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セミと願いの叶う樹 3

 最初は、失った愛のかわりに彼を求めた。

 だけど。

 いなくなった人の代わりなんて、その人にしかできないことだったんだ。

 いつしか、それは失った兄に対するそれとは違った想いだということに気づいた。

 ああ、そうか。

 好きになるってこういうことなんだな、って。

 私は思い続けた。

 ずっと、彼ひとりを。

 何日も、何週間も、何月も、何年も。

 ずっと、ずっと。

 すると、横から突然あらわれた女の子に彼を取られた。

 最初は不満だったけど、幸せそうな彼の顔を見ていると、本当に好きなんだなと分かった。

 だからあきらめた。

 ・・・そう簡単にあきらめられるわけがない。

 分かってる。

 やせガマンだってことくらい・・・。

 だけど仕方ないのだ。

 彼は、もう私に振り向いてくれない。

 私は・・・。

 単なる幼馴染なのだから。


 1


 おじいちゃんが死んで、夏休みが終わって。

 高校2年生の夏も終わりを告げようとしていた。

 俺の名前は昇竜(しょうりゅう) (なぎさ)

 昇竜高校に通う高校二年生だ。

 ちなみに渚という名前にコンプレックスを抱いている。

 昔、この名前が女みたいだとからかわれたことがあったからだ。

 そのときは「渚が男の名前で何が悪いんだっ!」とキレかかって、先生に叱られた。

 ちなみに父さんの会社が、この前の夏休み、倒産した。

 ・・・ダジャレでなく、まじめな話、だ。

 ダジャレだったとしても、あまり笑えないが。

 「渚ー。放課後はヒマかい?ヒマだよね。うん、じゃあ付き合ってよ」

 「・・・遊司(ゆうじ)。勝手に人をヒマだと決め付けんな。オレはこう見えても、すっごく忙しいんだ」

 俺が、となりに歩く悪友に言う。

 こいつの名前は高城(たかしろ)遊司。

 同じ学校に通う、ゲリラ部である新聞部所属の変わった奴。

 髪の毛をツンツンにして、ライオンみたいになっている。

 本人いわく寝グセとのこと。

 俺もいつか、あんな寝グセをつけてみたいものだ。どんな風に寝ればいいんだろう。

 「忙しいって・・・。ああ、サヤちゃんとごにょごにょね。分かってる、皆まで言うな。そういうところは気を使ってあげるのが良い友人だよね」

 「違うっ!・・・てか、お前、付き合うって何するんだ?」

 俺が聞くと遊司は一本120円のアイスをしゃぶりながら言った。

 「へいひゃんほいっしょひかいふいひょく」

 (けい)ちゃんと一緒に海水浴。

 このごろ、アイスをしゃぶった状態の奴の言葉を翻訳することに長けてきた。自慢にもならないが。

 「蛍と海行くんなら、俺は邪魔だろ。二人で行ってこいよ」

 「・・・そりゃそうなんだけどね。どうも蛍ちゃん、まだ少し未練あるみたいで・・・」

 蛍、というのは俺の幼馴染の橋宮(はしみや)蛍のことだ。

 いろいろあって、遊司と仮?で付き合っている・・・?

 まあ、詳しいことは分からないが、似たようなものなんだろう。

 ともかく、俺は夏休みに蛍の想いに答えられないことを告げたのだった。

 「未練って・・・アイツは、自分で決めたことは曲げない奴だ。・・・自分であきらめると決めたんだから、俺のところなんてもう微塵も好きじゃなくなってるに決まってる」

 「そんなに簡単にあきらめられるなら、皆、苦労はしないんじゃないかな。・・・それが苦しいから皆、もがくんだよ」

 「そんなもんか?」

 「そうだよ」

 遊司はアイスのなくなった棒を見て、舌打ちした。

 どうやらハズレだったみたいだ。

 アタリを引いたところを見たことがない気がするのだが・・・。

 「俺はどうやら、主役にはなれない生まれらしいんだよ。だから、脇でもがき続けるしかないんだ。王子様に負けないように、ね」

 「俺は王子様ってガラじゃねえよ。・・・それに、俺は・・・」

 言おうとして止めた。

 「ん?・・・俺は?」

 「・・・俺は、サヤの・・・だから」

 恥ずかしくなって、後の部分をにごらせた。

 「サヤちゃんの何だよ?」

 俺は少しためらった後に言った。

 「・・・俺はサヤの王子様だから」

 「・・・」

 遊司は、しばらく沈黙した後、

 「ぐふぉっ!!く、クサすぎる・・・!!」

 いきなり倒れ始めた。

 「お、俺は本気だからなっ!愛あればこそ言ってるんだ!」

 「分かってるって。・・・渚も、素直に自分の気持ちを表せるようになったね~」

 遊司は、しみじみと言った。

 「・・・まあな。ジジイが死んで・・・少し、自分の思い通りに生きたいなぁーって思ってさ」

 おじいちゃんは最後まで自分の生きたいように生きて、そして逝ったのだ。

 俺は、おじいちゃんのような人生を送りたい、そう思ったのだ。

 「・・・ふぅん」

 遊司は、茶化すことなく頷いてくれた。

 「それに、俺が海水浴についていったって問題の解決にはならないだろ?」

 「それもそうだね。これは、蛍ちゃん自身の問題・・・だもんね」

 そうなのだ。

 蛍がたとえ未練を残していたとしても。

 それで俺がついていったところで、傷口をえぐるだけ。

 なぜなら俺はサヤ以外にありえないからだ。

 「そんなことくらい・・・遊司なら分かりそうなことなのにな」

 「ん?・・・何か言ったかい?」

 「いや・・・」

 おそらく、遊司も必死なのだろう。

 それほどまでに蛍は傷心してるってことか・・・。


 家に着くと、一足先にサヤが帰宅していた。

 「ただいま」

 「おかえりなさい、渚さん!・・・あれれ、今日は遊司さんはいないんですね」

 「アイツなら蛍と一緒に海水浴だと」

 靴を脱いで、玄関から居間の座布団の上に座る。

 「蛍さんとですかぁ~。・・・仲が良いようで、うらやましいです」

 「・・・お、お前だって・・・その、なんだ・・・俺と仲良いだろ?」

 「あ・・・そうですね」

 そういって、照れくさそうに笑うサヤ。

 ああ・・・笑った顔も素敵だ・・・。

 「母さんたちは?」

 「お父様は、修行中で、お母様は今、近くのクリーニング屋で働いてます」

 「え、母さん働き口見つけたのか?」

 「はい。けっこう前から働いていたそうですけど・・・」

 ・・・知らなかった。

 夏休みに会社が倒産して、それでもウチの家計が安泰だったのは、前から貯めていた貯金のおかげだと思っていたけれど・・・。

 どうやらそれだけじゃなかったらしい。

 ・・・要領のいい母さんらしいな。

 親ってのは、子供の見えないところで苦労してるんだよなぁ・・・。

 などと、しみじみ思っているとサヤがアイスを持ってきてくれた。

 一本120円のアイスだった。

 本当に俺は周りの人間たちに助けられて生きているということを改めて実感した。


 2


 俺の名前は近藤(こんどう) 涼太(りょうた)

 昇竜高校に通う2年生で、ゲリラ部である新聞部に所属。

 実家はパン屋をやっている。

 部活の方には、家の手伝いがあると言って出ていない。

 本当のところは、家の手伝いなんかしていなかったりする。

 そして最近、ウチに泊り込みで熱心なバイトが入った。

 「涼太くん・・・ウチの息子にあったらよろしくたのむよ」

 何をよろしくするのか分からないけど、とりあえず親指を立てて言う。

 「任せてください!昇竜さん!」

 どうやら、この人の息子さんが、同じ高校に通う2年生らしいのだが・・・。

 同じクラスというわけでもなく、面識は無かった。

 ただ、サヤという可愛い女子と付き合っている、ということだけは知っていた。

 なんか、噂話って何もしてなくても耳に入ってきて怖いよねー。

 「ウチの息子は・・・。学校では、どうだろうか?」

 俺に聞かれても困る・・・とは言えずに、

 「元気にやってますよー!そりゃあもう!」

 とアバウトな説明をジェスチャー込みでした。

 「そうか・・・。元気ならいいんだ。最近、会ってなくてな」

 「住み込みですもんね。昼間もパンの勉強で、忙しくて家には帰ってないんでしょう?」

 「ああ・・・。会社が倒産して、少しは家族で過ごす時間も増えると思ったのだが・・・。俺は夢に(かま)けてロクに一緒に過ごしてやれてない。本当に情けない親父だ」

 「うーん・・・。息子さんも、そこんとこは分かっててくれてるんじゃないですかねー。いや、俺なんかがエラそうに言えないですけど。」

 「そう言ってくれるとうれしいよ」

 なんで俺は、この人と二人きりで会話してるんだろう。

 しかも話題は俺の知らない人の話ときた。

 「あいつには小さいころから何もしてやれなくてな・・・それでもアイツは許してくれたんだ」

 「そうなんですか・・・。でも、あなただって頑張って仕事をしていたわけじゃないですか」

 「いや・・・私は甘えていたんだと思う。仕事という言い訳で渚から逃げていたんだろう」

 「息子さんと、なにかあったんですか?」

 俺が聞くと、

 「・・・昔、あいつが病気で倒れてしまってな。・・・その時も、私たちは仕事に追われていた。・・・多分、とても苦しかっただろう。私は何もしてやれなかったんだ」

 「そんなことが・・・」

 重い空気が流れる。・・・うわぁ、早くどうにかしてくれないか。

 その日は、適当に会話したあと、昇竜さんが寝たので俺も布団をかけてあげた後、ソファで寝た。

 俺のベッドがおっさんに占領されるのは苦痛だったけど。


 3


 次の日。

 俺は、例の昇竜さんの息子さんに会いに行くことにした。

 しかしながら困ったことに俺は息子さんのクラスを知らないので、友人であり情報通、そして蛍ちゃんファンクラブという妙な団体の会長でもある丸田(まるた) 拓郎(たくろう)に聞いた。

 「昇竜・・・?・・・本当に世事に疎いナリね、近藤は」

 「悪かったな。んで、クラスは?」

 丸田は、クラスを言った後に、

 「それで・・・深くは追求しないナリが、なんで昇竜のクラスなんかを?」

 「いや、ちょっと知り合いが、な」

 俺がはぐらかすと、

 「知り合い・・・?詳しく教えてくれナリよ」

 ・・・詳しくは追求しないとか何とか言ってなかったっけ?

