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オンナノコ

夜這い。

……だなんて漫画や乙女ゲームの中でしかない色々と拗らせた人間が考え付いた産物の一種と思っていた私だけれど。今、現実に、ここに、ありました。そうね、私が寝床につこうとした際に不自然な布団の膨らみがあったことにちゃんと気付いていればそうそう驚く事も無きにしも非ず、だ。最初は誰かがいたづらで私の布団にリアルダッチワイフでも仕込んでいたのかと思っていたけれど。


「ふぁ……あ、あう……」


ふ、ふふん……しかし、それにしてもこのオトコノコもといキョコン野郎。

今まで、数え切れないほどの瑞々しい男という男を喰い物にしてきた私(主にゲームで)の寝こみを襲うだなんて……やるじゃない。ヤラレル前にヤッチマエっていう精神?なるほど、でも嫌いじゃないのよその考え方。弱者が強者を組み敷くには真っ向から対立しても勝ち目何て殆どないのだし、だったら奇襲という名の変則体技で背後から……後背位的に攻めるのが自明の理なのだし、それを別に咎めるようなことはしないのよ。ただし……お生憎様、相手が悪かったわね。その強者に楯突こうとする勇気には是非、賛美の拍手を送りたいところだけど。ハイリスクハイリターン……出歯亀野郎にはそれなりの体育会的な制裁が必要なのよ。


「……すー、すー……んー……」


ごろん。


私側に向いている体制が寝苦しくなったのか、秋桜はフンコロガシの様に寝返りで私とは反対側に向いてしまった。そうして、再び天使のような寝息が私の耳元に聞こえてくる。


『ね、寝るなっ、こらあ!!』


ビシッ


「あっ……いたっ!」


私はその姿にある種の憤りを覚え、思わず奴の脳天に手刀をお見舞いしてやった。こ、この……ちんちくりん、何て失礼なガキなのよ。何故、夜這いしようとしていた輩が何もせずに先に寝てしまうのよ、コラ。い、いや、私が別に良からぬことをされちゃうのを少女漫画の乙女の様にドキドキと待ち構えていたわけではなくてね。……ぷ、プライド的な……その、ね?淑女で処女な私ってそんなに身体的に魅力が無いのかな、って。と、とにかく……私は奴の態度が憎たらしく思えたので、奴をどつく。そ、それの何処がわるいのよ言って御覧なさいこらあ。


「ひ、向日葵ぃ……い、いたい」


秋桜は私にどつかれた個所をさすさすと両手で撫でながら、私の顔をジィっと涙目で見つめる。それに対し、私はすかさずヤのつくおぢさんに負けないくらいのドスの効いた瞳をして、睨み返す。ふん、あによその生まれたての小動物の様な小顔は。いつか、おショタの国の王子様(30)に頭の先から尻尾の先まで喰われちゃっても知らないのよ。

……。

あれあれ、尻尾だなんて……何時から秋桜は珍獣扱いになっちゃったんだろ。


『……おはよう。いい夢は見れたかしら?』

「……いたい。向日葵はとってもランボー」


再び布団の中で、お見合い状態の私と秋桜。

秋桜はまだオネムの世界にいるのか、目はトローンとしており、逆にお目々がパッチリ状態の私はジィッと睨みつけている。その彼奴の姿に何故だか私は鎮痛剤を打たれたような気分になった。そう……私は冷静で淑女で沈着な大人になった。怒りはすぅーっと汗が引くように消え去り、逆の感情……そう彼奴が途端に可愛らしく思えたのだ。何故、急にそんな愛欲的な感情に至ったのかは自分でもよく分からない。よく分からないがそういう感情になってしまったのは致し方が無いことだし、乙女の感情は複雑怪奇ってよく世間様々でも言われることだし……とにかく今はこの不可解かつ不愉快でスイーツな感情を少しでも消し得る行為をしなければ。


