第七十五話「久々の休日、東京の光と影」
浅草寺での激しい戦いを終え、咲と詩音は、久しぶりに訪れた穏やかな時間に、心からの安堵を感じていた。バー『RETRIEVER』の新たな地下室は、高層ビルの地下に位置し、結人の厳重なセキュリティシステムによって、外部のノイズから完全に遮断されていた。メインシステムが静かに稼働する中、三人は、それぞれの方法で、心身の疲労を癒していた。
「あー、マジで疲れた……。あの幻影、まじでヤバかったよね。もう、勘弁してほしいんだけど」
咲は、秋の穏やかな日差しが差し込む、広々とした公園のベンチに座り、コンビニで買ったパンを頬張っていた。彼女の隣には、詩音が、静かにコーヒーを飲んでいる。都会の喧騒が、遠いBGMのように聞こえる中、二人の間に、静かで心地よい時間が流れていた。
「うん。でも、私たちは、やり遂げた。あの幻影の迷宮を、私たちの『絆』で、乗り越えることができた。それが、何よりも大切なことだった……。師匠が、私たちに託してくれた『真実』を、護り抜くことができたから」
詩音は、そう言うと、静かに微笑んだ。彼女の瞳には、これまでの戦いを乗り越えてきた、確かな自信が宿っている。彼女は、もはや過去の悲劇に囚われることはなかった。彼女の心には、希望の光が、強く、そして揺るぎなく輝いていた。
その時、咲のスマホに、結人からメッセージが届いた。それは、メインシステムの解析結果を、簡潔にまとめたものだった。
『咲さん、詩音さん。おめでとうございます。この数ヶ月間、本当にご苦労様でした。僕のシステムによると、しばらくは、大規模な異変は起きないようです。ゆっくり休んでください。丹波篠山での生活に戻ることも、可能です』
「だってさ。結人、律儀なやつだよね。わざわざ、丹波篠山に帰ることも可能だって、書いてるし」
咲は、そう言うと、スマホをポケットにしまった。その顔には、少しの戸惑いが浮かんでいた。
「うん。結人には、感謝しないとね。彼がいなければ、私たちは、ここまで来られなかったわ。でも……丹波篠山に戻るべきかな……」
詩音は、そう言うと、遠い目をしながら、街を見つめた。彼女の心の中には、故郷への、微かな、しかし、確かな郷愁が、湧き上がっていた。
「どうする、詩音。あたしは、どっちでもいいよ。詩音が、決めてよ」
咲は、そう言うと、詩音に、選択を委ねた。彼女の心の中には、新たな戦いへの、微かな予感があった。しかし、彼女は、詩音の『意志』を尊重したかった。
「……ううん。私たちは、まだ、ここにいるべきだわ。私たちの『奪還屋』としての仕事は、まだ終わっていない。それに……この東京には、まだ、私たちが知らない『真実』が、隠されているような気がするの……」
詩音は、そう言うと、強く、そして静かに、そう言った。彼女の『光』の能力が、この街に潜む、見えない『力』の存在に、微かな、しかし、確かな反応を示していた。
二人は、しばらく、静かに空を見上げていた。その空には、穏やかな雲が、ゆっくりと流れていく。その光景は、これまでの戦いの、激しさを忘れさせるほど、穏やかで、そして、平和だった。
しかし、その穏やかな時間も、長くは続かなかった。
その日の夜。地下室に戻った二人は、モニターに表示された、新たなデータファイルに、言葉を失った。それは、この世界の『秩序』を護る組織、『オーダー』のデータファイルだった。
『オーダー』のリーダー、**『アキラ』**のアイコンが、不気味に点滅している。そして、そのアイコンの周囲には、新たな敵のアイコンが、複数、表示されていた。それは、かつて彼らが戦ってきた『カオスの使徒』とは違う、別の敵だった。
「これ……また、新しい敵なの!? もう、マジで勘弁してよ……」
咲が、驚愕の声を上げる。彼女の心は、深い疲労と、そして、これ以上、戦うことへの絶望感で満ちていた。
「うん。そして、僕のシステムが、そのアイコンから放出されているエネルギーの波形を解析したところ、それは、これまで戦ってきた、どの能力とも違う、まったく新しい能力です。その敵の名は……『アブソリュート』。彼の能力は、『絶対』(アブソリュート)。触れた物質やエネルギーを、自身の『意志』のままに、絶対的な存在へと変える力です。彼の能力は、あらゆる概念的な攻撃を、無効化することができます」
結人の言葉に、二人の心に、再び緊張が走る。
「え、なにそれ!? 意味わかんないんだけど……。てか、絶対的な存在って、なにそれ、最強じゃん!?」
咲は、怒りを隠せない。彼女は、これまでの戦いが、全て、この『アブソリュート』という男の、壮大な計画の一部だったのかもしれないという疑念に苛まれた。彼女は、もはや、これ以上、戦うことに、疲れ果てていた。
「うん。私たちの戦いは、まだ、始まったばかりだね。でも……」
詩音は、そう言うと、静かに微笑んだ。彼女の瞳には、深い疲労と、そして、しかし、揺るぎない決意が宿っていた。
「でも、私たちは、もう、どんな困難にも、負けない。師匠から託された『真実』と、私たちの『絆』があれば……。私たちは、必ず、この世界の『秩序』を、護り抜くことができる。そして……その『真実』を、私たちの手で、掴み取らなければならない」
詩音の言葉に、咲は、ハッと息を呑んだ。彼女の心の中には、まだ、深い疲労と、そして、戦いへの絶望が、渦巻いていた。しかし、詩音の言葉は、その絶望を、一瞬にして、かき消した。
「うん……。そうだよね。詩音が、そう言うなら……。あたしたちの戦いは、まだ終わってないんだもんね。よし、いこっか、詩音。あたしたちの『奪還屋』としての、最後の仕事を、始めよう!」
咲は、そう言うと、力強く頷いた。彼女の心は、もはや、過去のトラウマに囚われることはなかった。彼女は、師匠から託された『真実』を胸に、最後の戦いへと、向かうことを決意した。
その時、地下室のメインシステムが、再び警告音を鳴らし始めた。しかし、その警告音は、これまでのような敵のハッキングや、エネルギー反応を示すものではなかった。それは、この地下室の入り口が、何者かによって、物理的に、そして概念的に、開けられたことを知らせるものだった。
「咲さん、詩音さん……! 奴らが、僕たちの居場所を、特定したようです……!」
結人の言葉に、二人の心に、新たな緊張が走る。
「うわ、まじで!? いきなり、本丸に来るなんて、めっちゃやるじゃん……!」
咲は、そう言うと、P90を構え、地下室の入り口へと、銃口を向けた。
新たな戦いが、今、静かに幕を開ける。