 「昇竜の父親が、会社の倒産だとかでウチに泊り込みでパンの勉強してるんだよ。なんでも昔からパン屋が夢だったっていうんだ。でも、その人、めっちゃ威厳高々な顔してるもんだから、最初笑っちゃったよ」

 俺が軽快にそう言うと、丸田は言った。

 「人の夢を笑うのは豚のすることナリよ。・・・お前は豚か?」

 「すみませんでした」

 よく分からないが、謝っておく。

 「昇竜 渚。夏休み中に父親の経営した会社が倒産、そしてこの学校の学長でもあった祖父を夏休み中に亡くし、その代わりに夏休み中に新しく転入してきた昇竜 サヤを手におさめる。そして夏休み中に、我が愛しの蛍ちゃんを誘惑し、そしてフった経歴の持ち主ナリ」

 「・・・夏休みめっちゃ苦労したんだな」

 なんだか大変な思いをした人なんだぁーと思った。

 俺なんて夏休み中なんて、クーラーの効いた部屋で寝転がってた記憶しかない。

 青春の「せ」の字もない。

 ん?待てよ・・・?

 「なに、渚くんの親父さんって会社経営してたの!?」

 「そんなことも知らなかったナリか・・・?」

 「いや・・・てっきり勤め先が倒産したんだと・・・まさかそんなすごい人だったなんて」

 「昇龍って言えば、かなり名の広い企業だったはずナリが・・・まったく、新聞部のくせして、世情には疎いナリね」

 「すまないな、幽霊部員なもんで」

 ・・・こんなところを見られたら部長にしかられるだろう。

 常にアンテナを張り続けろ、それがいかにくだらなかったり、自分と関係ない情報でもだ!という部長の言葉に背いてしまった。

 「でもそのかわりに可愛い彼女をゲット!・・・か」

 「むむ?まさか近藤、お前、サヤ嬢のこと」

 「いや、別に。・・・ただ一度見たとき、可愛いなーって思っただけだし」

 「ふぅ~~~~~~ん?」

 「・・・なんだよ、その態度は」

 「べぇぇぇつぅぅぅぅにぃぃぃぃ?」

 むかつくな、コイツ。

 「まあいいや。サンキュ」

 俺は礼だけ言ってその場をあとにした。

 

 4


 俺は元野球部だった。

 2年でレギュラーの座を勝ち取り、俺の高校球児生活も充実していた。

 だけど、それはある日おこった。

 俺はその日、部活が終わって、さっさと帰ろうとしていた。

 自転車をスイスイこいでた。

 少々、注意がたりなかった。

 だから、曲がり角のところで、向こうから車が来ていることなんて分からなかったんだ。

 後は・・・。

 野球のできる体じゃなくなっていた。

 まず、ボールを投げれない。

 そして、走ることもできない。

 今ではリハビリのおかげもあってか、歩くことができるようになった。

 けれど、もう二度と野球はできないと言われた。

 でもまあ、そのときは仕方ない、とあきらめるしかなかった。

 だから泣いた。

 夜が明けるまで泣いた。

 そしたら夏が来た。

 夏、家に居ると、どこからか子供たちの声が聞こえてきた。セミの鳴き声もうるさかった。

 そして俺は・・・。

 

 「・・・ふぅー」

 深呼吸をして、教室の前に立つ。

 無論、俺の教室の前ではなく、昇竜さんちの息子さん、渚くんのクラスだ。

 思いっきりドアを開けて「なーぎさくーん!遊びましょー!」とでも言えればいいのだが、他のクラスの教室でいきなりそんなこと叫ぶ度胸は無かった。

 仕方ないから、後ろのドアの辺りにいる女子に話しかける。

 「ねえ、昇竜 渚くん、いる?」

 すると女子は、少し怪訝そうな顔をしたあと、

 「あそこにいるのが渚くんだけど・・・」

 といって指をさす。

 ああ、なるほど。

 確かに顔はいいし、サヤちゃんの彼氏というのなら納得だ。

 「ありがと」

 礼を告げて教室の中に入る。

 ちなみに、話しかけた女子が少し嫌そうな顔をしたりしていたのは気のせいじゃない。

 俺の所属する新聞部というのは変わり者の集まりで・・・。

 その、まあ、ぶっちゃけ周りからは煙たがられる。

 こればっかりはしょうがないよね、テヘッ!

 「渚くんとやらー。話があるんだがー」

 なんかフレンドリーに行ってみた。

 「ん?」

 あんた誰?みたいな顔で見られた。

 こればっかりはしょうがないよね、テヘッ!

 「俺、近藤 涼太ってんだけど・・・君の家の父さんの会社、倒産したんだって?HAHAHA」

 「・・・おちょくってんのか?」

 ・・・ヤバ。

 つい、なんか言わなくてもいいようなセリフを・・・。

 こればっかりはしょうがないよね、テヘッ!

 「ノーノーノーノー!いや、実を言うと君の父さんが俺の家に泊まっててね」

 「ああ」

 思い出したとばかりに渚くんが納得してくれた。

 「で、なんだ?父さんが何か言ってたのか?」

 「いやー・・・えっと、元気か?って」

 「そうか・・・元気にやってるから、心配しないで夢叶えてくれって言っておいてくれ」

 「了解」

 親指をビシッと立てる。

 「それじゃあ、俺はこれから新聞部の活動があるのでっ!でわでわ~」

 ・・・嘘だけど。

 「ああ、じゃあな」

 渚くん、クールだなぁ・・・。

 とりあえず午後の授業はサボることにした。

 夏なのに涼しげな人と会話するとさ、クーラー浴びたくなるよね。

 え、関係ない?


 5


 次の日。

 俺は、またしても某渚くんの元へ。

 「渚くんっ~!メアド交換しようぜー!」

 俺はそう言って、高校生になるときに買ってもらった携帯を出す。

 ちなみに0円携帯だった。

 「いや、俺、携帯もってないから」

 「なん・・・だと!」

 今のこのご時世。携帯電話くらい誰でも持ってるもんじゃないのか・・・?

 ああ、いや、そりゃ持ってない人も中にはいるだろう。

 でも、いくら田舎だからとはいえ、だいたいの人が携帯は持ってる。

 「その・・・困んないの?」

 「いや・・・困ったことはないなぁ。あんまし人と電話したりしないし」

 「でもさ、ほらメールとかしたくなんないの?」

 「・・・あんまり」

 ・・・なんということだ。

 現在の高校生なんて携帯依存症がほとんどなのに・・・!

 「まあ、いいや。持ってないなら仕方ないよねー。よし、一応俺の電話番号教えるよ」

 「いや・・・いらないんだけど」

 「まあまあそういうなって!」

 押し付けがましくメモ帳に電話番号を書きそれを胸ポケットに入れた。

 ちなみに、新聞部たるものメモ帳なんて持ってて当たり前、だそうで常に持たされていた。

 フ・・・まさかこんなところで役に立つなんてな。

 「一応もらっておくが・・・用ないぞ、俺、お前に」

 「いや、俺もないよ」

 俺が言うと、少しキレ気味に

 「何なんだよ、お前は・・・」

 なんだかウザがられていた。

 ちなみに、俺の携帯の電話帳には新聞部のメンバーと丸田、そして両親しかいないため、今現在メル友募集中である。

 いや、べ、べつに渚くんとメル友になりたかったわけじゃないんだからね!

 「なに一人でブツブツ言ってるんだ?」

 「いや、俺って考えてることをそのままクチに出しちゃうタイプなんだよ気にしないでくれたまえ」

 「どんなタイプだよ・・・」

 前に、「お前は絶対に隠し事できないよな」って言われた。

 隠そうとしても、考えただけで口にでてしまうんだから仕方ないよね、テヘッ!

 「うわ・・・」

 やばい、テヘッ!てしてるの見られた。

 自分でも鏡でどんな感じなのか見たけど、ぶっちゃけキモかった。それを他人に見られたとあっては・・・。

 「もうお嫁にいけません」

 「いや、もともといけないから大丈夫」

 ・・・渚くんって本当に冷静だなぁ。

 「それじゃあ、俺はそろそろ部室の方に顔を出すよ。たまーに出さないと、一人おっかないのがいてさ、そいつに殺されるんだ。冗談抜きで」

 「そうか、大変だな。死んで来い」

 ・・・あれ、耳が悪くなったのかな?幻聴が聞こえたような・・・。

 まあいいか。

 「それじゃあねー」

 俺は、颯爽と現れ、颯爽と消える。・・・忍者みたいだろ?


 6


 部室、とは正確に言えば、資料室のことである。

 過去の学校新聞とか、歴代の卒業アルバムとかが保管されている。

 そして、ここには一人、変なのが住み着いている。

 部長だ。

 他の部員も変人奇人がそろってるものの(俺は除く)部長は輪をかけて変人だったりする。

 あれかも、類は友を呼ぶってやつ。

 俺の場合は部長にさそわれて入ったのだけど・・・。

 いや、待てよ?それじゃあ俺も変人ってことか・・・?

 ・・・いやいや、そんなはずはない。俺はまだ、自分を変人と認めたわけではない!

 まあ、部員・・・とはいえ。

 いまのところ、部員らしいことなんて何一つしてない。

 たまに部室に訪れては適当に話して帰る。

 それだけだ。

 だからきちんとした部員・・・ではないさ。うん。だから変人ではない。断じて否!

 部長は、授業中も資料室に篭っており、何をしてるのかは一切不明だが、単位が不足して留年するらしい。決定事項だそうだ。部長・・・恐ろしい子。

 ちなみに進学先は「予備校」だそうだ。

 なんとも夢のない方である。・・・いや、ある意味夢いっぱいなんだけどねー。

 ただ少し、夢のベクトルを180度くらい間違えてる。

 まあ、何はともあれ、来年は同級生だ。

 ・・・一個上だけど。

 一個違いとはいえ、年下の人にタメ口聞かれる立場・・・いたたまれないなぁ。

 「部長~、近藤涼太、ただいま帰還しましたー」

 「・・・」

 なにやら部長は返事がない。ただのしかばねのようだ。

 「なにやってるんです?」

 のぞきこむと、なにやら部長は携帯ゲーム機に夢中だった。

 何のソフトやってるんだろうと思って画面をよく見ると、そこには二次元チックに描かれた少女が映し出されていた。

 「ふむ、涼太隊員か。なに、少し世間で噂のギャルゲーとやらに興じていたところだ。・・・これは、なかなかおもしろいものだな」

 「そうですかぁ・・・」

 「特に、この美鈴ちんが可愛いのなんの・・・」

 なにやら語りだしたので俺は無視して近くの座布団に座った。

 資料室の中には、テーブルがあるものの、イスがなくて、座るのは座布団の上。泊り込み用の敷き布団や、ガスコンロにコーヒーを入れる道具であるサイフォンまである。

 何気に居心地が良い。

 俺は、とりあえず棚から漫画を取り読み始める。

 ギャグマンガO和というタイトルだ。

 なぜか部室に全巻あったりするので、たまーに読んでいた。

 「む・・・フラグがたったぞ」

 「そうですかー」

 俺は適当に流す。

 「ところで涼太隊員。宇宙人はいると思うかね?」

 「はぁ・・・」

 いきなりなんだというんだろう。

 「宇宙人がどうかしたんですか?」

 確か、今年の夏のテーマだったはずだ。

 ・・・あれ?でも、興味を失ったんじゃないのか・・・?

