鈴
真夏の終焉を感じさせないカンカン照りの太陽の下、私は犬のように舌を出しながら田舎道を徘徊している。
…………。
これだけだと何だか私が只のアホの娘みたいに見えるけど、違うのよ。
前回までのあらすじ。
あの男の娘(何か私の中で秋桜の呼称が男の娘になっているような気がしないでもないのよ)が突然癇癪を起して、何処かに行ってしまった。別にあの女モドキがどうなろうと私には知ったことではないけれど、暇だし、まぁ捜索してみようか……お散歩を兼ねて。そんな感じで、こんな感じで、どんな感じなのだ。
…………。
あー、自分で言ってて何だけど、何てつまらないあらすじなのよ。だいたい、あらすじってのは何なのよ。海水魚のすじのコトかしら?……ごめん、すっごい無理矢理感の漂う解釈だったのは全国のおやぢに誓って認めるのよ。とにかく私が汗水をダラダラ流してワンコのように歩いているのはそういう背景があるのよ。まぁ、ここから読むなんて奇妙なニンゲンはいないだろうから、大丈夫だと思うけれど。
……あれ、あらすじだとか、ここから読むだとか、ワンコだとか……私は一体何を言っているのかしら。
これはきっと私が天から舞い降りた悪魔に憑り憑かれた所為よ。ふんだ、どーせ私の頭の中には悪魔しかいないのよ、ぷんすかぷんすか。……あ、今のもきっと悪魔の所業による言葉なのよ。
「あー、ちくしょ~……だめだ。全然、とれねぇよ。あんなのとれっこねぇよ……」
「えぇ~……メグ、あのぶるじょわうさちゃんがほしいのに……コウくんのバカバカバカバカッ」
「し、しかたねぇ……だろ? あんな隅っこに埋もれてる成金ウサギのヌイグルミなんかとれっこないって。ほら、そこの一番上にある地上げ屋ブルドッグのヌイグルミにしとけって」
「やだやだやだぁ、メグはあんな醜いヌイグルミより、あのぶるじょわうさちゃんがいいのー! コウくんのアホアホアホアホちびちびちびちび! ぎんこうにコウくんのお家を担保にしてコウ君のパパの名義で大金を借りてやるんだからぁ~! びぇえええ……!!」
「な、泣きながらすっごいひどいこと言うな、お前」
ちょうど昨日の駄菓子屋の前の通りの近くを歩いていると、ガキ共の喧しい声が聞こえてきた。
その声の発信源の方を見ると駄菓子屋の脇のUFOキャッチャーで何やらガキ共が痴話喧嘩しているようだ。って、昨日のバッカプルのガキ共じゃない。昨日と変わらず二人とも近代機器に夢中の様で、どうやら後ろで私が変質者のように舐めるようにジッと見つめていることを気付いていない様子。ぐふっぐふぐふ、私はこういう無防備なガキを見ていると無性に悪戯したくなっちゃうお茶目なお年頃なのよ。……悪戯っていっても、別に性的にいやらしいことじゃないのよ(大人的な意味ではやらしいかもしれないけれど)。
さて、どうしてやろうかしら……あまり奇抜な悪戯をすると、ガキが腰抜かしてショック死しちゃうかもしれないからほどほどに。バッと思いつくのは膝カックン?これはダメなのよ、まず身長が違い過ぎる。ガキの膝をカックンするには、私が蟻サイズの大きさまでに縮まないとダメなのよ。ごめん、それは言い過ぎた。じゃあじゃあ、脳天に手刀?だ、だめよ、これは只の暴力なのよ。私はいたづらは大好きだが、自他共に痛いは大嫌いなのよ(特に注射)。少し話が横道にそれたような気がするけれど続けるのよ。じゃあじゃあじゃあ、カンチョーはどうかしら?定番中の定番、人体の肛門に刺激を突然与えると、人はたちまち……って、今更だけれど、ナニこんなしょーもないことを真剣に考えているのよ、私。
「あぁーっ!? 昨日のサギ師のおねえちゃんだぁ!!」
……と、もう普通にしようと思ってたら、向こうから声を掛けられちゃった。
見ると、ガキの片割れのツインテがこちらに指さして、まるで天然記念物でも見るような顔してキンキン声を張り上げている。こ、この私が、さ、サギ師だと……?
