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秋桜

後悔先に立たず。

私の人生はそれの繰り返しで成り立っている。

それは別に人生の岐路に立たされた時、どちらに行こうかなとかそんな重要な場面でのことではない。ほら、例えば……そう、今私の目の前の寂れた駄菓子屋の寂しげにぽつんと一本だけある炭酸飲料、ソーダー君。


私は今、絶賛迷っている。このソーダー君を手に取るか、取らないか。

私の思考回路には是が非でも水分補給を!の警鐘が鳴っていることは間違いない。

あの冷蔵庫でひんやりひやひやとした飲み物を是非このクソ暑い中、がぶ飲みしたいことも間違いではない、それは間違いないのだ。拒む理由なんてサラサラないし、炭酸飲料に何か拒絶反応を示す特異的な病気も持ち合わせていないのよ。


しかし……現実的にはその欲求に走るリスクを伴うことは私自身が身に染みて分かっている。


チャラーン


「…………」


私はポケットから取り出したマネーとソーダー君を交互に見やる。

ふっ、ふふ……さて、どうしようかしら。

今、私の所持金……にー、しー、ろー、はー……ギザ十、九枚也。

そして、ひんやりソーダーはお会計、百円也。


……実しやかに足りないのよ。

足りないものを足りるように設定するには……そこに加えるしかないのは自明の理である。

だからってドロボーはいけないのよ、私は悪い人になるつもりはないのよ。

あくまで合法的に、そして穏やかに、慎ましく、愛おしく、百円にするのよ。


ザッと思いつく方法は三つある。


まず一つ目。

これは現実的でありながら、自分は一体何をしているんだろう?と嘆きたくなるほど地味で惨めになるかもだけれど……。もしかしたら、誰でも一回くらいはしたことあるかもしれない。……そう、拾い食いならぬ『拾い金』よ。道端に転がっている硬貨をすかさず自分のポケットに……なによ。別にこれはドロボーではないのよ。これはいわゆる小市民的なボランティアなのよ。町綺麗活動に貢献するの。それだけではない。自販機の釣り口を手でがさごそがさごそ……すっごく惨めじゃないのよ。それにそんな都合よくそこらじゅうに硬貨が落ちているわけないじゃない。やめやめ、やっぱりこれはボツなのよ。


じゃあ、二つ目。

これもある意味現実的だ、そしてやっぱり惨めなのかもしれない。

父に『催促』するの。お金ちょうだい、って。その際、親馬鹿の父のことだから何に使うんだって尋ねてくると思うの。で、それに対して私は正直に、身振り手振りでソーダー君をごっきゅん飲むポーズを……できるわけないじゃない。いい年こいた女子高生がソーダー君?ププーってなるに決まってるじゃないの。じゃあ、色仕掛けで誤魔化し……バカバカバカバカ。何でソーダー君一本で自分の父親に肌を晒さなくてはならないのか。馬鹿馬鹿しい……変なところでプライドの高い私には到底ありえない方法ね。これもボツ。


最後。

これは自分で言うのもなんだが、良い方法ではないかと思う。

それは平和的『交渉』よ。駄菓子屋のおばちゃんと交渉、という意味ではない。

交渉相手はあくまで子供だ。それも駄菓子屋に来ている利発的なガ……子供。

交渉というからには硬貨に見合うモノを用意しなければならない。しかし、今の私には即物的な物品は何一つ持っていない。そうなると、物品の代替えとなる成果が必要となってくる。

幸運的に私はその成果がまさに今、問われようとしている場面に瀕しているのよ。


「あー、ちくしょ~……だめだ。全然、とれねぇよ。あんなのとれっこねぇよ……」

「えぇ~……メグ、あの盲目うさちゃんがほしいのに……コウくんのバカバカバカバカッ」


ボロボロの駄菓子屋の脇にえらく近代的な機器もといUFOキャッチャーがあり、その前で苦戦苦闘しているツンツン頭の男の子とそれを見ているツインテの女の子。二人ともどう見ても小学低学年と言ったところかな。ふっふっふ、このお・ま・せちゃんズめ。お姉ちゃんが君たちみたいな年頃の時はそんな浮いた話はなかったのよ。……生憎、今もないけどねっ!


「し、しかたねぇ……だろ? あんな隅っこに埋もれてるブサめんのウサギのヌイグルミなんかとれっこないって。ほら、そこの一番上にあるいかついブルドッグのヌイグルミにしとけって」

「やだやだやだっ、メグはあんな汚いヌイグルミより、あの盲目うさちゃんがいいのー! コウくんのバカバカバカバカちびちびちびちび! りこんとどけかいてやるんだからぁ~! びぇえええ……!!」


