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失禁少女

先刻まで雲一つなかった空がみるみるうちに暗雲に覆われ、たちまち雨が降ってきた。その様は思わず修行僧がふんどし一丁でこの雨の中をはしゃいじゃうほどの……クソ天候です、本当にありがとうございません。こら、私の栄養源のお天道様を返せ。女心と秋の空とは言うけれど、乙女心の様に本日のお空さんは随分と移ろいやすいわね。……いやこの場合は夏の空、か。別にうまいこと言おうとしたわけじゃあ無いのよ?え、全然うまくない?やかましい。まあ、実のところ、こんな山ばかりの田舎だから天気が移ろいやすいなんて別に珍しい事でも何でもないけれどもね。二つの立派な桃を携えた淑女な私にとってはどうでもいいのよ、そんなの。


『この中に雨男がいるんじゃあないの』


私はそう筆記したノートを皆にビラビラと見せびらかしながら、ジィッと秋桜の方へと視線をやる。『雨男はこいつだっ』……なんて、直接的に暴露しても全然面白くないでしょ?だからこうやって、真綿で首を締めるようにジワジワとターゲットを追い詰めるのが私の至高の快楽なのよ、くっくっく……って、私は別に変態さんじゃあないのよ。


「……っ」


私の間接的精神攻撃に反応した秋桜は頬を赤福みたいに染め、胸元を両手で抱え込むように隠す。

……その頬を染める行為はまあ、まだ分かるとして……何故、胸を隠すのよ。別に私はあんたの乳頭を取ってつまみ食いなんかするつもりないのよ。……先刻から微妙に私の頭の中がピンク色なのは私の気のせい?


「はあ? 向日葵、それを言うなら『雨女』でしょ? この中に穢れた男の子なんていないんだから」


すると、年季の入ったちゃぶ台の上で肘をついてこれまた年季の入ったテレビを見入っていた鈴が興味なさげでだるそうにそう答える。穢れたオトコノコだなんて随分言うじゃない、女子小学生。まあ、この子の年齢的に多感といえば多感のお年頃なのかもしれない。多感のお年頃って別にお肌が敏感チャンって意味じゃあないのよ。その人の性格が決まる歳は三歳って世間的には言われているけれど。世の中の酸いも甘いも知らない幼女たちはこれから社会でいろんなことを学んでいろんなものを失っていく……鈴も今まさにそんな時期が到来しているのじゃあないかしら。……何で私が人様のロリに関してこんな評論家みたいなことを語らなくちゃあならないのよ、コラ。


「け、穢れた……」


鈴の傍にいた秋桜は鈴の言葉にショックを受けたのか四つん這いで何やらヘコんでいる様子。

ナニをヘコんでいるのよ、この子は。いいじゃない、別に鈴には何故だかおにゃのこだと勘違いされているようだし。凹んでいるのはアンタの胸元で十分なのよ。


「り、鈴っ!! にぃには穢れてなんかいないぞっ!! ビッチはこの女だっ!!」


四つん這いで落ち込んでいる前に立つ紫陽花は自分の兄を庇う。おっやるね、オンナノコ!だけれど、私に向かって指差して暴言を吐くとは何様のつもりなのよ、コラ。あんまり調子の良い事を言っていると私の上腕二頭筋が火を噴くのよ。……別に自分の身体に火をつけるって意味じゃあないのよ。この歳で焼身自殺するつもりは毛頭ないのよ。

……。

誰か歳の問題じゃないだろ、とか突っ込みなさいよ、コラ。


「は、はあ? な、何よう……別に秋桜お姉ちゃんのことゆってないでしょ。いきなり、エキサイトしないでよ」

「にゃ゛ー、なっ、何だその秋桜お姉ちゃんってのは!! ゆ、百合か!! お姉ちゃんよちよちプレイかぁ!! そ、そうか……腐女子かっ、お前は隠れ腐女子なんだな!!」

「ちょっちょっと……専門用語ばっかり並べられてもわけわかんないよ。どうどう、落ち着け、ばふばふ」

「なぁ゛ー、わ、わけわかんないのはお前だあ!! に、にぃには穢れてなんかいないんだぁ!! に、にぃにの口内も、へその緒も、お、おおおお尻の穴だって汚れてなんか……あだっ……おぉおおお……」


