第八十八話「絶対的な壁」
「フフフ……。私の『探り』の『法則』は、そんな安っぽいものではない。君の『破壊』の『法則』は、確かに私を『無』へと還した。しかし、私の『探り』の『法則』は、私が『無』へと還った『真実』を『観測』し、『なかったこと』にできる。だから、私は、何度でも『再誕』できるんだよ」
空が不敵な笑みを浮かべ、再び姿を現した。嵐太が放った力の痕跡は、彼の体には全く残っていなかった。
「な、なんだと……!? ふざけんな! 俺の力は、絶対的な『破壊』のはずだ! それが効かないなんて、ありえない!」
嵐太は、自分の力が通用しなかったことに激しく動揺していた。世界を壊すことに絶対的な自信を持っていた彼の顔が、恐怖と苛立ちで歪んでいく。
「嵐太の攻撃が効かないなんて……マジかよ!」
咲も詩音も、空の底知れない能力に言葉を失っていた。嵐太の攻撃で一瞬は勝てたと思ったのに、その希望はあっさりと打ち砕かれた。
「咲、落ち着いて! 彼の力は、私たちが見ている世界そのものを変えてしまうのよ! 攻撃しても、その攻撃が『なかったこと』にされてしまう。まるで、最初からそこにいなかったかのように……!」
詩音は左腕の聖痕を光らせながら、必死に思考を巡らせた。ほんの少しの未来を見る力を使っても、空が攻撃を無効化する未来しか見えない。
「どうすればいいのさ! 攻撃もできないし、かと言って逃げられもしないじゃん!」
咲が焦りながら叫んだ。その時、空がゆっくりと動き出した。彼の瞳は、咲と詩音をじっと見つめている。まるで、おもちゃを観察する子供のような、無機質な視線だった。
「君たちの『つながり』は、この世界を『変える』力を持っている。だが、その変化は、私の『観測』の対象だ。私の『探る』力に比べれば、あまりにも不安定で、不完全だ」
空がそう言うと、詩音の左腕に光る聖痕が、少しだけ輝きを失った。咲と繋いでいた手が、わずかに冷たくなる。
「詩音!? どうしたの!?」
「私の『光』が、少しだけ弱くなってる……! 彼の『探る』力は、私たちの能力そのものを『なかったこと』にしようとしているのかもしれない……!」
詩音は、空の力の恐ろしさに、顔色を失った。彼の力は、ただ攻撃を無効化するだけではない。能力そのものを消し去る可能性さえあるのだ。
「フフフ……。正解だ。君たちの能力は、私にとっての『不確実性』だ。だから、私の『探る』力で、その『不確実性』を『なかったこと』にする。そうすれば、世界は、より安定した『真実』へと戻る」
空は、二人に近づきながら、不敵な笑みを浮かべた。嵐太は、自分の力を空に無効化され、屈辱に打ち震えていた。しかし、その時、結人の声が再び響く。
「咲、詩音! 結人だ! 空の力は『観測』すること。つまり、彼が『見ている』ものしか、彼の力は発動しない! 『見る』という行為を、何らかの方法で妨害すれば、彼の『探る』力を破れる可能性がある!」
「結人!」
咲は、結人の声に希望を見出した。空が『見ている』ものしか、無効化できない。ということは、彼の『目』を塞ぐか、彼の『視界』を混乱させれば、勝機があるかもしれない。
「よし! 詩音、どうする!?」
咲は、P90を構えながら詩音に尋ねた。詩音は、未来を見る力で、空の『目』を塞ぐ方法を模索する。しかし、空の力は、咲のP90の弾丸を無効化してしまう。
「ダメだわ、咲! 弾丸で目を狙っても、無駄になってしまう! 他に、彼の『見る』という行為を妨害する方法は……」
詩音が悩んでいると、嵐太が再び叫んだ。
「うるさいんだよ! 誰が貴様らに作戦を立てさせてやるか!」
嵐太は、咲と詩音、そして空に向かって、再び黒い力を放った。嵐太の力は、空によって無効化されることを知らず、ただ破壊を求めていた。
その時、地下室の入口が、再び開いた。そこに立っていたのは、全身を黒いジャケットで覆い、まるで『壁』のように微動だにしない大男だった。彼の顔は無表情で、その瞳は、何かをひたすらに『守ろう』としているかのようだった。
「無駄だ。新城嵐太。お前の『破壊』も、そして、お前の『観測』も……全て、私が『護る』べきものの『外』にある」
大男は、そう言って、嵐太の力を掌で受け止めた。すると、嵐太の黒い力は、まるでそこに『壁』があるかのように、完全に静止した。それは、嵐太の力を無効化するのではなく、完全に『受け止めて』いるように見えた。
「な、なんだと……!? 貴様は……! まさか……『護り屋』!?」
嵐太は、驚愕に目を見開いた。彼の力の前に立ちはだかったのは、紛れもなく、かつて彼が倒したはずの、『護り屋』だった。
嵐太の『破壊』、空の『探り』、そして、新たな『護り屋』の登場。三つ巴の戦いが、今、新たな局面へと突入する。
 




