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DoUbT  作者: AkIrA
24/26

CASE24.慟哭


『紫月、別れてくれないか…』

『え…?』

『お前は何かが違う。だから、別れて欲しい。』

『…何が足りないの…?言ってくれれば、私努力するよ‥?』

『なら、今は黙って別れてくれ。何時か、俺の言葉が理解できる…それまでは他人に戻ろう。』

『他人…に…』



思い出された言葉。

あの時一方的に告げられた別れは此処へと繋がっていた。

目の前にある火野の瞳が細められる。



「人の隠したい本心を見抜き、追い詰める…お前の本質だ。」

「廉二…」

「お前も気付いていた筈だ。良い人で在ろうとすればするほど、違和感を感じただろう?」



間近で見詰められて、胸が苦しくなる。

まるで昔に戻ったみたいだ。

真綿で首を絞めるように、じわりじわりと火野の言葉は紫月から逃げ場を奪っていく。



「私…は、酷い、人間…」

「そうだ。お前は人を貶める言葉を誰よりも良く知っている、酷い人間だ…」

「‥貶める…酷い…」

「…やっと、本当のお前に会えた…これで俺は心置きなくお前を愛する事が出来る…」



そっと紫月の頬を火野が掬い上げる。

唇がゆっくりと近付き重なろうとした時…




「紫月!!」

「ッ!?」



四郎が傷だらけの足で立ち上がり、火野に体当たりしたのだ。

少し力を入れただけで相当痛むのだろう。

その顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。

しかしそれすら感じさせない強い瞳で四郎は紫月を捉える。



「無粋だな、木ヶ山…」




火野が四郎の足を払う。

床に倒された四郎の手を火野が踏み付ける。

鋭く走った痛みに四郎が呻いた。



「何時まで紫月に善人面させるつもりだ?」

「う、ぐ…」

「お前みたいな奴が何時までも幻想を捨てきれないから、紫月が苦しみ続けるんだろうが‥」

「違う‥!」



火野の目が細められる。

踏みつけている足に、じり、と体重が掛けられた。

湧き上がる痛みは更に増す。

それでも四郎は言葉を繋げる事を止めない。



「紫月は、誰より優しいんだよ!」

「!」

「善人じゃねえけど、悪人でもねえ…」



火野の表情が強張る。

そのまま言葉を止めなければ、四郎を殺してしまうかもしれない。

明確な殺意を滲ませた瞳が突き刺さる。

しかし、此処で止めてしまえば大切なものを失ってしまう確信が四郎にはあった。

大きく息を吸い込み、ありったけの力を絞り出す。



「くだらねぇ幻想を紫月に押し付けて、自己満足してんのはお前だろうが!」

「!」



火野の目が見開かれる。

素早い動きで懐に手を差し入れ、鈍く光るナイフを抜き出した。

それを頭上にかざし、四郎の眼前まで振り下ろした。



「余程、死にたいらしいな…」



逃げる事は出来ない。

元より逃げるつもりも無いが。

四郎は動かない四肢を投げ出し、目の前に迫る刃先をじっと見据えた。



















「…め、て…」



不意に、か細い声が響く。

2人は同時に声がする方を見上げた。



「紫月…?」

「止めて、廉二…!」

「何故…だ…?」



火野が声を詰まらせる。

信じられないものを見るかのように、紫月を見つめていた。




「大切なの…」

「何を、」

「私は四郎の事、失いたく無い…!」



火野がゆらり、と立ち上がる。

その目は暗く淀んだ底無し沼のようだ。



「まさか紫月に裏切られる日が来るとは思わなかったな…」

「火、野…」

「裏切り者には、お仕置きだ…」



先程まで四郎に向けていたナイフが、今度は紫月に向けられる。



「私…火野の事、大好きだった…」

「止め…」

「格好良くて、自信に満ち溢れて…憧れだった…」

「止めろ!」



紫月の顔の横にナイフが刺さった。

頬から血が一筋流れ落ちる。



「過去形にするな…!」

「私が今好きなのは、大切にしたいのは…!」



紫月の言葉を遮るかのように、火野が刺さったナイフを抜いて振りかぶる。



「う、ぐっ…」

「聞きたくない…」

「紫、月!!?」



刃先は紫月の腹に深く沈み込んでいた。

赤い液体が紫月の口から吐き出される。


四郎は動かない自分の体を呪った。

この足が動いたなら、彼女の身代わりにだってなれるのに。




「私が好きなのは…四…」

「煩い!」

「火野!!」



何度も火野は紫月に刃を突き立てた。

その度に紫月の体は赤く染まっていく。

それでも紫月は壊れた玩具のように繰り返した。




「四郎、のこ…と、好…き」

「それ以上、言うなら本当に…!」

「し、ろ…好き…」

「!」











「紫月ぃ…ッ!」




濁った視界の端で紫月の手が床に落ちる。

四郎の慟哭が虚しく部屋に響いた。








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