詐欺漢(苦笑)
〈春近く着膨れ恥ぢるゆとりあり 涙次〉
【ⅰ】
牧野舊崇と、* その新妻・尊子、そして牧野の體内の「龍」は、一つ屋根の下畸妙な同棲生活を送つてゐた。牧野はカンテラ事務所付「開發センター」の管理人である。マンションの一室ぐらゐ持つてゐても可笑しくはないが、未だ尊子の獨居時代の「遺物」、風呂なしのアパートに同居してゐる(まるで昔の流行歌である)。それは、牧野が稼ぐサラリーと尊子のパートタイマーとしての収入とを併せて、一戸建ての家を買はうと云ふ二人の約束があつたからだ。每朝、牧野が愛機・ホンダ LY125fiに跨がり出勤した後、尊子は彼女の** 特定小型原付・WO「WONKEY」に乘つてパート先のスーパーへ向かふ。そんな日々だつたが、何せ彼らは新婚である。夜は... ご想像にお任せしやう・笑。或る夜、牧野の體内から聲が聴こえた。「龍」である。「ふるヨ、我ヲ外ニ出サセテクレ」-牧野「だうしたんだ、『龍』?」-「オ主ノ尊子ニ囁ク睦言ナド、聞イチヤヲレンワ」-牧野「苦笑」。で、「龍」を(處定の手續きを踏んだ後)牧野、アパート外に吐き出した。
* 前シリーズ第193話參照。
** 前シリーズ第93話參照。
【ⅱ】
そんなこんなで、「龍」は特になす術もなく、野方の上空で暇を潰してゐたのだが(と云ふのも、「マスター」の牧野がゐないのでは、身動きが取れないからだ)、運が惡い事に、某テレビ局のヘリ(ドラマに使ふ、中野區の上空を撮影してゐたのだ)が、それを目撃、お定まりのカンテラ一味叩きが始まつてしまふ。彼らの主張-「あんな危険生物を放し飼ひにするとは、市民生活を脅かすに等しい愚行である」。楳ノ谷汀の、主にカンテラ一味を追ふ「柔らかめ」の報道番組*「楳ノ谷汀アワー」、一味とは持ちつ持たれつの関係を續けてゐたが、一味のお蔭で髙視聴率を得てゐて、他局には目の仇にされてゐた。先のドラマ屋逹は、楳ノ谷の番組の裏放送- 所謂「晝ドラ」、を制作してゐたのだ。
* 前シリーズ第111話參照。
【ⅲ】
尾崎一蝶齋などは、「だうせ楳ノ谷女史が片を付けてくれるさ」などゝ云つてゐたが、勿論これは尾崎一流の無責任な放言である。カンテラ・じろさんは憂慮してゐた。「さう度々、楳ノ谷さんに頼る譯には行かないし、これは牧野自身に尻拭ひさせるしかないなあ」。牧野、* 雪川組ヒットマン時代のドジな自分に逆戻りしてしまつたかのやうな錯覺を覺えた。そして、本來は單細胞な頭を抱へて考へに考ヘた挙句、思ひ付いたのは、「龍」が市民生活とやらに役立つ者だ、と云ふ事のアピールをする、「それしかないなあ」牧野はさう思つた。問題はその「アピール」はだうやつてするのか、と云ふ事だ。
* 前々シリーズ第21話參照。
※※※※
〈まづ眼鏡バイク乘りたい我があり用意周到な夢を見てゐる 平手みき〉
【ⅳ】
そして...、牧野はテオに泣き付いた。筋書きの作成はテオの天才脳に任せるしかない。テオは、秩父の「猫nekoふれ愛ハウス」から、比良賀杜司を呼び寄せた。「杜司くんには酷い事かも知れないけれど、ちよつとの間だけ多摩川で溺れて貰ふ」-其処を「偶然通り掛かつた」「龍」が救助する、と云ふ演出である。杜司「大役ですね。僕に出來るかなあ」-テオ「まあさう云はずに、一味の存亡の危機を救つてくれ給へ」
【ⅴ】
で、杜司(實際彼はカナヅチだつたので、あながち「演技」だけとは云へなかつた)があつぷあつぷしてゐるところを、牧野を載せた「龍」が拾ひ上げ、その模様を(楳ノ谷には惡いが、本當の事は彼女には内緒だつた。因みに楳ノ谷はまだ杜司の顔を見た事がない。それを見越した上での、テオの「筋書き」である)「楳ノ谷汀アワー」の撮影班が捉へた。アルバイトで臨時に雇はれた主婦(尊子のパート仲間である。手配したのはテオ)が母親役になり、カンテラ一味に篤く禮を述べてゐるところを楳ノ谷、放映した。無論、スモークとヴォイスチェンジャー越しの事だが。
【ⅵ】
現金なもので、世論は一轉して一味に味方した。「やつぱり、カンテラさんは正義の味方なんだ」... その實はこんな子供騙しのペテンの後押しをする詐欺漢である・苦笑、とも知らずに。
【ⅶ】
カンテラ、「數の力にものを云はすのは、俺のやり口にはそぐはないんだがなあ」-だが牧野「ご迷惑をお掛けしました」と平謝りするばかり。彼は住宅購入資金を切り崩して、謝禮金を支拂つた。「まあ、フルと尊子ちやんとの、血と汗と涙の結晶だ。これで良しとしやうよ」とじろさん。尾崎は、「やつぱり楳ノ谷女史は、我々には欠かせない同朋なんだ」と、(何故か)勝ち誇つたやうに、呵呵大笑。實質上働いたのは、テオと杜司だけなのに... まあ一件落着したところで、このエピソオド、閉幕としやう。
※※※※
〈冬の汗無臭の國のラーメンよ 涙次〉
PS: 杜司、この迫眞の「演技」で大分水を飲み、危ふく本當に溺れ死ぬところだつた。人工呼吸を由香梨がしたので、ボーイフレンドの田咲光流が嫉妬した、と云ふ、笑へるやうな笑へないやうな逸話が、まことしやかに傳はつてゐる。




