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夢見の人  作者: 貴遊あきら
第2章「怒涛の日々にこんにちは」
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最終話 剣に誓いを

 にこにこと笑顔の千佐都に剣を差し出された三島は、苦虫をかみつぶしたような顔だった。炎呼に頼んだ薬草でしびれは治っているはずだが、と千佐都は怪訝に思う。普段の大きさに戻った炎呼の毛並みを撫でている秋口も、どこか怒っているように見える。

 空気を読んだらしいズィアードが千佐都に耳打ちした。


「おい、先に帰されたのが相当腹に据えかねているようだぞ」


 そうだったのか、と千佐都は頷いたが、それでも剣は差し出したままだ。それどころか、三島の腕に無理やり剣を掴ませた。三島は驚き、怖い顔を歪ませた。


「松原、……これは、受け取れねぇよ。わかってるだろ。俺が見つけたもんじゃねぇ。こんな俺が告白なんてしても、結果はわかってるさ」


「嫌です、先生。今更そんな。これを持って、告白する。それが先生の役目です。わたしたち、そのためにあんなとこまで行って、先輩も先生も怪我をして。今になってやめるなんて、怒りにまかせて景梓さん、先生だけじゃなくてズィアードも先輩も手にかけようとするかも」


 恐ろしい言葉に、男たちの顔が固まる。


「ちょっと待て、どうしてそうなるんだ。俺たちは剣を手に入れただろう?」


「ズィアード、思い出して。第一に景梓さんは本気で男が嫌い。第二に、景梓さんが成功させろって言ったのはたしかに剣を手に入れることだけど! ……だけどもし、わざわざ教えてもらった剣を手に入れておきながら、受け取れないだのなんだのと告白できないなんて、それでも男か! ってことで、勝負を投げたとみなされて……」


 千佐都の熱弁に、男たちの顔が恐怖で引きつった。

 秋口が三島の投げ出そうとしていた剣を強く握らせ、やり遂げてください、と鬼気迫った顔で迫る。プライドなど死の危機を前にすれば脆かった。

 熊がこくこくと頷く。

 剣をささげて脅す計画も視野に入れなければならないな、とズィアードは呟いていた。もとはといえば千佐都が引き起こしたことなのだが、責めている余裕など微塵もなかった。








 急いで夢想院へと戻ってきた四人は、滑稽なほどに慌てて鬼咲の行方を訊きまわった。すでに放課後なのだが、彼女は一人剣術クラスの部屋で練習に励んでいるらしい。熱心なんだな、とますます惚れ直した様子の三島。


 三人は三島に剣を掴ませて部屋の前に立たせ、しぶる彼にノックをさせた。訝しげな鬼咲の声が返ってきて、三島の顔が緊張にこわばり、恐ろしくなる。秋口が扉を開け、ズィアードが三島を中に押し込んだ。

 ばたん、と扉が閉まった瞬間、三人は扉に耳をぴたりと当てる。ほぼ同時に、パンッと強い平手打ちの音が聞こえた。


「なんだ、告白の前に振られたのか? あまりにも顔が怖かったのか?」

「ちょっと待って。……あれ、鬼咲先生が、泣いてる?」


 千佐都の言葉に秋口がぎょっとした。ズィアードは呆れたように「泣きたくもなるだろう」とコメントした。恐ろしく冷静だ。


 鬼咲のすすり泣きに続いて、三島のおたおたと慌てる様子が伝わってきた。固唾をのんで聴いていると、


「その怪我、一体どうしたんですか!」


突然鬼咲が叫んだ。


「いや、その、あの、これは、いろいろ、その」


三島はうろたえている。景梓がこの場にいたら、苛立ちに斬り殺しそうだ。千佐都の頭には三島の赤面する顔がありありと浮かんだ。


「ようやく、ようやくあなたの怪我が治って、ホッとしたところだったのに! また怪我するなんて! 少しは体をいたわってください! あなた一人の身体じゃないんですから!」