 だから美少女ゲームを・・・。

 「いると、思うかね?」

 「どうでしょうね。俺には分かりませんよ。正直、いたらいいなぁとか思ってたりはしても、その存在を認めるかどうかとは違うですし」

 「もしも・・・仮に、宇宙人がいたとして、偶然にもソレを見かけてしまったら?」

 「そんなもの、通報しますよ警察に」

 「国家権力に訴えた瞬間、君は灰になる。だとしたら?」

 ・・・本当にどうしたっていうんだろうか。

 「だったら・・・。そうですねー、友達になるんじゃないですか?とりあえず」

 「そうか。友達に、ねぇ。まあいいさ。今の私の選択は、あながち間違ってもいなかったようだ」

 「何の話です?」

 俺が聞くと、

 「いや、ゲームの話だよ」

 「そうですか」

 しばらく黙っていると、部長がまたも口をひらいた。

 今日はやけに饒舌である。

 「そういえば、最近、昇竜 渚と交流しているそうじゃないか」

 交流って・・・。

 「ええ、まあ・・・。渚くんの親父さんがウチに住みこみでパンの修行してるんで、そのつながりで」

 「ふむ・・・。いや何、君が他人に興味を持つことなんて珍しいと思ってね。しかも相手は、あの昇竜と来たものだからね」

 「あの昇竜って・・・」

 「そうだろう?実際に、この学校・・・いや、この町に住んでいて、彼の名前を知らないものなんて、おそらく赤ん坊くらいだろうよ」

 それは確かにそうかもしれないが・・・。

 「でも渚くんは・・・その、なんていうか普通でしたよ?」

 少なくとも部長よりは。

 そんなに特別視されるような人間じゃないと思う。

 確かに、社長の息子で(元、だが)学長の孫ともなれば注目は集めることだろうけど。

 「あれは、サヤ、という少女に会ってからだ。・・・以前はもっと、周りに凍えるまでの威圧感を与えていた」

 「サヤちゃんですか・・・」

 いったい、何者なんだろうか。

 「転入生でしたよね?」

 「ああ。この夏休み明けに入ってきたばかりだ」

 「確か、学長が無理やり入れたんですよね?」

 「そうだ」

 ・・・。

 「学長がそうまでして入れたんなら、それこそただ者じゃないってことですよね・・・」

 「そうだな。異例中の異例だろう。よっぽど特別な事情でもないかぎり、普通は学長がそこまでするとは思えんしな」

 「・・・昇竜サヤ・・・か」

 渚くんとは、いったい、どういう関係なんだろうか。

 今まで、誰も触れなかったけど、おそらく周りの人々も、不思議に感じているだろう。

 俺は、まとまらない考えに悶々とした。

 そうしているうちに時間が流れる。

 しばらくすると、部室のドアが開かれた。

 「あっ!近藤っ!!」

 「げっ・・・」

 最悪だった。

 そこに立っていたのは同じ新聞部の部員であり、唯一の女部員である冬樹(ふゆき) (みかど)だった。

 外見だけで言えば、美人。長い髪に形の整った顔をしていて体系も出るところは出ている。

 実は俺の幼馴染だったりもする。

 クラスでは委員長をやっていたっけか。

 「アンタ、ようやく部室に顔出したと思ったら・・・少しは部員らしいことしたらどうなのよ!」

 「いや~、これは世間で、どのようなマンガがうけているのかという調査で・・・」

 「言い訳は聞きたくないっ!」

 「ひぃ!ご、ごめんなさーい!!」

 謝っても遅かったらしい。

 俺は、その日で一番痛い、たぶんこの夏で味わったどの痛みよりも痛いビンタをくらった。

 

 7


 なんなんだろう・・・アイツ。

 名前は確か、近藤涼太・・・。

 部室へ行くって言ってたな・・・。

 何部なんだろうか。

 「なあ、遊司。聞きたいんだけど、近藤涼太って新聞部?」

 「ああそうだよー」

 「サンキュ」

 つまり父さんが修行で泊り込みしていて、なおかつ遊司のいる新聞部の部員。

 今まで面識がないほうがおかしかったが・・・。

 まさか向こうからアプローチをしかけてくるとは。

 「変な奴だよなアイツ」

 「そうかい?・・・渚も相当だと思うけどね」

 「お前には言われたくない」

 俺が言うと、遊司は笑った。

 「言えてるかも。・・・案外、普通の人なんて、みんなが思ってるほどいないんじゃないかな。だって、自分のところを普通の人間だって思っていたとして、周りもそう思ってるとはかぎらないじゃない。それこそ、世界中の人間からあの人は普通の人間だ、なんて面識でいられるのなんて多分ムリなんじゃないかなー」

 「かもな。常識があるってだけじゃ普通の人間とは言えないしな」

 俺が答えると、満足そうな顔をして遊司は一本120円のアイスをしゃぶった。

 「本当に好きだな、それ」

 「うん、大好き」

 素直なやつだった。

 でも・・・と遊司は続けるように言った。

 「蛍ちゃんの方が好きかな」

 「・・・そうか」

 俺は、あきれて靴の中の十円玉が足の指に当たって痛いなぁーと思っていた。


 8


 (まったく・・・近藤のやつ・・・!)

 私が近藤をひっぱたいた後、すぐさま近藤は部室から出て行ったのだった。

 「部長からも何か言ってやってください!アイツ、部活に入ったはいいですけど、何にもしてないじゃないですか!」

 「まあまあ、冬樹隊員、落ち着きたまえ。ほら、コーヒーを入れたから」

 そういって部長はコーヒーカップを差し出してきた。

 湯気が立ち、いいにおいがする。

 「ありがとうございます。・・・部長、熱くないんですか?」

 部長の入れたコーヒーは、ホットだった。

 部室の中には、クーラーなどと気の利いたものなどあるわけもなく、蒸し暑い。

 こんな中で熱々のコーヒーを一気に飲み干す部長が恐ろしい。

 「いや、夏だからといってアイスコーヒーなど飲んではやらんぞ、冬樹隊員。あんなもの、泥水でしかない。コーヒーはホットにかぎる」

 「・・・そうですか」

 部長は、なにやら携帯ゲーム機に夢中の様子だった。

 この部長、季節ごとに趣味が変わる。・・・というか、飽き性というか、とにかく季節ごとに違ったことに熱中して、一度ハマると鬼のごとくソレに執着する。

 たとえば、今年の春はUFOにハマって、この学校の近くの山の大砲山に秘密基地まがいなものまで作って、そこに泊り込みでUFOを1週間張り続けたこともあった。

 ちなみに、家族は警察に捜索願いを出すなど、割と本気で心配してた。まったく人騒がせな人だ。

 家族も相当、この人には悩まされていることだろう。

 今年の夏は、確か宇宙人だったはず。

 「部長、マジメに聞いてください。・・・アイツ、野球部をやめてから、まるで抜け殻みたいに。毎日、何をするでもなく、ただ生きてる感じがするっていうか・・・ぶっちゃけ死人みたいです」

 「ふむ・・・」

 部長はゲームをやめて、こちらを向いた。

 いつになく真剣な顔である。部長は、顔はイケメンなので、まじめな顔をすると、かっこいい。

 黙っていればモテるだろうに・・・。

 毎年、新しく入ってくる1年生は、部長の真の姿を知らないので、たまにその顔に騙されて告白してくることがあるが、部長はいつも決まった言葉で振り続けている。

 「私は二次元にしか興味がないのだ。すまないな」だそうだ。

 相手の女の子も、とても気の毒だ。

 「たしかに、涼太隊員は毎日を何の目標も見出すことなく生きている、つまりは中身がないカラッポの毎日を送っている。それは認める。・・・だが、我々には、それをどうすることもできないではないか」

 「それは・・・」

 「他人にはどうしようもできない。・・・そう、本人が何かに興味を持ったりするのに他人は何もできない。・・・ただ、きっかけは作ることができる」

 「きっかけ・・・ですか」

 「そうだとも。・・・私は、この部活が涼太隊員のきっかけになってくれると思ってこの部活に誘ったのだ」

 部長はそう言うと、またしてもゲーム機に向き直った。

 「でも・・・何も変わってないじゃないですか」

 「・・・そうだな。今は」

 ・・・今は、ということは、これから変わる、とでも言うのだろうか。

 確かに、近藤はこの部活に入ったことによって、外面は明るくなった、と思う。

 だけど、それはしょせん外面だ。

 中身はカラッポのまま。あの日から、ずっと。

 私は、それをどうにかしてあげたかった。

 いつまでも囚われ続けている近藤を、助けてあげたかった。

 「涼太隊員だって、いつまでもそのままでいるつもりなどないだろう。・・・時間が解決してくれるさ。・・・そのうち、近い未来に、な」

 「部長・・・」

 今は、部長のその言葉を信じるしかなかった。

 

 9


 少女は、いじめられていた。

 きっかけは、ほんの些細なことだった。

 けれど、それはどんどん広がっていった。

 少女には、一人だけ。味方がいた。

 その少年は、少女に唯一、話しかけてきてくれた。

 周りの目なんか気にしない奴で、とてもマイペースな奴だなと思った。

 私なんかに話しかけてくるなんて、あなたバカなの?

