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ママハハ

黄昏時。

昼間はクソを何回言っても言い足りない程、暑かったのに夜を迎えるとホッキョクグマが凍てつく程、寒くなる……というのは極端かもだが、兎にも角にも田舎もとい山の気候ってのは砂漠の如く、昼夜の寒暖差が激しいのよ。昼間掻いた汗でべとべとになったワンピースも、どこから伴う山風に晒され、私の体温を容赦なく奪っていく……うぅ、寒い、早く帰るのよ……。


帰る場所があそこなのは少々、鬱だけどきっとあの禿げおやぢもとい父ならうまいことその場をやり過ごしていることだろう。あれで、私の父は三十年以上、社会人のストレスの波に散々呑まれ呑まれまみれの自分に酔いしれているナルシストおやぢなのよ……だから、顔的にアレだけど、あれでその場の空気の読める気さくなおやぢなのよ……ふふ、自分で言っててアレだけど、どんだけ自分の父を貶してんのよ、私。


まぁ、それはともかく今の私の帰る場所はそこしかないのだ。

排ガスが香るあの街とはもうおさらばしてきたのよ。それが、例え父や私の意思に関係ないものであろうとも、今は目の前の現実を潔く受け止めるしかない。そうよ、人生は多少のスパイスと大量のシュガーがあれば楽しいものなのよ。現実的にはその逆パターンが多いのだけれど。


そんなつまらないことを考えながら家路を歩いていると、ふと背後に気配を感じた。な、何奴っ……!?す、すとーかー!?と、通り魔!?それとも犯罪者繋がりで変態露出トレンチコートおやぢ!?淑女な私としては(異論は認めない)、一刻も早く純情乙女の如く逃げ出したい気分だが、確認しなければならない。そして私は恐る恐る後ろを振り返ると。


「…………」ボリボリ


白髪のイケメンがいた。

白い肌、中肉中背、グラサン、緑のアロハシャツ、紺の半ズボン。

……あによ、この常夏野郎。私はビックリさせたお仕返しに、キッと常夏野郎を睨んだ。

しかし、肝心の常夏は澄ました顔で頭をボリボリ掻いて、私と目を合わせようともしない。

それどころか、そのまま私の横を通り過ぎ、前へーー


『ちょっ、ちょっとぉお待ち!!』ガシッ

「……あん?」


私は通り過ぎてそのまま前へ歩こうとした常夏の肩を思いっきり掴んだ。

に、逃がすわけないのよ……淑女の私に怖い思いをさせたその罰、とくとその身体に刻み付けてやるのよ!!……一応言っておくけれど、別にエロいことじゃないのよ。


『よ、よくもこの私に……怖い思いをさせたわね……』

「……逆ナン?」

『ふざけてんじゃないのよっ!! あんた、名前及び住処を言いなさい。ポリスメンに突き出してやるわ』

「俺の名前? 俺、ガクト。住処は処女のハートの中、ズッキューン」

『ふ、ふ、ふ、ふざけるなこらっ!! 私は真面目に聞いているのよ!!』


な、なによ、何なのよこの男は……!!

こんな常識知らずな優男ははじめてだっ!!ふ、ふふ、ど、どうしてやろうかしら……ま、まずはそうね……向日葵エルボーからのマウントポジションを狙い、そこからさらに向日葵腕ひしぎ十字固めの最後に向日葵スペシャルで決まりね、ふふ、ふ……。


「えーっと、何でそんなに怒ってるんかねぇ……。大体、俺あんたみたいな変な女に絡まれる覚えはないんだけどねぇ……ちなみに何ですかその手帳。乙女の交換日記ですか? ウブっだねぇ。ヒャッハー☆」


非常識常夏野郎は頭をボリボリ掻き、めんどくさそうな表情でそんなことを言う。

何がヒャッハー☆だ万年常夏馬鹿野郎が。私は絵本に出てくるようなふぁんたじぃ要素の強い、優しくてカッコいい白馬の王子様は大好きだが、あんたみたいなヘラ男は大嫌いなのよ。そして、私は続けて、手帳に言葉を書こうと……あ、あれれ!?わ、私の手帳が消えた!?


