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夢見の人  作者: 貴遊あきら
第3章「溺れる愚者」
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第二話 彼女の正義

 無魔の出口から夢想院に戻った千佐都は、さっそく寮の自室に帰って財布と大きめの鞄を手に入れたあと、ズィアードの姿を探した。――リビングにはいない。まだ買い物から帰っていないのかと考えたとき、部屋のほうから物音がした。


「ズィアード! どこにいるの? いたら返事して!」


 声高に呼びかけると、ズィアードは自室のドアを開け、鬱陶しそうな顔をのぞかせた。


「俺は遭難者か。まったく、騒がしい。今忙しいんだ。授業までには片付けるから少し待っていろ」


 開口一番億劫そうに言い、再び部屋に戻ろうとする彼の腕を、千佐都は逃がすまいと掴んだ。にやりと笑い、持っていたバケツを押し付けるようにして渡す。ズィアードは怪訝そうに顔を歪めた。


「これ、お願い。薬草学の教授に渡しておいて」

「自分で渡せばいいだろう。……まさか、さぼる気か?」

「どーしても外せない用事ができたの。お昼も一人で食べてね」

「は? なんだと? 意味が全く分からない。ちゃんと」


説明しろ、と最後まで言う前に、千佐都は入口のほうへと駆けていく。「ちょっと待て」とズィアードが縋るように手を出したが、無視された。


「あと半分はまた今度用意しますからって言っておいてね~!」


 嵐のように去っていった千佐都に声をかけることもできず、行き場のない手を下ろし、ズィアードはふとバケツの中身に視線を落とした。じっと見つめて数秒後、ぎょっとした表情になる。

 どこからどう見ても、危険な場所にしか自生しないはずの貴重な薬草だった。葉っぱ1枚でポテトチップスが10袋は買える代物だ。


 それがバケツ半分。そしてまた今度、半分?


「……あいつは何を考えているんだ? 単位でも買うつもりか?」


 盛大なため息をついた後、眩暈を覚えたズィアードだった。









 食堂でお昼ご飯を買い込み、千佐都は意気揚々と薬草の森へと戻ってきた。氷燐のもとまで一直線に駆けていき、再会の喜びを表現したかったのか、勢い飛びつく。


「氷燐ただいまー!」

「うわっ、お、おかえり?」


 氷燐は困惑気味に受け止めたが、人知れずどこか恥ずかしそうに微笑する。満足した様子の千佐都は抱擁を解き、背負っていた鞄からお弁当箱二つを取り出す。外で食べると聞いた人の好い食堂のおばさんが、本日のランチを使い捨てのパックに詰め直してくれたものだ。メインはオムライスで、マカロニ入りサラダとから揚げがついている。ペットボトルの無糖紅茶をつけて氷燐に手渡した。

 目をくぎ付けにしていた氷燐は戸惑いつつも、最後は「ありがとう」とほほ笑む。


 蓋を開けて食べ始めた氷燐に口に合うかどうか尋ねると、「とってもおいしい」と気に入ったようだ。標準的な味覚のようで、千佐都はホッとする。実をいえば少し心配だったのだ。

 火の長景梓とは長い付き合いで苛烈な性格にも慣れているが、その味覚だけは未だ理解できないでいる。彼女は信じられないほど甘党で、信じられないほどの辛党でもあった。

 曰く、火の領域にはコーヒーシロップはパックで売られているらしい。アイスコーヒーの作り方は、牛乳とコーヒーとシロップを4対2対4の割合で入れるそうだ。もはや甘すぎるコーヒー風味の牛乳である。その一方で、料理にはこれでもかと唐辛子を入れる。それでも、出てきた料理には七味やタバスコを自分好みに加えるのが常識らしい。千佐都の鞄の中には、もしもの時のために用意されたシュガースティックと借りてきたタバスコが入っていた。今回出番はなさそうである。


 心配事が一つなくなり嬉しそうな千佐都をちらと見て、氷燐は食べかけのオムライスの横にスプーンを置いた。


「ねぇ、千佐都。さっきのことだけど」


 から揚げをパクついていた千佐都は、残りを口に入れて飲み込むと、そちらに向き直る。


「悩みのこと?」

「悩みっていうか、今の領域の問題っていうか。……あたしだけここにいて、こんな……。みんな、大丈夫かな」


ほとんど独り言のようだった。領域の問題? と千佐都は内心で首をひねる。


「みんなって、氷上(・・)の狼だっけ?」

「やだ、なんだかそれ、着飾った狼が躍ってそうだよ。【雪原の狼】。名乗るにはちょっと恥ずかしいよね。知らないうちにあたしもメンバーになってたの」


 メンバー? 部活動か何かだろうか。幽霊部員として登録されたとか?


