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宝石

まだまだ、堕ちそうもない日の下で。

私こと、日向向日葵さんは現在プチ修羅場の無料体験版のプレイ真っ最中です。

……。

できれば、こんなの有料でも体験したくなかったけれど。誰かタスケテ。


「ふ、ふへへ……」


私と秋桜のイケナイところを目撃しちゃった紫陽花ちゃんは何やら顔を引き攣らせ、奇妙な笑みを浮かべております。……こ、怖いのよ。普段ならばきっと彼奴の事だから、私にすぐさま飛び掛かって馬乗りになり、そして罵声を浴びせ、嫌がる私をお構いなしに、『にぃにを汚したヤオイ口はこの口かぁっ!!』とか言いながら私の口内に似非ヴァナナをこれでもかってくらい突っ込んで、一生お嫁にいけない身体に改造されちゃうのね、しくしくしくしく。

……。

ちょっと、誰かツッコんでくれないと何時までも続くじゃない。ボケが遠慮なく流れっぱなしじゃない。偶には鮭の産卵の様に川の流れに逆らって見せなさいよ。


「あ、紫陽花……さん」


紫陽花に対し、秋桜は無表情ながらも何故か自分の妹のことを「さん」付けで受け答える。きっと内心は冷や汗が滝の様にダボダボで、何事もなかったかのように無表情を装うのが精一杯だったのだろう。だがしかし。それとは裏腹に私の内心は明日の夕飯は何にしようとかおやつは何にしようとか、おやぢの幸薄そうな頭を脳内に思い浮かべながら考えていた。だって他人事だもの、みつを。

…………。

サンタさんのお鼻のように真っ赤なウソです、ごめんなさい。


「ふへへ……に、にぃに……な、何……してた……の?」


必死に何かに堪えるように紡ぎだした紫陽花の言葉は明らかに私と秋桜の行為を知っていたからこそできる反応で。というか、下唇を噛んでるせいか血が滲み出てるし……こわわっっ。そこまで、にぃにさんのことがお好きなの?兄弟愛ってここまで愛情を屈折させるほどのものなの?単純に羨望とか嫉妬とかのレベルじゃなく明らかに『妬み』のレベルに達してしまっているのよ……。そして、きっと、その憎悪が私に向くのはそう時間がかからないだろう。


「な、何にもしてない……紫陽花の幻覚、幻聴、生理不全。あ、頭大丈夫?」

「幻……覚……? 幻……聴……?」


秋桜は必死に我慢しているが、それもそう続かず。

普段の秋桜とは明らかに違うくて、声は震え、目は虚ろで明後日の方向を向いている。何時ものように、言葉で一蹴できないのは秋桜も明らかにまずいと思った現場を見られてしまったからだろう。ふーん……秋桜もそんな顔するんだ……。少し、年相応の反応を示す秋桜に対して私は親近……いや、待て、待て待て待て。べ、別に私はその、秋桜に対して別に……か、勘違いするんじゃあないのよ、コラ。


「だ、だから……紫陽花は早くお家に帰って、おションションしてぐっすり寝た方が良いの」

「…………」


秋桜は畳みかけるように、齷齪しながらそんなことを言う。それにしても、秋桜……無駄に喋り過ぎなのよ。普段余り口数の少ない奴がそうやって口を開きすぎると明らかに動揺してるってのが余計に分かるのよ。逆に普段口数の多すぎる紫陽花は秋桜の言葉に何も答えず、じぃっと……ただ、ぷっちんプリンの様にプルプルと震えている。ま、まずい……わね。このままじゃあ、刀傷沙汰一直線コースまっしぐら……なのよ。早いとこ、無駄口喋る秋桜を止めないと。どうやって?あの小動物のようなおちょぼ口に似非胡瓜でも突っ込んで、喋るのを止めさせる?……む、無理の無理無理なのよ。そんなことしたら……きっと、紫陽花は発狂して、たちまち私は彼奴に近所のお肉屋さんに並べられてるような物体にされてしまうだろう。


「…………」


ゆっくりと、紫陽花はフラフラとした足取りで私と秋桜に近寄ってくる。な、何よ……あーるぴいじーでいうところの戦闘開始?私は咄嗟にファイティングポーズをとり、警戒体制に入る。……うう、このまま逃げ出したい気分だけれど、話し合いも大事だし……そもそも話し合いになるかどうかさえ怪しいところだけれど。妖怪と珍獣の大戦争みたいな。


