第七十四話「幻影の迷宮、浅草の決戦」
東京の夜空に、浅草寺の雷門が、不気味に浮かび上がっていた。その門をくぐると、まるで、そこだけが、時間の流れから取り残されたかのように、古めかしい、しかし、どこか懐かしい風景が広がっていた。それは、**『横取り屋』(よこどりや)の狐崎 幻**の『幻影』の能力によって、作られた、完璧な『迷宮』だった。
「なんかさー、ここ、めっちゃヤバくない? ゾワゾワするんだけど」
咲は、P90を構え、警戒しながら、そう言った。彼女の心は、これまでの激しい戦いを乗り越えてきた、確かな『意志』で満たされている。しかし、同時に、彼女の『光』の能力が、この男の存在に、微かな、しかし、底知れない恐怖を感じているのを感じていた。その恐怖は、これまで戦ってきた、アダムやメイズ、シャドウ、カオスといった、概念的な能力を持つ敵とは、全く異なるものだった。
「うん。なんか、空気が重いよね……。でも、大丈夫。私たちなら、きっと乗り越えられるから」
詩音は、そう言うと、レミントンM700を構え、冷静に言った。彼女の『光』の能力は、幻の能力の波形を正確に捉え、その本質が、物理的な力を伴うものではないことを見抜いていた。それは、あくまで、人々の『記憶』を、無秩序へと変えるための、精神的な攻撃だった。
「ようこそ……。我が『幻影』の迷宮へ……。この迷宮は、お前たちの『記憶』を、過去の『幻影』で、埋め尽くす……。お前たちは、この迷宮から、永遠に出ることはできない……!」
狐崎 幻は、そう言うと、不気味な笑みを浮かべ、二人に話しかけた。彼の顔は、夜の闇に包まれ、見えない。しかし、咲は、その男から、底知れない、そして、しかし、どこか無機質な『幻影』の波動を感じ取っていた。その波動は、彼女の心の奥底に眠る、過去のトラウマを、呼び起こそうとしているかのようだった。
「うわっ、マジで鳥肌立ったんだけど……。てか、アンタ、マジでキモいんだけど!」
咲は、焦りを露わにする。彼女の周囲の空間が、万華鏡のように歪み、どこが現実で、どこが幻影なのか、分からなくなっていた。彼女の脳裏に、師匠との、楽しかった日々が、まるで、走馬灯のように、蘇ってくる。それは、彼女の心を、深い悲しみと、そして、しかし、揺るぎない闘志で満たしていた。
「咲! 落ち着いて! この『幻影』は、あくまで、私たちの『心の秩序』を揺さぶるためのものよ! 奴は、私たちの『記憶』が、壊れるのを待っているんだわ!」
詩音が、叫ぶ。彼女の『光』の能力は、幻の能力によって、激しく揺れ動いている。しかし、詩音は、自身の『意志』を信じ、決して揺らがなかった。彼女は、幻の能力の波形を正確に読み取り、その本質が、物理的な力を伴うものではないことを見抜いていた。
「うん! わかってる! 私たちの『秩序』は、私たち自身が、護り抜かなきゃいけないんだよね! 私たちの『絆』が、私たちの『秩序』だ!」
咲は、そう言うと、自身の『光』の力を、詩音へと送り出した。
二人の『光』が、一つになる。それは、幻の『幻影』の力を、はるかに凌駕する、強大な輝きだった。
「馬鹿な……! なぜ、君たちの『光』が、私の『幻影』を……!」
幻は、驚愕の表情を浮かべた。彼の『幻影』は、二人の『絆』によって、完全に無力化されていたのだ。
「ざけんな! アンタの『幻影』なんて、私たちの『絆』の前では、マジで無意味なんだよ! 私たちは、どんな迷路にも、絶対迷わないから!」
咲は、力強く叫び、幻に向かって駆け出した。
「大丈夫、咲。奴は、この街の『記憶』を、全部消し去るまで、姿を現さないって言ったんだから。だったら、私たちが、奴が、この街の『記憶』を消し去る前に、奴を見つけ出して、倒せばいい!」
詩音は、冷静に言った。彼女の『光』の能力は、幻の能力の波形を正確に捉え、その本質が、この街の『記憶』を、無秩序へと変えることにあると見抜いていた。
「でもさー、どうやって、あいつを見つけ出すの? あいつ、この街のどこにでもいるんでしょ……!?」
咲が、焦りを露わにする。彼女のP90の銃口は、不気味な幻影で満たされた街を、彷徨っていた。