「何それ怖い。名前勝手に使われてたの?」

「ち、違うよ! えっと、結成したのが幼馴染で、革命団みたいなものかな。おまえも来いよって、言われて」


 革命団。まったく話が見えなくなった。

 応援団の仲間、ではないよね。千佐都は混乱してきたので、これはまずいと助けを求める。


「あのさ、氷燐。もしよければだけど、わかりやすく説明してもらってもいい?」


 遠慮がちな千佐都の申し出に、氷燐は苦笑をこぼした後、頷いた。







 氷燐の話は千佐都にとって、文字通り別世界(・・・)の話だった。


 今から一年ほど前に、氷の領域で長の代替わりがあった。新しい長はまるで政に関心がなく、妃や宰相ら側近の言うままになっているらしい。貴族たちは私欲のままに振る舞う専制ぶりに便乗した。


「……増税と、屋敷の改築や拡大のためにみんな駆り出されたの。普段の仕事ができなくなって、畑が荒れて、切り詰めた生活を強いられて……。あたしは、父さんに教えてもらったこの森に来て薬草を集めて、薬を調合したりしてた。あたしだけじゃ畑は管理できないもの」


 そこへ長く留守にしていた幼馴染の翔が帰ってきて、「中央で革命団【雪原の狼】を結成したからおまえも来いよ」と氷燐を誘った。


「何か計画があるって言ってたけど、詳しいことはまだ聞いてないの。翔くん、強引だから、あっという間に中央に行くことになって。メンバーの人たちと会うって段階になって、中央警備に見つかって……」


 追われるうちに散り散りになり、氷燐がとっさに転移したのがこの薬草の森だった、というわけだ。



「……なんてこと」


 千佐都は胸のあたりで拳をぎゅっと握りこみ、怒りに燃えていた。なんだか知らないが、氷燐の笑顔を曇らせるとは、不届きものめ。千佐都は見知らぬ長と貴族たちに怒りを募らせていた。


 美少女も、美少年も、美人も、挙げればきりがないが、とにかく萌えの供給者は幸せいっぱいでないといけない、それが千佐都の持論だ。

 氷燐に詰め寄ったところ、顎のラインはもう少し円かったらしい。千佐都にとってはまったく「なんてこと!」だ。長と貴族さえいなければ、抱きついた拍子に柔らかほっぺを弄れたかもしれないのにと、完全な私怨に取りつかれていた。萌えの供給者こそ最大の関心事。言い換えれば、千佐都の正義である。


 憤怒を滾らせた千佐都はその場に立ち上がり、


「わたし、氷の領域に殴りこむ」


 と高らかに宣言した。氷燐はぎょっとして、おろおろと立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って千佐都。話が飛びすぎだよ。殴りこむって、長や貴族を相手取るってこと?」

「張り手をかます」


 千佐都の脳内には、まだ見たこともない長や貴族たちのパンパンにはれ上がった顔が浮かんでいた。思い立ったら一直線なので、状況などは一切無視しているようだ。戦闘パターンは、「敵陣に突っ込む」、もしくは「斬る、斬る、斬る」である。

 氷燐はあまりの無鉄砲さに眩暈を覚えたようだった。ここはお姉さんのあたしがなんとか説得しなきゃ、と呟き、諭すようにゆっくりとした口調で話す。


「ねえ千佐都。これはあたしたちの問題なの。手伝ってもらうなんて悪いよ」


 すると千佐都は心底不思議そうな顔をした。


「氷燐たちの問題?」


 千佐都には氷燐の言葉の意味が分からなかった。


「違うよ。だってわたし怒ってるもん。わたしの問題だよ」

「……千佐都の問題? でも、長や貴族と戦うってことでしょ?」

「そうだけど、ただぶっ飛ばしたいだけで、……やっぱりわたしの問題だよ」


 千佐都は感じた怒りに正直に動きたかった。張り手をかましてそれからどうするか。もしもこのときそう問われていたら、答えられなかっただろう。


「お願い氷燐! わたしを氷の領域に連れてって。送ってくれさえすれば、あとは自分でなんとかするから」


 良い考えが浮かんだと言わんばかり笑顔でそう言い切った千佐都に、氷燐は真っ青になった。


「ちょ、ちょっと待って! そんなの危ないよ。下手したら殺されちゃうよ」

「大丈夫、殺さないように気を付けるから」


話がすれ違い始めた。千佐都の戦闘スイッチはすでにオン状態だ。


「千佐都が殺されちゃうの!」


氷燐の必死の叫びに、千佐都は心外そうに片眉を上げた。


「わたし、殺されないよ」


 あまりにはっきりと断言されて、氷燐は二の句が継げない。千佐都の全く動じていない様子をまじまじと見つめ、しばらく逡巡したのち、何か思いついたのか、突然ふわりと笑みを浮かべた。


「――わかった。ホントに千佐都が来たいなら、連れて行ってあげる」

「ホント?!」

「でも一人ではダメ。あたしたちと一緒に行動するって約束できる? それが条件」


 腰に手を当て、幼い子供に言い聞かせるように人差し指を動かしながら、氷燐はそう告げた。千佐都はにっこりと笑い、頷く。


「わかった。ありがと、氷燐」

「千佐都、目を放したらすぐにどこか行きそうだもん。とにかくあっちに行ったらみんなを探すね。行動はそれから。翔くんにも相談するからね」

「了解です」

「よろしい」


氷燐は満足げに頷く。


「ところで、千佐都は強いの?」


 自分では答えにくい質問だった。千佐都はしばらく考えて、


「割とやれるほうだとは思う」


 曖昧に首をかしげておいた。


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