「あ、紫陽花……」

「…………にぃに」


紫陽花は私と秋桜の目の前で止まり、何かを確かめるように呟く。物言わぬ珍獣は俯いているせいで、どんな表情で何を目論んでいるのか分からない。私は心の中でシュッシュッと安っぽい疑音を唱えながら、ファイティングポーズを崩さない。大丈夫、いざという時は私の背後にはとりあえずイ力してる刺青を携えたこわあい色黒のガタイの良いガイズが……などという都合の良い設定は無いのよ。年喰ったリアルせ●とくんならヒッツキ虫の如く、もれなくついているけれど。






「あばばばばばばばばば!」

『ギョッ!?』


しばらく、俯き加減のちびっこもとい紫陽花を凝視していると、何を思ったのかいきなり彼奴は真夏の晴天の空に顔を向け、薬中患者のように奇声を上げ始めた。その顔は泣いているともとれるし、笑っているともとれる……喜怒哀楽でいう所の喜と哀が入り混じった摩訶不思議な顔付きである。紫陽花の性格からして、私に暴言を浴びせたり、歯形が残るくらい噛みついてきたり、安っぽいワンピースが破けるくらい掴みかかってきたりすると思ったけれど。な、何よ……このホラー展開は。ひ、ヒィイ……軽く鳥肌が立ったじゃないのよ……。


「紫陽花が壊れちゃった」

『あ、あっさり言ってんじゃあないのよ、コラ。ど、どうするのよ……アンタが場を弁えず螺子曲がった性癖を露わにするからこういう暗黒展開に陥いちゃったじゃあないのよ。何とかしなさいよ』

「……むう、螺子曲がった性癖だなんて。失礼、向日葵は大変失礼です……」


秋桜は両頬をたこ焼きのように膨らませて、私をジト目で見つめてくる。

く、くの野郎……その頬を私のプラチナフィンガァーで思いっきり突いて、なんとなーく嫌な気分にしてくれようか。ともかく、今はちょっぴりスネ夫気味な秋桜の相手をしている場合ではなく、この目の前の壊れたおフランス人形を何とかしないと。私は、悪の秘密結社の壊れたメガネ科学者の如くケタケタと笑う紫陽花にポ●モン顔負けの往復ビンタをカマす。ビシビシビシビシ……どうよ。


「あばばばばばばばばば!!」


しかしそれでも、紫陽花は止まらない止められない止められないカッパえ……げふんげふん。

ひ、引き出しの少ない幼女ね。偶には違う笑い方しろ、コラ。しかし、どうしよう……。このまま、放置でもしてたら泣いてお家に帰ってくるんではなかろうか。しかし、しかしです。きっと、妹大好きシスコン変態オトコノコな秋桜はソレを許さないだろう。……あー、何か段々と恐怖よりも面倒臭さが比重を占めてきたのよ……秋桜もまだ親の敵のように渡すを見つめてきてるし。何だ、この姉妹……ではなくて兄妹。


「向日葵-秋桜お姉ちゃんー紫陽花ー……そっちは巨大G、見つかっ、ギャッ!!」


今度は片手に虫籠持った鈴が能天気な声を上げながらこちらに駆け寄ってきた。

そして、当然の如く紫陽花を見た鈴は小さな悲鳴を上げた。……どうせ上げるならもっと可愛らしい悲鳴を上げろ。そうね、きゃんっとか、あんっとか、ウッフンとか、あびばとか……うおええええええ、気持ち悪い声を心の中で考えたせいで食ったものがリバース祭りになっちゃうところだったのよ。


「な、何よ……こいつ。変な笑い方して……気でもふれたの? って……キャッ、な、何すんのよ……」


私は不思議そうな顔して聞いてくる鈴を草の上に押し倒して、話しかけるとする。

話しかけるのに押し倒す必要が果たしてあるのかないのかよく分からないがとにかく私は押し倒して話しかけるのだ。というより、私はいきなり常人では考えられない異常な行動を起こして相手を脅かすのが大好物なのだ。……コラ、誰よ、人格破綻者とか言う不埒な輩は。柔らかく言えばいたづらがお好きなお年頃ってことなのよ。


『似たようなもんなのよ……それよりアンタ、この小動物を何とかしなさいよ、コラ』

「うっ……何そのここにきていきなりの無茶振り。秋桜お姉ちゃんに頼めばいいじゃない……ていうか、近い……近いよ……」

『私の口臭はペパーミントだから大丈夫なのよ。それより、早く紫陽花をどうにかしないとこのままえーぶいの如く、アンタをこちょばしの刑に処すのよ……こちょこちょこちょこちょ』

