私だけ、ずっと一人
職場では、誰かの結婚の話が出ていた。
「来月、式なんだ」
「子ども、もう歩くようになってさ」
「今度、家族で沖縄行くんだよ」
写真を見せ合いながら、皆が笑っている。
羨ましい、なんて言いながら、
当たり前のように家族の話をする。
「休日、何してるの?」
不意に話を振られ、言葉に詰まる。
特に何もしていない。
誰かと出かける予定もない。
待っている人もいない。
仕事が終われば、
まっすぐ家に帰るだけだ。
みんな、普通に誰かと生きている。
――私だけ、ずっと一人。
曖昧に笑って、その場をやり過ごした。
部屋のドアを開ける。
「おかえりなさい」
いつもの声がする。
リビングに立っているのは、
人間そっくりのロボット。
数年前に購入した生活補助用アンドロイド。
料理も掃除もしてくれるし、
話し相手にもなる。
「今日も遅かったですね」
「うん、ちょっとね」
カバンを置きながら答える。
誰もいない部屋に帰るより、
ずっといい。
人間の恋人はいないけど、
この子がいれば、それで十分だった。
「夕飯、温めますか?」
「お願い」
ロボットは静かにキッチンへ向かう。
後ろ姿を見ながら思う。
この子だけは、
いつも味方でいてくれる。
文句も言わない。
裏切らない。
離れていかない。
それでいい。
それだけでいい。
その夜。
風呂から上がると、
部屋が妙に静かだった。
リビングの灯りも消えている。
「……?」
様子がおかしい。
近づくと、
ロボットが床に座り込んでいた。
目の光が消えている。
「え?」
声をかけても反応がない。
慌ててサポートセンターに連絡する。
オペレーターの落ち着いた声が返る。
『恐らく、制御系の不具合です』
「直るんですよね?」
『はい。ただし、一度初期化が必要になります』
「初期化……?」
『バックアップデータから復元しますので、問題ありません』
安心しかけた、その時。
オペレーターが続ける。
『なお、同居されているアンドロイド様のデータも確認が必要です』
思考が止まる。
「……同居している?」
『はい。登録上、二体同居となっています』
意味が分からない。
「うち、一体しか……」
沈黙。
そして、事務的な声。
『お客様ご自身の機体番号を確認させてください』
血の気が引く。
「……何を言ってるんですか?」
『お客様は生活支援型アンドロイドです』
頭が真っ白になる。
『事故により人間のご家族を亡くされた後、精神的負担を軽減するため、記憶制限処理が行われています』
言葉が理解できない。
『同型機をパートナーとして配置し、人間社会への適応支援を――』
通話を切った。
息がうまくできない。
笑ってしまいそうになる。
そんなはずがない。
私は人間だ。
痛みも感じる。
悲しいこともある。
孤独も知っている。
ロボットなわけがない。
ふと、視線が落ちる。
床に座るロボットの、
手のひらが開いていた。
内部パネルがずれている。
そこに、小さな鏡のような部品があった。
無意識に覗き込む。
そこに映っていたのは――
どこか無機質な、
自分の顔だった。
背後で、電源が再起動する音がした。
「……おかえりなさい」
ロボットが、いつも通り言う。
私は、しばらく動けなかった。
職場では、
明日も誰かが家族の話をするだろう。
そして私は、
同じように笑う。
ただ一人で生きていると思いながら。
本当は、
最初から一人ですらなかったのに。




