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第四十八話「時間の迷宮、新たな遭遇」

丹波篠山に、秋の気配が漂い始めていた。澄んだ空気が、バー『RETRIEVER』の窓から流れ込み、いつものように静かな時間が流れている。しかし、地下室のメインシステムは、再び緊迫した空気に包まれていた。如月結人きさらぎ・ゆいとは、モニターに映し出された、新たな脅威の情報を前に、眉間に深い皺を寄せていた。


「ミダス・グループの残党は、『光の心臓』とは別の、伝説の財宝を狙っている……。それは、『時間の心臓』……!」


さき鳴瀬詩音しおんは、その言葉に、息を呑んだ。


「時間の心臓……? まさか、時間を操る能力を、人工的に再現しようとでも言うのか……?」


咲が、信じられないという表情で問う。


「はい。ガーディアンの最後のデータファイルには、その財宝に関する、ごく断片的な情報しか残されていませんでした。しかし、その記録には、こう記されています。『時間の心臓は、過去の事象を『記録』し、未来の事象を『予測』する能力を持つ。そして、その力は、『光の心臓』と対をなす、二つの『心臓』の一つである』と」


結人の言葉に、二人の心は、新たな謎に包まれていく。


「対をなす心臓……。つまり、光の心臓が『希望』と『真実』を記録するなら、時間の心臓は……?」


詩音は、静かに呟く。


「時間の心臓が、歴史を『改変』し、『再構築』する力を持つなら、ミダス・グループの奴らが狙うのは、当然、歴史改変の再開……!」


咲は、新たな戦いの予感に、身震いした。


「ええ。そして、彼らが『時間の心臓』を活性化させようとしている場所は……」


結人は、三次元ホログラムで、丹波篠山周辺の地図を表示させた。そこには、以前の廃工場とは全く別の、丹波篠山北部に位置する、古びた天文台が示されていた。


「なぜ、天文台……?」


詩音が問う。


「この天文台は、数十年前、裏社会では有名な、とある天才科学者が、自身の研究のために私財を投じて建設したものだそうです。彼は、『時間の流れ』と『空間の歪み』を研究しており、その研究の過程で、伝説の財宝『時間の心臓』を発見したと、噂されていました」


結人の言葉に、咲の脳裏に、断片的な映像が蘇る。古びた天文台、星空、そして、誰かの静かな声……。


「俺の……奪われた記憶に、天文台の映像があった……!」


咲が、驚愕の声を上げる。


「まさか……! ミダス・グループの残党は、咲さんの『記憶』を、時間の心臓の手がかりとして利用しようとしているのか……!」


結人の言葉に、三人の間に、再び緊張が走る。


「では、私たちを待っているのは、単なる敵兵だけではない……。奴らは、咲の記憶を、手に入れようと、あらゆる手段を使ってくるはずだ」


詩音は、レミントンM700を構え、覚悟を決めた。


「ああ。俺の記憶が、奴らの目的を達成させるなら……。俺の記憶を、俺たちの力で守り抜く!」


咲は、力強く頷いた。


その時、地下室のメインシステムに、新たなデータが送られてきた。それは、ミダス・グループの残党が、天文台の警備を強化するために、新たな傭兵部隊を雇ったという情報だった。


「彼らは、国際的に有名な傭兵部隊、『シャドウ・ストライク』……。彼らのリーダーは、**『クロノス』**と呼ばれています。彼は、『時間の心臓』を巡る争奪戦の裏で暗躍し、その強大な能力で、多くの裏社会の組織を壊滅させてきました」


結人の言葉に、二人の表情はさらに引き締まる。


「奴らの能力は?」


咲が問う。


「不明です。しかし、その能力は、時間を操る『時間の心臓』に酷似していると言われています。もしかしたら、彼もまた、時間の心臓の『守護者』……あるいは、その力に魅入られた者かもしれません」