少しあっけらかんで引き気味の鈴に対して、紫陽花は壊れたテープレコーダーの様に囀る。しかし、紫陽花は誰かさんの背後からの脳天チョップをモロに喰らい、水を失ったウナギの様に畳の海に沈んでゆく。うーん……まあ今更なのだけど、紫陽花はまさにじぇらしぃという言葉に服を着せたような輩ね。こう……何て言うんだろ。紫陽花は一過性の性格してるんだと思う。それこそ女心と秋の空ってやつね。一時的に気性が荒くなったり、しょんぼりちゃんになっちゃったり。かと思ったら子供の様に喜んだり、じぇらしぃに走っちゃったり。落差が激しいというか。気まぐれ気ままに生きる、動物でいえば猫ちゃん……かな?慣れるまで難しいけれど、扱い方が分かれば段々とそのウザさも愛らしく思えてくるのよ。変人と一部の危ないおぢさんに人気が出そうな?

……。

だからと言って私は変人ではないのよ。だって、私は彼奴の事がブロッコリーよりも大嫌いだから。


「に、にぃに……な、何で殴る……の?」

「お口の中が穢れてないだとか、おへその穴が穢れてないだとか、お尻の中が穢れてないだとか……そんなこと言われて喜ぶと思うの?」


……イヤ、言い方は多少アレだけれど別にいいだろ。要するにそれだけ綺麗ですよお兄様ってことでしょ。


「分かった……いいかっ鈴! にぃにの口の中とかへその緒とかお尻の穴はとっても汚いんだぞ……へぶしっ!!」

「紫陽花は向かってなんて恥ずかしいことを言うの……!」


今度は紫陽花は馬鹿正直に声高々と鈴に向かって言うと、直後に首元に秋桜が繰り出した必殺チョップが直撃した。こいつの頭の中は百か零かしかないのか。


「ねえ……そういうさ、ツマンナイ夫婦漫才は余所でやってくれない?」


鈴はいつの間にか元のポジションに戻って、テレビを観察タイムに入っていた。

……どうでもいいけれど、女子小学生がテレビの前で腹を掻きながら腕を立ててごろ寝するなんてちょっろシュールな光景なのよ。オプションにぽてちーまであるし。休日のお父さん状態と言えばいいのかしら。ちょっと下着がスカートの裾から見えちゃったり見えなかったりしてるし。この鈴とかいう幼女は見た目優等生だけれど、案外お家では劣等生なのね。


『ふーん……あんた、夏休みの宿題が半分以上残っているのに随分と余裕綽々ね』

「……ふああああん!!!! しまったっ、紫陽花の馬鹿と話してたら宿題のこと完全に忘れてた!! うわああああんっ、秋桜お姉ちゃんお勉強、教えてええええ!!!!」


鈴は鳴き声を上げながら、秋桜の下へバタバタと駆け寄る。うんうん、これが夏休み後半のアフォ小学生の本来のあるべき姿ではなかろうか。……ちょっぴりいぢわるだったかな?だけれど、きっと、秋桜はスーパーマン(適当)だから何とかしてくれるだろう。自分を低く見ているわけではないけれど、少なくとも私や紫陽花よりは頭が良いコト間違いなし……だろう。まあ、カースト的にいえば最上層(神)が秋桜で、次点に私、その次に鈴、犬、鳥、紫陽花(奴隷)、バカメイド、六花ホモってところだろう。うんうんと心の中で勝手に納得した私は何の脈絡もなくおトイレへ行くのだった。


鈴に厠の場所を聞き出し、居間を出ようとすると……。

……何やら腰回りの抵抗感。ギギギとゆっくりと、その抵抗感の正体の方向へ振り向くと。


「……向日葵、私もつれてけ」


私のワンピを引っ張る紫陽花が傍にいた。まさかの連れション宣言?

