第九話「光なき監獄(ダーク・ルーム)」
「依頼人は行方不明者の姉。失踪したのは16歳の少女。名前は結城あかり」
詩音が静かに言う。
「最後に目撃されたのは都内の大型医療研究法人。その後、記録も足取りも消えた」
咲は報告書を読みながら、首を傾げた。
「民間医療機関にしてはセキュリティが高すぎる。……隠してるのね、何かを」
詩音が頷く。「地下施設がある。関係者のSNSを逆照合したら、“地下に消えた子供たち”という匿名投稿が数件見つかった」
「奪還対象の生存率は?」
「正直、五分五分」
咲は無言でCZ75をホルスターに差し、合気道の袴を思わせる黒いワイドパンツに着替えた。
「五分でも、行く理由には十分」
地下施設は、かつて国の防災拠点として計画されたまま放棄された“民間転用型のバンカー”だった。
3層構造、鋼鉄製のシャッター、音響センサー、赤外線監視。
咲と詩音はそれぞれ、上下ルートから“音を立てずに”同時潜入する。
詩音のP90は、セミオートに設定。
消音加工済みの非殺傷ゴム弾を装填し、銃口には可視レーザーをオフにした近距離照準ユニット。
「視認せずに撃てる精度」を維持する。
咲は、銃を抜かずに侵入する。
室内では敵の“視界”よりも“気配”が優先される。
彼女は足音を極限まで抑え、体重を床に残さぬよう歩く。
CQCと合気道を融合させた“無音制圧術”が、この任務の鍵だった。
第一層、監視員室。
詩音が暗闇の中、壁に設置されたターミナルへワイヤを繋げる。
その間、2名の警備員が定時巡回を行っていた。
片方がタバコを吸おうとライターを探したその一瞬――
「……え?」
背後に気配が揺れた。
だがもう遅い。詩音がカバーから抜いたCZ75が静かに唸り、
パスッ、と抑制された音でゴム弾が右腕の神経節を直撃。
もう一人は反応しかけたが、詩音は彼の喉元に素早く手を添え、「のど輪」からそのまま壁へと抑え込むように気絶させた。
「二名、制圧。侵入経路開通」
第二層、実験室区域。
咲が進むと、薄暗い通路の先に、鋼鉄製の格子が見えた。
その奥に、少女の影がうずくまっている――結城あかりだ。
だが、彼女を護衛するように立つ男が一人。
厚手のボディアーマーにフルフェイスマスク、MP7を肩に掛け、背中にはナイフホルダー。
元PMC(民間軍事会社)系の傭兵とみられる。
(……格闘主体なら、近づける。あとは、気付かれる前に制圧)
咲は数メートル先で気配を止め、吸気を整える。
敵が首を回した瞬間、咲は足音なく駆け出し、左肩を突き出しながら背後に滑り込む。
敵が反応しようとするが、その腕は咲の体捌きに吸収され、そのまま肘関節を極めてテイクダウン。
床に叩きつけるのではなく、柔らかく倒しながら関節を固定、意識を刈り取る。
“殺さず、しかし確実に眠らせる”――これが、Silent Triggerの格闘流儀。
「……あなた、誰?」
拘束されていた少女・あかりが、咲の姿を見て弱々しく声を上げた。
「私たちは奪還屋。Silent Trigger。君を家に帰すのが仕事」
咲は彼女の手枷を解き、肩を支える。
そのとき――
ビーッ――!
警報が鳴り響いた。
「……侵入、感知された」
詩音の無線が入る。「制御室からの逆探知。センサーがONに戻された。残り時間5分、増援が来る前に脱出を」
脱出ルート、第三層へ向かう通路で、複数の足音が響く。
5人、すべて自動小銃装備。
咲が少女をかばうようにしゃがみ、詩音が真上の通気ダクトから支援射撃に入る。
「詩音、3秒後に突入を――せーのっ!」
詩音のP90が静かに火を吹く。
膝、肩、肘、足首――動けなくなる場所だけを正確に打ち抜く、4連射。
敵のうめき声が響き、即座に咲が前に出る。
咲の動きは流れるようだった。
滑り込みながら相手の足元に入り込み、後ろ回し蹴りで武器を弾き飛ばす。
相手が突き出した拳に対し、咲は合気道の「転換」で力を受け流し、逆に敵の肘を極めて床へ捻り倒す。
一連の動作は、わずか6秒。
その瞬間、通路は静寂を取り戻した。
脱出口。
詩音がシャッターを電子的に強制開放している間、咲はあかりに上着をかけた。
「……どうして、助けに来てくれたの?」
「誰かが見捨てなかったから。君のお姉さんが、信じてた。君が帰ってくるって」
あかりの目に、涙がにじんだ。
シャッターが開く音が響く。
「咲、出られる!」
「任務完了。帰るわよ」
地上に戻った朝焼けの空の下、あかりの姉は泣きながら咲に頭を下げた。
「……ありがとうございます。妹は、無事です。あなたたちは一体……?」
「ただの“奪還屋”です」
咲はそれだけ言って、詩音と共に車へ乗り込んだ。
詩音が笑う。
「今日も、人間ひとり、奪い返したわね」
「……一人じゃない。希望ごと取り戻したのよ」
Silent Trigger。
その銃声は今日も、誰にも知られずに鳴り響く。