【証拠はいらない × ホラー】相談に来たはずの女性
事務所のドアが開いた。
「……相談、いいですか?」
入ってきた女性は、どこか怯えた顔をしていた。
俺はソファから体を起こす。
「どうぞ。愚痴でも人生相談でも歓迎」
女性は椅子に座り、すぐ言った。
「私……周りから忘れられるんです」
「忘れられる?」
「昨日話したことも、なかったことにされるんです」
ふと横を見ると、相棒は奥で電話に出ていた。
「勘違いじゃなく?」
「違います」
女性は首を振る。
「同僚も、友達も、家族も」
「昨日一緒にいたのに、今日には覚えてないって」
静かな部屋に、時計の音だけが響く。
「存在してないみたいに扱われるんです」
女性の声が震える。
「私、本当にここにいますよね?」
俺は、しばらく黙った。
「いるよ」
短く言う。
「ここに来て、話してる」
女性は、少しだけ安心したように笑った。
「……よかった」
しばらく話を聞き、
女性は何度も礼を言って帰っていった。
ドアが閉まる。
俺はコーヒーを飲む。
「解決したな」
相棒が怪訝そうな顔をする。
「……誰の話?」
「さっきの相談者」
「今日、相談なんてなかったわよ」
手が止まる。
「……は?」
「ずっと二人だけだったじゃない」
事務所は静かだ。
机の上を見る。
来訪者記録のノート。
今日のページは、白紙だった。
相棒が首をかしげる。
「誰の話してるの?」
沈黙。
窓の外を見る。
誰かがここに来ていた気がする。
話を聞いた気がする。
けれど――
証拠が、どこにもない。
だから。
もう、証拠はいらない。
そう思った瞬間。
机の上のスマホが震えた。
知らない番号からのメッセージ。
『今日は話を聞いてくれて、ありがとうございました』




