「おまえが何か言えば教えてやろう」

「人間だけど」


とたん、青年の片方の眉が器用に上がった。


「人間? ……おいちょっと待て、今物凄く嫌な予感がした。この黒い羽根はお前の仕業ではないんだな」

「あたま、へいき?」


 気遣うように訊けば、青年の額に青筋が立つ。今時のキレやすい若者のようだ。千佐都は彼と少し距離を取った。


「おい、なぜ下がる。悪い病気かと思ったか。安心しろ、戻ってこい」


 言葉の割には殺気にも似た威圧感は消えていない。おそらく青年も混乱しているのだろう。可哀そうな人かもしれない、と千佐都は同情した。天使だと主張しているが、本物かどうか知る以前に謎が多すぎて判断できない。翼も黒いので、守護霊にはときどき現れるらしい《有翼人》の一種だと思っていた。そこではた、と気が付き、千佐都は突然声を上げた。


「ああああっ! そっか、そうだったんだ!」


 突然現れた金色の印。あれはそういうことだったのだ。千佐都の頬は興奮で赤く上気している。


「なんだ、意味が分からない。説明しろ」

「わたしの守護霊だったんだ!」


千佐都は手を叩いてはしゃいでいる。


「守護霊? なんだそれは。おまえの守護をするのか? かわいそうな奴だな」


 嘲笑う青年に、千佐都はふと落ち着きを取り戻し、非常に言いにくそうに躊躇いながら、


「あんたのことだけど……?」


 青年は一瞬きょとんとして、一気に火がついたように吠えた。


「呪ったのか!」

「の、呪いなんてひどいな。人間は外に出ると、魔気に弱いらしくてね。その、わかる?」

「俺の天才的な頭脳をもってすれば、な。おまえ、説明力も壊滅的だな。つまり守護霊との契約印が、人間の体に何らかの作用を及ぼすんだろう? それが、そうだな、さしずめ人間の身体強化といったところか。人間は魔気への耐性が低いと聞いたことがある」

「そ、そういうことかな?」


 千佐都がやんわりと笑い、小首をかしげる。目は泳いでいた。青年は呆れかえっている。


「人間の未来は明るくなさそうだな。……まあいい。つまりその呪いが、俺にかかったと?」

「呪いじゃなくて、契約? ほら、あんたの左肩と、わたしは、見て、ここ」


 くしゃりと寄せられただけのシャツを再びはだけさせ、鎖骨の上あたりを見せつけ、指で示す。金色の印を確認させようと勢い込んだとき、青年に強く頭をはたかれた。


 何すんのよ、と千佐都は青年を睨みあげる。


「ばかか! 婦女子だったら慎みを持て!」

「ふ、腐女子? え、やだな、ちょっとその気はないこともないけどね、美形と可愛い子のセットは大好物だし、でも、やだな、見た目でわかるの? そういうのって」

「またわけの分からないことを……女の自覚がないとは嘆かわしいな」


 青年はこめかみを押さえ、がっくりと項垂れる。どうやらその手の知識はないようだ。勘違いに気が付いた千佐都は、人知れずほっと息をつく。


「とにかく、同じ印でしょ? これってたぶん、契約印だと思うのよ」

「百歩譲って俺がおまえの守護霊だとして、俺にはそのわけのわからん義務を果たすつもりはないぞ」

「や、やだなあ。わたしの話、聞いてた?」

「同情しろと? はっ、無理な話だな。ばかばかしい。おまえ、俺がなんだか分かっているのか?」

「何って、天使だよね? あとは、すごい俺様?」

「おまえ、いちいち癇に障るな。…まあいい。この翼、見てどう思った」


 千佐都は大きく広げられた一対の翼を見上げた。抱いた感想をそのまま口にする。


「禍々しくて、怪しくて、うっとりする」


 青年はとうとう、その顔色を青ざめさせた。のけぞり、信じられないと言わんばかりだ。

「おまえ、危険思想か? ……黒い翼は古くからの罪の証だ」


 告げた青年の口調は重苦しく、ようやく千佐都も事態の重さに気が付いた。斜め上ではあったが。


「人と違うっていうのは、個性っていうのよ?」

「……おまえ、俺が生来この色を持って生まれ、他者と違うことに嘆いていたとか、そういう過去をねつ造したのか? そのポンコツ頭は意外と、想像力豊かだ」

「褒めては、いない?」


 当たり前だ、と青年は苦々しく吐き捨てる。千佐都は逡巡し、冗談めいた口調で、


「殺しちゃった?」

「おまえの軽すぎる口調は見逃してやろう。……まあ、何らかの罪を犯したと考えるのがまともな思考だな」


 寄せられた眉間のしわが、さらに深いものになる。千佐都が黙っていると、青年は観念したように口を開いた。


「まるで記憶がない。どうしてこの場にいるのか、さっぱりだ」


 目が覚めたら罪の証を背負っていた。そんな状況に自分が陥ったら、と千佐都は考えてみた。混乱するに決まっている。状況を知ろうにも、もしも犯罪者だったとしたら。


「他のことは覚えてるの?」

「……おまえの意味するところと俺が理解した結果が符合すれば、答えはイエスだ」


 のろのろと答え、青年は立てた膝頭に額を当て、俯いた。千佐都はしばし沈黙し、突然勢い込んで話し出す。


「あ、あのね、わたし、松原千佐都! 15歳! 好きなものはチーズケーキで、好きなことは食べることで、好きなタイプは可愛いの! それと、えっと、何か他に訊きたいことある? 今ならリクエスト、受付中だけど」


 尻すぼみの千佐都の言葉に、青年はちらと顔を上げる。冷たい青の瞳が意外そうに揺れていた。


「別に、何もない」


 ばっさりと切り捨てるすげない青年に対し、千佐都は口をとがらせ、ひどく残念そうにし、その場に座り込む。膝頭の間に頭を埋めて唸る千佐都を、青年は目を眇め、じっと観察する。ふと口元を緩め、顔を上げた。


「ズィアードだ」


 唐突な言葉に、千佐都は反射的に頭を上げた。


「俺の名前はズィアード。記憶によれば、19歳だ。あとのことは、勝手に探れ」


 千佐都の顔がじわじわと喜びに花咲き、破顔するのを見て、青年―ズィアードは笑みを浮かべた。


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