第四十五話「終焉の舞台、再構築の円環」
丹波篠山北部の山中に、かつてナイトレイダーの拠点だった廃工場が、再び闇の中で不気味な輪郭を晒していた。そこには、数日前に咲さきと鳴瀬詩音しおんが、師匠であるガーディアンとの悲しい決着をつけた場所から、新たな敵が送り込まれていた。ミダス・グループの真の首魁、そして彼らが**「創造主」と呼ぶ男が、最終計画『プロジェクト・リバース』**を再開しようとしている。
「結人きさらぎ・ゆいと、奴らの居場所は?」
廃工場の入り口から数十メートル離れた森の中で、詩音がレミントンM700を構えながら、インカム越しに問いかけた。彼女の瞳は、夜闇に溶け込み、獲物を狙う鷹のように鋭い光を放っていた。
「廃工場の中央、かつて『光の心臓』が置かれていた場所です。周囲には、これまでにない規模の警備兵と、複数の『第二世代』の異能者が配置されています。彼らは、我々の動きを完全に予測し、待ち構えているようです」
如月結人の声が、いつにも増して重く響く。
「やはり、師匠の能力を解析しているのか……」
咲は、P90を構え、周囲の警戒を怠らない。師匠を失った悲しみと、彼を裏切った者たちへの怒りが、彼女の心の中で静かに燃え盛っていた。
「結人、奴らが持つ『第二世代』の能力は?」
詩音が問う。
「『記憶の書き換え』と『感情の増幅』……。カイザーやマインドフレイヤーの能力を、より洗練させ、統合したもののようです。彼らは、過去の歴史を『再構築』するために、これらの能力を悪用しようとしています」
結人の言葉に、二人の間に緊張が走る。彼らの能力は、咲と詩音が最も恐れていた、そして乗り越えようとしてきた『記憶』と『感情』を直接操作するものだった。
「咲、私が行く。彼らの注意を引きつけ、その間にあなたが装置を破壊する」
詩音が冷静に言った。
「いや、俺が行く。奴らは、俺の『光』の能力に戸惑うはずだ。その隙に、詩音は遠距離から援護を頼む」
咲は、自身の内に宿った『光』の力が、この戦いを切り開く鍵になると確信していた。
「無茶だわ。あなたの『光』は、まだ不安定だ。もし、奴らの『記憶干渉』を受ければ……」
詩音は反対する。
「大丈夫だ。俺たちの『絆』は、奴らの能力を打ち破る。そうだろう?」
咲は、詩音に微笑みかけた。その瞳には、かつて師匠が彼女たちに託した『希望』の光が宿っていた。詩音は、その目に宿る確信を読み取り、静かに頷いた。
「分かったわ……。でも、無茶はしないで」
二人は、互いの『意志』を尊重し、別々のルートで廃工場へと向かう。
廃工場の内部は、想像を絶する光景が広がっていた。中央には、再び巨大な装置が設置され、その中心で、かつて砕け散ったはずの『光の心臓』が、再構築され始めていた。それは、淡い光の粒子が、まるで生き物のように集まり、再び脈動を始めようとしているかのようだった。
そして、その装置の前に、一人の男が立っていた。全身を黒いローブで覆い、その顔はフードの影に隠されている。彼の背後には、複数の警備兵が、まるで人間ではないかのように、一切の感情をなくした目で立っていた。
「よく来たな……『奪還屋』」
男の声が、工場内に響き渡る。その声には、一切の感情がなく、まるで機械が発する音のようだった。
「お前が、ミダス・グループの真の首魁か……!」
咲が、P90を構え、男に問い詰める。
「私は、ただの『創造主』に過ぎない。この世界の、そして人類の未来を再構築する者だ」
男は、ゆっくりとフードを脱いだ。その顔を見て、咲は息を呑んだ。
彼の顔は、まるで無表情な彫刻のようだった。そして、彼の瞳は、かつて師匠のガーディアンが持っていた、あの『思考の読み取り』の能力を、さらに深く、冷たく研ぎ澄ませたような、無機質な光を放っていた。
「お前は……師匠と同じ『思考の読み取り』の能力を……」
咲は、警戒を強めた。