 その言葉に千佐都はまじめに呟く。


「え、三島先生って妊婦なの?」

「馬鹿か、いや、鬼咲の言葉の意味は不明だが、三島は妊婦じゃないはずだ。あれは男だ」

「二人とも混乱してるところ悪いけど、話が進んだよ」


 鬼咲の話はまだ続いている。少し落ち着きを取り戻したようだ。


「三島先生が外勤に戻られると聞いて、本当に良かったと安心していたんです。私と初めて会った日のこと、覚えてらっしゃいますか? 私あの時ちょうど酷いスランプで、教師を辞めようかとも思っていたんです。苛立って私が投げ出した剣をわざわざ拾って、差し出してくださいましたよね? 何も言わずに去っていったあなたの背中を見て、私はハッと気が付きました。悩んでいないで剣に真摯に向かえ、言葉に弄されず、黙々と修練しろと。そうおっしゃりたかったんですよね」


「え、あ、いや、その……」


三島は黙り込んだ。


「鬼咲も十分思い込みが激しそうだな」


ズィアードの言葉に、千佐都は頷いた。


「わたしもそう思う」


 秋口がこちらの窓からのぞけると言うので、そちらに移動する。小さな窓に頭を寄せ、三人は部屋の中を覗いた。音を拾うために少しだけ窓をずらす。


 ちょうど、騎士よろしく片膝をついた三島が鬼咲に剣をささげている場面だ。ただ残念なことに、千佐都たちには赤面した熊が無言で剣を渡そうとするようにしか見えなかった。

 鬼咲に三島の意図はよろしく伝わったのか、彼女は普段のむっつりとしたまじめな顔を一変させ、恋する乙女のように頬を紅潮させた。


「これを、私に? いただいてもいいんですか?」


 こくこくと首ふり人形のように頷く三島。鬼咲は花のように笑うと、そっと受け取った。何か言おうと口を開いたが、逡巡し、戸惑いがちに言葉をつなぐ。


「あの、それでこの剣はつまり、私はどう理解したらいいんでしょうか」


 そう答えを促され、三島はおずおずと口を開いた。たっぷりの沈黙の後、


「……その剣には、俺のために奔走してくれた奴らの思いが詰まっている。ちょっと強引だったが、そのおかげで俺はここにいるんだ。だから物凄くこいつは重い。きっとこんなことはそう何度もない。一生の重みだ。俺の話は分かりにくいか?」


 一度鬼咲を見上げ、再び恥ずかしそうに俯く三島。


「いいえ」


と鬼咲は首を振った。


「そうか、それならよかった。……それで、その、俺にはとてつもなく神聖で、剣士の端くれである俺にも、これに誓った想いは永遠だとわかる。ここまではどうだ?」


と顔を上げる三島。


「よくわかります」


頷かれ、また俯く。


「それでだ、その、それで、……その、どうも口下手で、上手く言えそうにねぇが」

「そんなことありません」


鬼咲の言葉に励まされ、三島はぐっと顔をあげて、言うことを聴かない唇を縦横に歪ませたのち、喘ぐようにして、


「その、俺と、結婚を前提に付き合ってほしい。俺は、きみが好きだ」


 それと同時に、鬼咲の目から涙があふれ、ぽろぽろと零れ落ちる。


「だ、駄目か?」


 三島はおろおろと鬼咲の周りをうろつくばかりで、慰めようにも触れることさえできないようだ。鬼咲は泣きながらも、やがてくすくすと笑い始めた。





 千佐都はズィアードと秋口を振り返り、提案するように言う。


「そろそろ帰りません? ズィアード、わたしお腹すいた」

「そうだな。食堂に行くか」

「僕も一緒に食べようかな。サリフィールナも呼んで」

「いいですね。行きましょう」

「今回の反省会だ」

「やだズィアード。そんなのわたし、何も言うことないよ」

「すべての原因がどの口で」

「まあまあズィアード君、終わりよければすべてよし。僕らには明日がある」

「やった、明日は休み!」


 ガッツポーズを決めた千佐都に、ズィアードは呆れたように首を振った。


「これで怒涛の日々が終わればいいが」


 果たしてそれが叶うかどうかは、彼にはあずかり知らぬことであった。


第二章完結です。

読了ありがとうございました!

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