 私はある日、そう聞いた。

 すると彼は言った。

 俺は、もともとバカだからさ。だから仕方ないよ。

 私はあきれ返った。なんて奴なんだろう。

 私は、もう知らないわ、と言って教室を出て行った。

 それからも毎日、私に話しかけてくる彼。

 私は聞いた。

 どうして私なんかに気をかけてくれるの?、と。

 すると彼は言った。

 誰か一人がひとりぼっちで過ごすのなんて悲しすぎる。一番かわいそうなのは、お腹がすいていることと一人でいることだ、と。

 私は、

 へんなのっ。と笑い飛ばしたけど。

 本当にうれしかった。

 私は、気がつけば彼と話すことを楽しみに学校へ来るようになっていた。

 彼と話していると、嫌な時間を忘れられた。

 私は、彼のことが好きになっていた。


 「渚くんっ!」

 「またお前か・・・」

 なにやら嫌そうな顔をする渚くん。でも、心の中ではきっと俺を求めているのに違いないさ。うん。ツンデレなんだよ、きっと。

 「父さんは元気か?」

 「うん、順調に修行過程をこなしてるよー。いやー、パン屋の息子として言わせて貰うけど、あれは筋がいいよ」

 無論、俺はパンなど焼けるはずもないので、筋がいいとか、そんなの分かりっこない。

 「そうか・・・。んで、お前は何で毎日俺のところに来るんだ?」

 「なんでって・・・」

 特に理由は無かったりする。

 「もしかしてお前、友達いないのか?」

 哀れなものを見る目で見られた。

 「ちょっ!いるよ!いるさ!・・・一人」

 「一人しかいないのか・・・。それは・・・悪かったな」

 「なんか普通に謝られると余計に傷つくんですけどー」

 あの日以来、一時期周りに心を開かなくなってしまって、人と距離をおくようになった。

 そんな俺に話しかけてきてくれたのは、丸田くらいのものだった。

 最初は嫌な感じ・・・というかキライなタイプだったが、話しているうちに割と良い奴だと分かった。

 そして・・・あるとき。

 部長が俺に話しかけてきたのだ。

 『新聞部に入らないか?』

 その言葉は今でも耳に残っている。

 「でもいいのだ!俺には新聞部の仲間がいる!」

 「だれが仲間ですって・・・?」

 「!その声は・・・!!」

 しかし、どうして奴がここにいるのだ!?

 まさか・・・!

 「おう冬樹。そういえばお前も新聞部だったな。・・・こいつ、なんとかしてくれよ。毎日来るんだ」

 「ごめんねー昇竜くん。今すぐ片付けるから」

 俺はゴミか何かと一緒なんですかね?

 「帝・・・お前、このクラスだったのか・・・」

 「あんた、そんなことも今まで知らなかったって言うの!?・・・はぁ、あきれた」

 ・・・知らなかった。

 あれだ、普段から俺は親に「周りが見えていない」とよく言われるが、ようやく実感した。

 「俺は、周りが見えてないんだな」

 「そうねー。今度、良い眼科紹介してあげるわよ」

 「いや、視力なら両方ともAです」

 「そうねー。じゃあ良い精神科紹介してあげるわよ」

 「間に合ってます」

 あいにくと頭がイカれた覚えは無いんでね・・・。

 「どうでもいいけど、俺、帰ってもいいか?」

 「うん、昇竜くん、じゃあね」

 「ああ」

 「何か用事でもあるの?」俺が聞くと、少しためらった後に言った。

 「サヤの奴と・・・ちょっと約束してて」

 サヤ・・・。

 確か、渚くんのアレだったはず。

 「ええと、サヤちゃんによろしくね」

 「あんた、何をよろしくする必要があるのよ・・・」

 すると渚くんは、苦笑した後、

 「りょーかい」

 とだけ告げて、去っていった。

 「なんだか昇竜くん、明るくなったわね」

 「やっぱりそうなのか?」

 俺が聞くと、

 「そうよ。前なんて、話しかけてもロクに答えやしなかったんだから。・・・多分、サヤちゃんのおかげね」

 「ふーん・・・」

 昇竜渚。

 ・・・ますます興味が湧いてきた。

 「帝・・・。部長、今度は美少女ゲームにハマったらしいんだ」

 「そうらしいわね」

 「部長の趣味って季節ごとに変わるだろ?でも今は夏だ。夏の終わりに差し掛かってる。」

 「そうねー。でも、相変わらず暑いけど」

 「部長の趣味が季節ごとに変わるのなら、今回は異例なんだよ。だって今年の夏は宇宙人だったはずだからさ。なのに、こんな微妙な季節に宇宙人から美少女ゲーへ。・・・何か臭わないか?」

 「さあねー。別に、ただ少し秋を先取りしてるだけなんじゃないの?」

 「俺は、違うと思う。・・・多分、部長は宇宙人を見つけてしまったんだ。」

 「・・・は?」

 俺はさらにまくし立てる。

 「つまり、渚くんこそ、宇宙人だったんだよ!そして、それを知った部長は宇宙人から興味を失った。あの人は一度求めたものにはこれでもかというほど執着するけど、そのモノ自体の真理を知ったとき、あの人は覚めるのも早いんだ」

 「あのさぁ・・・。どこからツっこんでいいか迷うけど・・・」

 「ツっこむ必要なんてないさ。全部、真実だし」

 俺はいたってマジメだ。

 「まず、どうして渚くんが宇宙人なわけ?・・・私には正直、普通の人にしか見えないわ。第一、部長が宇宙人を発見したのなら、どうしてそれを私たちに黙ってるのよ」

 「まあ待てって。これから真相を暴いてくるから。・・・それじゃあな!」

 「あ、こら!待ちなさい!!」

 俺は、颯爽と教室を後にした。


 「まったく・・・。なんなのよ、突然」

 「やあ、冬樹隊員。」

 「部長」

 そこには、やけにさわやかな顔をした部長が立っていた。

 この人がさわやかな顔をしているときって、見た目はハンサムで好少年な感じだけど、中身は悪い知恵を働かせているときなのだ。

 「何をしたんです?部長」

 「なにもしてはいないさ。・・・少し、パズルのピースを集めてやっただけで」

 「・・・はぁ」

 私はため息をつく。

 「少し、キッカケを与えてやったのだよ。次のキッカケを、ね」

 「あなたなんですね、部長。・・・大方、渚くんが宇宙人だという証拠をわざとらしく、それっぽく見せて、あなたは宇宙人から興味が無くなったフリでもしたんでしょ?部長、今のアナタの興味はどこに向いてるんですか?」

 「何を言ってるんだ。私の興味は、今も昔も涼太隊員へ一直線だ」

 「・・・部長、それ、何気に危ない発言です」

 「後は・・・。渚氏がどれだけ動くか、だが。・・・案外、本物だったりしてな」

 「何がです?・・・まさか本当に宇宙人だとでも?」

 私が部長の顔を覗き込むと、部長は満面の笑みを浮かべた。

 そこらの女子ならイチコロなそのスマイルを浮かべ。

 「涼太隊員だよ」

 私は、とりあえずカバンを持ってきて、それで部長の顔面を思い切り殴った。

 「ぶふぉっ!」

 「近藤が宇宙人なわけないでしょうがっ!」

 私は教室を後にした。


 10

 

 ある日。

 私が登校すると、そこには私の机が無かった。

 すぐに私は教室を出て、机を探した。

 すると、私のらしき机が中庭に出されていた。

 私は机を一人で運ぼうとした。

 そうしたら上から水が降ってきた。

 誰かが窓からバケツか何かを使ってかけてきたのだ。

 冷たかった。

 どうしようもないくらいに、冷たかった。

 すると彼がやってきて、黙って机を一緒に運んでくれた。

 うれしかった。

 家に帰ると、親同士が私のことでなにやら話しているようだった。

 お前がしっかりしないから、あなたがしっかりしないから。

 どうやら私のいじめられていることが原因でケンカしたみたいだった。

 私は、お父さんたちは悪くない、とは言い出せなかった。

 自分のせいでお父さんたちまで苦しんでいる。

 それが悲しかった。

 翌日。

 父さんは離婚届だけ残して家を出て行った。

 昨晩、私が眠っている間に何かあったのだろうか。

 私はお母さんに聞いたけど、お母さんは何も答えなかった。

 学校から帰ってくると、お母さんが倒れていた。

 自殺未遂。

 ガスの充満した部屋。横たわるお母さん。

 今でも、あの時の光景は目に焼きついていた。

 私は運命を呪った。

 どうして私だけがこんな目にあわなくてはいけないんだ、と。

 

 俺は、渚くんの後を追っていた。

 サヤ、という少女はいったい何者なのか。

 そして、渚くんとは本当にそういう関係なのか。

 なんでここまで渚くんに固執するかは自分でも分からなかった。

 だけど、どこか・・・彼と初めて話したときに、自分と同じにおいが一瞬、したのだ。

 何が、とか、どこがどう、とか、そういうのは説明できない。

 いわゆる直感だ。

 けど。

 「記者の勘ってやつは、だいたいあたるようにできてるんだよっ!」

 まだ一度も新聞部らしいことはしたことはなかったけど。

 俺は、ひさびさに全力で走った。


 サヤと合流して、俺とサヤは二人で目的地へと歩いていた。

 「暑いですねー、渚さん」

 「やめてくれ。暑いって言うから暑く感じるんだ」

 「それじゃあ、寒いって思えば、本当に寒く感じるんですかねー?」

 「さあな。少しは涼しくなるんじゃないか?」

 俺たちは、いつもどおりにくだらない会話に華を咲かせていた。

 確かにくだらないけど・・・悪くはない。

 サヤと話しているから。

 用は、話す内容なんてどうでもよくって。肝心なのは話す相手なんだ。

 しばらく雑談を交えて一緒に歩くと、目的地に着いた。

 大砲山を少し登ったところ。

 「おじいちゃん・・・。ドラマ、最終回良かったぞ」

 そう、おじいちゃんとおばあちゃんの眠っている墓のある墓地である。


 渚くんの後を追うと、すぐに彼とサヤちゃんが一緒に歩いている姿を発見した。

 俺は、見つからないように隠れて後を追う。

 なにやら二人は楽しそうに会話していて、本当に仲がよさそうだった。

 向かっている先は・・・大砲山か?

 「いよいよ怪しくなってきたぜぃ」

 俺は、胸の奥にざわめく何かをひっしりと噛み締めた。

 ああ、これが記者魂ってやつなのか・・・。

 すると、渚くんたちが急に止まったかと思うと、人気のない墓地へと入っていった。

 「墓・・・?」

 二人は、ひとつの墓の前に止まると手を合わせた。

 「・・・」

 なんだか自分が居たたまれなかった。

 渚くんは、ただサヤちゃんと一緒にお墓参りをしにきただけなのだ、と。

 罪悪感に支配され、俺はただ呆然と二人を見つめた。

 セミが鳴いている。

 それは、耳をふさぎたくなるくらいに、俺の頭の中に反響していた。

 夏は、まだ終わらない。

 ・・・そういえば、あの日も夏だったな。

 こんな風に、セミの鳴き声がうるさかったんだっけ。

 二人は、しばらくすると、こちらを向き、歩き出した。

 帰るようだ。

 俺も見つからないうちに帰ろう。

 そう思って、後ろを向く・・・と。

 「ん・・・?」

 なにやら怪しい人影が。

 近づくと、人影はこちらに気づかずに、じっと何かを見てるようだった。

 見ている先は・・・渚くんたち?