「違う。ガーディアンは、未完成の『失敗作』だった。私は、彼の能力を、**『思考の記録』**へと昇華させた。この力を使えば、人の過去の思考、そして記憶を完全に掌握し、望むままに書き換えることができる」
男は、淡々と語る。
「お前が……師匠を操っていたのか!?」
咲は、怒りで震えた。
「操っていたのではない。彼は、私の『意志』に、自ら従っていた。そして、この計画の『礎』として、その命を捧げたのだ」
男の言葉は、咲の心を深く抉った。師匠の死は、この男の計画の一環に過ぎなかったのだ。
「許さない……! 俺たちの師匠を弄んだこと、絶対に許さない!」
咲は、感情を爆発させ、男に向かって駆け出した。
しかし、その時、男の背後に控えていた『第二世代』の異能者たちが、一斉に咲に精神波を放った。
咲の脳裏に、再び過去のトラウマが具現化する。彼女が救えなかった人々、そして彼女の記憶が奪われた日の、悲しい光景が、まるで現実のように彼女を襲った。
「ぐっ……!」
咲の体が硬直する。彼女の『光』の能力が、敵の精神波に阻まれ、その輝きが弱まっていく。
「無駄だ。お前の『光』は、私の『記録』の前では、無力だ。お前が持つ『記憶』、そして『光の心臓』の真実……その全てを、私が書き換えてやる」
男の声が、冷たく響いた。
咲の体が、精神的な重圧に耐えきれず、その場に崩れ落ちそうになる。
(くそっ……! 俺の『光』が……!)
彼女の心に、絶望が芽生え始めた。しかし、その時、詩音の声が、インカム越しに響いた。
「咲! あなたの『光』を、私に送って!」
咲は、ハッと顔を上げた。彼女は、詩音の言葉の真意を理解し、残された力で、自身の『光』を、詩音へと送り出した。
詩音は、咲の『光』を受け取ると、彼女の『目』の力が、さらに増幅した。彼女は、レミントンM700のスコープ越しに、敵の思考の『記録』が、まるでデータの鎖のように見えるのを感じた。
「咲! 奴らの能力の源は、彼らの『記録』だ! その『記録』を、破壊する!」
詩音の声が、咲の心に希望の光を灯した。
咲は、詩音の言葉を信じ、再び立ち上がった。彼女の『光』は、詩音との『絆』によって増幅され、再び輝きを取り戻す。
「させるか!」
ミダス・グループの首魁が、叫び、自らの能力を使い、咲の脳内に直接、過去の映像を送り込もうとする。しかし、咲は、その幻影を振り払うように、一気に加速した。
**CQCの「高速接近」**で、咲は、第二世代の異能者たちの間を、まるで影のように駆け抜け、男へと肉薄する。
「馬鹿な……! 私の『記録』を、どうやって……!?」
男は、驚愕の表情を浮かべた。彼の『記録』は、咲の行動を予測できていなかったのだ。
その時、プラントの外から、詩音のレミントンM700から放たれた、渾身の一撃が、男の手に持った、小さな水晶のような装置を正確に撃ち抜いた。
ドスッ!
男は、苦痛に顔を歪ませ、その場に倒れ伏す。彼の能力の源である装置が破壊され、彼の『思考の記録』が、断片となって飛び散っていく。
「ターゲット、無力化」
詩音の声が、インカム越しに響く。
男が無力化されると、第二世代の異能者たちは、まるで糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
しかし、その時、工場の中央で、再構築されかけていた『光の心臓』が、不気味な輝きを放ち始めた。
「まずいです! 『光の心臓』の再活性化が、自動的に開始されました! このままでは、大規模な歴史改変が開始されます!」
結人の声が、絶望的に響く。
「させるか!」
咲と詩音は、互いに顔を見合わせ、光の心臓へと駆け出した。
二人の『奪還屋』の前に立ちはだかるのは、過去の因縁を巡る最後の戦い。彼らは、師匠の『意志』を胸に、世界の未来をかけた最後の決戦へと、再び足を踏み入れていく。




