第九十話「邪眼、開眼」
「さあ、見せてくれ。君たちの『つながり』が、この『観測者』を、どうやって打ち破るのかを」
空が不気味な笑みを浮かべ、咲と詩音にゆっくりと近づいてくる。詩音は、嵐太の力に吹き飛ばされたまま、動けずにいた。
「くっ……! 詩音……!」
咲は、詩音を助けに行こうとするが、空の放つ圧倒的なプレッシャーに、一歩も動けない。空は、まるで世界の『法則』そのものになったかのように、咲の存在を押しつぶそうとしていた。
「フフフ……。君の『つながり』は、私の『観測』の対象だ。その『つながり』を『なかったこと』にすれば、君たちは、ただの『バラバラな存在』となる」
空がそう言うと、咲と詩音を繋いでいた『絆』の力が、かすかに揺らぐ。詩音の左腕の聖痕が、光を失いかけている。
「そんな……! 詩音……!」
咲は、悲痛な叫び声を上げた。彼女は、詩音との『つながり』が消えかかっているのを感じ、胸が締め付けられるような痛みを感じた。その時、咲の頭の中に、師匠である黒崎零の声が蘇る。
「『心』は『多様』な中に宿るのだ」
そうだ。『心』は、『多様』な『感情』が『流動』しているからこそ、『豊か』になれる。詩音との『つながり』は、私にとっての『心』だ。それを『歪んだ感情』に『囚われて』『固定』させてはいけない。
「咲、ダメよ! 彼の力に、私たちの『つながり』が……!」
詩音が、遠くから叫んだ。しかし、彼女の声は、空の力によってかき消されそうになる。
「違う……! 『つながり』は、消えない! あたしたちの『心』は、この『つながり』でできてるんだ! 誰にも壊させない!」
咲は、そう叫ぶと、強く目を閉じた。彼女は、これまでに詩音と経験した、様々な『感情』を思い出した。喜び、悲しみ、怒り、そして、互いを信じ合う『心』。
その瞬間、咲の左目に、深い緑色の光が宿る。
「これが……『邪眼』……!」
咲の左目が開眼した。その瞳は、空の『観測』の力を、見抜くように輝いていた。空の力は、世界を『観測』することで、その『真実』を『なかったこと』にできる。しかし、咲の『邪眼』は、その『なかったこと』にされた『真実』を、再び『見る』ことができる力だった。
「フフフ……。面白い。君の『邪眼』は、私の『観測』の『外』にある。しかし、その力は、あまりにも不安定だ。その『歪み』を、私の『探り』の『法則』で、『無』へと還そう」
空は、そう言って、咲の『邪眼』を狙って、力を放った。しかし、咲は、その力に動じることなく、P90を構える。
「詩音の指示がなくても、もう大丈夫! あたしの『邪眼』が、あんたの力の弱点を見抜いたんだから!」
咲は、そう言うと、P90の引き金を引いた。弾丸は、空が放った力を避けるように、僅かに軌道を変える。咲の『邪眼』が捉えたのは、空の力が無効化できない、ほんのわずかな『隙間』だった。
「な、なんだと……!? 馬鹿な……! 私の『探り』の『法則』に、隙間など存在しないはず……!」
空は、自分の力の弱点を突かれたことに驚き、信じられないという顔で咲を見つめた。その隙を、詩音は見逃さなかった。
「今よ、咲!」
詩音は、左腕の聖痕を光らせ、ほんの少しの未来を見た。嵐太の力が、空に襲いかかる未来だ。
「よし! 嵐太、ナイスアシスト!」
咲は、空が自分の力で弾丸を無効化するのに集中している間に、P90の引き金を再び引いた。弾丸は、空の力の弱点を突き抜け、彼の胸に突き刺さった。そして、その直後に、嵐太の力が、空に襲いかかった。
「ざまあみろ、空! お前も、俺の『破壊』の『法則』で、生まれ変わらせてやる!」
嵐太の叫び声が響き渡る。空は、嵐太の破壊の力に包まれ、再び光の粒子に変えられていく。
「フフフ……。君たちの『つながり』は……本当に……面白い……」
空は、そう言って、消えていった。
咲と詩音は、安堵の息を吐いた。嵐太もまた、空を倒したことに満足したような顔で、二人を見つめている。しかし、その時、地下室の壁に、もう一つの扉が姿を現した。
「結人だ! 咲、詩音! 嵐太が、空を倒して、力が暴走し始めた! 早く扉から逃げろ!」
結人の声が、二人に聞こえた。嵐太の力は、空という『観測者』がいなくなったことで、暴走し始めたのだ。
「くっそー! 嵐太、もう勝負はついただろ!?」
「いいや、これからだ、咲! お前を壊して、新しく生まれ変わらせるまで、俺は終わらない!」
嵐太は、そう叫び、暴走する黒い力を、咲と詩音に向かって放った。二人は、再び絶望的な状況に陥る。
「詩音! もう一度、あの扉から逃げるよ!」
咲は、詩音の手を強く握り、結人が示した扉に向かって走り出した。