うーん、修羅場ってるなぁ……。

でも、こういう風景って子供に限らず大人のバカップルでもあるよね。ほら、彼女の方が彼氏にヌイグルミが取れるまでマネーを酷使させるっていう……見ていて可哀想だけど、男冥利ってとこなのかな。私は淑女なのでそのあたりはよく分からないのです。まぁ、そんなことはどうでもよくてまさに今あの子達に人の手が必要なのは確かなの。ふふん、こう見えて私は都会のゲームはひと通りやってきた猛者ゲーマーなのよ。『ダークマター向日葵』とでも、呼んでもらっても構わないわ。ていうか、そう呼びなさい。そして、私は意気揚々とその男女の子に近寄っていく。


「う、うわっ! な、なんだよお前……いきなり、割り込んでくんなよな!」

『ふふん、黙れ小僧。今からお姉ちゃんがあんたたちばかっぷるにテクを見せてあげる』

「おねぇちゃん、メグ、コウ君とばかっぷるなんかじゃないよ。コウ君は私のめしつかいなの」

「ひっでぇな、おい」


例の如く、メモ帳に書いて意思疎通を図るのも慣れたものよ。

そして、私は目の前の小さなUFOキャッチャーに目を向け、ガキどものお目当てのヌイグルミを探す。あった……あの奥の四隅の埋まっている盲目うさちゃんか。……無茶じゃないの。何あれ、私はすーぱーまんでもサイコメトラーでもないのよ。正気の沙汰じゃない、あんなの取れたら高層ビルの屋上から紐なしばんじーしてやるわ。


…………。

しかし、私は不可能を可能にする女、日向向日葵、十八歳です。

あ、今なんかかっくいいこといった気がする。とっ、とにかく、ここまでガキの前で見栄を張ったのだから逃亡するわけにはいくまい。見ていなさい、行く末を支える未来のガキたちよ。三十分後には、目的のうさちゃんどころか、このキャッチャーの中身を空にしてくれるわ!!


《三十分後》


「なーなー、おねえちゃん……そろそろ諦めようぜ。俺のお財布の中身が悲惨なことになってるんだけど」

『う、うるさい!! わ、私はできる子。やればできる子なのよ……集中集中』

「いいかっこしぃの大人が恥かく構図」


バカップルの片割れの少女がツマラナイものを見るような眼で私を観察する。

くぅ、み、見てなさい……次こそあっと驚かせるようなアクロバティックなキャッチャーを見せてあげるわ。そんな私のスッポンのような粘りが功を奏したのか、適当にキャッチャングしたヌイグルミはそのまま持ち上がり、景品取り出し口に繋がる穴に吸い込まれていった。


『ど、どうよ!! 見たかバカヤロー!!』

「……いや、そんなドヤ顔されても。五千円使って、ガ●ラのヌイグルミ一個かよ……どう考えても割にあわねーよ」

「このガ●ラ、すこぶる気持ちわるーい。やっぱり、メグあっちの盲目うさちゃんが良いー」


バカップルは私が勝ち取ったヌイグルミを受け取ると、次々と文句をぶちまける。

こ、このガキ共……努力して掴み取った景品なのにどうして文句言われないといけないのよ。

た、確かに私も大人気なかったわよ。けどね、かっこいいところ見せたいじゃない。何よ、私はそういう性格なのっ、大体ガ●ラ、かぁいいじゃない。あっちのウさ野郎なんかよりも、こっちのが断然良いのっ。いいったら、いいのっ。


「……確かに。あのウサちゃんはすごく可愛い。今度は私がやる」


と、よく分からない言い訳を脳内でしていると、いつの間にかUFOキャッチャーの前に新たな挑戦者が現れた。ふふん、随分と簡単に言ってくれるじゃない。まぁ口で言うだけは言えるからね。見栄を張ったからには、やってもらわなきゃね!失敗したら、鼻で笑ってやるわ、ふふん(←失敗した人)。


「おねえちゃんもやるのか? やめとけよ、そこのおねえちゃんも五十回しても取れなかったんだからさ」


ガキは私を指さし、新たな挑戦者に警告する。

何よ!ガ●ラ、取ったじゃないガ●ラ!!かわいいじゃないっ、ガメラ!!


「心配ない。私は嘘を吐かない、だから安心しろ、僕」

「……その手は何だよ」

「五千円あれば充分」

「豪快にミスる気、満々じゃねぇかっ!!」


……ふふん、取れるわけないのよ。

今の内そのデカい口を叩いてなさい。現実は厳しく、そして夢見たものはことごとく結果の前にひれ伏すことをこれから思い知るのよ……。私はこれからの無様なミステイクに心の中で密かにほくそ笑みながら、心のクラッカーの準備をしていた。


……え?随分といい性格してるな、って?

いいじゃないの。他人の不幸は蜜の味ってね。






「ぶい」


…………。


「ぶい」

『ぶいぶいうるさい』

「一発でとれた」

『や、やかましいっ』


バカップルの子供達はとうに何処かへ行き、駄菓子屋のUFOキャッチャーの前には惨めな私とキャッチャー王者の少女の二人きりとなった。……そうよ、惨めなのは私。目の前の少女は勝ち組。笑いなさいよ……ふふっ。笑いなさいよっ、ばかぁ!!


