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第三十四話「光と記憶、未来への選択」

廃工場の中央にそびえる巨大な装置から放たれる光は、もはや制御不能な輝きを放ち始めていた。『光の心臓』は激しく脈動し、工場全体に不気味な波動を送り出している。カイザーこと、アルベルト・シュタイナーは、その光を浴びながら、狂気と執念に満ちた目で咲と鳴瀬詩音を睨みつけていた。


「止められるものなら、止めてみろ! この『プロジェクト・リバース』は、全てを救済するのだ!」


カイザーが叫ぶ。彼の周囲には、ナイトレイダーの精鋭兵士たちが、最後の防衛線として立ちはだかっていた。


「咲さん、詩音さん! まずいです! 『光の心臓』の活性化が臨界点に達しています! このままでは、記憶操作が開始され、取り返しがつかなくなる!」


如月結人の緊迫した声が、インカム越しに響く。


「させるか!」


咲は、P90を構え、兵士たちの防衛線を突破しようとする。


「咲、援護する!」


詩音は、レミントンM700を構え、正確な射撃で兵士たちの装甲の継ぎ目を狙い撃ち、彼らの動きを鈍らせる。彼女の目には、迷いがない。


兵士たちは、前回とは比較にならないほどの執念で二人を阻もうとする。彼らの中には、カイザーの精神波に直接影響され、極度の忠誠心と攻撃性を持つ者もいた。


咲の脳裏には、再び記憶干渉異能者による幻影が蘇ろうとする。彼女の過去のトラウマが、まるで現実のように彼女を責め立てる。


(負けるな……! これは、俺の記憶じゃない!)


咲は、歯を食いしばり、幻影を振り払う。彼女のCQCは、もはや思考を超越し、本能と化していた。兵士たちの攻撃を紙一重でかわし、その懐に潜り込み、次々と無力化していく。


その時、カイザーが水晶のようなものを取り出し、それを起動させた。工場全体に、低周波の振動が響き渡る。それは、咲と詩音の脳を直接揺さぶり、意識を混濁させようとするものだった。


「これが、私の最後の奥の手だ! お前たちの精神を完全に破壊する!」


カイザーが叫ぶ。


咲の体が、激しい振動に襲われる。思考がまとまらず、体のバランスが崩れる。


「くそっ……!」


しかし、詩音は、その振動の中で、レミントンM700を構え直した。彼女のスコープには、振動波の中でもカイザーの微かな脳波の乱れが映し出されている。


「咲! 私が、奴の集中を乱す! 一瞬の隙だ!」


ドスッ!


詩音の放ったゴム弾は、カイザーの足元、わずかな隙間を正確に撃ち抜いた。


弾丸の衝撃で、カイザーの体勢が崩れ、水晶をかざす手が、一瞬、揺らぐ。


その一瞬の隙を、咲は見逃さなかった。彼女は、全身の力を振り絞り、カイザーへと跳躍した。


**CQCの「高速接近」**で、兵士たちの間を縫うように駆け抜け、カイザーの懐に飛び込む。


カイザーは、驚愕の表情を浮かべた。まさか、この精神攻撃を突破し、ここまで肉薄されるとは。


「歴史は、誰かの手で書き換えるものじゃない!」


咲は、カイザーが水晶をかざそうとする腕を掴み、**合気道の「小手返し」でその体を捻じ伏せる。水晶が床に落ち、砕け散る。そして、その隙に、カイザーの顎に、渾身のCQCの「アッパーカット」**を叩き込んだ。


「ぐあっ……!」


カイザーは、意識を失い、その場に倒れ伏した。


「ターゲット、無力化」


咲が報告する。


カイザーが無力化されると、工場全体を覆っていた精神的な波動が消え去った。兵士たちも、カイザーの支配から解き放たれ、混乱しながら武器を下ろしていく。


しかし、工場の中央で脈動する『光の心臓』の輝きは、さらに増していた。


「咲さん! カイザーは無力化しましたが、『光の心臓』はすでに暴走状態です! このままでは、記憶操作が自動的に開始されてしまう!」


結人の声が、絶望的に響く。


『光の心臓』の周りを囲む巨大な装置は、制御不能に陥っている。光の脈動はさらに強くなり、工場全体が崩壊し始める。


「どうする、詩音! この装置を止める方法は!?」


咲が問う。


詩音は、光の心臓が収められたカプセルを見つめていた。その瞳には、冷静な分析と、そしてある「確信」が宿っていた。


「止めるのではない……『調律』するのだ」


詩音は、レミントンM700を背負い、カプセルへと歩み寄った。


「詩音、危険だ!」


咲が叫ぶ。


「この『光の心臓』は、カイザーのような悪しき感情に触れると暴走する。だが、それは、**『真の光の守護者』**が触れることで、本来の調和の力を取り戻すはずだ。そして、咲……あなたこそが、その『真の守護者』だ」


