第七十八話「決戦の余韻、新たな襲来」
「はぁ〜、もう、ほんとに限界だよ。体がバラバラになりそうだわ」
咲は、バー『RETRIEVER』の地下室に戻るなり、力なく床にへたり込んで壁にもたれかかった。片手に握られたP90は、未だに熱を帯び、彼女の疲労を物語っている。嵐太との激戦で、彼女の体も心も消耗しきっていた。詩音もまた、静かにレミントンM700を分解し、丁寧に手入れをしながら、疲れた表情を浮かべていた。
「ええ、私もよ。でも、なんとか勝利した。私たちの『意志』が、彼の『狂気』に打ち勝った。これでしばらくはゆっくりできるかしら」
詩音は穏やかな声でそう言う。彼女の瞳の奥には、これまでの激戦を乗り越えてきた確かな自信と、そして深い安堵が宿っていた。
「うん。マジでそうして欲しいよね。もう15話に一回くらいのペースで休日が欲しいんだけどさ。いつもこうやって、戦いの後に休んで、また次の戦いに備えるっていう繰り返しじゃ、いつまでたっても安らげないじゃん?」
咲は、冗談めかしてそう言って、結人が出してくれたおにぎりを頬張る。その言葉には、本心からの疲労と、安らぎを求める気持ちが滲み出ていた。結人はそんな二人の様子を見て、少しだけ口元を緩めた。
「システムの修復も概ね終わりました。これで、当面のセキュリティは維持できます。お二人も少し休んでください。この地下室は、私が絶対にお守りしますから」
結人がそう告げた瞬間、メインシステムから微かな、しかし異常な信号が検知された。それは、これまでに出会ったどの敵とも異なる、奇妙な波形だった。結人の顔から笑みが消え、真剣な表情へと変わる。
「……ん? なんだ、この波形は? 何かのエラーか?」
結人は首を傾げ、ディスプレイに映る波形を詳細に解析し始める。その波形は、まるで『何かの法則』を物理的にねじ曲げようとするかのような、不自然な動きをしていた。咲と詩音も、その異質な気配に気づき、表情を引き締めた。
「結人……。その波形、これまで私たちが経験してきたものとは違うわね」
詩音はライフルを組み立て始めた。咲も立ち上がり、P90を構え直す。
「勘弁してくれよ……。せっかく嵐太との戦いが終わったばかりなのにさ。マジで、もう勘弁してほしいんだけど」
咲は、心底うんざりした表情で呟いた。しかし、その瞳の奥には、再び戦いに向かう『意志』の光が宿っていた。
「ええ。でも、どうやら、その平和はまだ私たちには許されないみたいね」
詩音の言葉に、結人の解析画面に新たな情報が表示された。
「咲さん、詩音さん……! これは、どうやら……!」
結人の言葉を遮るように、地下室全体に不穏な空気が満ちていく。メインシステムが、今まで聞いたことのない警告音を鳴らし始めた。それは、敵の侵入を示すものではなかった。ただ、この地下室の『入口』が、何者かによって物理的に、そして概念的に、こじ開けられたことを、冷徹に告げるものだった。
「うそ……!? マジで、また来たの!?」
地下室の入り口の扉が、ゆっくりと、しかし確実に開かれていく。その向こうに、一人の男のシルエットが見えた。その男は、静かに、しかし圧倒的な威圧感を放っていた。
「来るわ、咲。覚悟なさい。おそらく、これまでで一番の強敵よ」
詩音の静かな声が、張り詰めた地下室に響く。
「……はぁ、マジかよ。もう、やるしかないか。でも、もう疲れたんだけど」
咲は再び、P90の銃口を構える。彼女たちの前に、最後の敵が立ちはだかる。彼の瞳は、この世界の全てを『護る』かのように強く、鋭い。彼こそ、伝説の『七つの屋号』の一人、『護り屋』堅城 守だった。
「よう。伝説の『奪還屋』よ。いや、違うな……。正確には、この世界に『再構築』をもたらす、二つの『光』よ。ようやく、君たちに会えた」
守は、そう言って、不敵な笑みを浮かべた。