……トイレ珍道中にこんな生意気で重たい装備はいらないのよ。






豪雨を窓ガラス沿いの廊下から眺めながら二人して便所という名のゴール地点へ目指す。

……何で、この幼女はさっきから私のワンピをずっと掴んだままついてくるのよ。兄妹揃って誰かが傍にいないと落ち着いてしーしーできないお年頃なんだろうか。男児とはまるっきり逆なのね。私のおやぢに聞いたことがあるのだけれど、男子は小学校で大の方を決してしてはいけないという暗黙のルールがあるそうだ。何でもトイレの個室に入っていたら、上からバケツの水を浴びせられたり、覗かれたりするらしい。……漫画の見過ぎなのよ、あのおやぢ。


「と、トイレはまだなのか」


紫陽花は私を掴んでいる逆の手で下腹部を押さえて、子犬の様にプルプルと震えている。きっと膀胱が上限いっぱいいっぱいで。今にも表面張力で頑張ってるコップ中の液体が溢れだすのを防ぐので精一杯なのだろう。死人のような青白い顔は見るに耐えられない。……私が行く前にさっさと、行けばいいのに。何でギリギリまで我慢しているのよこの子は。


『w.c.……あれね、さっさと行きなさいよ。私は後でいいから』

「w.c.……ワールド……カップ……? い、いやだ……私は世界に羽ばたきたくない……」

『何をワケの分からないことを言っているのよ……あんたもう限界なんでしょ? 私はまだ我慢できるから先に行きなさい』


私は厠の扉を開いて、紫陽花に先に行くように促す。おトイレを催したら……それはもう信号でいえば黄色信号のサインなのよ。我慢せずにとっととBダッシュで便所に駆け込むのが常道なのよ。昔、授業中に粗相しちゃった経験者の私が言うのだから間違いない。……何よっ文句ある?


「……ふっ、ふふ……な、何だその余裕な表情は? わ、私は我慢なんかしてな……いっ」


私の対応が気に入らなかったのか、引きつった笑みを浮かべて紫陽花はぷいっとそっぽ向く。……出た、紫陽花の得意技、秘技・意固地。一分前に言った台詞は一体何だったのよ。多分、彼奴がこういう態度になると私が幾ら何と言おうともその場から一歩も動かないだろう。ふっふふふ……そ、そうなら……。


『我慢……してないのね。そう、なら私が先に使わせてもらうわ』

「……っ! ~~~っ」


私が厠に入ろうとすると、今度は彼奴は顔を真っ赤に染め、泣きそうな表情でフルフルと首を横に思いっきり振り、私のワンピを掴む手がより一層強くなる。……ふふん、そうよ。素直に最初っからそうやって私の言うことを聞いておけばいいのよ。私はグイッと紫陽花を厠の方へ近付ける。


「うう~~っ! や、やめろぉ!! 私に触れるなっ、お、お前が先にイケ!!」


紫陽花は私の手を振り払い、今度は両手で下腹部を押さえ始める。

……。

め、めんどくせぇ~~……のよ。何よ、このあまのじゃくな生物は。

私は最初っからあんたにおトイレを譲るつもりだったのよ。今の……私が先にトイレに行こうとしたのも、アンタを焚き付ける為の罠なのよ。私が行こうとすれば、おトイレ絶賛我慢中のアンタは押し通してでも行く……でしょ?なのにそれを拒絶するってのはどういうことなのよ。秘技・意固地がまだ発動中なの?く、くのガキンチョ……何か腹立ってきたから本当に先に行ってやろうかしら。


『……じゃあ、私が先に行くのよ』

「……っ! ~~~っ」

『……じゃあ、さっさとイケ』

「ふ、ふんっ……! 私は別に尿意なんかない……ぞっ!! お前は我慢しきれなくて今にも漏れちゃいそうなんだろっ!? はははっ、お、お股がだらしないお前をじっくり見ていてやるからさっさとおトイレに行くんだなっ……うっ、ふ、ふみゅ……」


紫陽花は何やら余裕を装うような笑みを浮かべて、私に向かってそんなことを仰る。

……我慢しきれなくて今にも漏れちゃいそうなのはお前の方だろ。


『……いい加減にしなさいよ紫陽花。意固地になるのは多いに結構だけれど、度を弁えなさいよ』

「い、意固地なんかっ……なってない! 私はお前より年上だ……年功の序ってやつだ! お前は年上に恥をかかす気かっ!」

『もうあんたはとっくに恥を晒しに晒しているでしょ、そこら辺に。それに、年功序列だとか……この場ではそんなこと関係無いのよ。苦しそうな顔をしている子がいたら先に譲るってのが人間でしょ』