『ナニがランボー、よ。人様の寝床に潜り込んでおいて、何よそのよゐこのお子様プレイは……お前は気の抜けたコーラか』

「……ふぁ。よいこの……ぷれい……?」


秋桜はまだオネム状態から覚醒しきっていないのか、小さな欠伸を噛み締める。

ほんっとーに、この乙女野郎は……据え膳食わぬはなんたらかんたらって言葉を理解していないようね。や、べ、別に私から誘っているわけではないけれど。いや、本当に私が秋桜を意識しているわけではないのよ……本当よ、信じなさいよコラ。ただ……ただ、ね?何故か、こう……彼奴の行動原理が点と点で繋がっていないようなある種の矛盾点が感じるのよ。普通の花盛りの童貞ちゃんならば、夜這いかたゴー!……でしょ?なのに彼奴は何もしない、それどころか一人で夢の世界ネヴァーランドに向かってお散歩中。


『しろよ』

「……?」


秋桜は覚醒しきっていないのか、目を猫のように擦りながら布団を捲り上げて、よっこらせと起き上がって私の顔を見つめてくる。……まあ?冷静に考えてみれば、三親等以上が相手の恋愛はお断りでキモウト大好きっ娘の秋桜ちゃんが従妹私に変な気を起こすはずが無いし?そして、私と秋桜じゃあ年齢はドングリの背比べでどっこいどっこいでも、精神年齢では全然釣り合いが取れていないし?そしてとどのつまり、私と秋桜は同性………………っぽい?私と秋桜が変な関係に至るはずもなく。私は変な感情を捨て去るために無理くり、頭の中で秋桜と紫陽花があられもない姿で姉妹丼ごっこしている行為を思い浮かべた。……ごっくん。

……。

びょ、病気か私は。


『はあ……アンタのせいでロクでもないことばっかり考えて目が冴えちゃったのよ。お詫びとして私がおねむ状態になるまで、話に付き合いなさいよ』

「ふあぁ……あ。分かった……眠いけど、向日葵がそう言うなら……ちょっとだけなら付き合う」


な、何がちょっとだけなら付き合う、よ。

アンタの所為で目が冴えちゃったのに、そのちょっと上から目線何よ。こ、こうなったらこの際だから気になったことはとことん追求しちゃうことにしよう。私は理屈に合わないことはとことん解明しないと気が済まないとっても素敵な性質をしているのだ。そして、同時にこいつはクロだ!と決めてかかった相手には徹底的に追い込まないと気が済まない頑固デカブツのようなとっても不細工な性質をしているのだ。……別に都合よく、性格を継ぎ足している何てことはないのよ。それはともかく、今私のこの欲求不満を解消するには彼奴に関しての最大の謎を解明するしかないのである。






『お前は男の子ですか? 女の子ですか?』

「…………」


私が唐突にノートを秋桜の顔に突きつけると、彼奴はハトポッポがお豆粒を喰らったような顔になる。


そう、私はお前の生態がとってもとっても気になります。

あの時にふざけて手に触れた感触は、とてもふにふにで。男特有の胸筋の硬さがまるで無くて、とてもふにふに。ふにふに、ふにふに、ふにふに、マスコットのようにふにふにちゃん。服の上からの感想だけれど指先で押すと肌の感触がくる柔軟さ。押しては返す波のよう。あれは間違いなく、同性の私だから言えることなのだけれど、オ ニ ャ ノ コ のマショマロなのよ。武器よ、武器、男を惑わす現の武器。時には女も惑わすけれど……主に私に対してです。兎にも角にも、あの詐欺紛いの胸を何とかしなければ私は後生死んでも死にきれないだろう。


『さあ。黙ってないで早く答えなさいよ、さあ、さあ、さあ』


中々返答しない秋桜に対して痺れを切らした私は、目当てのブツをねだる駄々っ子のように手足をジタバタさせる。秋桜は阿保のようにポカーンと口を開けて、何とも言えない微妙な顔をしていた。そう、今の私は知りたいお化けになっている。知りたいお化けは一分以内の自分の知りたいっていう欲求が解消されなければ寂しさの余り舌噛んで死んじゃうのだ。


