第九十五話「新しい夜明け」
森の中の開けた場所で、咲は意識を失ったままの詩音を抱きしめ、涙を流していた。左腕の聖痕が消えたことで、彼女たちの『つながり』が完全に途切れてしまったことを、咲は肌で感じていた。
「嘘でしょ……? 詩音……!」
咲の悲痛な叫び声が、静かな森に響き渡る。彼女は、もう二度と詩音と心で話すことができないのかもしれないという恐怖に、胸が締め付けられていた。
「咲! 大丈夫か!?」
その時、咲の背後から、悠真の声が聞こえた。悠真は、結人が用意した別の『道筋』を使って、咲と詩音を追ってきたのだ。
「悠真……!」
咲は、悠真の顔を見て、少しだけ安堵した。しかし、すぐに、詩音のことに気づき、再び不安そうな顔をする。
「詩音の意識が……戻らないの……! そして、聖痕も……消えちゃった……!」
咲は、そう言って、涙を流しながら悠真に訴えかけた。悠真は、詩音の様子を見て、冷静に、そして落ち着いた声で咲に話しかける。
「咲、落ち着いて! 詩音は、空の力と、嵐太の力に吹き飛ばされたダメージで、体が限界なんだ。聖痕が消えたのは、おそらく、彼女の体が、もうこれ以上、能力を使うことに耐えられないからだろう」
悠真は、そう言って、詩音の脈を測った。脈は弱いが、まだ命の炎は消えていない。
「でも、どうすれば……!」
「詩音を、俺たちの隠れ家まで連れて行こう。そこには、俺が用意した、専門の医者がいる。その医者なら、詩音を助けられるかもしれない」
悠真は、そう言って、咲に手を差し出した。咲は、悠真の言葉を信じ、詩音を抱きかかえ、立ち上がった。
悠真が用意した車で、三人は森を抜け、廃墟となった教会にたどり着いた。そこは、悠真たちが『回収屋』から身を隠すために用意した、秘密の隠れ家だった。
教会の地下室には、医療器具が完璧に揃った部屋があった。悠真が連れてきた医者は、白衣を着た、年配の男性だった。
「悠真、この子は……!?」
「ああ、先生。この子の命を、どうか助けてやってください」
悠真は、そう言って、医者に頭を下げた。医者は、詩音の様子を見て、すぐに治療を始めた。咲は、医者の治療を、ただ祈るような気持ちで見つめるしかなかった。
「……よかった。命に別状はないようだ」
数時間後、医者は、そう言って、安堵の息を吐いた。咲は、医者の言葉に、ホッと胸をなでおろした。
「でも、先生。聖痕が消えちゃったのは……?」
「ああ、それは、彼女の体が、能力を使いすぎたことによる、一時的なものだろう。彼女の体が回復すれば、聖痕は再び現れるはずだ。だが、それまで、彼女は、能力を使うことはできないだろう」
医者は、そう言って、詩音に点滴を打った。咲は、医者の言葉に、少しだけ希望を見出した。しかし、聖痕が消えたことで、詩音との『つながり』がなくなったことに、変わりはなかった。
「詩音……! 早く、目を覚ましてよ……!」
咲は、そう言って、詩音の手を優しく握った。その手は、冷たかったが、確かに生きていた。
その日の夜、咲は、詩音の傍で、ずっと彼女の手を握っていた。彼女は、もう二度と詩音と話すことができないかもしれないという恐怖と、詩音を助けられたという安堵の気持ちの間で揺れ動いていた。
その時、咲の頭の中に、結人の声が響いた。
「咲、聞こえるか?」
「結人!? なんであたしの頭の中に……!?」
「ああ。俺の『案内屋』の力は、お前たちと、『つながり』を持つことができる。嵐太が、お前たちと『つながり』を持ったように、俺も、お前たちと『つながり』を持った」
結人は、そう言って、咲に語りかけた。咲は、結人の言葉に、驚きを隠せない。
「じゃあ、あたしと詩音の『つながり』は……?」
「いや、それは違う。お前たちの『つながり』は、お前たちだけのものだ。俺の『つながり』は、お前たちを『案内』するためのものに過ぎない。しかし、その『つながり』があれば、俺は、お前たちの状況を把握することができる」
結人は、そう言って、咲に話した。咲は、結人の言葉に、少しだけ安堵した。
「咲、嵐太は、無事だ。俺が用意した『道筋』をくぐり抜け、今は、ある場所にいる。そして、『護り屋』も、空との戦いを終え、今は、自分の隠れ家に戻っている」
「嵐太も……無事なの……?」
「ああ。彼の『破壊』の『法則』は、まだ不安定だが、彼の中の『護り屋』としての『心』が、彼の暴走を止めている。そして、空だが……奴は、嵐太と『護り屋』によって、また『無』へと還った。しかし、奴は、また再誕するだろう」
結人は、そう言って、咲に語りかけた。咲は、結人の言葉に、再び緊張する。
「そっか……。空は、また……」
「ああ。だが、心配するな。俺たちも、黙って見ているだけじゃない。俺たちの戦いは、これからだ。咲、お前は、詩音を護り、そして、『奪還屋』として、この世界の『真実』を『奪還』しなければならない」
結人は、そう言って、咲を励ました。咲は、結人の言葉に、力強くうなずいた。
「うん! 詩音と、そして、この世界の『真実』を、『奪還』してみせる!」
咲は、そう言って、詩音の手を強く握った。詩音の手は、まだ冷たかったが、その手から、確かな『つながり』の温かさを感じた。
そして、その日の夜明け、詩音は、静かに、ゆっくりと、目を開けた。
「……さ、き……?」
「詩音! 良かった……! 目を覚ましたんだね!」
咲は、詩音の言葉に、嬉し涙を流した。二人の『つながり』は、まだ戻っていなかったが、それでも、彼女たちは、再び、新しい夜明けを迎えたのだった。