「……っ、子って言うなぁ……!! ふぐっ……ううっ……いいから、お前が先に……」


紫陽花はついに我慢しきれなくなってきたのか、その場で蹲り、うーうー唸り始める。

……まだ言うか。ある意味、尊敬するのよその意固地……リアルチャイルドでももう観念して、白旗を上げるだろうに。あーもう……何でそこまで意固地になれるのか意味不明だけれど、もう無理やりトイレに押し込めるのよ!私は嫌がる奴にお構いなしに、彼奴の身体を持ち上げるようにトイレに引きずっていく。


「……やっ、やめろっ! 私に……触れる……なぁっ、あっ……あっ」


私が引きずると、今度は一際、痙攣し始める。……何かのウェーブ?そのちょっとかぁいらしい『あっ』は何よ。やばい、何か嫌な気配がする。


「あっあ、あっあ゛~~だ、だめっ……だめだめだめだめだめぇ~~~~!!」


紫陽花は下腹部を思いっきり抑えて、可愛らしい声を上げる。

な、何がダメなのよ、コラ。あっこらちょっと……もう眼の真ん前にアンタの求める汚いオアシスがあるというのに……。


「みゃああああああ、だめぇええええええ!!!!!!」


そして、家中に響き渡るような断末魔という名の甲高い鳴き声の後、彼奴の苦しみは今まさに外に開放された。必死に下腹部を押さえていた手から溢れ出る噴水……徐々に奴のショートパンツを濡らしていき、遂には木造の廊下の床に大きな液体の溜まりを生み出してゆく。私はその衝撃光景に何にもできず、ただただジィッとあっけらかんとその光景を見守るしかなかったのだ。…………その、とってもすごい、です。


「ふ、ふぇえええ……み、みない……でぇ……」


粗相をしてしまった紫陽花は私の顔を直視できないのか、俯き加減で再び、下腹部をギュッと抑える。

……とりあえず。

片してしまおうか、これ……。お生憎様、鈴と秋桜には聞こえていないみたいだし……これ、皆にばれると色んな意味で危ないから。私はしおらしくなった紫陽花の手を引いて立ち上がらせ、片付けの準備をし始めた。






「…………」

『…………』


私のすぐ後ろでじゃばじゃばという水音が聞こえてくる。紫陽花が洗面所で洗い物……じゃなくて、下着を洗っている音だ。先ほどのおもらし事件で気まずさ全開の私と紫陽花は一言も口を開かず、とりあえずあの場を綺麗に拭いて、下着とショートパンツを洗いに洗面所までやってきたのだった。……とてもじゃあないけれど、ほら見たかピョーン!……なんてドヤ顔で説教できるほど私は鬼畜ではない。きっと、今の紫陽花の心境は嫌いな相手にとんでもない醜態をさらしちゃったことで、可哀想になるほど心底落ち込んでいることだろう。……私が紫陽花の立場だったら、ちょっと投身したくなるかも。


「……ぐすっ……パンツも服も濡れちゃった。どうしよう……」


紫陽花は必死に洗いながら、ぐずぐず声で呟く。

……まいったなあ。確かに、いくら水で洗っても夏とはいえ、すぐには乾かない。それに夏どころか外は豪雨ナリィ。無論、ご都合主義的に代わりの服があるわけでもなかろうし。……私の、せい……だろうな。いくら彼奴が意固地になっていたとはいえ、とっとと無理やりにでもトイレに押し込むべきだった。今の私は紫陽花のしおらしさも相まって、申し訳なさで胸がいっぱいだ。……私の着ているワンピはつなぎだし……貸したところで、私が下着姿で秋桜と鈴のいる居間に入室するわけにはいかないし。そんなことをすれば、私はたちまち痴女の烙印を押されることになるのよ。逆に紫陽花が下半身を丸出しで私と居間に入室しちゃうと……私が性的にいたづらしたかと思われちゃうかもしれない。