「……な、何? その質問?」

『こ、こらあ……サラッと右から左に受け流してんじゃあねーのよ。良いのよ、もう一回言ってやる。何度も言ってやる。飽きるくらいに言ってやるのよ』

「いや、そういう意味じゃなくて……その、向日葵の質問の意図が分からない」


秋桜は不思議な生き物を見つめるような瞳で私を見据えながらそんなことを呟く。

し、質問の意図ぉ?お、オトコノコのくせに難しいことを言ってじゃあないのよ、むっつりすけとうだら。だいたい、質問に質問で返すだなんて……ご飯をオカズにご飯で●よで食べているようなものじゃあないのよ。つまりは、ナンセンスなのよ。ナ ン セ ン ス 。まったく、PTAを弁えなさいよね、PTAを。

……。

あれれ、何か違った?まあ、いいのよそんなこと。


『先刻、縁側であんたのちんましマショマロに触れた結果、私の中で何かがはち切れそうになったのよ……だからあ、私はアンタの身体が如何に不適切かどうか診断してやろうっていう寸法なのよ。どうだまいったか』

「……先刻? 縁側? ほ、本当に何のことだか分からない」


私が両手で何かを揉みしだくようなジェスチャーをすると、秋桜はハテナマークを絵に描いた様な表情で腕を組んでいる。お、往生際が悪い輩ね。もうこうなったら私が無理矢理診断してやろうかしら。そして診断書にこう書いてやるのよ……『身体が不適切症候群』……診察料はいらないのよ。


『とにかく、私の質問の意図だなんてどうでもいいのよ、いやどうでも良くないかもしれないけれどどうでもいいのよ。私は、あんたが、男の子? 女の子? ……それを聞いているのよ、それに質問を質問で返すんじゃあないのよ』

「……それを聞いて……それを知って……向日葵はどうするの?」


秋桜は何時も以上に神妙な顔して、そう尋ねる。

こ、この野郎……人の話を全然聞いていないわね。質問で返すなって言ったばかりじゃあないのよ。それに……意図を読めないのはこっちの方なのよ。何故、私を煙に巻くような発言ばかりするのよ。何か癪に障るわね、そんなに変な質問?そんなに答えにくい質問?そんなに……言ってたらキリがないけれど。私はなかなか私の質問に答えようとしない秋桜に苛立ちを覚えた。別に……私は彼奴の性別がどちらでも良い事なのよ。






何故なら私は秋桜という一人の人間を一人の人間としてハジメテ好きになったから。たとえ、それが私の一方通行のハジメテだとしても。





暫く、無言の間が続いた。

辺りには縁側に備え付けられた風鈴が夜風に舞ってちりんちりんと寂しげに音を立てているのみ。そんな中、私と秋桜は真正面に見つめ合っている。というのも秋桜の質問に対して、私は返答が出来ずにいたからだ。言葉が出てこないじゃなくて次の言葉が思い浮かばない、というのはこんな気持ちなのだろうか。何にせよ、私は何故、秋桜が自分の性別を偽っているのか……何故、頑なに答えようとしないのか……理解に苦しんでいる。何か深い事情があるにせよ、モヤモヤとしたこの感情は捨て去りたい、ただそれだけなのに。


『う、うるさいわね……いいから答えなさいよ。私は……』

「……私は? 何? 向日葵……私が、もし女の子だったら、……っ、向日葵……は、私のこと……嫌いに、なる……?」


私がようやくノートに返事を書きだすと、恐る恐る崩れそうな橋をゆっくりゆっくり渡って行くように秋桜は上目遣いで私にそう問いかける。その言葉は、途切れ途切れで。とても自信を持って紡いでいる言葉とは思えない。暗闇の中を電灯なしで探り探り進んでいるよう。相手の反応が怖い……嫌われるのがヤダ……嫌いにならないで……口にはしていないがそんな想いが痛いほど伝わってくる。私は……今まで、何か勘違いしていたのだろうか。い、いや……に、逃げていた……だけ?分かっていたけれど分かっていないフリをしていただけ?あのもどかしさ満載の少女漫画のような?