 「あの・・・」

 俺は人影に声をかけた。

 「えっ!あ、その!決してストーカーとかじゃないです!断じて違いますからっ!」

 まだ何も言ってないのに・・・。

 「何してたんですか?」

 よくよく見れば、人影は女の子のようだ。

 ・・・確か陸上部の・・・。

 「橋宮・・・蛍さん・・・でしたっけ?」

 「え、私の名前、知ってるの!?」

 「ええ、まあ。遊司くんが色々と普段から言ってるし」

 確か最近、遊司くんと付き合いだしたはずだ。

 「そう、遊司が・・・。このことは、アイツには内緒にしてね?」

 「は、はぁ・・・。まあ、いいですけど」

 「そのかわりに・・・そうね、アイス!おごってあげる!」

 「その・・・ありがとうございます」

 人の好意は無駄にはしない男、それが俺だ!

 というわけで、蛍さんの後を、意味も分からずに着いていく俺であった。


 11


 「・・・というわけなの」

 俺は、どういうわけか、蛍さんについていってアイスをおごって貰った後、蛍さんと渚くんの話を聞いていた。

 つまり、蛍さんは夏休み中、渚くんに振られてしまい、しかしまだあきらめきれずにストーカーまがいなことをしている・・・と。

 そういうことらしかった。

 「その・・・サヤちゃんは急に現れて、急に渚くんを奪っていったそうですね?」

 「そうなのよ!あの子・・・何の前触れもなしに現れて・・・!」

 俺は、どこか引っかかった。

 蛍さんが言うには、サヤちゃんと渚くんとの関係は不明、ただ二人が好き合っているということだけは確からしく、蛍さんもその間に入り込む余地を見出せずに今に当たるらしい。

 もう、はっきり言えば、さっさとあきらめてしまった方が懸命だと思う。

 蛍さんなら、美人だし、一部・・・というか丸田が会長を務めているファンクラブすらあるほどの人気なのだ。男には困らないはず。

 「どうして・・・渚くんなんですか?」

 俺は、疑問を口に出した。

 今でこそ周りと口を聞くようになったようだが、渚くんは昔、他人を拒絶していたそうだ。

 そんな彼を、どうして好きになったというのか。

 「実は・・・。みんなには内緒なんだけどね、私たちって幼馴染なの」

 「そうだったんですか。でも、話してる姿とか見かけないですけど・・・」

 「それはね、昔、渚が私とある約束をしたからで・・・」

 その約束、というものはこうだ。

 学校にいる間は、渚くんに話しかけても、触れてもいけない。他人のフリをしろ。

 これは、昔、あまりにも蛍さんがベッタリしすぎていて、中学時代に、とある噂が広まってしまったことから、らしい。

 詳しくは分からないが、まあ当然の処置なのだろう。

 まさか蛍さんが、ここまで渚くんLOVE!な人だとは思わなかったが、今なら納得できる。

 彼女の、渚くんのことを話す時の顔を見ていれば、分かってしまうというものだ。

 常日頃から観察眼は養っておけ、との部長からの言葉を俺は律儀に守り続けていた。

 「どうしてもあきらめられないんですか?・・・俺が言うまでもないと思いますけど、蛍さんはモテるでしょう?今から、渚くんのことはスッパリとあきらめて、遊司くんあたりに乗り換えるとか、ダメなんですか?」

 俺の問いに対して、

 「そんなの・・・!・・・できたら、とっくにそうしてる。それができないから困ってるの、苦しいの!」

 あらかた想像通りの回答だった。

 そう、そうなんだよ。

 想いってのは、自分の思い通りにならないものなんだよ。

 「なら・・・どうするんです?」

 「どうするって・・・どうしようも・・・ないじゃない・・・。渚にはサヤちゃんがいるんだから・・・」

 「だからって、こうやっていつまでも引きずり続けるつもりなんですか?そんなの、あんまり、というか駄目ですよ。なんの解決にもならないし、何より蛍さんのためにならないし、渚くんのためにもならない。・・・サヤちゃんのためにも、ね」

 「じゃあ、どうしたらいいっていうの!?」

 そして、俺は言った。

 「俺と付き合いませんか?蛍さん」

 「・・・は?」

 きょとん、とした顔をした後に、蛍さんは。

 「はははっ!すごいプロポーズの仕方だね!私、今まで結構いろんなプロポーズ見てきたけど、初めてだよっ!」

 大笑いしていた。

 俺も釣られて笑った。

 二人で笑いあった。

 「それで、返事はどうなんですか?」

 俺が聞くと、

 「まずはその敬語をやめましょう。それと、私のことは蛍って呼んで」

 「分かりました」

 「それじゃ行こっか。・・・彼氏さん♪」

 

 12


 私は、ある伝説を思い出した。

 どこから聞いたかは覚えていない。

 大砲山にある大樹に願い事をすると、その願いをかなえてくれる、という伝説だ。

 しかし、願いには代償が必要らしかった。

 でも、私はこれ以上苦しむより、代償くらい払ってもいいからこの状況から抜け出したかった。

 だから樹へ向かった。

 山を登っていって・・・。

 着いた場所には・・・。

 彼がいたのだった。


 「どどど、どういうことよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 私は叫んだ。

 おおいに叫んだ。

 周りの人間の目なんか気にする間もなく、叫んだ。

 「なんでアンタが橋宮さんとつつ、付き合っちゃうわけ!?なんでそこでそうなるのよっ!?」

 次の日。

 私は教室にて、いつもと同じように昇竜くんに話しかけていた近藤を捕まえたところ、突然「あ、俺、橋宮 蛍と付き合うことになったから」という衝撃の告白をされた。あっさりと。

 「昨日、いろいろあってさ。俺が力になれると思ったから・・・」

 「はぁ!?どうしてアンタが橋宮さんと付き合うことで彼女の力になるっていうのよ!」

 「いや、だからいろいろあったんだって」

 「納得できない!!」

 「なんでお前の了承がいるんだよ。いいだろ、別に、俺が誰と付き合おうが」

 「よくない!私には、アンタにそこらの女の子が騙されてしまわないようにする義務があるの!」

 「騙してなんてないぞ!俺は!」

 「とにかくっ!ちゃんと事情を聞かして!」

 私は、近藤に詰め寄った。

 「じ、事情も何も・・・俺が蛍を好きだから。これじゃダメなのか?」

 「なっ・・・」

 私は言葉を失った。

 ・・・。

 「ばかぁっ!」

 「ぐふぉっ!」

 私は思いっきり近藤の頬をぶったたいた後、教室を出て行った。


 「いってぇ・・・」

 「大丈夫か?」

 「ありがとう、渚くん。でも心配いらないよ。もう慣れた」

 アイツに叩かれるのなんて日常茶飯事さ。

 「慣れって怖いな。・・・それにしても驚いたぞ。まさかお前が蛍のやつと付き合うなんてな。・・・てか、知り合いだったんだな」

 「いや~、うん、まあね」

 君を尾行して知り合いました。昨日。

 「でも・・・よく遊司が許した・・・というか、遊司はこのことを知ってるのか?」

 「えっと・・・どうだろう?」

 遊司くんかぁ・・・最近会ってないなぁ。

 「・・・お前、本当に蛍のことが好きなのか?」

 「え、何を言ってるんだい?当たり前じゃないか」

 「・・・本当にか?俺にはお前が嘘をついているように見える。もし好きでもないのにアイツに近づいたっていうなら」

 渚くんは、今までに見せたこともないような顔をした。

 「俺はお前を許さないからな」

 「・・・肝に銘じておくよ」

 ・・・ああ。

 俺、死んじゃうのかな・・・。

 本当にそう思うほど、今の渚くんは怖かった。

 俺は昨日、蛍に告白した。

 なぜかって?

 ・・・きまぐれ、っていうのもあったけど。

 彼女は、あのままじゃダメだと思ったから。

 本音を言えばそう。

 あのまま渚くんにばかり依存していてはいけない。絶対に。

 それには、他の男を知る必要があると思った。

 でも、なかなか他の男には目も向けないほど渚くんのことが好きだったみたいだった。

 だから俺が告白しても、だめなんじゃないかなーと思ったけど・・・なんかイケた。

 ので、告白したからには俺はやることはやろうと思う。

 頑張って彼女の彼氏になるんだ。ただ名ばかりの彼氏ではなく、本物の。

 それで、渚くんのことを忘れさせてあげるんだ。

 いつまでも過去に縛られちゃいけない。

 ・・・なんて皮肉なんだろうなぁ。

 自分自身が過去に縛られてる男のくせに。

 俺は自己嫌悪に陥って・・・午後の授業はサボった。


 13


 昔から俺は人が困っていたら放っておけない性格だった。

 そして今も。

 そういう性分に生まれてきたんだし、しょうがない。

 まあ、知り合いが困ってたら助けるのは当たり前だろ?それが赤の他人だったとしたら、それは、その知り合いに助けてもらうとして。

 そういう風に皆がみんな、生きていけたら世界はもっと平和だろうに。

 渚くんに興味を持ち。

 後をつけ。

 蛍に出会い。

 そして今。

 なんだか、ここ最近で色々あった気がした。気のせいかもしれないけど。

 いや、気のせいなんかじゃないな・・・。実際に、いろいろあった。

 それは、単なる出来事として、じゃなくて、俺の中で確かにそれはひとつひとつ影響を与えた。

 なにかを変えてくれた気がした。それこそ気のせいかもしれないけど。

 渚くんは、きっと今まで興味を持つものに出会えなかったのかもしれない。

 そして、サヤちゃんに出会って変わったんだろう。

 きっとそうだ。

 ・・・なら。

 俺を変えてくれるのは?

 もしかして、もう変わったの?

 既に変わってるの?

