CASE5.望ムモノ望マナイモノ
「土橋、取り敢えず五木を保健室に運ぶぞ。」
そうだ。
今は何より金弥の手当が最優先のはずだ。
我に返ったかのように、六美は火野を見上げた。
「そう…ね、歩ける?金弥」
「歩く分には、問題ない…痛みもちょっと落ち着いたしな、」
フラフラと金弥が立ち上がる。
覚束無い足取りに、火野がその腕を掴んで支えた。
「しっかりしろ。」
「…悪ぃ…」
不本意ではあるが助けられた事に礼を言う。
いくら普段いがみ合っている相手とはいえ、理性的な分火野の方が100倍マシだ、と金弥は心の中で思った。
癪なので絶対直接は言ってやらないが。
火野と六美に支えられ金弥が教室から出ていく。
残された4人の中、四郎が口を開いた。
「七瀬、さっきのはやり過ぎじゃねぇか?」
「そう?放っておいたらアイツが私を殺してたかもしれないじゃない?正当防衛よ」
悪びれもせず言って除けた日向に、四郎は面食らった。
こんな台詞を六美に聞かせれば間違いなく激怒するだろう。
この場に六美が居ないのはせめてもの救いだ。
「七瀬さんが思う程、五木は悪い奴じゃないと思う…現に五木は土橋さんを守ろうと…」
「アンタうざいのよ!私に説教しないで!」
「七瀬!そんな言い方ねぇだろ!」
今度は四郎が声を荒げる。
七瀬は小馬鹿にしたような笑みを浮かべ四郎を見詰めた。
「ふぅん?木ヶ山って一宮の事好きなんだ?」
「!なっ…」
「さっきから一宮の事となったら必死だもんねー?分かりやすすぎ!」
「てっめ…」
怒りも顕に四郎は日向を睨み付ける。
確かに四郎は紫月の事を特別に思っていた。
しかしその気持ちは四郎のモノであって、こんな風に馬鹿にされたり勝手に告げられて良い想いではない。
「てめぇだけは…」
「四郎!」
紫月が四郎の前に立つ。
憎しみに支配された心が僅かに和らぐ。
「行こ…七瀬さん達も。」
「…アンタらで勝手に行けば?」
「駄目なの7人じゃなきゃ。後からでも良いから必ず来て。」
それだけ言い切ると、紫月は四郎の腕を引いて教室を出た。
暗い廊下をそのまま進む紫月の表情は、四郎から見えない。
急に不安になって、四郎は立ち止まった。
「四郎?」
「あの…さ、さっきの…」
言い淀む四郎。
何が言いたいのかは解っている。
紫月は微笑んだ。
「…四郎が言ってくれた訳じゃないから、無効だよ。」
「紫月…」
優しい笑顔と言葉に、心を支配していた憎しみが消えていく。
同時にやはり自分は紫月の事が好きなのだと認識した。
「…ありがとう、紫月。俺、怒りに任せてアイツの事…」
「四郎…」
紫月が少し背伸びして四郎の頭を撫でた。
変わらず優しい笑顔のまま。
「お前は…強いな。」
「強がってるだけだよ…」
困ったように眉を寄せて紫月は笑う。
その笑顔を護りたいと思った。
紫月の手を握り締め、四郎は保健室に向かって歩き出した。
「何突っ立ってるのよ、アンタも行きなよ」
「でも…日向が…」
「心配いらないわ。後で行く」
冷たく突き放した言い方に、秀水がたじろぐ。
しかし、日向をそのままにして行くのは気が引けた。
「日向も…行こう…?」
「良いって言ってるでしょ!?次はアンタをダウトしてあげようか!?」
「日向っ…」
まるで別人の様だ。
確かに我が儘な所はあるが、普段の日向はもっと素直だった筈だ。
こんな風に周りを傷付けるような言葉ばかり吐くとは思えなかった。
「日向は…本当にそう思ってる?」
「そーよ、私は自分が一番可愛いの!何が何でも無事に帰ってみせるわ…アンタはアイツらと精々仲良しごっこしてなよ!」
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
目の前にいる日向はもう自分の知ってる日向ではない。
秀水はゆっくり後退り、そのまま教室を飛び出した。
「それでいーのよ、秀水…」
余計な徒党を組むのは好ましくない。
いざというとき裏切れなくなる。
それは日向にとって都合が悪い。
要らない人間は切り捨てられる。
それが世の常なのだから。
誰も居ない教室、日向はひっそりと笑った。