第三十話「崩れゆく砦、繋がる心」
丹波篠山の山奥に佇む廃屋は、今や戦場の只中にあった。ナイトレイダーの兵士たちが、破壊された壁の隙間から次々と侵入してくる。電磁波を遮断する特殊な磁場を持つ廃屋は、一時的に追跡装置を無効化したものの、同時に外部との通信を完全に断ち切っていた。
「くそっ、囲まれたな……!」
咲は、P90を構え、迫りくる兵士たちを睨みつけた。肩の傷はまだ癒えておらず、じくじくと痛む。
鳴瀬詩音は、レミントンM700を構え、冷静に兵士たちの数を数えていた。
「敵は二十体以上。全員が特殊な装甲を装備し、電磁波干渉能力を持つ異能者を擁している」
彼女の声には、焦りの色はない。しかし、その瞳の奥には、極度の緊張感が宿っている。
「ターゲット確認、排除を開始せよ」
ナイトレイダーの指揮官の声が、外から響く。彼らは、咲と詩音を捕獲するだけでなく、何らかの目的のために「排除」しようとしていることが明らかだった。
兵士たちが一斉に突入してきた。彼らの動きは、前回よりも連携が取れており、隙がない。咲は、P90の指向性音波弾で応戦するが、狭い廃屋の中では、その効果も限定的だ。
ダダダダッ!
ゴム弾が兵士の装甲を叩き、衝撃を与えるが、彼らは怯むことなく前進してくる。
「咲、右から三体! 同時に来る!」
詩音が叫ぶ。彼女は、レミントンM700のスコープ越しに、兵士たちのわずかな動きの変化を捉え、咲に指示を送る。
咲は、その指示に完璧に反応し、**CQCの「連携回避」**で兵士たちの攻撃をかわす。そして、流れるような動きで兵士の一人の懐に潜り込み、**合気道の「関節技」**でその腕を捻り上げた。
「ぐあっ!」
兵士が呻き声を上げる。咲は、その兵士を盾にするようにして、別の兵士からの銃撃を防ぐ。
しかし、その時、廃屋の奥から、新たな異能者が姿を現した。彼は、全身を黒いマントで覆い、その手には、奇妙な形をした水晶が握られている。
「ようやく、見つけたぞ……『沈黙の守護者』、そして『光の託宣者』」
その異能者の声は、直接、咲と詩音の脳内に響いてきた。
「私は、『マインドフレイヤー』。お前たちの深層心理にアクセスし、その『記憶』を完全に引き出す」
マインドフレイヤーが水晶をかざすと、廃屋全体が、奇妙な精神的な波動に包まれた。咲と詩音の脳裏に、様々な映像がフラッシュバックする。それは、彼らの最も大切にしている記憶、そして、最も目を背けてきた記憶だった。
咲の脳裏には、彼女の両親との幸せな日々、そして、彼らを失った時の悲しみと、何もできなかった自分への「無力感」が、強烈な幻影となって現れた。
(また、この感覚……! 俺は、何も守れないのか……!?)
咲の体が、一瞬、硬直する。精神的な揺さぶりは、肉体的な動きをも阻害する。
詩音の脳裏には、過去の任務での「失敗」が鮮明に蘇った。彼女の計算ミスによって、仲間が危険に晒され、失われた命の「後悔」が、津波のように押し寄せる。
(私のせいで……全てが、私の責任だ……)
詩音の手から、レミントンM700が滑り落ちそうになる。彼女の完璧な冷静さが、今、崩れ去ろうとしていた。
「どうした? それがお前たちの、真の姿か?」
マインドフレイヤーの声が、嘲笑うように響く。
「お前たちの記憶は、全て私のものとなる。そして、その『光の心臓』に関する情報もな」
ナイトレイダーの兵士たちが、その隙を突き、咲と詩音に迫る。彼らの銃口が、二人に向けられた。
「(このままでは……!)」
咲は、幻影の中で、必死に抗う。彼女の脳裏に、詩音の顔が浮かんだ。あの無口で、感情を表に出さない詩音の、しかし確かな「存在」。
その時、咲の脳内に、詩音の静かな声が響いた。
『……咲。あなたの記憶は、あなただけのもの。私にしか、触れることのできない領域。』
それは、インカムを通じた声ではない。二人の「心」が、直接繋がったかのような、不思議な感覚だった。
咲は、ハッと目を見開いた。彼女は、自身の幻影を打ち破るように、**CQCの「精神防衛」**を発動させる。それは、長年の訓練で培われた、自分自身の精神を律する力だった。
「詩音……!」
咲は、詩音の目を見た。そこには、深い苦痛の中でも、わずかに残された、確かな「光」があった。
詩音もまた、咲の瞳の輝きに、自身の「後悔」の幻影から引き戻された。
『……咲。あなたは、私の唯一の相棒。そして、私は、あなたの「目」となる。』
詩音は、かろうじてレミントンM700を再び掴み直す。彼女の瞳には、再び冷静な光が宿った。
「馬鹿な……! この精神干渉を、打ち破るだと!?」
マインドフレイヤーが驚愕する。
咲と詩音は、お互いの目を見つめ、無言で頷き合った。二人の間には、言葉以上の、深い信頼関係が築かれていた。
咲は、P90を構え、マインドフレイヤーへと狙いを定める。しかし、彼の周囲には、兵士たちが厚い壁を作っている。
「詩音、奴を狙う!」
咲が叫ぶ。
詩音は、レミントンM700のスコープ越しに、廃屋のわずかな隙間、そして兵士たちの装甲の「弱点」を瞬時に見抜いた。
「咲、任せて。私が道を拓く」
ドスッ!ドスッ!
