第六話「裏切りの正義」
「……警察官が消えた?」
咲は眉をひそめ、詩音と共に駅前の古びたビジネスホテルの一室にいた。テーブルの上には公安からの匿名依頼。差出人の署名はなく、ただ「正義を取り戻してほしい」とだけ書かれていた。
依頼内容は、こうだ――
『山梨県警に所属していた巡査部長・篠原誠一が、2週間前に突如失踪。彼は公安の内偵協力者だった。消された可能性があるが、表に出せない。非公式で構わない、彼を見つけて、安全に取り戻してほしい。』
「公安が、民間の“奪還屋”に依頼?珍しいわね」
詩音はP90を分解しながら言った。
「信頼されてるのか、それとも――使い捨てのコマとして見てるのか」
咲は冷たく言い放つ。
だが、依頼された命を放っておくことはできない。
それが「Silent Trigger」としての流儀だ。
調査の起点は、篠原が最後に立ち寄ったとされる小さな温泉町・影山。
この町には、表からでは見えない“裏通り”がある。噂によれば、近年急増する外国マフィアとのつながり、地元有力者の汚職が渦巻いているらしい。
咲と詩音は、地元に潜入するため、「姉妹旅行客」を装い、温泉宿にチェックインした。
「……詩音のその格好、どう見ても“旅行”じゃないわ」
「そっちこそ、サバイバルブーツで温泉街は浮くと思うよ」
そんな軽口を交わしながらも、2人の視線は常に周囲の不審人物を追っていた。
調査を進める中で、咲たちは“篠原が最後に会っていた人物”に辿り着いた。
彼の名は、綾部蓮司。元公安のエージェントで、現在は情報コンサルタントとして裏社会で暗躍している男。
冷酷で、交渉も暗殺もこなすプロフェッショナル。過去には咲たちの任務とぶつかったこともある。
「篠原?ああ、いたな。だが“もう彼はいない”よ」
綾部は、ニヤリと笑ってそう言った。
「どういう意味?」
咲が詰め寄る。
「記憶を奪って、別人として再教育してる最中だよ。売るためにな」
「……!」
詩音のP90が構えられるより早く、綾部はスモークグレネードを床に転がした。
煙の中から銃声――否、非殺傷弾の音が聞こえた。
「奴もゴム弾を……?」
詩音が戸惑う。咲はすぐに察した。
「非殺傷のプロ。つまり――誰かが、私たちの手口をコピーした」
綾部の足取りを追う中、廃業した病院を拠点とする秘密の“洗脳ラボ”が浮上した。
そこには、篠原と思しき男がいた。しかし彼の目は虚ろで、名前を聞かれても答えられない。
「――公安、とは?」
記憶喪失ではなく、“記憶の上書き”だ。
「無理に刺激すれば、精神が壊れる」
詩音がタブレットを確認しながら言う。
「けど、放っておけば人格が完全に別人に上書きされる。今、取り戻すしかない」
咲は篠原の手を取り、そっと言った。
「戻ろう。あなたの“正義”は、まだここにある」
だが、施設から出ようとしたとき、綾部が待ち構えていた。
彼の後ろには、同じく非殺傷銃器を携えた傭兵部隊。
「これは戦争じゃない。これは“奪い合い”だ。誰がより多く、“生きた情報”を確保できるかのな」
咲が低く息を吐く。
「……なら、私たちは、“生きた人間”を取り返す」
詩音がP90を前に出し、CZ75を逆手に持つ。
「全員、無力化する。殺さずに倒す」
「面白い。来いよ、“偽物の正義”ども」
激しい交戦が始まった。
詩音のP90が、一瞬で4人の敵の肩と膝を打ち抜く。ゴム弾は貫通しないが、十分な衝撃で行動不能にする。
咲は、至近距離に入り込み、合気道の体捌きと関節技で相手の力を逆に利用し、次々に投げ倒す。
銃を構えた敵の手首をねじり、回し蹴りで壁に叩きつける。
「非殺傷戦闘は、心を殺さないって意味じゃない」
綾部が言った。
「……だがな、あまりにも信念に固執すると、それが枷になるぞ?」
「それでもいい。私たちは信じてる。奪われたものは、奪い返せるって」
咲が拳を握った瞬間、綾部の足元に転がったのは――詩音のスタングレネード。
爆音と閃光。綾部の動きが一瞬止まる。
咲が飛び込み、肘打ちを綾部の首に叩き込み、一撃で沈めた。
篠原は、数日後に保護施設に移された。
全ての記憶を取り戻すには時間がかかる。だが、自分の名前と“なぜ公安に入ったか”――その想いだけは、しっかり胸に残っていた。
「ありがとう。君たちの“正義”が、俺の中の火をもう一度灯してくれた」
咲は黙って頷いた。詩音は言った。
「正義の形は一つじゃない。でも、命は一つしかない。だから、守る価値があるのよ」
任務の帰り道。咲はふと、こんなことを呟いた。
「……もし私たちが、正義と敵対する日が来たら、どうする?」
「そのときは、自分の信じる方に銃を向ける。それだけ」
詩音の声には、迷いはなかった。
咲もまた、静かに頷いた。
彼女たちが信じるのは、たった一つ――
「命は、奪われるためにあるんじゃない。取り戻すためにある」