「へぇ~……キ●ィちゃんの手帳じゃないか。かぁいいねぇ~……何か、中身は殴り書きの文字があんだけど。……ぼっち会話? もしかして、君……結構イタイ系の人な感じ?」


消えた手帳はいつの間にか、常夏の手に渡っていた。

常夏はヘラヘラしながら、私の手帳をぱらぱらめくっている。……ぐっ、くぅ~……あ、あによこの羞恥プレイは……く、くぅぅぅ、こ、コロス。この常夏は肥溜めに放り込んで殺してやるわ……!そして、恥をかかされた私は再び常夏を睨……


「へぇ、君って美人な感じだね」

「!?」


め、目の前にや、や、奴の顔が……ちょっ、ち、近い!!

私は突然の接近に驚き、奴からぷいっと顔を逸らした……が。


「おっと、ハハ、恥ずかしがった表情もGJだねぇ」


顎を掴まれ、無理矢理、奴と正面を向かされる。

な、な、な、あ、何がGJよっ……!こ、この私を誰だと思ってるの……!?

ゆ、許さない……許さないのよ……!!こ、こここのっ、こここここ……!!!!


「キスなんかしちゃったり……むーん」


奴は唇を尖らせ、私の頬に柔らかなそのっ……唇がっ


うがぁー!!


バコッ


「あふんっ!?」


私は思わず、膝を駆使して、思いっきり奴の股間を蹴り上げた。

その瞬間、奴はヒキガエルの如く、仰向けに倒れた。ふっふふっ……!どうよ、私の秘儀キンターマッスルドッキングを喰らった感想は……!?ふ、ふんっ……こ、高潔な私のぷっちんもちもちほっぺに気色悪い唇を近づけるなどというふざけた真似したあんたが悪いのよ……!!死んで罪を償うのは当然なのよ!!


「……あれ、あにぃ? こんなところで寝転んで何してる? ここはあにぃのベッドじゃないの」

「にぃに……。こんな浮浪者ほっといて早く帰ろ?」


と、常夏をのしたところで、今度は昼間の双子がやって来た。

またあんたらか……最近、よく出会うのよ。切っても切れないナンタラカンタラとかいうやつだろうか。

…………。

冗談なのよ、自分で言ってて鳥肌が立ってきたじゃないの。私は、ドラマの中で役者が臭い台詞を言っているのを聞く分はいいけれど、自分で臭い台詞言うのはお断りだ。


「ぐ、ぐぅ……ひ、ひどいっ!!あたい、ママやパパにもおちん●を蹴られたことないのにっ!!このメンヘラ女!!」

『やかましいっ、変態はとっとと巣に帰れナルシー!!』


股間押さえて、涙目で私に抗議する常夏野郎。


「にぃに、そろそろ晩御飯の時間。早く帰るの」

「おぉ、秋桜。もうそんな時間なのか。それにしても我が妹(?)にしてかわいいのぅ。くのくのぅ~♪」

「私のにぃにに汚い手で触れるなロリコン!!」

ゴッ

「くぉお!?」


双子の姉妹(?)に絡む変態常夏。

……?にぃに?……あ、え、いや。まさかまさかの。

……ないわね、それはない。

恐らくは、そこの常夏が双子姉妹にそういうプレイをするよう脅迫しているのね。それなら納得なのよ。


「……あ、向日葵。昼間はありがとうなの。もう少し遊びたかったけど、もう晩御飯の時間だし、また明日」

「ギャー、あ、あ、紫陽花っ!お、俺のっ、おにぃにの髪を引っ張らないでぇー!!」

「うるさいっ、黙れ、はげっ」


私に気付いた秋桜はそう言うと紫陽花と常夏野郎を伴って、歩いて行った。

何だったのよ一体……。嵐のような一時だったわ。まぁ、いいのよ。それよりも早く帰らないとあの子煩悩おやぢが心配するのよ。私は、夕焼けに晒されたヒマワリ畑を尻目にこれから住む祖父母の家に向かって歩を進めた。






「お帰り、向日葵。こんな遅くまでどこに行ってたんだ?パパはとっても心配したんだぞぅー?」


玄関の扉を開くと、待ち構えていたかのように父がタイミングよく現れた。

……何がパパよ。自分の面を鏡で見てからモノを言え。思わず、手帳に書きたくなる衝動を抑え、玄関でサンダルを脱ぎ、家に上がった。ふぅ……子供っぽいおやぢを相手にするのはとっても疲れるのよ。