詩音のレミントンM700から、特殊な徹甲弾が放たれる。ゴム弾ではない、金属製の弾丸だ。しかし、それは殺傷を目的としたものではない。弾頭部に仕込まれた高周波振動発生器が、装甲を破壊し、兵士たちの動きを一時的に麻痺させる。
二発の弾丸が、兵士たちの装甲の継ぎ目を正確に打ち抜き、彼らを倒れさせる。
その隙を突き、咲は地面を蹴った。
「はあっ!」
**CQCの「連携突進」**で、兵士たちの間を縫うように突進する。彼女の動きは、マインドフレイヤーの精神干渉をものともしない、研ぎ澄まされたものだった。
マインドフレイヤーは、咲の接近に驚き、水晶をかざして最後の精神攻撃を仕掛けようとする。
「お前たちに、私の力を破ることはできない!」
しかし、咲は、その攻撃をものともしなかった。彼女は、マインドフレイヤーの懐に飛び込み、**合気道の「小手返し」**で水晶を持つ腕を捻り上げる。
「ぐっ……!」
マインドフレイヤーが、苦痛の声を上げる。
そして、そのまま彼の側頭部に、**CQCの「ピンポイント打撃」**を叩き込み、彼を無力化した。
「ターゲット、無力化」
マインドフレイヤーが無力化されると、廃屋を覆っていた精神的な波動が消え失せた。兵士たちの動きも、再び鈍くなる。
咲と詩音は、残りの兵士たちを協力して制圧していく。詩音の正確な射撃と、咲の近接格闘術が、完璧な連携を見せる。
兵士たちは、次々と無力化され、廃屋の中は静寂を取り戻した。
しかし、安堵する間もなく、廃屋の壁が再び大きく揺れた。ナイトレイダーが、廃屋全体を崩壊させようとしているのだ。
「詩音、脱出するぞ!」
咲が叫ぶ。
二人は、崩れゆく廃屋から間一髪で脱出した。
外に出ると、ナイトレイダーの車両が、諦めたように撤退していくのが見えた。
「はあ……はあ……」
咲と詩音は、肩で息をしていた。
「危なかったな……」
咲が呟く。
「ええ。だが、これで分かった」
詩音は、空を見上げた。
「彼らが本当に狙っているのは、私たちの『記憶』だ」
その時、詩音のインカムに、ノイズ混じりの結人の声が届いた。
「咲さん、詩音さん! 無事ですか!?」
「ああ、無事だ、結人!」
咲が答える。
「彼らは、私たちから『光の心臓』に関する情報を、特にその『真の役割』についての記憶を、奪おうとしている」
詩音は、結人に報告した。
「彼らは、光の心臓を、**世界を操るための『道具』**として利用するつもりだ」
結人の声が、重みを増す。
「彼らの最終目的は、『歴史の改変』。光の心臓の力で、過去の事実、人々の記憶を都合の良いように書き換え、理想の『新世界』を築こうとしているようです」
咲と詩音は、顔を見合わせた。彼らの戦いは、単なる財宝の奪い合いではなかった。それは、世界の真実を守るための、そして人類の未来を守るための、壮大な戦いへと発展していた。
ナイトレイダーの闇の核心が、ついにその姿を現したのだ。