「うん。奴の能力は、この街の『記憶』を、無秩序に変えること……。だったら、私たちは、奴が、この街の『記憶』を消し去る瞬間を、私たちが、見つけ出せばいい!」
詩音は、そう言うと、自身の『光』の力を、街を流れる『記憶』の波に、同調させた。彼女の脳裏に、この街の人々の、ごく個人的な、しかし、確かな『記憶』の断片が、まるで洪水のように流れ込んできた。それは、親子が手をつないで歩く『記憶』、恋人たちが語り合う『記憶』、そして、この街の未来を夢見る人々の『記憶』……。それらの『記憶』は、まだ歪められていない。
「これらの『記憶』は、まだ歪められていない……! 幻は、この街の全ての『記憶』を、一度には消し去れないんだわ! だったら……!」
詩音は、一つの仮説にたどり着いた。
「だったら、奴は、この街の『記憶』を、もっと効率的に消し去るために、どこかを『拠点』にしているはずだ……! そこは、この街の『記憶』が、一番強く、そして広く共有されている場所……! その場所は、この街の、全部の『記憶』の源……!」
詩音は、その『場所』がどこなのか、直感で理解していた。それは、彼女自身も、この街で、たくさんの『記憶』を見出した場所だった。
「咲……! あいつの居場所、わかったわ!」
詩音は、そう言うと、走り出した。彼女の瞳は、一点を見つめている。その場所は、日本の『秩序』を護る、最後の砦だった。
そして、二人が、浅草寺の本堂にたどり着くと、そこには、幻が、まるで、この街の『記憶』を、嘲笑うかのように、静かに立っていた。
「フフフ……。よくぞ、ここまでたどり着いた……。でも、ここは、私の『幻影』の、最後の砦だ……! ここで、お前たちの『絆』を、永遠に、引き裂いてやる……!」
幻は、そう言うと、両手を広げ、周囲の空間を、これまでになかったほど、強く、そして複雑に歪ませ始めた。
「咲……! あいつ、この街の『記憶』を、完全に壊そうとしている! ここで、絶対、止めなきゃ……!」
詩音は、レミントンM700を構え、幻の心臓へと向けた。
「うん! いくよ、詩音! 私たちの『光』で、アンタの『幻影』を、ぶっ壊してやる!」
咲は、力強く叫び、幻に向かって、最後の戦いを挑んだ。
幻の能力は、本堂全体を、無数の『幻影』で満たした。それは、彼女たちの過去の記憶、そして未来への不安を具現化した、おぞましい幻影の波だった。咲の目の前には、師匠が倒れる瞬間が、何度も何度も繰り返され、彼女の心を、深い絶望の淵へと引きずり込もうとした。しかし、咲は、その幻影に、決して屈しなかった。彼女の心には、詩音との『絆』が、強く、そして揺るぎなく輝いていたからだ。
「ざけんな! そんな幻影、私たちの前では、全然通用しないんだよ!」
咲は、そう言うと、P90の銃弾を、幻影の波へと撃ち込んだ。銃弾は、幻影を貫通し、幻の心臓へと、正確に向かっていった。
「馬鹿な……! なぜ……!?」
幻は、驚愕の表情を浮かべた。彼の『幻影』は、二人の『絆』によって、完全に無力化されていたのだ。
「お前の『幻影』は、私たちの『絆』の前では、無意味だ! 私たちは、どんな迷路にも、絶対迷わない!」
咲は、力強く叫んだ。彼女の心は、かつてないほどクリアで、迷いがない。
「うん! この街の『記憶』は、私たち自身が、護り抜かなきゃいけない! それが、師匠が私たちに託してくれた、最後の『ミッション』だもん!」
詩音もまた、幻の『理想』を、完全に否定した。
幻は、苦痛に顔を歪ませながら、その場に崩れ落ちた。彼の瞳から、狂気に満ちた光が消え、深い悲しみと、そして、かすかな安堵が混じり合っていた。
「ターゲット、無力化」
詩音が、冷静に報告する。
幻の体は、ゆっくりと、しかし確実に、光の粒子となって、夜空へと消えていった。彼の死と共に、歪んでいた街の空間は、ゆっくりと、しかし確実に、元の姿へと戻っていった。
咲と詩音は、夜空に消えていく光を見上げていた。彼らは、伝説の二つの財宝『光の心臓』と『時間の心臓』を、この世界に『奪還』し、その真の『意志』を、未来へと繋いだのだ。
二人の『奪還屋』の戦いは、今、一つの終わりを迎えた。