「あはははは」

『笑うなっっ』

「笑えと言ったり、笑うなと言ったり……少女の心理はとてもむつかしい……」


目の前のセーラー少女はしょんぼり顔で呟く。

肩口で切り揃えられたショートカットに、円らな瞳、幼さが残る顔、病的なほど白い肌……一つ一つのパーツが人形のように綺麗に整列している……ってどこぞのバカ少女に大変似ているなこの少女。……む、ちょっと待て。今変なこといったぞこやつ。


少女の心理は難しい?

何言ってんだか、あんたも少女じゃないのよ。


「……向日葵。私は雄、だから少女の心理はむつかしい」


目の前の少女は真顔でそう呟いた。

ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。ツッコミどころが満載……ではないけれど。

二つほどツッコミ要素がある。


一つ目。

何故、私の名前を知っている?私はこの少女にまだ名前を言っていない。

第一、偶々会ったばかりの見ず知らずの、これから生活していく上で忘れるかもしれない他人に名前をぽんぽん教えたりなんかは普通しない。ソレが……何故?……もしかして、私のファン?そんなわけない。……ストーカーかしら!?ストーカーかしら!?


そいで、二つ目。

『私は雄』

『私は雄』

『私は♂』

…………。

一瞬、時が止まったじゃないのよ。

しかし、それにしても面白い冗談である。そんなセーラー服を着て、私は男です?

そんな可愛らしい顔して私は男です?そんな……男です?冗談にもほどがある。私は可愛いものは大好きだが、ゴマ納豆と泥棒と水虫と嘘つきは大嫌いなのよ。そんなことを考えていると目の間にいる美少女は私をじっと見つめ、呟いた。


「私は雄。何なら、私のぽんぽん見るか?」


ぽんっ…!?

な、何よ……ぽんぽんって。す、すごく……その、いやらしい響きじゃないのよ。

あー、げふんげふん。私は一応、こう見えても女の子なんですからね。そういう下品なのはいけないと思います、ハイ。し、しかし……ぽん、って別にコーフンしているわけじゃないんですからね。


『ねぇ……ぽんぽんって何?』

「? ぽんぽんはぽんぽん。見るか?」

『いやっ、そんなイケナイのよそんな行為は……!! だめっ、だめだめ……!!』

「?? ぽんぽんはいけないのか? ぽんぽん……見てほしい」


そう言うと、美少女は上のシャツを捲り上げ始める。

あーあー!!だめだめだめだめぇ!!痴女よこの子!!淑女のわ、私が止めてあげないと。

そして私は止めようとしたが、捲りあがったのは心臓あたりまで。つまりはお腹丸出し。


『……へそ?』

「ぽんぽん」

『えと、つまり、ぽんぽんってのは……お腹のこと?』

「ぽんぽん」


えーっと……もしかしてもしかしなくても私の勘違いってことですか?

ぽんぽん……すっぽんぽ、げふっげふん……と思っていた私の勘違いと?確かに、お腹を赤ちゃん言葉に訳せばぽんぽんと言うけれど。リアルでぽんぽんとか言う人初めて見た……。


「胸、触ってみて」

『な、何ですって!? そ、そんなㇾズレズな展開私は望んでないのよっ』

「いいから、ほら」


もにゅっ、もにゅっ……。


うわぁああ、私ったら、私ったら!人様のお胸を触っちゃった!触っちゃった!

ど、どうしよう……これはもう、責任をとるしか。


…………ん?

何、このゴツゴツした感触。お胸様って、こんな硬かったっけ?

いや、おかしい。自分の胸をもんだことあるから分か……あによ、その眼は。

これは、えと、もしや。もしかして……そのっ。


『あ、あぁあぁ、あんたっ……! お、おと……男ぉ!?』

「……だから、先刻からそう言ってる」


お、男……。

いや、可愛い男……これは、男の娘!!

な、なんてことかしら。引っ越し早々、男の娘なんていう人種を見つけちゃったじゃないの。

ふ、ふふっ、慌てるな私。深呼吸深呼吸……すーはー、すーはー……ふぅ、落ち着いたのよ。


「どう呼んでもらっても構わない。しかし、私の名前はコスモス。大宇宙の方ではなくて、秋桜の方。そして、向日葵が数時間前に出会った私と瓜二つの容姿を持つ女、つまりは紫陽花は私の双子の妹」


新事実発覚。

どうやらこの少女、じゃなくて男の娘の名前は秋桜コスモスちゃん……じゃなくて君か。

そして、秋桜クンは紫陽花ちゃんの双子の兄。なるほどなるほど……納得納得。しかし、ツッコミどころはまだある。何故、こいつが私の名前を知っているか、ということだ。


「そして、向日葵。私はお前に今からとても残酷な事実を伝えなければならない」


秋桜は変わらぬ真顔で、淡々と言葉を続けた。






「お前とお前の父親は三日後に死ぬ」


夕刻を示す朱色の光にさらされた秋桜はどこか神々しく、そして同時にどこか弱弱しく感じ取れた。

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