 答えは分からないまま、セミの鳴き声は無性にさびしく。

 俺の耳にうっとうしいくらいに鳴り響いた。


 突然、部長が言い出した。

 「大砲山に秘密基地を作ったのは覚えているだろう?今日は、あそこに集合だ」

 何の用かは知らないけど、別に用事も無かったので行くことにした。

 大砲山の秘密基地。

 前に部長が、この山に宇宙人が降り立っている、UFOがこの山に下りていくのをみた、という噂を聞いて、急遽、建造した。

 造りは割と良くできていて、きちんとした山小屋だ。

 これが部長の自作だというのだからたいしたものだ。

 なんで大工ができるのかは知らないけど、こんなことやってないで、そっち関係の仕事に就いたほうがいいと思う。

 「それで、何の用なんですか?」

 「いや、これといって用事は、無い。ただ青春したいな、と思ってな」

 「せい・・・しゅん?」

 ・・・今度は青春か。

 「なぜですか?」

 「一度きりの高校2年の夏が今、過ぎようとしているのだぞ?涼太隊員には、なにか思うところは無いのか?そのまま無気力に生きていくのか?何も思わず、何も感じず?ただ闇雲に?」

 「それは・・・」

 そんなの分かっていた。

 「自分がどう思っているのかは、その自分自身がよく知っている。ただ、それを認めるか否かで天と地の差が生まれる。悩むことも青春。問題なのは、青春を悩むことなく生きること」

 ・・・部長は何が言いたいのだろうか。

 「一言で言えば、愛だよ涼太隊員。青年なら青年らしく恋をしろ!」

 「・・・それはどういう・・・?」

 「私は今、恋をしている。どうだ、涼太隊員。私についてこれば、この日本から消費税を消してやろう」

 ・・・何気にすごいな、それ。

 「それは・・・部長が俺のこと好き、って受け止めてもいいんですか?」

 俺が冗談まじりに聞くと、

 「かもしれんな」

 といって笑い出した。

 ・・・いや、ぜんぜん笑えないです。それ。

 「青春と言えば、なんだろうな、涼太隊員」

 「青春ですか?・・・そうですね・・・」

 少し考えた後、

 「夕日に向かってバカやろーっ!とかですかね?・・・後は、告白の時に花火がちょうど上がって、「好きだ」って言ったのが相手に伝わらなかったりして。それで、後は勇気がなくなって、結局もういえなくて、それでそのままうやむやになっちゃうやつとか」

 「うむ。涼太隊員は意外と古典的なのが好きなのだな」

 「放っておいてください」

 部長がどうしたのだろうか。

 最近、どうも部長が読めない。

 ・・・いや、もとから読めない人なんだけどさ。

 「ありがとう。今日は楽しかった」

 「え、もう帰るんですか?」

 「まあな。やることもできたし」

 「・・・そうですか」

 勝手な人だ。

 呼んでおきながら雑談したら帰らせる。

 ・・・まあ、そういう人なんだけどね。

 ということで、その日はおとなしく帰った。


 14


 「ちょっと近藤、ツラァ貸せや」

 「ああ」

 俺は次の日、遊司くんに呼び出された。

 そして言われるがままに屋上へとついていく。

 そして何も言わずに遊司くんは俺を思い切りブン殴った。

 「ってぇ・・・」

 「なんで殴られたか、なんてことは分かってるよね」

 「・・・うん」

 分かりきってることだ。

 「近藤。・・・正直、俺は別に他の男の子と蛍ちゃんが付き合ったことにキレているわけじゃないんだ。・・・わかる?」

 「・・・うん」

 「だったら・・・分かるよね?」

 「・・・それは・・・」

 遊司くんは、きっと俺が蛍のことを好きじゃないのを知っている。そういう人だ。

 だからこそ怒ってる。

 本気で恋をしているからこそ。

 「でもさ、恋愛って付き合いはじめたらそれは恋から愛に変わっちゃうよね。だから俺は、あえて距離を置いて接してきたんだよ。ちゃんとした形で恋から愛に。ちゃんと渚のことを引きずらないようにね。それを君は・・・」

 「俺は・・・っ!・・・遊司くんならお見通しだよね、俺が蛍ちゃんと、どうして付き合ったのかなんて」

 「うん。・・・それを知ったうえで怒ってるよ」

 遊司くんは俺の胸倉を掴んだ。

 「君は蛍ちゃんを、愛していない。それじゃ意味がないんだよ」

 「・・・愛のない付き合いじゃ、埋められないっていうの?」

 「そうだよ。だから俺は・・・」

 そこで俺は遊司くんの腕を掴んだ。

 「そんなの分からないじゃないか。愛が無くったって、時間がそこを埋めてくれるかもしれない。昔のことなんてキレイさっぱりに消し去ってくれるかもしれない。俺はそう思う」

 「・・・それじゃあ、近藤。お前の気持ちはどうなんだ?」

 「俺の?」

 「お前は・・・好きでもない奴と付き合い続けられるのか?」

 「やってみせる」

 俺は力強く言った。

 「どうしてそこまで蛍ちゃんのために自分の身を犠牲にできる?」

 「そういう性分なんだよ、昔から。これは時間が経っても直らないから本当に困ってるんだけどね。しょうがないから真っ向から向かい合ってるんだよ」

 「そうか。・・・でも、もし蛍ちゃんを泣かせるようなことをしたら・・・」

 遊司くんも、渚くんと同じように、今まで見たことも無いような顔をして見せた。

 「二度と表を歩けなくしてあげるよ」

 「・・・わかってる」

 そう、わかってるさ。

 

 15


 「近藤くん」

 「ああ、蛍」

 まだ呼びなれない名前に違和感を抱きつつも俺と蛍は歩きだした。

 放課後。

 俺たちは、あれから二人で下校していた。

 「どうしたの?その顔。・・・腫れてるよ?」

 「いや、何でもないよ。ただ転んだだけ」

 「ほんと?」

 「ああ、本当だよ」

 まだ少し痛む傷跡を、本当に心配した様子で見てくる蛍。

 ああ、可愛いだけじゃなくて本当にいい子なんだなー。

 こんな子と付き合ってるのか・・・俺は。

 「なんだかもったいない気がするなー」

 「ん?何が?」

 「いや、蛍なら俺よりもっといい男から、いくらでも告白されたことあるだろうってさ」

 「うーん・・・」

 少し考え込んだ後に、蛍は言った。

 「近藤くんはさ、ちゃんと私を見て告白してくれたでしょ?他の人たちはさ、私の表側しかみていない。本当の部分を見ていないんだよ。でも近藤くんからは、そんな感じがしたの。ちゃんと本質?みたいなものを見てくれてるって」

 きっと日ごろから観察眼を鍛えている俺だからこそ、本質を見ているように見えた・・・のか?

 「じゃあ渚くんは蛍のこと、きちんと分かってるのかな」

 俺が言うと。

 「当たり前でしょ。・・・いったい何年あのバカと一緒だったと思ってんのよ」

 愚問・・・だったかね。

 こりゃあ時間がかかりそうだ。

 ・・・これからゆっくりと埋めていけばいいさ。

 夕日に染まる坂を二人で歩いている。

 なんだか、とってもロマンチックだ。

 「俺じゃ・・・渚くんの代わりにはなれない・・・かな」

 俺はつぶやいた。

 「えっ?」

 驚いたといった様子でこちらを見た後、蛍は言った。

 「きっとさ、誰もその人の代わりなんてつとまらないと思う。だって、その人じゃないんだし。だったらさ、こうやって・・・ごまかすのも悪くないやーって。でもね、それじゃ渚の代わりにはなれないし。だから君が渚の代わりになんて、なれっこないんだよ。事実、君が渚の代わりになることなんてないよ」

 だって・・・。

 と、蛍は続け、

 「君は君でしょ?」

 笑った。

 ・・・。

 そうだ。

 俺は何を勘違いしていたのだろうか。

 時が解決?・・・そんなもの、本当の解決なんかじゃない。

 偽りの愛なんかで、渚くんの代わりを埋めてあげようなんて考え、間違ってた。

 第一、俺は蛍のことを好きでもないのに告白した。

 考えてみれば失礼だ。

 「ねえ、蛍」

 「ん?」

 「俺たち、別れよう」

 「うん。・・・そのほうがお互いのためだしね」

 「そのかわり・・・」

 俺は言葉を続けた。

 「本当に君のことが好きになった。だからまた。いつか、君に告白する」

 「えっと・・・こういうときってなんて返せばいいか分からないけど・・・分かった。待ってる」

 「それじゃ・・・行くところあるから。・・・じゃあねっ!」

 「うん、バイバイ!」

 行くところなんて決まってる。

 行こう・・・渚くんの家へ!


 私は前々から用意していたあるモノが完成したか確認しに行った。

 近所に住むゲンさん。

 今年で80歳になる、とあるモノを作るのに関しては誰にもゆずらないご老人だ。

 その道50年は伊達じゃない。

 私は何かに熱中している様子のゲンさんに後ろから話しかけた。

 「ゲンさん。完成しただろうか?」

 「おう、お前さんかい。・・・けっ、このゲンさまを舐めてもらっちゃ困るぜ!まだまだ現役よっ!・・・まあ、さすがにこんなに急ピッチで作るのには苦労したけどよぉ」

 「ああ、無理を言ってすまない。でも必要なのだ」

 「何、お前さんには色々と世話になってるからな。これくらい、いいってことよ。お代はキチンと貰ったんだしな」

 ・・・さすがゲンさんだ。

 これで私の思惑通りに事が進めばいいのだが・・・。


 16


 渚くんの家は知っていた。

 新聞部たるもの、いかなる情報も逃さず聞き取るべし、との部長の言葉が役に立った。

 俺は、渚くんの家に着くと、すぐさまドアを開けて中に入った。

 「おじゃましまーす、近藤でーす!」

 俺が入ると、目の前にはサヤちゃんの姿があった。

 そして・・・。

 「部長・・・?なんで・・・?」

 「やあ、涼太隊員」

 そこには、なぜか部長の姿があった。

 

 「それで結局。橋宮殿とは別れたわけか」

 「はい。・・・色々と、遊司くんや渚くんに言われまして・・・。それで蛍の話を聞いていたら自分のしていたことが間違ってるって気づいて・・・」

 「そうだな。自己犠牲の心は素晴らしいとは思う。・・・思うが、その人に好意を抱いていないのにその人と恋仲になる、という行為自体が間違っていたということだな。それに、橋宮殿は、あれで結構しっかりしている。涼太隊員が何もしないでも何とかなったかもしれない」

 俺は、なぜか渚くんの家で部長に報告をしていた。

 「これ、良かったらどうぞ」

 「ああ、どうも」

 サヤちゃんがお茶を出してくれた。

 ありがたく飲む。

 ・・・って。

 「なんで部長がここに?渚くんはどこですか?」

 「私がここにいるのは、宇宙人の正体を知るためさ」

 「宇宙人・・・?」

 なんだ、この人・・・突然何を言って・・・。

 「私は、涼太隊員。・・・君が宇宙人なんじゃないかと思っている」

 「・・・」

 ・・・。

 「は?」

 

 彼は、樹にお願いをしていたのだ。

 私には気づいていない様子の彼は、樹に語りかけた。

 「俺は、他人が不幸になっているのを見るのが嫌なんだ・・・。

 アイツが・・・。

 帝の奴が苦しんでいるんだ。

 俺のことはどうだっていい。

 俺が代わりにイジメられたっていい。

 なんだったら・・・俺から野球を奪ったっていい!