『出会い頭にいきなり淑女に向かって、さ、サギ師とは何事か。私は食べる方のサギは好きだけど、そっちのサギはお断りなのよ』
「何だよ、オレのお金を湯水のように使っておいてよく言うよ。あんなの大人のすることじゃないよ。返せよう、お金が無いならお前の身体で……」
「コ……ウ……君?」
「じょ、冗談だよう……魔物のような顔してオレを睨むなよ。こ、これはカーチャン見ている昼ドラの受け売りなんだよう……」
あらら、また私の目の前でガキ共は痴話喧嘩し始めちゃったのよ。
私も若い頃はこうやって……ぶつぶつぶつぶつ。……ごめん、そんなコソバユイおもひでは忘却の彼方に捨ててきたのよ。つまり、そんなモノはございませーんってこと。
…………。
こら、誰よ、今、すっごい廃れた人生だなって思った奴。こ、こう見えてもね、私は綺麗な朱色の夕日が見える海辺でボディガードみたいなガタイの日焼けとサングラスがイケてるにーちゃんの複数にナンパされたことがある……ような気がするのよ。お、思いつきで考えたことだけれど、実際にそんな場面に出くわしたらちょっぴりどころか大分怖いのよ。
『ふふん、まぁ私がサギ師かコケ師かはともかく、あんたたちまたクレーンゲームで困っているのね。キャッチャー界のダークマターと呼ばれている私に任せておけば大船どころか豪華客船タイタ●ック号に乗ったも同然よ』
「そ、それって沈没してるんじゃあ……」
『いいから、まかせなさい少年』
「え、えぇー……」
『ま か せ な さ い』
「は、はい……」
私はガキ共を近代機器から払い、意気揚々とレバーを握る。
ふふん、確かに昨日はUFOキャッチャー側の不手際で残念ながらなかなかうまいことキャッチングできなかったけれど、今日の私が一味も二味も違うってことをこのバカップルに叩き込んでやるから覚悟なさい!
《三十分後》
「なーなー、おねえちゃん……もういいだろ……? 俺のかぁちゃんのヘソクリだよそれ。俺、ばれたらかぁちゃんに殺されるよ……」
『う、うるさい!! わ、私はできる子。やればできる子なのよ……集中集中、一点集中』
「げらげらげらげら、おねぇちゃんは本当にへたっぴぃ~」」
お、おかしい。
UFOキャッチャーにおいては右に出る者がいないとまで言われているこの私が景品を一つもゲッチュできないなんて……。いや、おかしいのはやっぱりこの目の前のにあるオンボロボなのよ。くうぅ、この淑女な私をおちょくるとは良い度胸しているわね。そんな、おいたをする野郎にはオシオキしてやるぅ!!
ガンッ、ゴンッ、バンッ、ガスッ
私はおいたする目の前のオンボロボに思いっきり蹴りを入れる。
くらっ、このっ、くのっ、このっ!思い知ったかオンボロボ!!ついでに今までの鬱憤もこのオンボロボで解消してやるわ!!このっ、このっ、どうだ私の蹴りの味は!!うまかろう!うまかろう!
「ああっ、ついには機械にまで八つ当たりし始めたよこのおねえちゃん……こんなの絶対、大人のすることじゃないよ……もう、何だか見苦し過ぎて見てられなくなってきたよ」
「きゃはははは、おねえちゃん、おもしろーい。メグ、記念撮影しよーっと、ハイチーズ」カシャッ
「……こら、あんた達、あたしんちの前で何愉快なことやってんのよ」
ひとしきり駄菓子屋のオンボロボに天誅を下し終えると(際限なくUFOキャッチャーを蹴っていると横の部分が凹んじゃって、急に現実に引き戻されたのよ)、一人の金髪のツインテール少女が怪訝な顔して私とバカップルのガキ共に声を掛けてきた。あたしんち?ということはこのちんちくりんがこのオンボロの駄菓子屋のお子様ということかしら。
「げぇ、駄菓子屋の主が現れたっ!! にげろぉ!!」
「あぁ~待ってよ、私の金づるコウ君、私を置いて逃げないでよぅ~」
そして、ツインテール少女を見たガキ二人は一目散に逃げて行ってしまった。
…………。
し、しまった。に、逃げ遅れたのよ……。
駄菓子屋の関係者ってことは当然目の前にあるオンボロボもこの家の所有物よね?この目の前にいるツインテの少女が現れなければ、店先には歳食ったボケばぁさんが座布団の上で正座してあ~あ~言いながらぼやけているだけだし、誤魔化せたのだけれど……。か、かくなる上は……今の内にそ~っと、そ~っと……ね。
「こ、こら!! 待ちなさい!! あ~ったく、あいつらは……って、こら、そこのあんたも。何、こそこそ逃げよとしてんのよ」
ぎ、ギクリッ。
ぐっ……ばれたのよ。ツインテールのちんちくりんは偉そうに腕を組み、私をキッと睨みつけている。
く、くそう……せめて、大量のヒマワリがあれば、身体にペタペタ貼り付けて周囲のヒマワリ畑に溶け込んであのちんちくりんの目をやり過ごせるのに。
…………。
なーんて、この後に及んでアフォなことを考えている場合ではないのよ。
『お、おはよう』
「もうとっくにお昼を過ぎてるわよ。……ったく、あーあー、UFOキャッチャーの……金属部分のココ、凹んでいるじゃない。どうしてくれるのよ、あんた弁償しなさいよ」
ツインテのちんちくりんはおやぢが女の裸体を愛撫するような手つきで私が蹴った部分をさわさわしながらそんなことを言う。こ、このガキ……何て、目ざとい女なのよ。色々と何事にも細かい女はね、気の使い過ぎで早死にするわよ。
