第四十六話「真実の光、心の羅針盤」
旧型重工業プラントの中心で、再構築され始めた『光の心臓』が、工場全体を揺るがすほどの激しい光を放っていた。その光は、咲と鳴瀬詩音の体に宿る『光』と共鳴し、二人の心に、過去の断片的な記憶を呼び起こす。
「詩音、こいつを止めないと……!」
咲は、光の心臓が収められた装置に、銃を向ける。
「待って、咲! 結人が言っていたわ。この装置は、自動的に再活性化する。単純に破壊しても、別の場所で再構築されてしまうかもしれない」
詩音は、冷静に咲を制止した。彼女の瞳は、自身の『光』の力によって、装置の内部構造、そして光の心臓から放出されるエネルギーの流れを詳細に分析していた。
「じゃあ、どうすれば……!?」
咲が焦りを露わにする。このままでは、世界が、そして彼女たちの記憶が、再び書き換えられてしまう。
その時、詩音の脳裏に、かつてガーディアンが語った言葉が蘇った。
『光の心臓は、人を救う力を持っている。だが、同時に、人を破滅させる力も持っている。私は、その力を、正しい形で世界に与えようとしているだけだ』
「師匠は……光の心臓を、世界を救う『道具』だと信じていた……。そして、あの時、カイザーも同じようなことを言っていた……」
詩音は、光の心臓が持つ、正と負の側面を理解した。この財宝は、人々の『意志』によって、その姿を変えるのだ。
「この光の心臓は、私たちの意志を、そして……師匠の意志を、待っているのかもしれない」
詩音が、静かに呟いた。
「どういうことだ、詩音?」
咲は、戸惑いを隠せない。
「光の心臓は、過去の記憶を記録し、それを『再構築』する力を持つ。カイザーは、それを悲劇を消し去るために使おうとした。ミダス・グループは、それを世界を支配するために使おうとした。だが、私たちは……」
詩音は、光の心臓に、両手をかざした。彼女の『光』が、光の心臓の光と共鳴し、穏やかな波動を放ち始める。
「私たちは、この光の心臓に、私たちの『意志』を伝える。そして、師匠の『意志』を……!」
詩音の言葉に、咲はハッと息を呑んだ。彼女の『光』は、師匠の能力を打ち破るだけでなく、彼の『意志』を、彼女自身の心の中に刻み込んでいたのだ。
「この光の心臓に、**『真実』と『希望』**を記録する。それが、私たちにできる、唯一の方法だ」
詩音は、レミントンM700を背負い、光の心臓が収められた装置の中枢へと向かった。
「待て、詩音! 危険だ!」
咲が叫ぶ。
「大丈夫よ、咲。あなたの『光』が、私を導いてくれる」
詩音は、咲に微笑みかけた。そして、彼女は、自身の『光』の力を使い、装置の複雑な配線の中を、まるで水の中を泳ぐ魚のように、軽やかに進んでいく。彼女の『目』は、装置の内部に存在する、光の心臓を制御する『コア』を正確に捉えていた。
「見つけたわ、咲! 光の心臓を、調律するコアよ!」
詩音の声が、インカム越しに響く。
詩音は、光の心臓を制御するコアに触れようとした。しかし、その瞬間、コアから、強い精神的な波動が放たれた。それは、詩音の心に、彼女が最も恐れていた、過去の幻影を呼び起こした。
(お父様……! どうして、ミダス・グループを創設したの……!?)
幻影の中の父親は、悲しげな顔で詩音に語りかける。
『これは、この世界を救うための、最後の手段だ……』
「そんなこと、信じない……! あなたは、私たちを裏切った……!」
詩音の心が、激しく揺らぐ。彼女は、かつて父が『真実』と語った言葉が、実は嘘であったことに、深く傷ついていた。
「詩音! それは偽物だ!」
咲の声が、詩音の心に響く。彼女は、自身の『光』を、詩音へと送り出した。
咲の『光』が、詩音の心を包み込む。詩音は、ハッと目を開いた。目の前に広がる幻影は、まるでガラスのように砕け散り、消えていく。
「ありがとう、咲……!」
詩音は、涙をこぼしながら、コアに触れた。彼女は、自身の『意志』を、そして咲の『意志』を、光の心臓へと送り込んだ。
すると、光の心臓の輝きが、さらに強くなった。その光は、もはや制御不能なものではなく、温かく、そして希望に満ちたものへと変化していた。
その時、咲の脳裏に、師匠のガーディアンが、最後の力を振り絞って、模倣品を破壊した瞬間の記憶が蘇った。そして、彼の最期の言葉が、彼女の心に、明確なメッセージとなって響き渡る。
『お前たちに……全てを託す……。この世界の『真実』を……』
その『真実』とは、光の心臓が、特定の誰かが所有するものではなく、人々の『意志』によって、その姿を変えるというものだった。そして、師匠は、その『真実』を、二人に託したのだ。
「詩音! 今だ! 光の心臓に、俺たちの『光』を!」
咲は、自身の『光』を、光の心臓へと注ぎ込む。咲と詩音の『光』が、光の心臓のコアと共鳴し、光の心臓から、想像を絶するほどの温かく、そして力強い光が放たれた。
光は、工場全体を、そして夜空をも照らし出すような、圧倒的な輝きだった。
その光は、廃工場に潜んでいたミダス・グループの残党、そして彼らを支配していた『創造主』の心にも降り注いだ。彼らの歪んだ顔から、狂気の色が薄れ、深い後悔と、そして微かな安堵が混じり合った表情へと変わっていく。
光の心臓は、その役目を終えたかのように、輝きを弱め、小さな光の粒子となって、夜空へと昇っていった。
工場は崩壊し、ミダス・グループの野望は完全に阻止された。
咲と詩音は、光の粒子が消えていく空を見上げていた。
「終わったな……」
咲が呟く。
「ええ……。私たちは、師匠の『意志』を、未来へと繋ぐことができた」
詩音も、安堵の表情を浮かべた。
数日後。
バー『RETRIEVER』には、再び穏やかな日常が戻っていた。結人は、一連の事件を、国際機関に報告し、ミダス・グループの残党と『創造主』は、国際機関の管理下に置かれた。
「これで、全ての事件は解決しました」
結人が報告する。
「いいや……。まだだ」
咲が呟く。
「まだ、俺たちの『奪還屋』としての仕事は終わっていない」
咲と詩音は、互いに顔を見合わせた。彼らが取り戻した『光』は、単なる能力ではない。それは、彼らの心に宿る『真実』と『希望』の光だった。そして、その光が、新たな『奪還』の物語を紡ぎ始める。
『Silent Trigger』、伝説の財宝を巡る壮絶な争奪戦は、ここで一つの結末を迎えた。
しかし、咲と詩音の物語は、まだ終わらない。
彼らの心に宿る『光』と、世界に隠された『真実』を巡る戦いは、これからも続いていく。