 だから・・・たのむ。アイツを幸せにしてやってくれ」

 彼が言うと、樹は願いを聞き届けたように、光りだした。

 とてもとても暖かい光で・・・。

 私は涙を流した。

 ああ・・・。

 こいつは、こういうやつなんだな、って。

 自分を犠牲にしてまで他人を助けてくれるような・・・そんなお人よしなんだなって。

 そして、イジメの主犯格だった女の子が転校して私はイジめられなくなり、お母さんも順調に回復した。

 そして・・・。


 彼は野球を失った。


 17


 「とりあえず涼太隊員が宇宙人かどうか、は置いておくとして。冬樹隊員の所へ行こう」

 「いやいや、なんで俺が宇宙人なんですか・・・それよりも、帝のところって・・・どこですか?」

 分からないことだらけだった。

 部長は、黙って外へと出て行く。ついてこい、ということだろう。

 俺は、部長についていくことにした。

 なぜかサヤちゃんもついてきた。

 「サヤちゃんは来なくてもいいよ」俺が言うと、

 「いえ。・・・多分、私にも関係あることだと思いますから」と言った。

 サヤちゃんが関係すること・・・。思いつかなかった。

 

 私は大砲山へ来ていた。

 ・・・決まっている。

 近藤と橋宮さんとの仲を・・・引き裂くためだ。

 彼はお人よしだ。

 きっと今回も、なにかわけがあったのかもしれない。

 だけど・・・。

 私は不安だったのだ。

 彼が・・・他の子にとられてしまう。

 そんなの嫌だった。

 彼は、いつまでたっても私の気持ちに気づいてくれない。

 ・・・だから。

 私は、樹に願うことにしたのだ。

 私は樹の元へ向かった。

 ・・・すると、そこには予想外の人物がいたのだった。

 「・・・橋宮・・・さん?」


 俺は大砲山へと向かっていた。

 蛍のやつが山へ向かうのを見たからだった。

 ・・・まさか。・・・まさか、な。

 蛍が、そんなことをするわけがない。

 あいつは強い奴だ。

 ・・・だけど。

 俺に悪い予感がよぎった。

 忘れちゃいないさ。

 俺の悪い予感が、だいたい当たるってことくらい。


 「この状況・・・あなたは予想していたナリか?」

 丸田の質問に対して、俺が答えた。

 「いや、まったく」

 「そのわりには落ち着いてる様子ナリよ?」

 「・・・まあね。・・・俺は、蛍ちゃんを信じてるし、渚も。・・・近藤のことだって信じてるからね。・・・それに」

 俺は続けた。アイスを丸田に向けて突きつけて。

 「部長がいるし、なんとかしてくれるさ」

 

 18


 「橋宮・・・さん?」

 「え・・・確か・・・冬樹さん・・・?」

 私は困惑した。

 よりにもよって、一番会いたくない人に、会いたくない場所で会ったのだから。

 「どうして・・・ここに?」私が聞くと。

 「私は・・・願いを叶えに来たのよ」と、彼女は答えてくれた。

 「願い・・・?」

 近藤と付き合っておきながら・・・この女は今更何を願うっていうんだろう。

 私なら、近藤以外に、何もいらない。

 「そう。・・・あなたとは話したこともないのに・・・なんだか不思議ね。私と同じ感じがする」

 「・・・同じ?」

 私は、怒った。

 「どこがですか・・・あなたは私の一番欲しいものを手にしている。それでよくもそんなことを言うことができますね!」

 「一番欲しいもの・・・?」

 私は、全てを吐き出した。

 「あなたは・・・近藤を私から奪っていった!近藤は私をいつも助けてくれた!私は近藤のことが好きだった!それをあなたが邪魔をした!」

 「え・・・」

 「私は、近藤と話している時が幸せなの!素直になんかなれないから・・・暴力振るっちゃったりしちゃうけど・・・それでも好きなの!どうしようもないくらいに好きなの!あなたになんか絶対に負けないくらいに近藤が好きなのよっ!!」

 言った。

 言ってしまった。

 本人にすら言ってないことを、初対面の人に。

 「・・・冬樹さん。あなた、勘違いしてるよ?」

 「え・・・?」

 橋宮さんは、優しく微笑んだ。

 「私は近藤くんと別れた。さっき、ね。・・・どうしてもアイツのこと、忘れられなくてさ。・・・君の気持ち、分かるよ。横から急に出てきた女に、大好きな人をとられる気持ち。私も同じだから」

 「・・・え?」

 「私もね。・・・渚のことが好きだった。・・・だけど、先越されちゃった。サヤちゃんに」

 ・・・私は。

 「だから同じ。私とあなた。やっぱり私の感じたことは正しかった」

 「えっと・・・その・・・」

 橋宮さんは言った。

 「私たち、似たもの同士・・・仲良くできそうだねっ」

 私は・・・。

 「・・・はい!」

 橋宮さんと同じように、にっこり微笑んだ。

 「なんだかスッキリしました。橋宮さんのおかげで」

 「こっちも。・・・願いの叶う樹にお願いしてアイツの心を振り向かせたって・・・むなしいだけって、気づいたよ。やっぱりこういうのは自分で何とかしないと、ね!」

 二人で笑いあった。

 

 「彼女は今、願いの叶う樹の元へいる」

 「願いの・・・それって大砲山の・・・」

 「ああ」

 部長は、真剣な表情のまま言う。

 「あの伝説が本物なら・・・彼女は、間違いを犯すことになるだろう」

 「間違いを・・・?」

 ・・・いったいどんな間違いを?帝が?

 「とにかく、一刻を争うのだ。・・・あの二人はどうも似ていると思っていたが・・・まさかな」

 部長が途中で小声で何かをいったようだけど、何を言ったのかまでは分からなかった。

 「・・・分かりました」

 俺と部長とサヤちゃん、3人で走る。

 すると前の方に、これまた予想外の人物が走っていた。

 「渚くんっ!」

 「近藤かっ・・・ってサヤも?なんで一緒に・・・」

 「今はそんなことはいいだろう?昇竜殿。それよりも、彼女が樹の元にいるんじゃないのか?」

 「なっ・・・アンタは誰だ?」

 渚くんが部長に言うと。

 「部長。今日もただの部長さ」

 そして、俺たちは渚くんと合流して、樹のもとへと向かった。

 ・・・そこで。

 俺は・・・。

 もうすっかり夜だった。


 話し声が聞こえた。

 なんだか女の子ふたりで、一人が怒鳴っていた。

 近づいてよく耳を澄ませた。

 『私は近藤のことが好きだった!』

 よく・・・聞き覚えのある声だった。

 声の主は続けた。

 『私は、近藤と話している時が幸せなの!素直になんかなれないから・・・暴力振るっちゃったりしちゃうけど・・・それでも好きなの!どうしようもないくらいに好きなの!あなたになんか絶対に負けないくらいに近藤が好きなのよっ!!』

 その真っ直ぐすぎる気持ちは・・・俺の胸に深く突き刺さった。

 ・・・ぜんぜん知らなかった。

 自分が一番知っている相手のことを。

 誰よりも近くにいた、い続けてくれた彼女のことを。

 もう一人の女の子も何かを言ったようだ。

 俺の耳には入らなかった。

 それどころじゃなかった。

 彼女の言葉を聴いて、となりの渚くんも苦しげな表情を見せた。

 となりのサヤちゃんは、それを心配そうに見ている。

 部長は・・・。

 あれ、どこにいったんだ?部長・・・。

 そんなことを漠然と考えていると。

 「誰かいる・・・っ!!!・・・近藤・・・!どうして・・・」

 帝がこちらに気づいた。

 「渚・・・」

 「蛍・・・」

 渚くんたちも、俺たちと同じような感じだ。

 俺は、一瞬、どうすれば迷った後、一歩前へ踏み出た。

 「帝」

 「やめて。・・・何も言わないで。分かってる・・・近藤が誰を好きで、私なんか気にかけてないことくらい。これだけ付き合いが長いんだから分かってる」

 「お、俺は・・・!」

 「やめてっ!!」

 帝は痛々しく叫んだ。

 「私はね・・・この樹に、願いの叶う樹に、近藤が私のことを好きになってくれるように願うつもりだったんだよ・・・?・・・そんな、人の気持ちを平気で踏みにじるような女なの。近藤も、こんな女なんか嫌だよね・・・?」

 「・・・帝。・・・確かに、それは絶対にいけないことだ。人の気持ちを勝手に変えるなんてこと。だけど・・・今までお前の気持ちに気づいてやれなかった俺も・・・悪い。すまない」

 「なんで謝るのよ・・・。近藤は悪くない。・・・いつもそう。そうやって全部、自分で抱え込んで・・・」

 「お、俺はっ!」

 帝は俺の言葉をさえぎった。

 「分かってる。・・・他人が傷ついたり、困ってたりするのを放っておけないんでしょ?」

 「・・・ああ」

 「アンタは・・・お人よしすぎるのよ。橋宮さんとだって・・・本当は人助けのつもりで付き合った・・・そうでしょ?・・・それで・・・」

 「ああ・・・お前の思うとおりだ」

 「・・・本当にバカ。どうしようもないくらいに、バカ」

 胸に突き刺さって痛かった。

 ・・・だが事実だ。

 俺はバカだ。

 そのとなりでは、渚くんと蛍が話をしていた。

 「蛍・・・。お前は強い奴だ。だから、たとえこの樹へ来たとしても、自分勝手な願いを叶えてもらうようなことはしないと信じていた」

 「私は強くなんてないよ、渚。・・・本当に弱くて。渚がいないと今でも簡単に折れちゃうよ」

 「蛍。・・・俺は、お前の気持ちには答えてやれない。俺なんかをいつまでも好きでいてくれるのは本当に嬉しい。だけど・・・俺はサヤ以外に考えられない」

 「・・・そう言うと思ったよ。渚は本当にサヤちゃんのことが好きなんだね」

 「ああ。愛してる」

 すると、となりで見ているだけだったサヤちゃんが、

 「私もです、渚さん」

 それだけ言って、サヤちゃんは笑った。

 「あーあ・・・振られちゃったかぁ」

 蛍は、そう言って、そっぽ向いた。

 顔はよく見えなかったけど・・・たぶん、泣いていた。

 「帝。・・・俺は蛍のことが・・・」

 そういいかけて、俺は思いとどまった。

 ・・・本当にいいのか?それで。

 蛍は、確かに傷ついた今なら俺が告白でもすれば簡単にOKを出してくれるかもしれない。

 だけど・・・。

 もし仮にそうだとしても。

 帝はどうなるんだ・・・?