…………。
あ、一部始終、出歯亀状態だったのだから知ってて当然か。
『ご、ごめんね? お詫びに……女、日向向日葵ここでストリップショーをおっぱじめます』
「だ、誰が服を脱げって言った。そんなのいらないから、お金で弁償しなさいよ……って、向日葵? へぇ、あんた珍妙な名前してるね」
ツインテのちんちくりんはまるで天然記念物でも見るような目で私の顔をジッとみつめてそんなことを言ってくる。
だ、誰が珍妙なのよ、こら。珍妙なのはお前の身体つき……と考えたところでちんちくりんの背中にしょっている赤い物体が私の目に付いた。
『あ、あら……そんな大きなリュックサックを背負って。これから姨捨山にでもハイキングに行くのかしら』
「あんたって真性のバカぁ? これがランドセル以外の何に見えるの? リュックサック何てものに見えたのなら眼科もしくは精神科に行った方が良いよ」
ツインテのちんちくりんはまるで地球外生命体を見るような目で私の顔を見ながらそんなことを言う。
ず、随分と口の悪いガキね。ランドセルって、ことはこのガキは小学生のちんちくりんってことか。思いっきり私より年下じゃない。
『こら、ちんちくりん。目上の者に対してその言葉使いはなによ。私は十九の淑女よ。敬語を使え、敬語を』
「だっ、誰がちんちくりんよぉ!! あたしは鈴っていう立派な名前があるんだから! それに目上の者っていうのは自分の中であきらかに立場が上の人ってことでしょ? 確かにあたしは小五であんたみたいなおばはんよりもずっと年下だけど、人間的な立場では私の方がずっと上ですよーだっ!!」
ツインテのちんちくりん改め鈴は鼻を大きくして、真っ赤な顔して私を指さし声を荒げる。
むっ、むっかぁ~~……こ、このマセガキ、いちいちムカつくような事を言うのよ。こいつ、きっと今まで親の加護の下でぬくぬくと育ってきたから、こんな生意気なガキにぴょろーんって育ったんだわ(断定)。よーし、それじゃあ、この大人で淑女な私が世間様様がどれほど厳しいかってことをその歳でその身体に存分と味あわせてやるのよ。
ビュッ、シュバッ、ふわ……
「なっ、なな……な!」
そうと決まれば、私の行動はクリ●ゾンヘッドよりも早かった。
私は、即座に鈴の背後に回り、奴の装着している赤と緑の眩しいチェックのスカートを裾を掴んで捲った。
いわゆる、『スカート捲り』っていう奴ね。ふふん、私は他人が思いつかない様な事をいきなりして、驚かせるのが大好きな素敵な性格をしているのよ。
…………。
こら、今、世間の厳しさって悪戯程度のことか、とか思ったでしょ?
スカート捲りを馬鹿にしちゃいけないのよ。無論、羞恥な意味での効果だけではない。自分がそれだけ油断してるっていう指標になって、エロおやぢの餌食にされる恐れだってあるのだから。スカート捲りの進化形が『茶巾縛り』ってやつね。オニャノコのスカートを捲りあげて頭上に縛るっていう、文字で説明すれば淡々としているけれど、実際に想像するとなんと恐ろしエロしな悪戯なのよ……あっ、今、自分で悪戯とか言っちゃった。
『ほうほう、苺大福模様の毛糸のおパンツなのよ……生意気な口からは想像できぬ下着なのよ、ごっくん』
「うっ、うっ、うっ、ああああああーーーーーー!!!!!! あにすんのよぉばかぁあああああーーーーーー!!!!!!」
鈴はザクロのような真っ赤な顔して、声を張り上げる。
くっくっく……私に対して生意気な口をきくから、そんな事になるのよ。しかし、若者のむっちりとした白い太ももはいつ見ても眩しいのよ。いつかあの太ももを枕にして広い草原の下、すやすやとおねんねしたいのよ。
…………。
いやだ、ついエロ禿げおやぢのようなこと考えてしまったのよ。
「うっ、うっうっ……うっ……も、もう……あたし、お嫁にいけない……」
『何が、お嫁にいけない、よ……。あんたがお嫁にいけないのなら真性ブスの立場はどうなるのよ。失礼極まりないな君は』
「ば、ばかっ……ぐっすん、もういいっ、それより早くUFOキャッチャーの修理代いちおくえん払えっ、ばか!」
『ふ、ふざけるな……そんな法外な金額が払えるか』
「じゃ、じゃあ、いくら払える?」
私はポッケに手をやる。
ごそがそごそがそ……チャリーン。
只今の手持ちの金額、ご縁也。
「ぶっ……ふざけるなっ! 大人だったら、マン札数枚くらい財布に入れておきなさいよ!」
鈴は私を指さし、そんなことを言う。
ふっ……世間様様が世知辛いように、スカート捲りや茶巾縛りだなんてまだまだ序の口……本当に世知辛いのは私のポッケだったというわけね。
…………。
今、綺麗にまとめたつもりだけれど、全然つまらんオチだったのよ。
『……あっ、色々あって何か忘れていたけれど、あんた、この子知らない? 探しているのだけれど』
私は本来の目的を忘れていたのよ。私は自作の秋桜の似顔絵を鈴に見せた。
道中でさらっと書いた秋桜の似顔絵……名前だけで聞いても分からないだろうし、こうやって絵で見せて触れ回った方があの男の娘を捕まえるのに役に立つのよ。ほら、あるじゃない……ポリスメンのあの『かもふらーじゅ』ってやつ?あれと考え方は同じなのよ。……あれ、もしかして違った?