「ひっ、ぴゃあ!! ……わ、分かった。分かったからあ!! 早く私の上から退いてよお!! お、重いよお~~……」


鈴は林檎飴のような表情で、仰け反り苦しそうにそう声を上げる。

そうそう、ちびっ子のあんたはそうやってアヒル声を上げながら私の言うことを聞いていればいいのよ。……誰よ、今、大人気ない女だな、とか思った野郎は。あのね、何時までも子供にあま~い蜜を吸わせていたら大人になった時碌な奴にならないのよ。時には、大人の恐ろしさってものを身体で、精神で、肉体で……味合わせてやるのも必要なことなのよ。

……。

ちょっと待て、お、重い?だ、誰がですかあ?……こ、こらあ……。

言ってはいけないことを言っちゃった鈴にイケナイお仕置きをしてやろうと思ったが、彼奴は既にマウントポジションから抜けてるし、今はそれより紫陽花を何とかしないとイケナイので、とりあえず保留にしておくことにした。お、覚えていなさいよ……。


「はあ~~……面倒くさいなあ……いい? 向日葵、砂嵐ばっかでなかなか治らないテレビは……どうやって直す?」

『はあ? 決まってるのよ……斜め四十五度からローをカマしてやるのよ。そうすれば、あら、ビックリ、直っちゃったわあたしのテレビ……になるのよ』

「ローをカマすかどうかは別として……じゃあ、壊れた人間もこうやって……えいっ」

「あばばばばばば……きゅん」

「あっ、紫陽花が沈んだ、水を失った魚の如く」


鈴はご抗弁を垂れ流しながら、奇声を発する紫陽花の後ろの首元に手刀を入れ気絶させる。そして、傍にいた秋桜は倒れた紫陽花を介抱のつもりか、木の枝でツンツンと頬を突いている。

…………。

あ、そっか。喧しいのはとりあえずお口をチャックしておけばいいのか。

しかし、人間が首元に手刀を入れられて気絶する場面なんてドンパチ漫画の世界だけの話だと今まで思ってたのよ。あれか、もしかして鈴とかいう幼女はゴ●ゴ13の回し者なのだろうか。そして、彼奴の後ろにそっと立つと『あたしの後ろに立つんじゃねえっ』とか言って真剣な顔して玩具の銃を向けて中二病ごっこをしちゃうお年頃なのだろうか。……だめね、いくら私が想像しても根拠のない想像はまるで意味が無いのよ。とりあえず、鈴はただの小学生ではない……『スーパーすごい女子小学生』……略して『SSJS』といった認識でいいのよ。


「はあー……でも、結局、目的の巨大G見つかんなかったね。もうこのまま探し続けてもキリが無いから帰ろっか」


鈴は諦めがついたのか、ため息を吐きながら大変残念そうな表情で私と紫陽花に向かってそう呟く。

……何よ、まあ最初っからそんなトンでも昆虫はいないとは思っていたけれど小学生ってのはそうも諦めが良いものなの?最近の小学生は軟弱者が多いわね。私がロリの頃はもっと……ぶつぶつぶつぶつ。……あによ、別に私は年増ってわけじゃあ無いのよ。それはともかく、私がふと鈴の姿に目をやるとある一点が気になった。手元にある虫籠……何やら数匹……いや十数匹の黒い物体が高速で動いているではないか。


『……ねえ、SSJS。その……アンタの手に持っている虫籠の中身は何なのよ……もしかして、今日のあんたん家のオカズ? それとも飼育しているバカ鹿のエサ?』

「な、何よう……その文型みたいな呼び方。いいけど……で、中身ってこれの事? ああ、これね。巨大Gがいなかったからせめてもの戦利品と思って……子G捕まえてきたの!」

「ひぃっ……!」


鈴はドヤ顔で虫籠を私たちに見せびらかす。

それはもう、年相応のムカつくくらいとっても幸福そうな笑みで……対して傍にいた秋桜は青ざめた顔して狼狽している。……まあ、とりあえず。


『そんなもん捨ててこいっ』






「すんすん……向日葵のばかあ……」


場面変わって、再び鈴のお家の居間にて。

あれから半強制的に鈴の戦利品を逃がすと、鈴は見る見るうちに両の瞳から涙を流し、今もまだ絶賛継続中である。……家に帰ってきた時に、鈴が泣いている姿を見た彼奴のおぢさんが何事かと、危うくKに連絡を入れそうになったのは冷や冷やもんだったのよ。まあ、電話をとる直前に私直伝の『向日葵青春らりあっと』でおぢさんを気絶させたから大事には至らなかったけれど。……え、全然解決になってないって?大丈夫なのよ……泥酔してたってことにしておけば。