 きっとすごいショックだろう。

 それこそ、昔のような帝にまた戻ってしまうかもしれない。

 誰にも心を開くことのない、あの頃の帝へ。

 やっと、ここまで普通に人と会話できるように、今ではクラスメイトからも頼られるような存在にまでなったのだ。

 それを俺は・・・。

 また、元に戻ってしまうかもしれないのに・・・。

 その時___

 バーン!

 「・・・これは」

 それは、とてもキレイな・・・。

 もうすっかり辺りが暗くなっていて、それはとても鮮明に夜空に映し出された。

 「花・・・火?」帝が空を見上げて言った。

 そう、花火だった。

 最初の一発があがると、すぐにまた何発もあがった。

 色とりどりの花たちが、夜空に舞って消えていく。

 そして、どこからともなく部長が現れた。

 「部長・・・どこに行って・・・まさか、この花火・・・」

 「さすがにかなりの費用がかかってしまったぞ、涼太隊員。・・・さあ、涼太隊員よ。青春してるか?」

 いつしか、部長と秘密基地で交わした会話を思い出す。

 俺はその言葉に。

 「・・・はい!」

 強く頷いた。

 これが青春だ。

 そうさ・・・。

 自分の気持ちに正直にならなきゃ、青春は!

 「帝!俺は蛍のことがっ!好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 叫んだ。

 花火に負けないくらいに。叫んだ。

 蛍はこちらに振り向くと。

 ___笑った。

 とてもいい笑顔だった。

 俺は、それがOKということなのかどうか判断に迷ったけど・・・。

 「はははっ!」

 とりあえず笑った。

 なんだかバカらしかったからだ。

 こんなに悩んだり、苦しんだり。

 いろいろとすれ違ったりもした。

 それが・・・なんだか無性にバカらしく思えたからだ。

 そして同時に・・・。

 ああ、俺も無気力に生きてきたわけじゃないんだ、とも気づけたからだ。

 最後の花火が打ちあがり、消えていった。

 静まり返る大砲山。

 部長の姿はもうなかった。

 ・・・ありがとう、部長。

 そして、俺は蛍の元へと近づいた。

 「いつかまた告白するって言って・・・こんなときにするのもどうかと思った。だけど・・・。俺は蛍のことが好きだ」

 言った。

 後ろには帝がいる。

 それも承知で。言ったのだ。

 「そっか。・・・なんだかモテモテだなー、私」

 蛍は腕を交差させて伸びをした。

 「まぁ・・・涼太くんなら・・・いいかな」

 「えっ・・・」

 俺は半信半疑で聞き返した。

 「今、なんて・・・?」

 「涼太くんならいいかなって言ったの。私は・・・渚のことをあきらめたくなかった。・・・でもそれは半分、意地になってただけなのかも。サヤちゃんに・・・取られちゃうのが嫌だっただけ。・・・私は渚に依存しようとしていたの。だから・・・」

 「蛍・・・」

 「私なんかでよければ、喜んで。お付き合いさせていただきます」

 「・・・」

 俺は・・・。

 後ろを向く。

 そこには涙をため、必死に泣くのをガマンした姿の帝がいた。

 俺は・・・お人よしだ。

 でも、今日はじめて。俺は自分自身の意思で動いた。

 はじめて人を傷つけたのだ。

 「帝」

 「・・・なによっ」

 「俺は・・・」

 言いかけたところで、帝が大声でさえぎった。

 「慰めなんかいらないっ!わ、私はっ!アンタが誰を好きだろうが、ずっと私はアンタのことを好きでいてやるっ!歳をとって、アンタがおじいちゃんになっても!ずっとアンタのところ好きでいてやるんだからっ!!か、覚悟してなさいよっ!!」

 そう言って帝は走り出した。

 「帝っ!!」

 「涼太くん。・・・今は一人にさせてあげましょ」

 「でも・・・」

 「大丈夫だよ。冬樹さんは強い。それは、あなたが一番よく知ってることでしょ?」

 「・・・そうだな」

 帝はどこかへ消えてしまった。

 悪いことをした。

 だけど・・・。

 どうしようもないんだ。

 俺が犠牲になる。

 そういうのもアリだ、という考えもよぎった。

 だけど・・・。

 『お前は・・・好きでもない奴と付き合い続けられるのか?』

 あの時、遊司くんの言ったセリフが急に頭の中に浮かんだのだ。

 結局、人と付き合う、ということは、その相手を本当に好きでいないと長くは続かない。

 確かに帝のことは好きだ。

 だけど、それは異性として、じゃない。

 ・・・そういうことなんだ。

 たとえ形だけ、うわべだけで付き合っていたとしても、本当の、心の奥底の部分で通じ合ってないカップルなんて、そんなのただの見せ掛け。見掛け倒しってこと。

 そんな形でなんて、帝と付き合いたくなかった。

 そんな形で彼女の思いに応えられるはずがなかった。

 俺は・・・知ったんだ。

 人と人の付き合いは偽りじゃ埋められない、そう・・・言うならば愛が無ければ意味がないのだ。

 なんて・・・ちょっと俺らしくないかんじだけど。

 こういうのも悪くない。そう、思った。


 19


 「思惑どおり・・・ですか、部長」

 俺がとなりの部長に聞いた。

 「む、なんのことかな。遊司隊員」

 「まあ、いいですけどね。・・・俺は蛍ちゃんが幸せならそれで」

 そう言うと部長は笑った。

 「はははっ!何を言ってるんだい、君は。・・・ガマン、しきれてないぞ」

 「・・・分かりますかね?やっぱり」

 「当然だ。私くらいになれば、人の感情を読みとることくらい朝飯前だ。遊司隊員は、後悔している。・・・違うか?」

 部長の問いに俺は。

 「半分正解ですね。・・・俺じゃ渚の代わりにはなれなかった。・・・そして近藤は違った。近藤は渚の代わり、としてではなく、近藤自身として蛍ちゃんに接した。・・・俺の負けです」

 「ほう。・・・いいのか?そんな簡単にあきらめて」

 「あきらめたわけじゃないですよ」

 俺は一個120円のアイスを舐めた。

 「言ったでしょ。俺は蛍ちゃんの幸せな姿さえ見れればいいんです。それだけでおなかいっぱいですよ」

 「・・・変わってるな、遊司隊員」

 部長は俺と同じ120円のアイスをしゃぶる。

 「人は、愛したものに対しては独占したくなるものだと聞く。・・・だが、お前はそうじゃないらしい」

 「愛のカタチは人それぞれってことですよ、部長」

 「なるほど。それは興味深いな」

 「はははっ。違いありませんね」


 20


 ワタクシは、ずっとあいつらを観察していた。

 そう。

 ・・・それがワタクシに課された任務だったからだ。

 そして・・・。

 「ついに尻尾をだしたナリね・・・。兄さん、ワタクシはやりました」

 ワタクシは、一人、つぶやいた。

 これで兄さんの役に立てた。

 そして、それは世の中全て・・・全世界のためになることだった。

 「これで・・・あの樹を切り落とす計画が実行できますね、兄さん」

 ・・・そう。

 大砲山のあの樹が切り落とされる日も、そう遠くはない。

 そうすれば・・・世界の平和は守られるのだ。

 ワタクシは、そっと微笑んだ。


 ある日、俺は学校が終わると、真っ先に家に帰った。

 母さんに今日は早く帰って来いと朝に言われたからだ。

 「いったい何があるんでしょうね?」

 「母さんはサヤにも何があるか教えてなかったのか?」

 「はい。・・・何も聞いてません」

 ・・・いったいなんなのだろう。

 家に着くと、中から香ばしい香りがした。

 「これは・・・」

 家の中に入り、玄関で靴を脱いですぐに臭いの方向へ。

 するとそこには。

 「・・・パンだ」

 そう、そこにはいくつものパンがバスケットの中に入れられていた。

 「お帰りなさい、渚、サヤちゃん」

 「母さん・・・これって・・・」

 聞いたその時、台所の奥から父さんが顔を出した。

 「・・・私が焼いた」

 「これ・・・?父さんが・・・?」

 「・・・自信作だ。食べてみなさい」

 命令口調だったのが妙に笑えた。

 父さんは、照れた様子で、こっちをじっと見ている。

 俺はパンをひとつ、手にとって、口にした。

 形は不恰好だったけど。

 とても店に出せるような代物ではないけど。

 それでも・・・俺は言った。

 「・・・うん。おいしいよ」

 俺がそう言うと、

 「・・・あ、当たり前だ!・・・よかった」

 小声でそういうのを確かに聞こえた。

 確かに形も悪いし、間違ってもおいしいとは言いがたい。

 だけど、それには父さんの思いが伝わってきたのだ。

 パンを通して、父さんの努力とか・・・どんな思いで作ってくれたのか。

 それが体に伝わってきた。

 形には無くても、それはちゃんと俺に伝わったんだ。

 父さんは、ちゃんと夢を追っているんだ。

 自分の夢を。

 「あら・・・あなた、そんなこと言ってるけど一週間前から、これじゃ渚には食べさせられないだの、もっとうまく作らなきゃだの言ってたじゃないのよ」

 「ば、バカッ!お前は何をっ!」

 照れてる父さんを見るのは、とても不思議な気分だった。

 いつも堅物で、仕事にしか興味の無かった父さんが、今こうして恥ずかしそうに息子に自分の焼いたパンを食べさせている。

 それがとても、おかしくて・・・幸せだった。

 俺はサヤと二人で笑いあったのだった。

 

 完

どうも、あだち大家族です。


・・・めちゃくちゃ遅れてすみませんでした。

いや、これには訳があってですね・・・いや、何にも無いですけど。


さて、次の4話はもう少し早くにあげるので、どうかそれまで、このあだちを見捨てないでください。

・・・お願いですからね?


ではまた。

夏に会いましょう。

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