「あらぁ、向日葵ちゃんなのね。元気?」


そして、父の後ろにいる女性が古き良き友を懐かしむように私に声をかけてきた。

ロングでウェーブのかかった金髪、シャネルだかチャンネルだかしらないが明らかに高級そうな指輪やネックレスに胸元の開けたエロスな服装に網タイツのパンツが見えそうな短めのスカート。……もう詳細を語りたくないくらい目を逸らしたくなるような痴激的な格好をしたおねーさん。


……誰よ、このおばはん。はっきり言って、私はこんな痴女に見覚えはないのよ。父の新しい愛人か付き人か何かだろうか


「覚えていないかしら? もう十年も昔のことだしね……うちの子の、ほら双子の方と貴方仲良くやっていたわね」


……はあ?

このおばはんは一体何を言っているのだろうか。十年かなんだろうか知らないが、私がこれまで生きてきた人生の中に『幼馴染』なんていう存在はいなかった。私の記憶が正しければ、十年前と言えばあちこち移り住んでいた時期だ。もう、父の仕事の都合で引っ越しするのは慣れてきたけれど、子供の頃の私は引っ越しするたびによく父を恨んだものだ。特定の友達ができないって、ね。


…………。

そんな思い出の中に、付き合いの深い幼馴染なんていなかったし、いたとしてもその場限りの『お友達』だ。ましてや、双子なんていう狭いジャンルで……ううん、やっぱり私はこんな成金おばはんは知らないのよ。しかし子供じゃない大人のナイスバデェな私は例え、見知らぬ人間であっても会釈するくらいの社交辞令という名の常識は身に付けているのだ。


「うふふ……お辞儀だなんて、ほんとお利口さんに育ったわね向日葵ちゃん……」


目の前のおばはんは、口元を歪ませ、何処か不気味な笑顔を浮かべる。

…………。

なに、かしら。この胸やけするようなドロドロとした感覚。

それは相手は自分の存在を知っていて、けれども自分は相手のことを全く知らなくて。

無色透明の自分の部屋を外から第三者に覗かれているような気分で。


「ほんと美人になったわねぇ……黒髪もサラサラで綺麗で、肌も白くて綺麗で、綺麗で、綺麗で、綺麗で、綺麗で、綺麗で、綺麗で、憎らしいくらいに、綺麗で、ウフフ……」


髪やら腕、首筋、顔をペタペタ触る。

……全身をまさぐられるような感覚、その感覚の感想を一言で表すと。


不快感。


ソレが全てであった。


「向日葵、もう忘れちまったのか? その人は俺の弟の嫁さん、つまりはお前の叔母にあたる人で榊優香さかきゆうかさんだよ」

「はろはろー、んもぅ! 武義兄さんったらぁ! そんな他人行儀にならなくても良いって言ってるでしょー? 私たちは家族なんですもの」

「そ、そうか? なはっ、なはははは」


ちょうどいいタイミングで父が会話に入ってきてくれたので私はその榊とかいう叔母から一歩、下がることができた。……こら、何ヘラヘラして鼻の下を伸ばしているのよ馬鹿おやぢ。

ちょっと胸が大きくて、美人な女になびくのだから世の男は本当に単純なのよ。


それにしても優香……ね。

名前を考えた親に言ってやりたいわ。

分不相応な女に分不相応な名前をつけるなってね。


「おっ、そうそう。居間にその双子がいるから仲良く宜しくしてやってくれよな向日葵。まぁ、昔、遊んでいた仲だから大丈夫だよな、なははははは」

「じゃあねー♪ 向日葵ちゃん♪」


父と優香は談笑しながら奥の部屋に入っていった。

……何がじゃあねー♪、よあばずれババァ。だいたい、昔から遊んでいたって、私にはそんな双子の記憶はないのにどう仲良くしろと言うのか。はっきり言って、何だか気分が悪いのだが、このまま廊下でぼけーっとしていても意味がない。私は意を決して、居間の扉を開いた。






「……おー、向日葵なの。おっす」

「……げぇ!? 昼間のぱいぱん女! お、お前っ、うちに何しに来た!?」


……双子、って聞かされた時点で大体想像はついたけれどね。

いや、お前ら登場回数多すぎだろ。私が居間に入ると高そうなソファーに座っている美人姉妹(?)の双子……つまりは秋桜と紫陽花がいた。兄の方はソファーから足をテレビに置き、全くもってお行儀の悪い子供の様であった。