「鈴はもうすぐ、お姉ちゃんになるの。だから……泣き止まなくちゃダメ」

「うう、秋桜お姉ちゃん……だって……だってぇ、向日葵がぁ……向日葵があ……」


鈴の隣にいる秋桜は鈴の頭を愛撫しながら、鈴を慰めている。

……鈴がお姉ちゃんになる。そういえば、お家にお邪魔した時、鈴のおばさんのお腹がちょっぴり出ていたわね。あれはそういうことか。別に親の敵のようにガツガツと焼き肉を貪り食ったってわけではなくて。……それは私です。な、何よッ、べ、べべ別に食べた分、運動して自然に還元しているんだから……!子豚とかいうな、コラ!


「……それに、向日葵も鈴に謝る」

『げっ……で、でもあのまま戦利品をテイクアウトしてたらこの家が太郎パラダイスに……』

「それでも、向日葵は悪いことしたんだから謝る」

『わ、悪い事ってあんたね。だいたい、あんた、戦利品を見た瞬間、子羊の様にプルプルと怯えてたじゃない』

「……怯えてません」

『コ、コラ、真顔であっさりと嘘をつくな。怯えてたじゃない、赤子の様に……』

「怯えてません」

『こ、このガキ……怯えていたでしょ! 行き止まりで変質者に襲われるおやぢのように!』

「お び え て ま せ ん」


秋桜は怯えていたという事実を決して認めようとしない。

ぐぬぬぬ……ち、畜生。コイツ、変なところで頑固なところがあるから、いくらこっちが言ったって、駄目なのよ。しかし、このまま、怯えてません論争を永遠にしていても不毛なので止めることにした。そうよ、私も変なところで頑固なところがあるから、心の中では引くつもりはないのよ。それはともかく、鈴には一応謝っておいた方がよさそうね。まあ私は立派な果実を携えたナイスバディな淑女だからこれくらいの器量は見せておくべきなのよ。……何となく、小さな女の子がm泣いている姿を見ていると居た堪れない気持ちになるし。ほんのちょっぴり、悪いとも思ってるから。


『鈴、悪かったわね……戦利品は逃げちゃったけれど、代わりといっちゃなんだけど……私直筆のサインをあげるわ。数百年後にはプレミアがつくのよ……多分』

「すんすん……な、何よ……いいもん。多分、私が悪いってことはわかってるし……あと、そんなちゃちいサインなんかいらない」


私がルーズリーフにプロの演歌歌手の見よう見まねで『ひまわり』とペンで書いて、渡そうとすると鈴はソレをくちゃくちゃに丸めてゴミ箱にポイする。こ、このガキ……数百年後にはプレミアムが付くと(私が)思われている由緒ある正しきサインを……。こ、これだから、素直じゃないガキは嫌いなのよ。まあ、でも……今のはちょっとしたおふざけで。本当は違うものを渡そうとしてたのよ。私はワンピースのポケットからある物体を取り出す。


『……嘘よ。これ、あげる』

「……えっ、な、何ようこれ……すっごく綺麗……」


私が手渡したもの。

それは、青白く輝く宝石もどき。宝石ではないけれど、限りなく宝石に近い輝きを有した……石。青白いとはいっても、ペンキで塗り固められたような偽物の輝きではなく、ソレが元から存在していたような一切の色群れのない輝き。……でもこれ、よく見ると石……なのよね。触ってみると石特有のザラザラ感はあるし。売ったらがっぽがっぽなのかしら。もう、鈴に渡しちゃったし、そんなことはしないけれど。


「あ、え……で、でも、こんな高価なもの受け取れないよ!」

『いいから。あんた、小学生のくせに随分と貧欲ね。小学生なら小学生らしくもっと貪欲になりなさい。それに、それ石だし……仲直りの印だと思ってくれていいから』

「で、でもお……」

『しつこいのよ。それとも何? 私の直筆サインの方が良かったかしら?』

「ううん、ありがと」


鈴は私が再びペンを取ろうとするとあっさりと石を受け取る。

こ、こらあ……どういう気の変わりようよ、それは。う、うーん……サブちゃんのサインを見て真似たんだけどなあ。そ、そんなにひどい?自信喪失とはまさにこのことなのよ。


「…………」


軽く落ち込んでいると、私の対面にいる秋桜は真剣な表情で私と鈴に渡した石を交互に見やる。

……?


