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夢見の人  作者: 貴遊あきら
第2章「怒涛の日々にこんにちは」
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第七話 調理室にて

 翌日は目に痛いほどの快晴だった。千佐都はエプロンを手に持ち、どこか浮き浮きとしていた。一方のズィアードは苦笑を禁じ得ない様子だ。


「事が起こる前に申し出たほうが公平だと思う。味見役なんてまっぴらごめんだ」

「何よ突然、わけわかんないなあ。それって調理学のこと言ってるの?」


「天才的劇薬の発明家が何をしらじらしい。――ああ、そうだ。砂糖と塩を間違う行為だが、他愛ない失敗で済まされる時代はもう過ぎたぞ。銘記しておけ。酒と酢も間違えるなよ。酸っぱい肉じゃがは肉じゃがにあらず。これも覚えておけ」


 そう言い捨てて一人先を行くズィアードの背中に、千佐都は盛大なため息をついた。


「はあ。……あとでおやつを貢いでおくか」


気を取り直して、彼の後を追った。









 木曜の昼休み終了後、3限目の【調理学入門】は、東館三階の調理室で行われる。壊滅的な調理の腕は周知の事実だが、千佐都はあまり気にしていない。包丁を持ったら怪我するのも当たり前でしょ、だって刃物だもん。そういうスタンスである。


 二人が一番乗りで調理室に着くと、黒板にはすでに「調理学入門A班」と大きく書かれたあとに「来た者から順に着席すること」と指示があった。早い者勝ちで好きな席に座れ、と理解した千佐都は、一番後ろの窓側の調理台を選び、そばの丸椅子に腰掛ける。嫌々ながら、ズィアードも隣に腰かけた。


 しばらくすると他の学生たちも現れ、仲の良い者同士で集まって座っていく。もともと友人も知り合いも少ない千佐都の向かい側は、他が埋まっても空席のままだ。


「まさか俺が味見役か……?」


 ズィアードが悲愴感を漂わせ始めたとき、始業開始直前に最後の一人が入室した。先日講義で見かけた美少女―金城深智だ。千佐都が目を見開き、無意識に立ち上がろうとしたのをズィアードが留めた。


 金城はあたりを窺い、席を探したが、どの学生たちもその美貌に目がくらんだのかなんなのか、顔を俯かせている。おそらくその中に知り合いもいたのだろう。金城は興味を失ったように表情を消し、他へと目を移す。ふいにその視線が千佐都を捉えた。その瞬間、千佐都は嬉しそうに破顔し、立ち上がった。


「あのっ、ここ、良かったらどうぞ。むしろお願い。わたし、一人なの」


そう言って、顔の前で手を合わせる。

 ズィアードは「確かに」と呟いた。このままでは千佐都のグループは彼ら二人きりとなる。


「俺からも頼む。命を助けると思ってくれてもいい」


切なる願いだった。

 金城は見知らぬ学生に驚いたのか、それとも守護霊の必死さに引いたのか、当惑したように瞬きを繰り返したが、やがてふわりと、極上の笑みを浮かべた。


「ありがとう。ぜひそうさせて」







 運の良いことに、本日のお題は「飴作り」だった。砂糖と水だけで作るべっこう飴である。材料もシンプル、調理手順も包丁を使わないシンプルさ。「天の采配か……」とズィアードは呟いた。


 指示通りに準備を進めながら、千佐都は積極的に自己紹介し始めた。


「あの、わたし、松原千佐都。ミヤコ出身で、こっちは、守護霊のズィアード」

「《有翼人》のズィアードだ。よろしく頼む。こいつの料理の腕は壊滅的だ」


 しれっと告げたズィアードの足を、千佐都はぐりぐりと踏みつけた。にっこりと笑い、視線で「黙れ」と脅す。


 漫才コンビのような二人の関係を目の当たりにして金城は瞠目したが、すぐに明るい笑みを浮かべた。ふと作業を止めて、足元にいた何かを抱き上げる。闇色の毛並みが美しい小型の獣で、愛玩用の犬にも見える。垂れた長い耳と、長い胴、短い脚。体毛と同色の理知的な瞳が、まるで観察するように二人を凝視していた。