「あ、あぁー!? にぃに! スカート!! スカートが盛大に捲れてる!! そこのパイパン発情雌犬に覗かれるよ!!」

「んー?」


傍にいた紫陽花は兄のスカートを慌てて直しているが、兄は特に気にしていないのかくつろいでいる。こら、誰がパイパン発情雌犬よ。このクソガキ、本当に口の悪いガキね。だいたい、パイパンってのは何よ。あんたは私のチョメチョメを見たことあるの?……その、あの、まぁ、その辺の有無についてはノーコメントの方向で。……あによっ!その眼は!!


「……向日葵」


秋桜は上目使いで私をじっと見つめてくる。

……何よ、何でこの生き物はちょっと頬を染めているのよ。


「……私のパンツ、見たの?」


…………。

見てないのよ、ばーろー。何よ、この生き物は。男の娘ってのは、こうも破壊力が抜群な生き物なの?下手な女よりかぁいいじゃないの。だからって、私は決して女の尊厳を見失ったりしていないのよ。…………本当なのよ。


「く、くぅ! お前っ、その顔はみたなぁ!? にぃにお気に入りのクマさん毛糸パンツを見たんだなこのどへんたい!!」


……おい、語るに落ちてるのよ。


「……紫陽花、にぃにの履いてる下着をどうして知ってるの」

「は、はうぅ!? あ、あ、あ……! こ、このっ! ひどいぞ!! わなかっ!? こうみょうなわなで私の口からにぃにの下着の種類を言わせるなんてなんて鬼畜な女なんだ!!」


…………。

どうしよう、段々と目の前にいる小動物(♀)が可愛くなってきたのよ。


「……紫陽花。罰として今日のお風呂でオシオキなの」

「は、はにゃーん!!」


こうして妹の紫陽花ちゃんは兄の秋桜ちゃんの下着を口外した罰でお風呂でオシオキの刑になりました。……何てつまらないオチなのよ。それに、オシオキ宣言された紫陽花は何でちょっと嬉しそうなのよ。もしかしてドMな方なのかしらこの娘。


『……しかし、あんた達があの成金おばはんのお尻から生まれた子供だとはとても思わないわ』


私はつい、思ったことを手帳に書いて、双子に見せてしまった。

……しまった、ちょっと無神経な物言いだったかしら。あんな親でも、この子達から見れば自分を生んでくれた親には違いないのよ。私は少し自己嫌悪に落ちて、双子の次の言葉を待った。


「…………あんなの、私たちのママじゃない」


意外にも、最初に口を開いたのは妹の紫陽花だった。

その眼はまさに拒絶を示したもので、憎悪を感じる口調で、普段のやんちゃな紫陽花の声とは思えない程のドス重い声であった。ママじゃない……私は何と答えたらいいのか脳内で考えていると、助け船を出すように、兄の秋桜も口を開く。


「向日葵、あの人は私たち双子の本当のママじゃないの。二度目のママ……向日葵、この意味が分かる?」


……それくらい分かるのよ。

『ママハハ』

継母、つまりは血の繋がっていない赤の他人の意。

前母が何かしらの事情で父と別れた後、再び新しいお母さんが子供たちの前にやってくる。

よくある話だ。


だからと言って、ママハハを悪く受け止めないこと。

例えママハハであろうとも、実の子のように、他人の子を分かろうと必死で頑張る母もいる。

その逆も、あり得ることなのだが。どうやら、この子達の様子を見ると後者の意味合いが強いようね。


「「………………」」


余程のタブーな話だったのか、今に沈黙が流れる。

……ど、どうしよう。これって明らかに私の所為よね。な、何とかしなきゃ。

…………。

だ、誰よっ!!今、私のこと、へタレとか思った奴!!で、出てきなさいっ!!


「向日葵」


どきっ。

沈黙は早い段階で、秋桜によって破られた。

な、何だろう……。わ、私は何を言われるのかしら……。私はドキマギしながら、秋桜の次の言葉を待った。


「私達と一緒に、三人でお風呂に入ろうなの」

『「…………はぁ?」』


秋桜の突然の意外な申し出に、私と紫陽花は驚き、ついでに被ってしまった。

……正確には被ったじゃなくて、重なったとでも言うべきなのかしら。

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