『何よ秋桜……私の顔に何かついてる?』

「目と鼻と口と眉毛は問題なくついてる……ううん、そんなことはどうでもいいの。それより……向日葵、この石……どこで拾ったの?」

『さあ……三途の川で拾ったのかも』

「ふざけないでっ!! 大事なことなの……ちゃんと答えて」

「こ、秋桜お姉ちゃん……?」


私が軽く冗談を言うと、秋桜はいきなり今のちゃぶ台を両手で叩いて、声を荒げた。隣にいる鈴はいきなりの秋桜の態度の急変にドギマギしている。な、何よ……そんな怒らなくてもいいじゃない。それに……拾った?何故、拾ったと思うの?石だから?でも、こんな珍しい石……一目見てそう単純に『拾った』何て言えるのかしら。もしかしたら、誰かから譲り受けたものかもしれないし、買ったものかもしれないし……だけれど、秋桜ははっきり『拾った』と言った。


『わ、忘れた……のよ。ポッケを漁っていて……それで、偶々見つけただけだから……』

「…………そう」


秋桜はそれだけ言って、その場に座り込む。

俯き加減で悲哀の表情の秋桜はまだ何か言いたそうだったが、もう無駄だと思ったのか口を閉じた。座る直前に一言、『なんで……』と秋桜が言ったように見えたが、私の気のせいだろうか。






「ね、ねえ! 外……遊びに行こうよ! 向日葵っ、秋桜お姉ちゃん!!」


重くなった空気を入れ変えようとしているのか、鈴は無理に作ったような笑顔で私たちに向かってそう言う。……情けない、こんな幼女に気を使ってもらうなんて。秋桜も自分の惨めさに恥じたのか、ちょっぴり気恥ずかしそうに鈴に対して「う、うん」と答える。……子供に諭される親のキモチってこんなものなのかしら。


「じゃ、じゃあ……ナニして遊」

「はっ、はうあっっ!!」

「ヒッ」


鈴が提案しようとした瞬間、今まで居間で横になっていた紫陽花がガバッと起き上がる。いきなり変な声を出して、起き上がったものだから鈴は小さな声で悲鳴を上げた。……そういえば、このバカガキがいたわね。さっきまであれだけ存在感があったのに、静かになると途端に存在感が水の配分を間違えたカルピスの様に薄くなるものだからすっかり此奴の存在を忘れていたのよ。


「こ、ここは……何処?」

『刑務所よ……あんたは、【冷蔵庫にあったプリンを無断で食べちゃった罪】で収容されたのよ……』

「な、なん……だと」


紫陽花は、冷や汗タラタラな顔して私をジッと見つめる。紫陽花は普段は暴走気味だけれど、裏を返せば根が純粋ってことだからこういうあからさまな嘘も素直に受け取っちゃうのよね。性格はとっても素直じゃあないけれど。


「向日葵……紫陽花は大変おバカさんだからそういう笑えない冗談は言っちゃダメ」


秋桜は両手の人差し指でぺけを作り、ジィッと私を軽く私を睨んでくる。

……さらっと紫陽花をバカにしてるわね、この男の娘。秋桜に対して偏屈的な愛を示す紫陽花に……どんまい、なのよ。


「う、うう……首が痛い……な、何かとっても大変なことがあったような気がするけど……主ににぃにとそこにいるビッチに関して」


【はじめてのチュウ、君とチュウ】


首を痛がっている紫陽花の傍のテレビですごいタイミングでアニメのエンディング曲が流れてきた。

や、やばい……紫陽花は気絶したせいで覚えていないようだけれど、ふとしたきっかけで思い出すかもしれない。せっかく都合よく、忘れてくれたのにもう一度思い出してもらうのは困る、大変困るのよ。秋桜はエンディング曲が流れてきた瞬間に、素早くリモコンを手に取り、テレビの電源を消す。な、ナイス。あとで黄粉棒をくれてやろう。


「……うう、チュウ? チュ……ウ……?」

「そ、それより、紫陽花。今から遊びにいくけど、紫陽花も行くの、ね? 鈴」

「う、うん……?」


秋桜は少し慌てた表情で紫陽花を外に押し出そうとする。

秋桜に話を振られた鈴は状況が読めていないのか、不思議そうな顔して秋桜と紫陽花を交互に見る。……何であの場にいたのに分からないのよにぶちん!私も私で紫陽花を外に押し出そうとす……。


「……っ、ち、ちめたっ」


外に出ると紫陽花がそう声を上げる。

……冷たい?私はふと真上の空を見え上げると……。


『……雨』


つい今まで雲一つなかった青空が急激に灰色の雲に覆われ、ポロポロと滴が顔に落ちてきた。

……それは暗雲が垂れ込める、いや暗雲が立ち込め始める警鐘の合図だった。

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