第八話「銃声より速く」
雨が降っていた。
路面に当たる水滴の音が、静かな倉庫街に不気味なリズムを刻んでいる。
咲は、ひときわ目立たない平屋の影に身を潜めていた。
視界の先――コンテナが積み上げられた一角に、今夜のターゲットが囚われている。
誘拐されたのは、違法銃器売買の決定的証言を持つ元バイヤー、杉谷康仁。
この町を拠点にする私設武装組織〈G.H.O.S.T.〉が、彼を沈黙させようとしている。
「――敵、外周に4。スコープで確認、内周は監視カメラのみ」
詩音の声が無線越しに入る。
P90のドットサイトを覗きながら、屋上の死角から射線を引いている。
「咲、侵入ルートの選択を」
「正面突破。格闘で3人無力化後、CZで1人制圧。5分で片付ける」
「了解。警告:標的周辺の監視網、20秒ごとにスイープ。死角は12秒間だけ」
咲は小さく息を吐いた。
「充分」
咲は、腰にホルスターされたCZ75を確認する。
スライドは軽く、コッキング音はほとんど鳴らない。装填済みのゴム弾マガジンは15発。
だが最初の接触は銃ではない。
咲が使うのは、合気道の「吸収」とCQC(近接格闘術)の「制圧」。
彼女にとっての武器は“間合い”と“重心”そのものだった。
最初の敵は、巡回中の男。
M4系のセミオートライフルを保持し、訓練された動きで歩いていた。
咲は、その背後にノイズもなく着地する。
次の瞬間――
「ッ!?」
敵が振り返るより先に、咲は左足を敵の膝裏に入れてバランスを崩し、右肘で後頭部を打撃。
そのまま敵の右腕を極め、銃を床に滑らせてから**合気道の「小手返し」**で昏倒させる。
一撃、一音。
「一人、無力化。銃回収済み」
詩音のP90が背後で“カチャ”と音を立てる。
「東側の射手、処理する。5秒後、動いて」
その間に、咲は次の敵へ。
次の兵士は、スコーピオンEVO3を手にしていた。近距離用のSMGで、連射速度が高く危険だ。
だが、構えが甘い。
咲は全速で踏み込み、左腕で銃身をそらせながら踏み込む。
敵がトリガーを引くが、ゴム弾の雨は咲の肩越しに外れ、金属音を立てて空を切った。
(甘い)
咲は両肘で敵の脇を固めて拘束し、胸元に膝蹴り。空気が抜けるような音と共に敵が崩れ落ちる。
「南側、残り一人。スコープ内にいるが、動きが早い。こっちが狙われる前に……」
「私が行く」
咲は壁を蹴り、コンテナを飛び越えて正面に立つ。
敵は咄嗟に腰の拳銃――Glock17を引き抜いた。
撃たれる、と思った瞬間。
詩音のCZ75が先に火を吹いた。
パンッ。
敵の右肩に命中。正確なゴム弾が神経節を打ち抜き、銃が滑り落ちる。
「間一髪。感謝するわ」
「撃つより、呼吸でわかる。“殺すため”の引き金じゃなかった。撃つ必要はあったけど」
倉庫の内部に入ると、照明は消え、発電機だけが低い唸り声を立てていた。
その最奥、拘束された杉谷がいた。口にはテープ、腕は手錠。だが意識はある。
「……敵、残り2。情報では“護衛特化の傭兵”。本物のプロ」
「やってやろうじゃない」
咲がロックを解除する直前――
「ターゲットに近づくな」
背後から冷たい声。
黒い戦闘服に、サイレンサー付きのMP5。戦術用ゴーグルに、姿勢も迷いがない。
「私は〈G.H.O.S.T.〉の雇われだ。殺しはしない。だが、ここは渡さない」
詩音が無線で囁く。
「これは……民間軍事会社出身の傭兵。プロ中のプロ。“非殺傷限定”で訓練されたやつ。油断するな」
「上等よ」
戦闘は始まった。
咲はステップで間合いを詰める。
敵はMP5の銃口を固定せず、“流し撃ち”で牽制してくる。
咲は壁を蹴り、一瞬だけ横回転して射線を外す。そのまま地面に着地しながら、左足で敵の足元を払うように蹴り、体勢を崩させる。
が――敵は受け身を取りながら体勢を維持、即座に拳で反撃してくる。
咲も応じる。合気道の「天秤投げ」で重心をズラし、敵の力を利用して遠くに投げる。
(硬い……呼吸がない。これが、殺さずの殺し屋)
詩音が側面から援護に入る。
「動くな!」
パンッ!
P90の非殺傷弾が、敵の脚部にヒット。装甲入りのパンツ越しでも衝撃は伝わった。
その隙に、咲が敵の背後に回る。
「もらった――!」
背後から両肘を固めて拘束、喉元に手をかけ、頸動脈を圧迫しながら気絶寸前でリリース。
敵は静かに意識を失った。
ターゲットを救出し、静かに倉庫を後にする。
詩音が最後にP90のスライドを戻しながら言った。
「私たちの“非殺傷”は、甘くない。命を奪わず、心を制圧する」
咲も頷いた。
「銃よりも早く。銃声よりも、先に届く。それが私たちのやり方よ」
雨は止み、夜が明けかけていた。
彼女たちはまた一つ、誰にも知られない奪還を成し遂げた。
Silent Trigger――殺さずしてすべてを取り戻す影の銃士たち。