CASE16.曖昧ナ記憶
火野の提案通り、5人は纏まって行動する事になった。
動けない四郎は、秀水と火野が交互に背負う。
1つ1つの部屋を細かく探していくのは骨が折れる作業だが、誰一人文句を言う事は無かった。
それも無理は無い。
それほどまでに金弥と六美の『死』は衝撃的だったのだ。
『ゲーム』で命を落とした訳ではない。
しかし、確かに二人は『死』んだのだ。
『血』と『臓物』を打ち撒けて。
「教室はこれで最後だな…」
「結局、無かったね…」
「次は特別室を回ろう。」
しらみ潰しに探したが、並ぶ教室からは何も出てこなかった。
残るは『音楽室』や『情報処理室』といった特別室。
「『音楽室』が此処から一番近い。其処から行こう」
「うん」
火野の提案で、5人は『音楽室』を目指した。
茜色だった空はいつの間にか蒼暗く、日が完全に落ち掛けている。
長い廊下は一層不気味に見えた。
大した会話らしい会話も無いまま捜索を続けて新たに2つの箱を見つけた。
1つは、『音楽室』のグランドピアノの中から。
もう1つは『情報処理室』の、パソコンとパソコンの間から。
元々火野が持っていた箱と合わせて、これで箱は3つになった。
残すは…
「あと1つ…」
「校舎は多分全部探したよな…後探してないのは…」
秀水が考え込む。
その時、ふと思い出したかのように紫月が顔を上げた。
「…『体育館』」
「成る程な…!確かに怪しい…!」
「駄目で元々だし、行ってみよう…!」
目的地を体育館へと決定し、5人は其処へ向かう。
冷たい廊下を引き返し、暗い階段を降りる。
西側に大きな入口が見えた。
ガラス戸が取り外されたそれは、まるで招き入れようとしているようだ。
躊躇う足を無理矢理進めて、紫月は体育館の中を覗き込んだ。
「!?」
覗き込んだ紫月が勢い良く身を引く。
その顔は酷く青ざめていた。
小刻みに震えながら、紫月の指が体育館の中を指す。
「どうした…?」
「『居る』の…」
「『居る』?」
「土橋さんと、五木君が…!」
紫月の言葉は、俄には理解出来なかった。
しかし、体育館を覗き込んだ瞬間に全て理解した。
体育館には7つの台が並べられている。
そして、右から二つ目の台の上には六美が。
その右隣の台の上には金弥が、それぞれ天井から吊るされていた。
金弥に至っては左足にロープが巻かれ、逆さ吊りの状態だ。
真正面から見た遺体は想像以上に悲惨な状態だった。
六美は顔の左側が潰れて、肉が飛び出している。
腕や足も有り得ない方向に曲がっていた。
金弥は六美とは反対の、右顔面が潰れて眼球が垂れている。
それは彼らが見詰め合いながら落下した為だろう。
「っぐ、!…」
日向が口元を押さえて、体育館の外へ走って行った。
秀水が慌ててその後を追う。
紫月もその惨状を見ていられなくて、目を逸らした。
「誰が…こんな…」
「……」
呟きに答える者は無い。
虚しく響く声に、紫月は頭を抱え込んだ。
その時…
「あった…最後の箱だ…」
火野の声。
紫月と四郎は視線を持ち上げた。
金弥の台から左に2つ空けた台。
その上に、もう見慣れてしまった『箱』が置いてあった。
幾分、落ち着いた日向が戻ってきた。
しかし血の臭いが立ち込める其処で話し合う気にはなれず、5人は体育館の外へと移動した。
その足下には4つの箱。
火野の案でそれぞれ、見つけた場所を書いた紙を貼ってある。
「取り敢えず、これで無闇に『ダウト』するのは避けられるな…」
「あぁ…」
「先ずさ、此処で目が覚める前何してたかから考えていったらどうかな?」
四郎の言葉も、それに対する火野の言葉も何処か上の空だ。
死体をまざまざと見せ付けられた後とあっては、それも無理は無いだろう。
噛み合わない空気を打破するように、紫月が提案したのは自分達の行動を振り返る事。
考える事で、僅かながらも現実逃避したかったのかもしれない。
ぽつり、ぽつりとその提案に乗っかるように5人は此処に来る前の事を話し始めた。
「私は…多分教室に居たと思う…四郎と映画の話して、『文化祭のお知らせ』って紙を貰って…学校を出た筈…其処までしか覚えてない…」
「俺も記憶が曖昧で…はっきりとは覚えてないけど…多分部活に行ったと思う…」
「俺は生徒会室にいた…土橋も一緒に。土橋に、頼んで『文化祭』の案内状を五木へ持って行ってもらった。その辺りから意識が薄れて…気付いた時には此処にいた。」
「私は…秀水と教室に居たよ…ネイルサロン行く予定だったから直ぐに帰ったけど。何処でこうなったのかは覚えてない…」
「俺は…日向と別れた後、体育館へ行った。自主練しようと思って…部活をした記憶は無い、から…多分部活が始まる前に此処に来たと思う…」
曖昧な記憶。
大した共通点も見付けられず、5人は肩を落とす。
しかしその時、静寂を割いて再びあの『放送』が流れた。
『ヤァ、楽シンデクレテイルカナ?』
安穏な時は訪れない。
絶望を感じながら、紫月は4つの箱をただ見詰めていた。