「こちらこそよろしく、金城深智よ。出身はミナセ。この子は守護霊のスメラギ。会話能力はないんだけれど、とても賢いの。私の命令にはとても忠実なのよ」


 最後のセリフに引っかかるものを感じたが、千佐都は感心したように頷く。ズィアードはその顔から表情を消し去っていた。金城はスメラギを床に下ろすと、冷たい床に寝転がり、足をばたつかせるだけの愛玩動物にほんの少し口角を上げた。砂糖の袋をハサミで開けながら、千佐都に向き直る。


「松原さんの守護霊は、少し特殊なのね。主従って感じがしないんだもの」


 そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 主従、という言葉に千佐都は、


(もしかして傍目にはわたし、俺様ズィアードに虐げられているように見えるのかも)


と青ざめた。それをどう受け取ったのか、ズィアードは調理台に置かれた器具を一瞥し、苦々しげに口を開く。


「……守護霊とはそういう立場なのか?」


 金城は心外そうに目を瞬かせた。


「あら、それが普通なのよ。もしかして、松原さんから聞いていないの?」


 訊いてみたら? と金城は声を出すことなく付け加えた。ズィアードは彼女を睨みつけ、千佐都に絞り出すように問う。


「……おい、千佐都。正直に答えろ。俺はおまえにとって、どんな存在だ?」


 一人斜め上の思考を展開させていた千佐都は、突然の問いに目を丸くした。


(どんな存在って何よそれ、好きか嫌いかとか、そういうこと?)

 

 とっさにそう閃いたが、ズィアードのまじめな顔を見るに、おそらく求められる答えはそう単純ではないだろう。ただでさえ考えなしと貶されることが多いのだ。この機会にぎゃふんと言わせてやるのもいいかもしれない。

 千佐都は内心黒い笑みを浮かべた。馬鹿は卒業だ。しかし、どんな、とは難しいな。上手くまとめられるだろうか。


 千佐都が考えに呻いていると、ズィアードは苛立ちも露わに答えを急ぐ。


「答えられないのか? 上手い言い訳でも考えているんじゃないだろうな」

「ちょ、ちょっと待って。上手くまとまんないのよね」

「ふん、まとめる必要などない。思ったことを言え。……大体予想はつく」


 千佐都は片方の眉を怪訝そうにあげた。


(分かっているくせに言わせようとしてるの? 意味わかんないんだけど。もしかして、金城さんたちの仲良しアピールに対抗意識めばえちゃった? ……ないない。そんなズィアード気持ち悪い)


 百面相をする千佐都に、ズィアードはとうとう痺れを切らした。


「さっさと正直に吐け!」


 そう怒鳴られ、気恥ずかしさも手伝ってなかなかまとまらなかった言葉が、千佐都の口から勢いよく飛び出した。


「さっきからうるっさい! あんたがどんな存在か?! 俺様でいじわるで、いつもバカにする嫌な奴! でもちゃんと話を聞いてくれるし、なんだかんだ付き合ってくれるし、お、お兄ちゃんがいたらこんな感じかなあとか、思ったけどそれが何! それが何よ! 分かってるなら言わせないで! は、は、恥ずかしいんだからズィアードのバカ!」


 一気に吐き出して、千佐都の肩が荒く上下する。じとりとズィアードを睨みあげると、そこに浮かんでいた表情に今度は唖然としてしまった。そこには純粋な驚きがあった。様々な感情にくるまれて見えなくなっていた最後の部分が、無防備にさらされている。どうやら何か違ったらしい、と千佐都は気づいた。


「……あ、あのさ、ズィアード。ごめん、わたし、何かまずったかな?」


 ズィアードはハッと我に返り、唇を真一文字に引き伸ばし、何とも言えない表情を浮かべた。そのとき、はじけるような笑いが金城の口からこぼれた。ひとしきり笑い、眦の涙をぬぐう。


