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第六十四話「東京の闇、影の支配者」

丹波篠山から東京へ、本拠地を移して一週間。バー『RETRIEVER』の新たな地下室は、高層ビルの地下にひっそりと隠されていた。如月結人きさらぎ・ゆいとは、メインシステムの最終的な調整を終え、慣れない東京の空気に、どこか緊張した面持ちでモニターに向かっていた。彼のモニターには、東京の都心部に点在する、複数の赤い点が、不気味に点滅していた。


「咲さん、詩音さん。あれが、僕が解析した、『シャドウ』の能力が反応している場所です。彼らは、東京の『秩序』を、徐々に、そして確実に、破壊しようとしています」


結人は、そう言うと、モニターに表示された、東京の夜景を指差した。その夜景は、一見すると煌びやかに見えたが、その光の奥には、どこか不気味な影が、蠢いているように見えた。


さきは、カウンターに座り、コーヒーカップを両手で包み込みながら、その夜景を凝視していた。彼女の心は、メイズとの戦いを終え、新たな戦いの地へと向かう、強い決意で満たされている。しかし、同時に、彼女の『光』の能力が、東京の街に潜む、見えない『影』の存在に、微かな、しかし確かな反応を示しているのを感じていた。


「この街は……まるで、大きな生き物みたいだな……。そして、その生き物の、どこかに、奴が潜んでいる……」


咲は、そう言うと、P90の感触を確かめるように、軽く握りしめた。


鳴瀬詩音しおんは、カウンターのグラスを磨く手を止め、静かに答えた。彼女の横顔には、新たな決意と、未来を見据える揺るぎない力が宿っていた。


「ええ。結人の分析によると、『シャドウ』の能力は、自身を、あらゆる場所に存在する『影』へと変え、高速移動する能力……。彼は、この街の『闇』そのものだわ」


詩音は、そう言うと、静かに目を閉じた。彼女の『光』の能力は、この街の『闇』を、詳細に分析していた。人々の心に潜む、わずかな『影』、街の片隅に存在する、忘れ去られた『影』……。それらの『影』が、まるで、彼を待っているかのように、蠢いているのが見えた。


「くそっ……! 物理的な攻撃が効かない……! 見えない敵と、どうやって戦えばいいんだ!」


咲は、焦りを隠せない。彼女の『光』の能力は、物理的な事象に干渉することはできるが、このように、姿の見えない敵と戦うことには、どう対処すればいいのか分からなかった。


その時、地下室のメインシステムが、再び警告音を鳴らし始めた。しかし、その警告音は、これまでのような敵のハッキングや、エネルギー反応を示すものではなかった。それは、この東京の街の、複数の場所で、同時多発的に発生した、不可解な『現象』を知らせるものだった。


「どうした、結人!?」


咲が問うと、結人は、モニターに表示された現象のログを、信じられない、という表情で凝視していた。


「これは……! 都心の複数の場所で、まるで、人々の『記憶』から、特定の建物や人々が、消滅している現象が起きています! 場所は、渋谷のスクランブル交差点、新宿の高層ビル群、そして、東京駅……!」


結人の言葉に、咲と詩音は、息を呑んだ。


「これは……『シャドウ』の能力だわ……! 彼は、この街の『影』に潜み、人々の『記憶』から、特定のものを、消し去ろうとしている……!」


詩音は、そう言うと、レミントンM700を背負い、駆け出した。


「くそっ……! やっぱり、奴らは、俺たちを、この街に閉じ込めて、その間に、何かを企んでいたのか……!」


咲は、P90を構え、詩音の後に続いた。


二人が地下室を飛び出すと、東京の街は、既に、不可解な異変に包まれようとしていた。


渋谷のスクランブル交差点。行き交う人々は、皆、どこか虚ろな表情で、まるで夢遊病者のように、同じ場所を何度も何度も行き来している。そして、交差点の一角にある、巨大な広告看板が、まるで最初から存在しなかったかのように、虚空へと消滅していた。


「信じられない……! こんなことが……!」


咲は、驚きを隠せない。彼女の『光』の能力が、この異変に、激しく反応しているのを感じていた。


「これは、アダムの『記憶』の能力を、さらに進化させたものだわ……! 奴は、この街の『影』に潜み、人々の『記憶』を、徐々に、そして確実に、書き換えている!」


詩音は、自身の『光』の能力で、街に流れる『記憶』の波を分析していた。彼女の瞳には、人々の心に宿る『記憶』が、まるで水面に描かれた波紋のように、不規則に歪められているのが見えた。


「くそっ……! 見えない敵と、どうやって戦えばいいんだ!」


咲は、焦りを隠せない。彼女の『光』は、物理的な攻撃や精神波には対応できるが、このように、姿の見えない敵と戦うことには、どう対処すればいいのか分からなかった。


その時、二人のインカムに、結人の緊迫した声が響いた。


「咲さん、詩音さん! シャドウは、この街の『影』に潜んでいます! 彼は、この街の『闇』を、彼の『意志』のままに、操ろうとしています!」


結人の声は、焦りと、そして深い恐怖に満ちていた。彼のシステムでも、この異変を、完全に解析することはできないでいた。


「結人、奴の居場所は!?」


咲が問う。


「それが……分からないんです! 奴の能力は、自身の存在を『影』へと変えている。だから、僕のシステムでも、奴の居場所を特定できないんです!」


結人の言葉に、二人の心に、絶望がよぎる。しかし、詩音は、自身の『光』の力を信じ、冷静に分析を続けた。


「待って、結人……! 奴の能力には、きっと、何らかの『法則』があるはずよ! 『影』は、『光』がなければ存在しない……! 奴は、きっと、この街の『光』が、最も強く、そして広く共有されている場所に、潜んでいるはずだわ!」


詩音は、そう言うと、自身の『光』の力を、街を流れる『光』の波に、同調させた。彼女の脳裏に、この街の人々の、ごく個人的な、しかし、確かな『光』の断片が、まるで洪水のように流れ込んできた。それは、親子が手をつないで歩く光、恋人たちが夜景を見つめる光、そして、この街の未来を夢見る人々の『光』……。それらの『光』は、まだ歪められていない。


「これらの『光』は、まだ歪められていない……! シャドウは、この街の全ての『光』を、一度には消し去れないんだわ! ならば……!」


詩音は、一つの仮説にたどり着いた。


「ならば、奴は、この街の『光』を、より効率的に消し去るために、ある『場所』を、拠点にしているはずだ……! そこは、この街の『光』が、最も強く、そして広く共有されている場所……! その場所は、この街の、全ての『光』の源……!」


詩音は、その『場所』がどこなのか、直感で理解していた。それは、彼女自身も、かつて、この街で、たくさんの『光』を見出した場所だった。


「咲……! 奴の居場所が分かったわ!」


詩音は、そう言うと、走り出した。彼女の瞳は、一点を見つめている。その場所は、東京の夜景を、一望できる、最も高い場所だった。

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