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夢見の人  作者: 貴遊あきら
第3章「溺れる愚者」
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プロローグ(1)

 窓の外を見れば鬱陶しいほどの雨模様だが、うんざりしたのは初めだけで、男の目にはすでに見慣れた景色になっていた。行き交う人々は時折、色とりどりの蛇の目傘をくるりと回し、軸の間に溜まった水を振るい落とす。

 親の周りを駆け回るこどもたちは、下駄を履いた足で元気にはしゃぎまわっていた。幼い娘は新しい傘を買ってもらったらしく、気取ってポーズをとっている。ふと、男は郷愁に駆られた。手慰みにと始めた掃除は、あまりはかどっていない。少し黒ずんだ手を服で拭えば、紺色のランニングシャツの一部が濃く変色した。


「その顔、何か企んでんの?」


 ふとそう声を掛けられて振り向けば、じゃらじゃらと装飾品を身に着けた派手な青年が、入口の引き戸にもたれかかっていた。オリーヴ色の軍服は着崩されている。


「企むのはおまえだろ?」


男が軽い調子で返せば、青年はくっと意味深に笑う。


「企むって、なんか悪役っぽくない? ……あ、もしかして帰るんだ? つまんないなあ」

「代替わりがあったらしくてよ。色々不安定だって聞いた。おまえもなんだかんだ言って知ってるんだろ?」


 男はとうとう掃除用の布を畳の上に投げ出し、胡坐を崩して気だるそうに壁にもたれかかった。青年は問いに対しては答えず、土間より一段高い畳の上に腰かけた。男の服装をまじまじと見て、呆れたように言う。


「まだ慣れないんだ? 長袖って持ってる?」

「馬鹿にすんじゃねぇぞ? 自慢じゃねぇが、毛糸のセーターだって荷物の中にはちゃんと入ってる」

「もしかして手編みとか? うわ、やらしぃ~」

「手編みは手編みでもおふくろの、だけどな。彼女の手編みはこれからに期待、ってところだ」


 その言葉に青年は勢い込んだ。


「うっそぉ! 彼女いるの? 写真とかないわけ?」


興奮からか、目が爛々としている。男は半眼して、ため息をついた。しかしふと考えて、にやっと笑う。


「彼女はいねぇよ」

「ふっうーん? あっそ、まあいいや。帰るんだったら挨拶忘れんじゃないよ? あの人あれでも気にしぃだからねえ」

「挨拶はするつもりだけどよ、気にする人か?」

「やだなあ、もしきみが何も言わないで出てっちゃったら、そうだねえ、たぶん、『私は彼に何をしてしまったのだろうか。何も、黙っていくことはないだろう。確かに、確かに私たちは通じてあっていたとは言わないが、だが、だが、それでも……』ってな感じ? くらぁい顔で。それがループループ!」


 男はしばらく考えて、「ありえなくもねぇな」と頷いた。青年は畳の上にあおむけに寝転がり、


「あの人さ、根暗なんだよねぇ。そこが面白いんだけどさあ。陰気で真面目で、そんでもってロリコン?」

「……まあ、いいんじゃねぇの、それくらい」

「何その微妙な顔。もっと嫌な顔するかと思ったんだけどなあ。因みにおれは」

「あーあー知ってるよ、面白けりゃなんでもいいんだろ」


男は聞きたくないとばかりに遮った。


「なるほど、ロリコンにも動じないのはおれのおかげだったわけね」


自慢げに言う青年に、付き合っていられるかと言わんばかり、男は立ち上がり、入口へと歩いていく。


「とりあえず、挨拶してくるわ」


青年を一瞥し、そう告げた。青年はにっこりと笑い、ひらひらと手を振る。


「いってらっしゃーい」


 男が出て行ったあと、青年は畳の上で転がり、うつ伏せになった。ぶすくれたように頬を膨らませ、


「めんどい。全部ふっとべばいいのに」


 毒づいてから、またあおむけに転がった。


「つまんないなあ!」


 窓の外の雨は、まだやみそうにない。


しばらく更新が滞ってしまい申し訳ありません。来週の試験に向けて少しお休みします。

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