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第八十四話「静寂の終わり、屋号たちの思惑」

時守が消え去った地下室に、静寂が戻った。


「……終わったのか。マジかよ、また勝っちまった」


咲は、P90の銃口を下ろし、大きく息を吐いた。身体は鉛のように重く、疲労で今にも倒れそうだった。しかし、勝利の安堵が、彼女の心を温かく満たしていく。詩音もまた、その場にへたり込み、疲労困憊の表情で咲に微笑みかけた。


「ええ。私たちの『意志』が、彼の『時間』をも超えたのね」


「おう! 当たり前だろ! あたしたちの『絆』は、最強なんだからな!」


二人は互いの顔を見て、力強く頷き合った。その瞬間、地下室のドアがゆっくりと開き、結人が姿を現した。彼の顔は、安堵と、そして深刻な表情が混じり合っていた。


「お二人とも、お疲れ様でした。無事だったのですね。時守の『法則の波動』が消えたので、勝ったのだと思っていました」


「あぁ、まあな。でも、もうマジで勘弁してほしいんだけど。もう勘弁してほしいんだけどって、何回言えばいいんだよ、この仕事はよ」


咲は、心底うんざりした表情で、壁にもたれかかった。しかし、結人は、そんな咲の言葉には答えず、深刻な表情で二人を見つめる。


「……咲さん、詩音さん。この戦いは、これで終わりではありません」


「はぁ? なんでだよ!?」


咲は、眉をひそめて結人に詰め寄る。


「嵐太と守、そして時守……。彼らの『意志』は、この世界の『真実』を『奪還』しようとした私たちを、邪魔しようとしました。しかし、それは、彼ら自身の『信念』に基づいた行動でした。彼らは、それぞれが信じる『正しい世界』を築こうとしたのです」


「……それで?」


「ですが、時守の死によって、事態は一変しました」


結人は、そう言って、ディスプレイに映る奇妙な波形を見せた。それは、時守の『法則の波動』が消えた直後から、世界中の至るところで検知され始めた、新たな『法則の波動』だった。


「これは……!?」


詩音は、その波形を見て、驚きに目を見開いた。それは、まるで様々な『法則』が、互いにぶつかり合い、共鳴しているかのような、異質な波形だった。


「これは、他の『屋号』の『法則の波動』です。嵐太や守、時守が敗れたことで、彼らが『奪還』しようとした『真実』を巡り、他の『屋号』が動き始めたのです」


結人は、そう言って、深いため息をついた。


「えっ……。マジかよ……。嵐太とか守とか時守とか、なんかそういう名前の人、他にもいるの!?」


咲は、驚愕の表情で叫んだ。


「はい。この裏社会には、伝説として語り継がれる『七つの屋号』が存在します。奪還屋、奪い屋、護り屋、案内屋、そして、まだ見ぬ『影』の存在……。彼らは、それぞれが異なる『法則』を操り、この世界の『真実』を巡って争っているのです」


結人の言葉に、咲と詩音は、言葉を失った。自分たちの戦いが、たった3人との戦いに過ぎなかったことを知り、二人の心に、新たな恐怖と、そして使命感が湧き上がった。


「奪還屋の咲と詩音さん、そして情報屋の私……。私たちは、この戦いの渦中に、否応なく巻き込まれてしまったようです」


結人は、そう言って、二人に問いかける。


「お二人とも、どうしますか? 今ならまだ、この戦いから降りることもできます。ですが、もしこのまま『真実』を護り抜こうとするなら、私たちは、他の『屋号』たちと戦わなければならない。それは、これまで以上に過酷な戦いになるでしょう」


咲は、結人の言葉に、迷うことなく答えた。


「降りる? バカ言ってんじゃないよ、結人。あたしたちは、奪還屋だろ? 失われたものを取り戻すために戦う者だ。たとえ相手が誰だろうと、あたしたちが『奪還』した『真実』は、誰にも渡さない!」


咲の言葉に、詩音も静かに頷いた。


「ええ。私も、咲と同じ気持ちよ。この『真実』を巡る戦いは、私たちが始めたこと。ならば、私たち自身が、この戦いを終わらせる必要がある」


「そっか……。そうだよな。あんたは、あたしの大事な相棒なんだから、当然だよな!」


咲は、そう言って、詩音に満面の笑みを向けた。詩音もまた、その笑顔に、安堵の表情を浮かべる。


「分かりました。お二人の『意志』、しかと受け止めました。では、早速ですが、今後の作戦を練りましょう。まずは、他の『屋号』たちの情報を集める必要があります」


結人は、そう言って、再びシステムを操作し始める。彼の瞳には、二人の『意志』を護り抜こうとする、強い決意が宿っていた。


その日の夜、バー『RETRIEVER』の地下室に、再び不穏な空気が満ちていた。しかし、その空気は、もはや恐怖ではなく、新たな戦いへの予感だった。


二人の『奪還屋』は、自分たちの『意志』を貫くために、再び戦いの道へと足を踏み入れた。


これは、二つの『光』が、この世界の『未来』を紡ぐ、新たな物語の始まりに過ぎない。

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