結人の言葉に、二人は、自分たちの前に立ちはだかる、新たな強大な敵の影を感じた。


「咲、今回の戦いは、これまでの戦いとは全く違う。相手は、私たちの『記憶』と『時間』を狙ってくる」


詩音は、冷静に警告する。


「ああ、分かっている。奴らは、俺たちの『光』の能力を知っている。だからこそ、時間を操る能力で、俺たちを翻弄しようとするだろう。だが……」


咲は、自身の内に宿る『光』を、静かに灯した。


「俺たちの『光』は、どんな『時間』の攻撃にも、負けることはない」


二人の『奪還屋』は、それぞれの武器を手に、新たな戦いの舞台、天文台へと向かっていく。彼らの前に立ちはだかるのは、『時間』を操る強大な敵。そして、その背後には、彼らの『記憶』の真実が隠されている。


天文台に近づくにつれ、周囲の時間が、奇妙に歪んでいるのを、咲と詩音は肌で感じた。風の動きが止まり、雨粒が空中で静止し、そして、再び動き出す。それは、まるで、時間が、誰かの意志によって、自在に操られているかのようだった。


「これは……! クロノスの能力か……!」


咲は、警戒を強めた。


「ええ。注意して、咲。彼の能力は、私たちの思考速度を鈍らせ、動きを予測不能にする可能性があるわ」


詩音は、レミントンM700を構え、周囲の時間の歪みを、自身の『光』の力で分析しようとする。


その時、天文台の入り口から、一人の男が姿を現した。彼は、全身を黒い傭兵服に身を包み、その顔には、一切の感情がない。彼は、二人の目の前に、静かに立ち止まった。


「よく来たな……『光の心臓』の守護者たちよ」


男の声は、静かで、しかし、二人の心を深く揺さぶった。


「お前が……クロノスか……」


咲が、P90を構え、男に問い詰める。


「そうだ。私は、時間の心臓の『守護者』であり、『真実』を巡る、この世界の歴史の『記録者』だ」


クロノスは、淡々と答える。


「どういうことだ……!?」


咲は、男の言葉の真意を掴めずにいた。


「お前たちが、ミダス・グループの野望を打ち砕き、世界の『真実』を護ったことは、私の『記録』にもある。しかし、その『真実』は、この世界の、ほんの一部の『欠片』に過ぎない」


クロノスは、右手で、宙に円を描いた。すると、その円の中に、過去の映像が、まるでホログラムのように映し出された。それは、光の心臓が、この世界に誕生した瞬間の映像だった。


「『光の心臓』は、かつて、人類が、悲劇的な戦争によって、記憶を失った時に、彼らが『希望』を抱くために、この世界に生まれた。しかし、その『希望』は、あまりにも脆く、悪しき者の手に渡り、幾度となくこの世界を混沌に陥れてきた」


クロノスは、淡々と語る。


「では、お前は、何のために……!?」


詩音が、怒りを込めて問う。


「私は、この世界の歴史の『過ち』を、全て『なかったこと』にするために、時間の心臓の力を使う。それが、この世界を救う、唯一の方法だ」


クロノスは、そう言うと、右手から、時間の流れを歪ませる、強力な精神波を放出した。


その精神波に触れた咲と詩音の周囲の時間が、一気に加速し、そして、また一気に減速する。


「くっ……!」


咲は、体が時間軸から切り離されたかのように、感覚が麻痺するのを感じた。


「咲! 彼の能力は、時間を『固定』させている! 私たちの思考も、動きも、全て!」


詩音が、自身の『光』の力で、クロノスの能力の正体を見抜いた。


「では、どうすれば……!」


咲が問う。


「彼が時間を『固定』させる一瞬の隙を、突くしかない! その隙を、私が作る!」


詩音は、そう言うと、レミントンM700を構え、クロノスに向かって、一発の銃弾を放った。


しかし、クロノスは、その銃弾を、まるで止まっているかのように、静かにかわした。


「無駄だ。お前たちの能力も、この『時間』の前では、無力だ」


クロノスは、淡々と告げた。


二人の『奪還屋』は、時間を操る強大な敵の前に、絶体絶命の危機に陥る。しかし、彼らの心には、師匠の『意志』と、互いの『絆』が、確かな光となって宿っていた。

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