第四十七話「新たな夜明け、残された謎」
旧型重工業プラントでの激戦から数日後、丹波篠山には、穏やかな日常が戻っていた。バー『RETRIEVER』の地下室は、かつての作戦本部としての緊迫感を失い、いつもの静けさに包まれている。如月結人は、一連の事件の最終報告書を作成し、国際機関へ送信する準備をしていた。彼のモニターには、ミダス・グループの残党と『創造主』の身柄が国際機関に引き渡されたというニュースが映し出されている。
「これで、本当に終わったんだな……」
咲は、カウンターに座り、コーヒーカップを両手で包み込みながら、静かに呟いた。彼女の心は、師匠であるガーディアンの死、そして、光の心臓を巡る長きにわたる戦いの終焉によって、空虚感と安堵感が入り混じっていた。
「ええ。光の心臓は完全に消滅し、ミダス・グループの野望も完全に阻止されました。この街に、もう危険は……」
結人の言葉を遮るように、鳴瀬詩音が、カウンターのグラスを磨く手を止めた。
「いいえ、結人。まだ、終わっていません」
詩音の言葉に、咲と結人は顔を見合わせる。
「どういうことだ、詩音?」
咲が問うと、詩音は、静かに答えた。
「師匠は、最後に、私たちに『この世界の真実』を託してくれました。そして、私は、光の心臓を調律した時、ある『記憶の断片』を見たんです……」
詩音の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。それは、彼女の『光』の能力によって見抜いた、真実の欠片だった。
「その『記憶の断片』とは……?」
結人が、緊張した面持ちで問う。
詩音は、深呼吸をして、言葉を選んだ。
「それは……光の心臓が、この世界に、どのようにして誕生したのか……そして、なぜ、その力が、私たち二人にだけ、宿ったのか、という記憶です。それは、ミダス・グループやナイトレイダーの歴史よりも、はるかに古い、人類の歴史の根幹に関わる『真実』でした」
詩音の言葉に、咲と結人の表情は、一変する。
「まさか……! 光の心臓は、人類の歴史の最初から、存在していたとでも言うのか……!?」
結人が、驚愕の声を上げる。
「ええ。そして、その『真実』を、ガーディアンは、知っていた。だからこそ、彼は、光の心臓の模倣品を使い、私たちが『光』の力を覚醒させることを、最初から計画していたのかもしれません」
詩音の言葉に、咲の脳裏に、師匠の悲しげな表情が蘇る。彼は、ミダス・グループに利用されていただけでなく、同時に、自身の死をもって、二人に『真実』を託そうとしていたのかもしれない。
「師匠は……最後まで、俺たちを導いてくれていたんだ……」
咲の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「では、その『真実』とは、一体……?」
結人が、核心に迫ろうとする。
「それは……『光の心臓』は、特定の誰かが持つものではない……。それは、**『人類の希望の記録』であり、特定の時代に、『希望の光を灯す者』**に、その力を託す、というものです」
詩音の言葉は、二人の心に、深い衝撃を与えた。
「『希望の光を灯す者』……?」
咲は、その言葉を反芻する。それは、彼女たちが、これまで『奪還屋』としてやってきたことそのものだった。
「ええ。そして、その『希望』は、誰かの『意志』によって、その姿を変える。もし、それが悪しき『意志』に触れれば、混沌を招き、良き『意志』に触れれば、世界に平穏をもたらす……」
詩音の言葉に、結人は、光の心臓を巡る全ての事件が、一つの線で繋がっていくのを感じた。
「では、なぜ、その力が、私たちに……?」
咲が、震える声で問う。
「それは……その『記憶の断片』には、明確には示されていませんでした。ただ……」
詩音は、言葉を濁した。
「ただ、何だ?」
「『光の心臓』は、二つの光が合わさることで、真の力を発揮すると言われている。それは、『希望の光』と、『真実の光』……。そして、私は、それが、咲、あなたと、私を指しているのではないか、と」
詩音は、咲の瞳を真っ直ぐに見つめた。彼女の『光』は、彼女がこれまで、自分自身の『真実』と向き合い、それを乗り越えてきたことで、覚醒した『真実の光』。そして、咲の『光』は、彼女が、人々に『希望』を与えてきたことで、覚醒した『希望の光』。
「そんな……」
咲は、言葉を失った。自分たちの能力が、偶然の産物ではなく、遥か昔から定められた『役割』だったとでも言うのか。
「この『真実』を、ミダス・グループは、知っていたのかもしれません。だからこそ、彼らは、私たちを狙い、光の心臓の模倣品を使い、その力を手に入れようとしていた……」
結人の言葉に、三人の間に、重い沈黙が流れる。
「では、これからの私たちは……?」
咲が問う。
詩音は、静かに答えた。
「私たちは、もう『奪還屋』ではない。私たちは、この『真実』を胸に、世界の『希望』を守る者……。それが、私たちの新たな『役割』だ」
咲は、詩音の言葉に、力強く頷いた。彼女の心には、師匠の死を乗り越え、新たな『役割』を背負うという、強い決意が芽生えていた。
その時、地下室のメインシステムが、再び警告音を鳴らし始めた。
「結人、どうした!?」
咲が、驚いて問う。
「ミダス・グループの、別の残党です! 彼らは、別の場所で、再び『プロジェクト・リバース』を再開しようとしています。しかも、今度は……」
結人の声が、震えている。
「今度は、何だ?」
「彼らは、光の心臓とは別の、伝説の財宝を狙っています。それは……『時間の心臓』……!」
結人の言葉に、三人は息を呑んだ。
彼らの戦いは、まだ終わっていなかった。それは、『光』を巡る戦いから、『時間』を巡る新たな戦いへと、静かに、しかし確実にシフトしていく。
『奪還屋』の新たな戦いが、今、静かに幕を開ける。




