第三十一話「鋼鉄の要塞、光の鼓動」
丹波篠山北部、人里離れた山中に、朽ちた廃工場群が広がっていた。かつては活気に満ちていたであろうその場所は、今や漆黒の闇に包まれ、不気味な静寂が支配している。ここが、ナイトレイダーの拠点であり、彼らが「歴史改変」の野望を遂げようとしている場所だった。
「目標、廃工場群。周囲に複数の監視カメラ、赤外線センサー、そして電磁波ジャミングが確認できる」
如月結人の声が、咲と鳴瀬詩音のインカム越しに響く。結人は、バー『RETRIEVER』の地下室から、ナイトレイダーの警備システムを解析し、二人にリアルタイムで情報を提供していた。
「電磁波ジャミングの発生源は?」
咲が問う。彼女は、P90を構え、廃工場の入り口を見据えている。
「工場敷地の北西にある、古い送電塔です。そこから強力な電磁波が放出されています。まずは、そこを無力化する必要があります。しかし、周囲には複数の警備兵と、犬型ロボットが巡回しています」
結人の情報に、詩音はレミントンM700のスコープを調整した。
「犬型ロボットか……厄介だな」
詩音が呟く。犬型ロボットは、熱源だけでなく、微細な振動や音にも反応する。
「咲、私が行く。送電塔を狙撃する」
詩音が言った。
「いや、私が先行する。お前は援護を頼む」
咲は、P90を背負い、腰のCZ75を抜いた。彼女は、CQCの接近戦で、犬型ロボットのセンサーを掻い潜り、警備兵を無力化するつもりだった。
「無茶だ! 敵の思考波干渉異能者がいる可能性が高い。あなたの動きが読まれる」
詩音が反対する。
「だからこそだ。奴らの異能は、私の動きを『読む』。ならば、**『読ませない動き』**をするまでだ」
咲の瞳に、強い決意の光が宿る。彼女は、もはや恐怖や迷いを感じていなかった。
「……分かった。無茶はしないで。あなたの安全は、私の最優先事項だ」
詩音は、静かに頷いた。彼女は、咲の判断が、二人の連携にとって最善であると信じていた。
咲は、夜闇に溶け込むように、廃工場の敷地へと足を踏み入れた。
廃工場の敷地内は、想像以上に厳重な警備が敷かれていた。咲が身を隠した物陰のすぐ近くを、犬型ロボットが巡回していく。その動きは滑らかで、ほとんど音を立てない。
「咲さん、右前方、犬型ロボットが接近。その奥に警備兵が二人」
結人が指示を出す。
咲は、即座に反応した。彼女は、犬型ロボットのセンサーが捉えられないよう、**CQCの「超低姿勢移動」**で地面を這うように進む。そして、犬型ロボットが通り過ぎた瞬間、一気に加速し、警備兵の背後へと回り込んだ。
兵士たちは、咲の接近に全く気づいていない。咲は、二人の兵士の首筋に、CZ75のグリップエンドを叩き込み、無力化した。
「二人、制圧」
咲が報告する。
しかし、その時、別の犬型ロボットが、咲の存在に気づいたかのように、けたたましい警告音を上げた。
「まずい! 咲さん、犬型ロボットがあなたを認識しました! 増援が向かっています!」
結人の声が焦りを帯びる。
咲は、即座にP90を構え、警告音を上げた犬型ロボットのセンサー部分に、ゴム弾を連射する。
ダダダダッ!
正確な射撃が、犬型ロボットのセンサーを破壊し、警告音を止める。
しかし、既に遅かった。廃工場の奥から、複数の兵士が駆けつけてくるのが見えた。
「咲、私が援護する!」
詩音が叫び、レミントンM700を構える。彼女は、廃工場の敷地外から、送電塔の警備兵を狙撃するつもりだった。
ドスッ!
レミントンM700から放たれたゴム弾が、送電塔の警備兵の肩を正確に撃ち抜き、彼を倒れさせる。
しかし、別の警備兵が、詩音の存在に気づき、詩音に向けて銃を構えた。
「詩音、危険だ!」
咲が叫ぶ。
その時、詩音の脳裏に、あのマインドフレイヤーの精神攻撃がフラッシュバックした。彼女の心が、一瞬、揺らぐ。
(また、あの時のように……!)
だが、詩音は、すぐにその感情を振り払った。彼女の脳裏に、咲の「大丈夫だ」という無言のメッセージが響く。
(違う……私は、一人じゃない。咲がいる)
詩音は、レミントンM700を構え直した。彼女の瞳には、一切の迷いがない。
ドスッ!
詩音の放ったゴム弾が、警備兵の銃を正確に撃ち抜き、彼を無力化した。
「よし! 送電塔の警備兵、無力化! 咲、電磁波ジャミングを止めるぞ!」
詩音が叫ぶ。
咲は、駆けつけてきた兵士たちを、**CQCの「連続攻撃」**で次々と無力化していく。彼女の動きは、思考波干渉をものともせず、まるでダンスのように流れる。
そして、送電塔へと駆け上がった。送電塔の基部には、巨大な電力供給装置が設置されており、そこから強力な電磁波が放出されている。
咲は、P90のストックで、電力供給装置の制御盤を叩き割った。
バキッ!
そして、内部の配線を、CZ75の銃身でショートさせる。
バチバチッ!
火花が散り、送電塔全体が、不気味な音を立てて停止した。
その瞬間、廃工場全体を覆っていた電磁波ジャミングが解除された。
「やったな、咲!」
詩音の声が、クリアな音質でインカム越しに響く。
「ああ。これで、結人の情報支援が、再び頼りになる」
咲が答える。
「咲さん、詩音さん! 電磁波ジャミングの解除を確認しました! これより、廃工場内部の警備システムを解析します!」
結人の声には、安堵と、そして新たな活力が漲っていた。
結人の解析により、廃工場内部の警備システムの全貌が明らかになっていく。
「廃工場内部は、複数の区画に分かれています。中央の最も大きな工場棟が、彼らの『プロジェクト・リバース』の核心となる場所だと思われます」
結人が、廃工場内部の立体図をホログラムで表示させる。
「よし。そこへ向かうぞ」
咲が言った。
「しかし、内部には、さらに強力な異能者、そして、これまでにない規模の兵士たちが待ち構えているはずです。特に、『カイザー』の存在が確認されています」
結人が警告する。
「分かっている。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない」
咲の瞳に、強い決意の光が宿る。
二人は、廃工場のメインゲートへと向かった。メインゲートは、分厚い鉄扉で閉ざされており、厳重なロックがかけられている。
「結人、このロックを解除できるか?」
詩音が問う。
「ハッキングを試みますが、時間がかかります。彼らのセキュリティは、想像以上に堅牢です」
結人が答える。
その時、廃工場の内部から、奇妙な音が聞こえてきた。それは、まるで、何かが「起動」するような、不気味な機械音だった。
「まずい! 彼らが、『光の心臓』の活性化を始めたのかもしれません!」
結人の声が緊迫感を帯びる。
「時間がないな……」
咲が呟く。
二人の『奪還屋』は、闇の要塞の奥深くへと足を踏み入れようとしていた。
彼らの前に立ちはだかるのは、ナイトレイダーの総力と、彼らが企む「歴史改変」という恐るべき野望。
そして、その核心には、知られざる過去と、伝説の財宝『光の心臓』の真の力が眠っている。




