第四十四話「最後の指令、希望の残骸」
旧型重工業プラントが崩壊し、夜空に土煙が舞う中、咲と鳴瀬詩音は、その場に立ち尽くしていた。師匠であるガーディアンの最期は、二人の心に重くのしかかっていた。彼は、最後まで自分たちの犯した過ちを償おうとし、そして、二人に最後の希望を託して逝ったのだ。
「師匠……」
咲は、その場に膝をつき、拳を握りしめた。彼の死は、咲にとって、信じていた存在が失われたことの喪失感だけでなく、自分たちの無力さを突きつけられた、痛ましい現実だった。
「悲しんでいる暇はないわ、咲。師匠は、私たちに最後の『意志』を託してくれた」
詩音は、静かに言った。彼女の瞳には、ガーディアンの死に対する悲しみだけでなく、彼の『意志』を継がなければならないという、強い決意の光が宿っていた。
「ああ……分かっている」
咲は、立ち上がり、顔についた土を払った。彼女の心は、悲しみと怒り、そして師匠への感謝が入り混じり、複雑な感情で満たされていた。
その時、二人のインカムに、如月結人の声が響いた。彼の声には、これまでとは違う、強い緊迫感が含まれていた。
「咲さん、詩音さん! ガーディアンが送ってくれた最後のデータファイルを解析しました。ミダス・グループの残党の最終計画が、明らかになりました!」
二人は、すぐに返答した。
「結人、ミダス・グループの真の目的は?」
詩音が問うと、結人は重い口調で答えた。
「彼らは、旧ナイトレイダーの拠点、丹波篠山北部の廃工場で、『光の心臓』を完全に復活させ、歴史改変を再開するつもりです。その計画の中心には、彼らが**『創造主』**と呼ぶ、一人の男がいます。その男こそが、ミダス・グループの真の首魁……!」
結人は、モニターに、一人の男のシルエットを映し出した。そのシルエットは、ガーディアンの死と引き換えに、彼らの前に、新たな敵として姿を現したのだ。
「奴は……一体、誰なんだ!?」
咲が叫ぶ。
「データには、名前はありませんでした。しかし、ガーディアンのデータログから、この男が、『プロジェクト・アダム』の真の創始者であり、ガーディアンを実験体として利用していたことが判明しました」
結人の言葉に、二人は息を呑んだ。ガーディアンは、自らの『意志』でミダス・グループに協力していたのではなく、最初から彼らの計画に組み込まれていた。そして、その首魁は、かつて師匠を実験台にした、忌まわしい過去を持つ男だったのだ。
「許せない……」
咲は、怒りで震えた。
「彼らは、光の心臓の模倣品から得たデータを、廃工場に持ち込み、『光の心臓』を再活性化させようとしています。このままでは、大規模な記憶操作が開始され、世界は完全に書き換えられてしまう!」
結人の警告は、二人の心をさらに引き締めた。彼らの前に立ちはだかるのは、師匠を裏切り、世界を支配しようとする、ミダス・グループの真の首魁。そして、その男は、かつて咲の『記憶』を奪い、そして師匠の人生を狂わせた、過去の亡霊そのものだった。
「結人、奴らの居場所を特定できるか?」
咲が問うと、結人は即座に答えた。
「はい。旧ナイトレイダーの拠点、廃工場です。ただし、内部は以前にも増して厳重な警備が敷かれています。それに、彼らは、『第二世代』の異能者を、複数投入しているようです」
結人の言葉に、二人の間に、再び緊張が走る。彼らは、師匠との戦いの中で、自分たちの『光』の力を覚醒させた。しかし、敵もまた、新たな能力者を擁し、彼らに対抗しようとしている。
「師匠は……最後まで私たちを信じてくれた。ならば、私たちは、その『意志』を継がなければならない」
詩音は、レミントンM700を手に取り、銃身を丁寧に拭く。
「ああ。奴らが師匠の人生を狂わせ、世界を危険に晒そうとしている。今度こそ、俺たちの手で、全てに決着をつける」
咲は、P90を背負い、腰のCZ75を抜いた。彼女の瞳には、師匠の『意志』を継ぎ、世界の未来を守るという、揺るぎない決意が宿っていた。
「結人、支援を頼む」
「任せてください、咲さん! 僕が、皆さんの『目』となり、道を示します!」
結人の声に、安心感が湧き上がる。
三人の仲間は、それぞれの持ち場で、最後の戦いの準備を進める。彼らの戦いは、単なる財宝の奪い合いではない。それは、過去の『因縁』を断ち切り、世界の『真実』を守るための、そして、師匠の『意志』を未来へと繋ぐための、壮大な戦いだった。
闇に包まれた廃工場が、不気味に佇んでいる。
『奪還屋』は、師匠の遺志を胸に、世界の記憶をかけた最後の戦いへと、再び足を踏み入れていく。