詩音は、咲が光の心臓に触れた時の、あの温かな光と「希望」の波動を思い出していた。


「私が……?」


咲は戸惑う。


「あの時、あなたは『光の心臓』を、破壊も隠匿もせず、未来へと託した。それは、この財宝の真の役割を、本能的に理解していたからだ。光の心臓は、人の心と記憶を操る力を持つが、同時に、『真実』と『希望』を呼び覚ます力も持っている」


詩音は、光の心臓が収められたカプセルの、わずかな接合部を指差した。


「カイザーは、このカプセルを『記憶の檻』として利用しようとした。だが、この檻は、同時に『光の心臓』の力を増幅させるためのものだ。私たちが、この檻を破壊し、あなたがもう一度光の心臓に触れる。そうすれば、その真の力が解き放たれ、カイザーの野望は完全に打ち砕かれる!」


「しかし、カプセルは非常に頑丈だ!」


咲が叫ぶ。


「私のレミントンM700と、あなたのCQC……そして、私たちの絆があれば、不可能ではない!」


詩音の目に、強い光が宿る。


咲は、迷わず頷いた。


「分かった、詩音! やるぞ!」


咲と詩音は、光の心臓が収められたカプセルに、同時に向かっていく。


レミントンM700から、詩音の渾身の一撃が放たれる。弾丸は、カプセルの接合部を正確に捉え、僅かな亀裂を入れる。


ドスッ!


そして、その亀裂に、咲は**CQCの「渾身の一撃」**を叩き込んだ。


バキンッ!


ガラス製のカプセルが、激しい音を立てて砕け散る。


『光の心臓』が、カプセルから解放され、宙に浮遊した。その光は、工場全体を覆い尽くし、咲と詩音を包み込む。


咲は、その光の心臓に、両手を伸ばした。


彼女の指先が、光の心臓に触れる。


その瞬間、光の心臓から、想像を絶するほどの温かく、そして力強い光が放たれた。それは、工場全体を、そして夜空をも照らし出すような、圧倒的な輝きだった。


光は、工場の兵士たちの脳裏に、彼らが消し去ろうとしていた「真実の記憶」を呼び覚ました。彼らは、苦痛に顔を歪ませながら、しかし、次第にその顔に、安堵のような表情を浮かべ始めた。


倒れ伏していたカイザーの顔にも、その光が降り注ぐ。彼の歪んだ顔から、狂気の色が薄れ、深い悲しみと、そして微かな安堵が混じり合った表情へと変わっていく。


光は、過去の悲劇を消し去るのではなく、それを乗り越えるための「希望」と「真実」を、人々の心に呼び覚ましていた。


光の心臓は、その役目を終えたかのように、輝きを弱め、小さな光の粒子となって、夜空へと昇っていった。


工場は崩壊し、ナイトレイダーの野望は完全に阻止された。


咲と詩音は、光の粒子が消えていく空を見上げていた。


数日後。


バー『RETRIEVER』には、再び穏やかな日常が戻っていた。壁の修理は終わり、結人も疲労が残るものの、いつものようにPCに向かっている。


「ナイトレイダーは、完全に壊滅しました。カイザーこと、アルベルト・シュタイナーは拘束され、国際機関の管理下に置かれました。彼は、記憶操作の副作用で、以前の狂気は消えましたが、過去の記憶の大部分を失っているようです」


結人が報告する。


「彼も、ある意味では被害者だったのかもしれないな」


咲が呟く。


「ええ。そして、『光の心臓』は……完全に消滅した、とされています」


結人が続けた。


詩音は、カウンターのグラスを磨きながら、窓の外の空を見上げた。


「いいえ。消滅したのではない。あれは、世界に還ったのだ」


咲と詩音は、互いに顔を見合わせた。


『光の心臓』は、特定の誰かが所有するものではなかった。それは、人々の心の中に、そして世界の記憶の中に、常に存在し続ける「希望」と「真実」の光だったのだ。


「これで、一つの大きな戦いは終わった。だが、『奪還屋』の仕事は、これからも続く」


咲が言った。


「ええ。そして、私たちは、これからも、大切なものを守り続ける」


詩音も頷いた。


丹波篠山の空には、穏やかな陽光が降り注いでいる。


『Silent Trigger』、伝説の財宝を巡る壮絶な争奪戦は、ここで一つの結末を迎えた。


しかし、咲と詩音の物語は、まだ終わらない。


彼らの心に宿る『光』と、世界に隠された『真実』を巡る戦いは、これからも続いていく。


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