フイウチ
真夏の炎天下。
黒い太陽が嫌がらせの様に紫外線をまき散らし、容赦なくあらゆる動物の水分を奪っていく時間帯。
私はそんなクソ暑いクソ炎天下の中、何の因果か幼女二人の付き添いで森を徘徊している。……いったい何の修行よ、これは。ホントなら、今頃クーラーの効いた巣の中でペロペロとチワワの様にアイスをむしゃぶり、無味乾燥なわいどしょーをガンガンにつけて、漫画を読みふけって懇ろタイムを満喫していたというのに。
……。
そんな器用なことはできないって、誰か突っ込みなさいよ、コラ。
「ぐっ、ぐうう~~……み、見つからないぃ……どこだ……どこなのぉ……」
紫陽花は私の隣で滝のような汗をダラダラと流し、草を必死に掻き分けている。
……。
ホントに、何の修行なのよこれは。そのリスの様にせっせと働く必死な姿は普段の彼奴の生意気状態に相まって悔しくもほんの少し……ちょびっと、いやちょっぴり可愛らしいと思えるのだけれど、その必死さが逆に空しいというか儚いというか何というか。そんな微妙な気分にさせてくれるのはきっとこの行いがとっても無意味なものだと身体が理解しちゃってるからかもしれない。
「こらーっ、向日葵-、手が止まってるー!! そんなちんたらしてたら何時まで立っても巨大Gが見つからないよー!!」
私達から少し離れた草叢で鈴は大声を張り上げながら、紫陽花と同様に巨大Gとやらを捜索中である。
……ナニが巨大Gよ。大人の淑女である私にとってはまことしやかに滑稽である。別に巨大Gとかいう謎の生物そのものが日本に存在しないのに、必死に捜索する行為が滑稽ってわけじゃあなくてね……いやそれも客観的に見れば十分滑稽の内に入ると思うけれど。滑稽っていうのは、今の自分に対して……何でこんな無意味な行いに淑女である自分が付き合っているのかってこと。つまり、私は自虐心満載なM女ってことね……ふふん。
……。
だからって、私はメンヘラ女じゃないのよ。
どちらかというと、S女になりたがっているM女ってところかしら、ふふん。
何だかそこはかとなく変態女っぽい感じがするのだけれど、いたって私は大まじめに討論しているのよ。
「ひっ、ひゃうっっ」
色々と頭の中でもう一人の小さな私と討論しながら黙々と捜索していると、いきなり紫陽花が喘……悲鳴を上げた。何よ、そのエッチヴォイスは。もしかして、『きて……おじさま』の合図?
「お、お前っ……い、今っ、わ、私の……お、お尻をさ、触ったな……!!」
……。
あぼーん、いきなり何を言い出すのよこの子は。
前々から頭のねじが外れていてとってもおかしいツン気質なメンヘラ変態ブラコンちゃんっていう設定持ちの子だとは思っていたけれど。まさか政治家も理解不能な言語を操るとは……いとをかしぃぃ。
「へ、変態ッ……そ、そりゃあ……私の水蜜の様な瑞々しいお、お尻が……その、魅力的で……つい、手が出ちゃった……ってことも、分かる……だ、だけどっ! こ、このっ、お、お尻は……その、にぃにのものなのっ!!」
紫陽花は唐辛子のような顔して、お尻を手で隠しながらそんなことをのたまう。
……ちょっと、誰かこの淫乱娘を止めなさいよ。本当に意味不明なのだけれど……私が鈍感のドンちゃんなだけ?もしかしてそれは、是非とも私のお尻を思う存分に触って下さいっていう意思表示?女の子は複雑怪奇な生き物って言葉をよく耳にする。それは本当は真逆の意味を汲み取って欲しくて、つい嘘をついてしまうという困ったチャンで難儀な生き物。現世の女ってのは本当に面倒くさい生き物ね……。
……。
よくよく考えれば、私も女の子だったのよ。
それはともかく、私は目の前の小動物に対してどう反応すれば良いのか分からなかったので、とりあえず作業を止め、真顔で彼奴の顔をじぃっと眺めていた。
「なっ、なんだ……その顔は……い、言いたいことがあるならはっきり言えっバカッ」
……。
私の人生において、おにゃのこの顔ってあんまりガン見したことないような気がする。
まあ、ちょっと男前のガイズを親の敵のように観察したことはあるけれど、うーん……イケメンを眺めるよりよっぽど心が落ち着くというか、和むような?もしかすると、私はメンズより少女が好みなのかも。私が、おばはんレベルの歳ならば、こんなこと考えていれば犯罪だけれど、私も少女レベルの年なのだからもうまんたいなのよ。……こら、誰よ、今お前は少女って歳じゃないとか思った輩は?