『……な。なぬ? や、や~い、引っ掛かったわね。あ、あんたのその言葉が自分自身が女の子であること認めている証拠なのよ……ま、まいったか』


私は自分の気持ちにまた蓋をするように秋桜をからかう。

し、知らない。私はこんな気持なんか知らないのよ。知らない、知らない、知らない、知らないっ。ぜ~んぜんっ知らない!し、知らない気持ちはな、無かったも同然なのよ。だから秋桜が私のことをどう思おうが私は知らないのよ。

……。

本当は嬉しいくせに。本当は恥ずかしいだけのくせに。自分の気持ちに正直になりなさいよ。素直じゃないわね。そのうち愛想つかされるわよ。ほら、早く秋桜を抱きなさいよ。本当は甘えたいんでしょ?あんたはまだまだ子供のくせに、歳以上のふるまい……精神的に大人を演じているに過ぎないのよ。だから……。

……。

……う、うるさいうるさいうるさいのよっ。わ、私は……淑女で高潔で立派な大人の女なのよ!だ、誰がこ、こんなガキと……。

……。

あーあーあーあー……もうアンタのその言葉は嫌って言うほど聞き飽きた。何度も紡ぐ言葉は紡ぐ度にその言葉の重みが軽くなってくる……ごめんなさ~い、すみませ~ん、ごめんなさ~い、すみませ~ん、ごめんなさ~い、すみませ~ん、ごめんなさい、すみませ~ん……これと一緒。要するにあんたの誤魔化し文句は全然信憑性が無いのよ。

……。

うっ……。

……。

ほら、何も言えなくなった。だったらやらないで後悔するよりもやって後悔した方がマシじゃなあい?

……。

う、うるさいっ!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!

……。

……そう、アンタは何時まで経っても子供なのね。そんなことだから私は…………。

……。

……うるさい。

……。

別に、私は良いけど、だけど……後悔するわよ?

…………。

………。

……。

…。


「……っ、そ、そんなんじゃないよ。わ、私は……」


そうして、秋桜は私の気も知らずに布団の中で私に擦り寄ってくる。

わ、私に近付くなあ!……って、言いたい。でも私は、メデューサに見つめられた輩のごとくその場から動けない。何か変な呪いでも受けたよう。オトコノコの呪い?……ど、どうよ?こんな時でも私はふざけていられるほど余裕なのよ、余裕。大人の余裕ってやつかな?

……。

嘘、ごめん、自分、チワワのようにガチプルです、救ってください。


「それに……明日はもう……最後、だから」


秋桜はそんなことを呟きながら、私の身体をギュッと抱きしめてくる。それは、好きになった相手を抱くというよりも、親がいなくなった子供が誰かに縋るように抱きつくような感じで。離さない、離れない、居なくならないで……という感情が伺えた。


「おやすみ……向日葵、紫陽花」


私が予想していた三度目のキスは無かった。

何故か此処にいないもう一人の分身にもおやすみと秋桜は言った。私は、その時その意味を汲み取れなくて。その時は何だか急に睡魔が襲って何も考えられなくなって。明日も当たり前の様に今日と同じ日が来ると信じて。月明りに照らされた秋桜の寝顔を見つめて。私は、ゆっくりと眼を瞑った。明日は……夏休み最後の日だ。






It's a continuation of nightmare.ー






ーThe third dayー






last






翌朝。

私の隣に既に冷たくなった肢体が横たわっていた。

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