「ま、松原さんって、おもしろいのね。まるで守護霊が家族みたい」

「みたいって、守護霊は家族だよ。変な金城さん」


 その言葉に金城も目が点になった。一般的には、夢見と守護霊は主従関係となる。だが松原家は、その常識を覚える環境ではない。父とブルースは親友のような間柄であるし、父は世話をしてもらっている立場だ。何かあると、「ブルース、どうしたらいいかな?」。父の口癖だ。千佐都の認識では、以前の松原家メンバーは炎呼も入れて五名、現在は六名となっていた。


 乞われてもいないのにそう説明した千佐都に、金城は少し考えるようなそぶりの後、困ったように笑う。


「松原さんって素敵ね。なんだか好きになっちゃいそう」


 誘うような視線を向けられて、千佐都は勢いズィアードに掴みかかった。


「どうしようズィアード! 金城さんに告白されちゃった……!」


 襟を掴まれ、前後に揺さぶられながら、ズィアードはちらと金城を一瞥したあと、がっくりと疲れたように嘆息した。


「あーよかったな。おめでとうとでもいえば満足か。友人は選ぶことを推奨するが……」

「どうしよう!まずいよズィアード。わたしの美少女への熱き魂がどうしようもないことになってる!」

「しばらくはしゃげば落ち着くだろう。もともとおまえへの処置は不可能だ」


 きっぱりと言い切ったが、その口調にいつもの鋭さはなかった。






 

 発作も収まったようで、千佐都は再び準備に取り掛かる。一人椅子に座ってレシピを読みふけっていたズィアードが、ふいに顔を上げて説明した。


「どうやらこの飴、来週の共通召喚術に使うらしいな。よくよく考えれば、こんな場所に天の采配が及ぶわけもない。妖精の好物をちらつかせ、契約に追い込むというわけだな」


「え、っていうことは、最初の授業で妖精に会えるの? まだ見たことないけど、可愛い?」


「私、何度か見たことがあるわ。契約もしたの。悪戯好きで可愛いのよ。このくらいの大きさかな」


 示して見せたのは、15センチほどだろうか。金城の言葉に、千佐都の期待が高まった。


「うおお……早く会いたい。って、金城さん、契約したことあるの? すごい!」

「召喚術の授業もたしか同じ班よね。分からないことがあったら聞いて。何でも教えてあげる」

「わっ、ズィアード! 今の聞いた? なんでもだって。何教えてもらおう」


 興奮を押し殺して囁くように言った千佐都に、ズィアードは呆れた表情だ。


「何って、授業の疑問点だろう。個人的なことはやめておけ。深入りするな」

「え、趣味とか好きなものとかもダメかな?」

「馬鹿が」


 それ以上会話する気はないようで、ズィアードは再びレシピに目を落とした。千佐都は口をとがらせるものの、すぐに気を取り直し、作業に戻る。金城の優しいアドバイスを受けて心躍らせつつ、砂糖と水を入れた鍋を火にかけ、木ベラで混ぜはじめた。固まってきたものを平らにして型で抜くなり手で丸めるなりすれば完成、そのはずだった。


「……あれ? なんか、色変じゃない?」


 始終笑みを浮かべていたさすがの金城も、千佐都の鍋を窺い、はっきりとその表情を変えた。笑みを取り繕うことができない。

 背後から興味深げに覗き込んだズィアードは、馬鹿にしたような口調でコメントした。


「砂糖と水でなぜどどめ色になるんだ。邪念が強すぎたんじゃないのか?」


 黒紫に澱んだ水あめ。

 それを見て反論できる者は、誰一人としていなかった。


ユニークアクセスとか、ようやくシステムがわかってきました。

お気に入り登録ありがとうございます。第二章も半分ほど終わりました。これからもどうぞよろしくお願いします。

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