「む、無視するなぁ……」
紫陽花は何故か橋の下に置いてかれた子どものような泣きそうな顔で私をじっと睨んでくる。
……ほうほう、この子って右目の下に黒子があるのか……お肌も日本人形みたいに白いし、唇だって瑞々しく、おめめだって二重でぱっちりしている。私がオトコだったら確実に出会った瞬間にマウントポジションを確保しているわね。……ごめん、それは言いすぎました。
「……くっ、くぅう……ふっふく……ぐす……」
放置プレイしていると、紫陽花は少しうつむき加減で嗚咽し始める。
……やば、そろそろ本気で赤子の様に泣き始めるのよ。う、うーん……紫陽花は黙っていればいと可愛らしいのになあ。そのちょっぴり泣いているところも私の愛護心くすぐるというか、何というか。……何か、危ない子になりそうね、私。
「向日葵~、紫陽花~……そっちは見つか……あー! あ~~!! 向日葵が紫陽花を泣かしてるー!!」
私がそろそろ紫陽花に何かリアクションしようとしたところで、タイミング悪く、鈴が私達の方にやって来た。こ、このガキ……な、何で一瞬にして状況を把握できちゃうのよ、コラ。も、もしかしたら紫陽花が草叢に隠れていたワン公のクソトラップに引っかかって、泣いちゃったのかもしれないじゃない。くう、何て勘の鋭いガキなのよ。
『な、何の事ですかあ?』
「あ~、向日葵、誤魔化してる~~……だめだよ、私はちゃあんと分かっているんだから」
な、何がちゃんと分かっているのよ、コラ。
『本当に何の事だかさっぱり……わたくし、記憶にございません。きっぱり』
「そんなインチキ政治家みたいな事言っても、だーめ。私、知ってるよ……向日葵って紫陽花の事、嫌いでしょ?」
『……どきっ』
「それで、紫陽花も向日葵の事が嫌い……違う?」
ち、違いません。しかし、その私は全てお見通しだ、みたいな顔がムカつく。
でも、そんな事、どうしてこの子に分かるのかしら……会ってまだ間もないのに。狭い田舎町だから、紫陽花とついでに秋桜もこの鈴とかいう幼女と仲良しで、双子の性格が分かるってのは分かる。でも、私がこの子が知り合ったのはつい先刻なのよ。……うーん、厨二患者えすぱぁーちゃんなのかしらこの子。
「ふっふっふっ……反応しないってことは……やっぱり、そう……ひぐっ!?」
私は鼻の穴を大きくして、偉そうなことをのたまう鈴の右頬をギュッと捻った。
い、生かしておくべからず。知ってはいけないことを知ってしまった彼奴には口封じをしなければ。ほら、刑事ドラマでもよくあるでしょ。イケナイ事を知ってしまった輩はすぐにばいばいきーん……しちゃうのよ。
「いひゃいいひゃいいひゃい~~、ひゃひゃなひて~~!! ひゃなへぇ~~!! ひゃは~~!!」
鈴は涙目で私の頭をポカポカと打ってくる。
ぐふっぐふっぐふっ、大人の恐ろしさというものをそのアンタの小さな脳味噌にこれでもかっていうくらいに叩き付けてやるわ。……あれ?私ってこんな嫌な大人だったっけ?そもそも大人じゃない?色々なところがたわわに育った淑女でもない?うっうるさいわね、ほっとけ、ばかぁ!!
「……あー、向日葵が幼女をいじめてる……」
……次から次へと。
今度はどこのドイツなのよ。私の東斗真剣を味合わせてやろうか。
私が声のした方向へ振り返ると、そこには恨めしそうな顔して、私達を見つめる幼女……じゃなくて、紫陽花と瓜二つのオトコノコがいた。
『……秋桜石油じゃないの、お久しぶり』
「……数時間前に別れた人に向かってお久しぶりは無いと思うの」
わ、私の必死に三日三晩寝ずに考えたボケをス、スルーするな、コラ。
『へえへえ、数時間前に関節ぶっチューで赤面した秋桜のお嬢さんが私に何の用ですかあ?』
「…………」
私がワザとらしくそう尋ねると秋桜は少し頬を染めて、押し黙ってしまう。
ふふん、もしかして地雷だった?そう、ごめんなさい。……でもね、お姉さんのお説教タイムを邪魔した罪はマリアナ海溝よりも深く、キャラメルマキアートよりも甘いのよ。
「……向日葵は紫陽花とココで何してるの? 私も混ぜて」
秋桜は何事もなかったようにそう口を開く。
……こ、こここ、こいつ。す、すべてを無かったことにしようとしている?!そうは問屋が卸さんのよ!!
