第五十九話「空間の檻、不可視の道」
『横取り屋』狐崎 幻との、**『模倣』能力を巡る戦いを終え、『意志』と『絆』**の重要性を再確認した咲と詩音は、バー『RETRIEVER』の地下室へと戻っていた。精神的な消耗は大きかったが、二人の顔には、確かな成長の兆しが浮かんでいる。
「今回の戦いも、すごかったね、詩音! あんな能力、マジでずるいよ!」
咲は、そう言うと、いつものようにジュースを飲み干した。彼女の『邪眼』は、狐崎 幻の**『模倣』能力の解析を続けており、その『法則』**の深淵を理解しようとしていた。
「ええ。しかし、私たちの**『意志』の『光』は、どんな『模倣』もできない『真理』だと、改めて実感したわ。悠真も、きっと私たちの『絆』の『光』**を、模倣することはできないでしょう」
詩音は、静かに言った。彼女の**『光』**の能力は、狐崎 幻の消滅が、悠真の計画に与える影響を精査していた。『七つの屋号』の主要メンバーが次々と倒されている状況は、悠真にとって想定外のはずだ。
その時、メインシステムが、新たな警戒音を発した。これまでとは異なる、極めて不安定で不規則なエネルギー反応が確認されたのだ。それは、まるで空間そのものが振動しているかのような、奇妙な波長だった。
「咲さん、詩音さん……! また、新たなターゲットの出現です! これは……! 空間の**『歪曲』、あるいは『転移』**を伴う波長です!」
結人の声に、二人の心に緊張が走る。結人の解析によると、このエネルギー反応は、都心の巨大な**『廃駅』**から発せられているという。
「廃駅!? 電車とか、もう走ってない場所じゃん! マジで、何が隠れてるんだよ……」
咲は、P90を構えた。
二人は、結人のナビゲーションに従い、都心の中心部に位置する、広大な廃駅へと辿り着いた。駅構内は、時間が止まったかのように静まり返っており、錆びた線路と埃を被った時刻表だけが、かつての賑わいを物語っている。しかし、その静けさとは裏腹に、空間全体が微かに揺らいでいるような、不穏な**『違和感』**があった。
「ここ……なんか、変だよ、詩音。まるで、空間が呼吸してるみたい……」
咲が、思わず呟いた。彼女の『邪眼』は、この駅構内の**『法則』に、複数の『空間の境界線』**が同時に存在していることを感じ取っていた。
「ええ。この空間は、既に彼の能力の影響下にあるわ。特定の**『座標』が、連続的に『転移』させられ、『再構築』**されている……」
詩音は、自身の**『光』**の能力を集中させた。彼女の『光』は、空間に流れる情報の波長を読み取ろうとするが、その波長は常に変化し、解析が追いつかないほどに不安定だった。
駅構内の暗がりから、ゆっくりと一人の男が現れた。彼は、軍服のような重厚なコートを身につけ、その顔は、冷静沈着な指揮官のようだった。彼の瞳には、目的地の**『終着点』だけを見据えるかのような、冷たい光が宿っている。彼こそ、『七つの屋号』の一人、『運び屋』のリーダー、黒田 零児。彼の能力は、『空間移送』(ゲートウェイ・ドライブ)。あらゆる『空間』を『操作』し、対象を意図した場所へと『転移』**させる力だった。
「フフフ……。ようこそ、『奪還屋』の少女たちよ……。君たちは、これより先、私の『空間』から逃れることはできない……。君たちの『存在』は、黒崎悠真の『計画』にとって、最大の『障害』だ……。故に、私が、君たちを『運び去る』」
黒田 零児は、そう言うと、ゆっくりと右手を掲げた。彼の声は、感情をほとんど感じさせない、しかし、どこまでも絶対的な響きを持っていた。
「運び去るって、どこにだよ! ふざけんな!」
咲が、P90の銃口を男に向けた。しかし、その瞬間、彼女の目の前の空間が、まるで水面に石を投げ入れたかのように歪んだ。彼女が撃ち込んだ銃弾は、男に当たる直前で、空間の歪みの中に吸い込まれるように**『消滅』**した。
「なっ……!? 嘘でしょ!?」
咲が、驚愕の声を上げた。彼女の『邪眼』が、銃弾が消えた**『空間の穴』を捉えるが、その『穴』**も、瞬時に閉じられていた。
「無駄だ……。君たちの攻撃は、私の**『空間』には届かない……。君たちは、私の『法則』によって、既に『隔離』**されている」
黒田 零児は、そう言うと、静かに左手を横に払った。すると、咲と詩音の周囲の空間が、まるで透明な壁のように、彼らを閉じ込める**『檻』へと変貌した。その檻は、物理的な拘束力を持たないが、外の世界との『空間的な接続』**を完全に断ち切っていた。
「くっ……! 咲、この男は、私たちの**『空間座標』を、常に『操作』しているわ! 私たちの攻撃が、彼に届く前に、『異なる空間』へと『転送』**されているのよ!」
詩音は、黒田 零児の能力の本質を見抜いた。
「マジで!? じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