「ご、ごまかすなっ、……ってぇ、何よその宇宙人みたいなの? そんなのこの町にいないし」
…………。
ぐりぐりぐりぐりぃ
「いたっ、いたたっ、いたいぃ! な、何であたしにぐりぐり攻撃するのよぉ!! て、ていうか誰なのよぉそれぇ」
『……このオトコノコは私の従兄の秋桜という人間よ』
「こ、秋桜お姉ちゃん? そ、それならあたし知ってる。よく放課後、遊んでもらってるし」
『秋桜お姉ちゃん……ねぇ。知ってるのなら話が早い、そいつは何処に行ったのかしら?』
「えっ……何処って?」
『だ、だからぁ……そいつが何処に逃げてったのか知ってるのでしょ?』
「えっ、知らないし。秋桜お姉ちゃんは知ってるけれど、何処へ逃げたとか分かんない」
…………・
ぎゅりぎゅりぎゅりぎゅりぃ
「いっ、いたたたっ、いたいぃ! だ、だからぐりぐり攻撃はやめてよぉ~!!」
「とっ、とにかく! いちおくえんが払えないならあたしの夏休みの宿題を手伝ってよ!!」
私はそれから駄菓子屋の裏手にある鈴の家に通され、西瓜をしゃりしゃりと貪り食いながらのんびりと縁側で寛いでいた。鈴はノートやら虫かごやら筆記用具やら持って、必死な顔して私にそう言いながら縋りついてくる。
夏休みの自由研究って……確か今日は葉月の末頃よね。今更何を慌ててるんだか……まぁ、かくいう私も夏休みの宿題何てぎりぎりにやっつけていたけれどね。……あによ、その目は。夏休みの宿題何てギリギリにやるのが、すごく楽しくって「あー、自分、人生を謳歌してるなー」って気分になるのが醍醐味だと思うでしょ?あれ、そう思うのは私だけ?
『自由研究~? 男性器の自由研究だなんて破廉恥な小学校ね』
「ち、違うわよぉ!! えっと、えとえと……まず、読書感想文でしょ? それに昆虫観察日記でしょ? こっちは、人間観察日記……あと、算数ドリル、漢字ドリル、工作、えとせとらえろせとら……」
鈴は次々と私の目の前でやるべきことを捲し立てるように言う。
『こ、こら……ちょっと待ちなさいよ。あんたそれ、もしかして今日一日で全部やる気?』
「……? そのつもりだけど」
鈴はそんなの当然でしょ?みたいな顔をしてそう答える。
『できるわけないじゃない、明日が夏休み最後の日でしょ。二日に分けなさい、二日に……もしくはもうそんなしがらみから逃れて二学期最初の日にセンセイに叱られてお尻ぺんぺんされちゃいなさいよ』
「い、いやよっ! じゃ、じゃあ明日もするから手伝ってよ。あたしんちのUFOキャッチャーをボコボコにしたんだからそれくらいいいでしょ?」
『わ、私を脅迫するつもり?』
「いいでしょ、それくらい、ケチ、アホ、バカ」
『わ、わかったわよ。それじゃあ、さっさとあるわよ』
「わーい」
こうして。
私は散歩していただけ(?)なのに、二日間にわたって鈴の宿題を手伝う羽目になってしまったのよ。
…………。
別に、本来の目的も忘れてないのよ。
あの男の娘もついでに探すのよ。目的がサブになっているような気がしないでもないけれど。
サブって、拳がきいているサブちゃんのことじゃないのよ。
…………。
ごめん、本当にごめん。