『こ、こらっ!! 数時間前に関節ぶっチューで赤面してお漏らししちゃった秋桜!! 私の話を聞けっ』
「も、もらしてなんかないっ!! 噓吐き! 向日葵はすっごく噓吐きですっ!!」
『やかましいっ、大体何なのよあんた。いきなり逃げ出して……すっごく心配したじゃないの……』
「う、嘘っ、向日葵は私の事なんか心配してないくせにっ。現にこうやって、紫陽花と遊んでる……私の事なんかどうだっていいんだ!」
秋桜はいきなり真っ赤な顔して癇癪を起こす。
エンカウントした時は普通だったのに、いきなりヒステリー状態になっちゃったのよ。こ、これだからオトコノコってのは……前から思っていたけれど、この子って本当に嫉妬深いわね。心配なんかしなくったって、アンタの可愛らしい生意気な妹様は捕って喰わないわよ。ただ、大人のお仕置きはしようと思っていたけれど。……大人のお仕置きって別にイヤラシイ行為じゃないのよ。大人的な意味ではイヤラシイかもしれないけれど。
「に、にぃにっ!! 聞いてっ、わ、わたし……このまな板娘にいぢめられた!!」
紫陽花は秋桜に気付くとすぐさま、駆け寄り私に指差しそんな事を言う。
だ、だぁれが、まな板娘よ……まな板はお前だろ。予想していた紫陽花の行為だけれど、予想通り過ぎて何か腹立ってくるわね。度が過ぎる、兄妹愛ってのも考え物ね。……考え物って言っても私は一人っ子だけれど。
「……うるさいです、黙っていてください、気が散ります」
秋桜は体育座りして、私が視界に入らないように反対方向を向き、そんなことを紫陽花に向かって呟いた。
……こ、子供かっ。
「に、にぃにぃ……」
「あ、紫陽花~~聞いてよ!! 向日葵ったら酷いんだから!! 私のほっぺを……」
「……ほっぺ? 何ですかそれは。食べられますか?」
……だめだ、こりゃ。
完全にいぢけモードになってるのよ。こういう時は放置プレイしておくのが得策……下手に相手すると余計に怒っちゃうかもしれないし、面倒くさいことこの上ないのよ。
「ね、ねえ……紫陽花……秋桜お姉ちゃんってなんで、あんなに怒っているの?」
「し、知らない……で、でも! あのメス豚がにぃにに何かしたのは間違いない!」
……。
鈴と紫陽花は秋桜から少し離れて、内緒話なのかそんな事を言う。
聞こえているのよ、コラ。放置したら放置したで面倒臭そうなのよ。て、ていうかメス豚って……あ、あのガキ……いつか、しばきにしばきまくってやる。
『わ、分かったのよ……私が悪かった、ごめんなさい。これでいいでしょ?』
「…………そんな、投げやりな謝罪いらないの、誠意が感じられない」
『な、何よ……誠意って、わ、分かったわよ。じゃ、じゃあ、すっぽんぽんになってアンタの目の前で土下座でもしたらアンタは気が済むの?』
「……見て見たい気もするけれど。そう言って私が頷いちゃうと、向日葵はやらされてる感が満載で結局心のこもった謝罪にならないの」
秋桜はじぃっと体育座りのままそんなことを呟く。
……め、めんどいのよ。ほ、本当にめんどいのよ……。
『ぐっ……な、何よ……じゃあどうすれば……』
「…………こうすればいい」
ふわりと揺らぐ風。
ほのかに香るレモンの匂い。
私の目の前にいきなり、キレイな顔立ちの……。
……。
唇に湿った感触……。
ほんの僅かな間、それは……不意打ちに近いセカンドキスだった。
「……これで許すの」
私は唇を右手で抑えてしまった。
不意打ちでされたキスは私の脳内に記憶として残り……きっと、きっと私の顔は茹蛸のような様相を呈していることだろう。こ、この野郎……わ、私を手玉に取るとは……や、やるわね。ほ、褒めてつかわす。
「……に、にぃ……に?」
……でも、その不意打ちは諸刃の刃で。
ばっちり近くにいた紫陽花にも見られてしまった。
……修羅場の予感がした。