咲は、焦りを露わにする。彼女の『邪眼』は、**『空間の歪み』を視ることはできても、その『歪み』**を制御することはできない。物理的な攻撃が届かない相手に、どうやって立ち向かえばいいのか。
黒田 零児の**『空間移送』能力は、咲と詩音を完全に『空間の檻』**に閉じ込め、あらゆる攻撃を無効化していた。彼らは、常に変化する空間の中で、まるで迷路に迷い込んだかのように、出口を見つけられずにいた。
「フフフ……。君たちは、私の**『空間』から逃れることはできない……。君たちの『未来』は、私が『選んだ場所』で、『終焉』**を迎えるだろう……」
黒田 零児は、そう言うと、ゆっくりと二人の目の前に近づいてきた。彼の身体は、一瞬にして目の前に現れたかと思うと、次の瞬間には遠くへと**『転移』**しており、その動きは全く予測できない。
「くっ……! 奴は、常に私たちとの**『距離』と『位置』**を操作しているわ! このままでは、何もできない!」
詩音は、歯を食いしばりながら言った。彼女の**『光』の能力は、彼の『空間操作』の『法則』を解析しようとするが、その『法則』自体が『変動』**しているため、正確な分析が不可能だった。
「なんか、もう、マジで頭がごちゃごちゃになってきたんだけど! どこにいるのかも、分かんないし!」
咲は、P90を構えたまま、周囲を見回した。彼女の『邪眼』は、無数の**『空間の境界線』を捉えているが、その全てが不安定で、どこが『現実』の『境界線』**なのか、判別することができない。
その時、咲の脳裏に、師匠の**黒崎 零**の言葉が蘇った。
「**『奪還屋』の真の力は、『見えないもの』を『視る』ことにある。そして、『不可能』を『可能』**にすることにある」
そうだ。『見えないもの』を『視る』。空間が歪んでいても、そこに確かな**『真実』**があるはずだ。
「詩音……! 奴の能力は、**『空間』を『操作』してるけど、『時間』**までは操作できてないはず!」
咲が、叫んだ。彼女の『邪眼』が、空間の歪みの中に、わずかに存在する**『時間の流れ』の『一貫性』**を捉え始めていたのだ。
詩音は、咲の言葉にハッとした。
「そうか……! 彼の能力は、あくまで**『空間』の『操作』……。ならば、私たちは、『時間』の『概念』を媒介に、『真の座標』**を割り出すのよ!」
詩音は、そう言うと、自身の**『光』の能力を最大限に解放した。彼女の『光』は、この空間に流れる『時間』の『波長』を捉え、それを基に、黒田 零児の『真の現在位置』を割り出そうとする。彼女の『光』が、空間の歪みの中に、一本の『光の糸』を紡ぎ出す。それは、黒田 零児が、『現在』に『存在』する『一点』を示す『光の道標』**だった。
「咲! その**『光の糸』が、奴の『真の座標』**よ!」
詩音が叫ぶ。
「マジで!? よっしゃあ!」
咲は、そう叫ぶと、P90の銃口を、詩音が示した**『光の糸』の先へと向けた。彼女の『邪眼』が、『光の糸』**の示す一点を、正確に捉える。そして、引き金を引いた。
ドスッ!
銃弾は、空間の歪みをものともせず、真っ直ぐに**『光の糸』の先へと飛んでいった。そして、黒田 零児の身体に、正確に命中した。彼の『空間操作』の『法則』が、咲の『意志』から放たれた『真実の弾丸』**によって打ち破られたのだ。
黒田 零児は、胸に銃弾を受け、驚愕の表情を浮かべた。彼の**『空間操作』の『法則』が、暴走を始める。彼の身体は、無数の『空間の穴』**に吸い込まれるように、ゆっくりと、しかし確実に崩壊していった。
「馬鹿な……! 私の**『空間』の『法則』が……! まさか、『時間』の『概念』**を利用するとは……!」
黒田 零児は、そう呟くと、光の粒子となって消えていった。彼の消滅と共に、廃駅構内の**『空間の歪み』**も消え、元通りの静寂が戻った。
「ターゲット、無力化」
詩音が、冷静に報告する。
咲と詩音は、大きく息を吐いた。身体中の力が抜け落ちたかのような疲労感に襲われるが、その顔には、確かな達成感が浮かんでいた。
「やった……! やったね、詩音! マジで、あたしたち、最強!」
咲が、詩音の肩をポンと叩いた。今回の戦いは、彼らの**『知恵』と『連携』、そして『見えないもの』を『視る』****『意志』**が試されるものだった。
「ええ。悠真の**『法則』は、私たちの『予測』を常に超えてくる。でも、私たちは、どんな『歪み』にも、必ず『真実』の『道』**を見つけ出すことができる」
詩音は、そう言うと、静かに微笑んだ。彼女の瞳には、揺るぎない**『絆』と、未来への確かな希望**が宿っている。
彼らは、再び、この世界の**『真理』を『奪還』するための旅路へと歩み出す。悠真の『計画』は、最終段階へと向かっている。二人の『奪還屋』は、間もなく、その『核心』**へと辿り着くことになるだろう。