『ねえ、ちょっと……』

「!? わーっ、ばかっ、こっちに振り向くなえっち!!」


私が今後について冷静に……なれるかどうか分からないけれど、一応相談しようと紫陽花の方へ振り向くと、その行為に気付いた紫陽花は真っ赤な顔して私に何かものを投げつけてくる。な、何よ……別に同性なのだから、白いプリけつの一つや二つ、別に見られてもいいでしょ。そりゃまあ、この場に山から下りてきた獣がいたら話は別だけれど。……と、ところで何なのよこの布きれ……は。白い布きれをおっぴろげてみると逆三角形の……俗にいうショーツだった。……これは私のじゃないのよ。普通に考えれば、投げた本人のものだけれど。そのショーツは濡れておりこれはきっと……お小水ではなく水で洗った為だろう。


「!! にゃー、や、やめてぇ!! 見るな触るな嗅ぐな舐めるな食べるなああああ!!!!」


紫陽花は自分が投げた物体がなんであったのか気付いたのか、思いっきり取り乱し、私の方へと詰め寄る。うっうーわー……前から来るから……も、モロ見え何ですけれど。いや、それが何であるのかは彼奴のプライドの為、言わないけれど。まあ、あえて言うならば……ワ●メ酒……とだけ言っておこう。


「ふーっふっーふー! 返せっ! 返せ返せ返せ返せー!!!!」


ちょっ……。

紫陽花は私が下着泥だと思っているのか、どんどん私の胸元を叩くせいで私の足元のバランスが崩れてくる。だ、誰がアンタの使用済みのパンツをだし汁に取るか、バカ。同性に対してそんな変態行為はしないのよ。……まあ、あえて言うならばブルセラショップで……ごにょごにょごにょごにょ。冗談なのよ。……と、そんなあほなことを考えているうちにますます体制がああああああ!?


「にゃっ゛!?」


…………。

てててて、あ、案の定倒れちゃったじゃないのよ……。お生憎様、皆が期待するようなエロゲー展開……お馬さんごっこ状態にはなっていないのよ。それはともかく、こんなところを誰かに覗き見されたら色んな意味で終わっちゃうから早くどくのよ、幼女……と心の中で考えていると、紫陽花は私の眼前でじっと……覗き込むような瞳で私を見つめていた。


「…………」


……。

あによ、その沈黙は。思いからさっさとどけ、コラ。でもソレを伝えたくてもこの状態では筆記もできないし……。


「……お前は、嫌いだ。お前がココに来てから碌な事がない。にぃにはお前の事ばかり気にする……お前は疫病神だ」


じっと私を見つめていたかと思うと紫陽花は、これまでを振り返るように遠い目をしていきなり何かを語り始める。……私が嫌い?私もあんたの事が嫌いよ。そんな今更お互いに判り切っていることを言ってどうするのよ。


「……だけど、お前は嫌いな理由が分かった。お前は……にぃにと同じ甘い匂いがする。にぃには私のモノなのに……お前はにぃにと同じモノを持ってるんだ。ずるい……ずるいずるいずるい……」


……は、はあ!?

私と……あのオトコノコが同じ匂い!くんかくんか……別に、くんかくんか……腋の下も、くんかくんか……何も匂わないけれど。ど、どういう意味なのよそれは。お風呂はちゃあんと毎日欠かさず入っているのよ。


「ずるい……私ばかり仲間はずれして……ずるい……よ」


紫陽花は今まで私が見たことないような……少し思いつめたような顔をして、そして、徐々に私の顔に近づき……。唇に湿った、感触が、私の唇に……彼奴の……が……。


「……こうすれば、にぃにのモノはもう私のモノだ」


…………。

あ、あんた……あ、頭がおかしい……んじゃあないの?何……考えているの……?

そう考えるも私の頭の中はもう絶賛興奮状態で、何も考えられなくて、だけれど彼女の触れるか触れないかくらいの優しいキスは。あのオトコノコのキスとは何だか違って何とも儚くて、もっともっと切なくて、私の中で何かがはち切れそうな、どこか遠くの彼方へ追いやった微かな記憶が……。ちくり、ほんのちくりと……古傷が痛むような感覚に包まれた。

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