第九十二話「あたしの雷と光」
「うそ……詩音……? 目、開けてよ……! ねぇ、詩音!」
咲は、意識を失った詩音を抱きかかえ、その冷たい感触に思わず震え上がった。先ほど空に放った渾身の一撃は、彼の再誕を止めることができなかった。嵐太は、空という邪魔者がいなくなったことで、再び暴走し始める。彼の放つ黒い力の波動が、まるで生き物のように地下室の空気を重く、どす黒く歪ませていく。
「へへっ……! 咲、逃げ場はもうねーぞ! 俺と生まれ変わるか、ここで壊れるか……選べよ!」
嵐太の嘲るような声が、地下室の壁に響き渡る。その言葉は、咲の心を深くえぐり、恐怖で身動きが取れなくなる。嵐太の巨大な黒い力が、咲と詩音を飲み込もうと、まるで津波のように押し寄せてくる。
「やめてよ……! 詩音を、これ以上傷つけないで……!」
咲は、まるで自分自身を守るかのように詩音をぎゅっと抱きしめ、嵐太の力に耐えようとする。でも、空との激しい戦いで、もう体の力はほとんど残っていなかった。全身が震えて、立っていることさえも難しい。
その時、まるで詩音の体に呼応するかのように、咲の左腕に、詩音の左腕に現れたものと同じ、赤い聖痕がうっすらと浮かび上がった。それは、二人の『つながり』が、まだ途切れていないことを示していた。まるで、熱い絆が形になったかのようだ。
「詩音……!? これって……どういうこと!?」
咲が聖痕が浮かび上がった左腕を呆然と見つめていると、その聖痕から、詩音の意識が、彼女の脳裏に直接語りかけてきた。その声は、意識を失っているとは思えないほど、はっきりと咲の心に響く。
「咲……! わたしの……『光』を……使って……! わたしは……大丈夫だから……!」
「えっ……? でも、そんなことしたら、詩音の体が……! 詩音が壊れちゃったら、あたし……!」
咲は、涙声で訴えかけた。しかし、詩音の声は、彼女の不安を打ち消すように、優しく、そして力強く語りかける。
「大丈夫……! あたしたちは、ひとりじゃないでしょ……? 咲の『心』が、あたしの『光』と、咲の『雷』を……使いこなせるはずだもん……!」
詩音の声は、弱々しかったけど、そこには確かな『絆』の力がこもっていた。咲は、詩音の言葉を信じ、強くうなずいた。
「わかった……! 詩音の『光』と、あたしの『雷』……ふたつの力で、嵐太を止める! 絶対に……殺したりしないから……!」
咲は、そう言うと、意識を集中させた。彼女の左腕に浮かび上がった聖痕が、強烈な光を放ち始める。その光は、詩音の『光』の力だった。温かくて、とても優しい光だ。そして、咲の左目には、再び深い緑色の光が宿る。それは、『邪眼』の力だった。嵐太の巨大な力が、まるで目の前で分解されるかのように、彼の力の『法則』が、咲の目に映し出されていく。
「フフフ……。なんだよ、その光は? 女ふたりで、最後の抵抗か?」
嵐太は、咲の放つ光を見て、不気味な笑みを浮かべた。しかし、その笑みは、次の瞬間には消え去った。
咲が左腕の聖痕に力を集中させると、聖痕から放たれた光が、嵐太の破壊の力を包み込み、少しだけ静めていく。嵐太の力が、まるで柔らかい膜に包まれたように、勢いを失っていくのが分かった。
「な、なんだと……!? 俺の『破壊』が……静まってる……!?」
嵐太は、自分の力が静まったことに驚き、信じられないといった顔で咲を見つめた。その時、咲はP90を構え、嵐太に向かって引き金を引いた。
「この弾丸に、あたしの『雷』と、詩音の『光』を込めるんだから!」
咲のP90は、現実の銃器でありながら、その弾丸は、青白い雷と、温かい光を放ち始める。その弾丸は、嵐太の破壊の力を打ち消しながら、彼の体をすり抜けていった。弾丸が嵐太に当たる瞬間、雷鳴のような鋭い音が鳴り響くが、その音は、破壊の音ではなかった。まるで、嵐太の体を一時的に『凍結』させるかのような、不思議な響きだった。
「ぐっ……! な、なんで……!? 俺の『破壊』が効かない……!?」
嵐太は、自分の体が、咲の弾丸によって貫通されたことに驚愕した。その弾丸は、嵐太の体を破壊するのではなく、彼の体内の『破壊』の『法則』を、一時的に『停止』させる力を持っていた。咲の『邪眼』が、嵐太の『破壊』の『法則』を視覚化し、その動きを『一時的に止める』ように、『微細な雷』で電流を流したのだ。
「非殺傷よ! あんたを壊すんじゃなくて、あんたの力を一時的に止めるんだから! 今のあたしたちには、あんたの破壊の『法則』を止める力があるんだからね!」
咲は、そう叫び、嵐太に連続して弾丸を撃ち込んだ。弾丸が嵐太の体に当たるたびに、彼の体の力が、どんどん弱まっていく。咲の左腕の聖痕が輝くたびに、詩音の温かい『光』が弾丸に宿り、嵐太の『破壊』の『法則』を包み込み、無力化していく。咲の『微細な雷』が、その弾丸に、嵐太の『法則』を『停止』させるための『きっかけ』を与える。二人の力が、まるで完璧なシンフォニーのように、嵐太を無力化していった。
「くっ……! そんな……! 俺の『破壊』が……!」
嵐太は、自分の力が消え去っていくことに、恐怖と絶望に顔を歪ませた。その時、結人の声が再び響く。
「咲、詩音! 今だ! 嵐太の力が弱まっている間に、ここから脱出するんだ!」
結人の声に、咲は強くうなずいた。彼女は、意識を失っている詩音を抱きかかえたまま、結人が示した扉に向かって走り出した。嵐太は、無力化された体で、咲に向かって最後の力を振り絞る。
「待てよ、咲……! 俺の『破壊』は……終わらない……!」
嵐太は、そう叫びながら、咲に向かって手を伸ばす。しかし、彼の力は、もはや咲に届くことはなかった。
咲は、詩音を抱きかかえ、結人が示した扉をくぐり抜けた。その瞬間、扉は消え、地下室は静寂に包まれた。
「詩音……! 助かったよ……!」
咲は、詩音を抱きしめ、安堵の息を吐いた。彼女の目からは、とめどなく涙が溢れ出していた。詩音を失うかもしれないという恐怖から解放され、安堵の涙を流す。しかし、その時、彼女の左腕の聖痕が、まるで夢のように、光を失い、消え始めていた。
「うそ……!? 聖痕が……消えていく……!?」
咲は、驚きと不安で、詩音の顔を見つめた。詩音は、まだ意識を失ったままだった。