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第四話「沈黙の代償」

喫茶店《RETRIEVER》の夜は静かだった。

表向きはレトロなカフェ、だがこの場所は裏社会の「奪還屋」たちの中継基地でもある。


咲はカウンターに腰かけ、ブラックのアイスコーヒーを口にした。詩音は隣の席で、静かに銃器のメンテナンスをしている。相変わらず、彼女の指先は寸分の狂いもない。


「今日は珍しく、依頼が来てないわね」

咲が口を開いた。詩音は無言でうなずく。


そのとき、カウンター奥の暗がりから、一人の男が現れた。情報屋・如月結人。細身のスーツに整えられた銀縁メガネ。常に冷静で、的確な情報をもたらす彼だったが、今日はどこか様子がおかしい。額には汗、目の奥に焦燥が滲んでいる。


「――俺に、助けが必要だ」


その一言に、咲と詩音の視線が鋭く交錯した。


結人の話はこうだった。


彼が過去に属していた「暗号傭兵団《CODE DOGS》」――国家間の情報戦に介入し、サイバー攻撃や機密データの奪取・消去を請け負う非公式の集団――その残党が、彼の命を狙っているという。


「俺が抜けたとき、"あるもの"を持ち出した。それが今、奴らの手に戻れば、この国の防衛網の一角が崩れる。けど――俺は、破壊する術を知らない」


咲が静かに尋ねる。


「その“あるもの”って?」


「……“沈黙の鍵(Silent Cipher)”。防衛省の地下通信網を静かに掌握できる、バックドアコードの一部だ。完全なアクセスには俺の生体IDが必要になる」


「つまり、その鍵を奴らが奪えば、音もなく国家の中枢が乗っ取られるってこと?」


「正確には、“気づかれないまま、データを書き換えられる”。殺さずに社会を終わらせる――そういう道具さ」


沈黙が落ちた。詩音は道具箱を閉じ、ぽつりと呟いた。


「なら、それを奪還しよう。あなたの命と一緒に」


作戦の舞台は、六本木の地下にある高級クラブ《ALTANA》。そこに《CODE DOGS》の残党が出入りしている情報が入った。


咲と詩音は、夜の帳が下りると同時に現場へ向かう。詩音はP90をバックに隠し、近距離用のCZ75に切り替えていた。


「今日は至近戦になる。咲、動きは最小限で。私の射線に入らないで」


「了解。音は立てない」


《ALTANA》の内部は、闇と光が織りなす迷宮だった。咲は天井近くの照明器具を伝い、警備員の上をすり抜けていく。


1階の警備はP90で制圧するには過剰すぎる。詩音は観察に徹し、咲の動きを狙撃で補佐する形をとる。

咲は背後から近づき、合気道の「呼吸投げ」で警備員の体勢を崩し、そのまま側頸部に手刀を入れて昏倒させた。


「2名、無力化。廊下クリア」


その報告を受け、詩音が静かに移動する。

彼女の足取りは無音。まるで、床すら彼女の存在を感知しないかのようだった。


地下3階の最奥。そこに、《CODE DOGS》の現リーダーであり、結人のかつての相棒だった男、クラウス・ニーダーマイヤーが待っていた。


金髪碧眼の大柄な男。だが、軍人のような質実剛健さではなく、情報を操る者特有の冷たい目をしている。


「よう、咲。いや、Silent Trigger。情報の“再回収”に来たか」


咲は構えず、ただ言葉を返す。


「私たちはただ、奪われたものを取り戻す。それだけ」


「フッ、ならそのまま死ね。こいつと一緒にな!」


クラウスの背後から部下たちが現れた。全員、サプレッサー付きの銃を構えている。

詩音が素早く身を翻し、P90を構え直した。


「交戦許可。全非殺傷で応戦する」


室内は一瞬で修羅場と化した。


詩音はP90で正確に部位を狙い撃ちする。腹部、膝、肩――神経節を撃ち抜かれた敵は呻き声も上げずに崩れていく。


咲は、飛びかかってきた敵の腕を合気道で捌き、肘を極めて壁に投げつける。次いで、背後に回り込んだ敵に対し、CQCスタイルの回し蹴りで銃を弾き、肘打ちで顎を跳ね上げて昏倒させた。


その中で、クラウスだけが悠然と笑っていた。


「いいねえ、その戦い方。殺さずして制す。だが――それで世界は守れないぜ?」


咲は黙って接近する。クラウスが引き金を引く。


バンッ――!


銃声が響く。だが、その弾は詩音の撃ったゴム弾により空中で逸らされていた。


咲は一気に間合いを詰め、腕を封じ、足払いから関節技へと繋げる。

クラウスの身体が床に落ちた時、すでに彼の意識は飛んでいた。


「……終わったな」


詩音が息を吐き、P90の残弾を確認する。


咲は小さく頷いた。


「情報屋ってのは、命を削って真実を喋るんだな」


数日後、《RETRIEVER》のカウンター席で、如月結人がアイスコーヒーを片手に座っていた。顔色はまだ悪いが、少しだけ笑みを浮かべている。


「……ありがとう。君たちがいなければ、俺はもう――」


「私たちはただ、奪還しただけ。あなた自身の過去と、これからをね」


咲の言葉に、結人は深く頷いた。


都市の片隅で、またひとつ、静かに奪還は果たされた。


沈黙の代償は大きい。だが、それを支払う覚悟がある限り、二人は進む。


殺さず、取り戻す――Silent Triggerの名の下に。

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